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突然の来訪者
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眩いばかりのシャンデリアが、広間を黄金色に染め上げていた。
アルビオン王国の社交界がこぞって祝福の声を上げる、フロントナック侯爵家とボービヤン侯爵家の婚礼。その中心に、私はいた。
ジュリエット・ボービヤン。今日からは、ジュリエット・フロントナック。
十九歳になったばかりの私の隣には、十歳の頃から私を見守り、慈しんでくれた最愛の婚約者、ロマリオが立っている。
「ジュリエット、疲れていないかい?顔色が少し悪いようだけど」
「……大丈夫です、ロマリオ様。少し、幸せすぎて夢を見ているような心地なだけですから」
私が微笑むと、二十一歳になったばかりの凛々しい新郎は、私の指先を優しく掬い上げ、薄い手袋越しに唇を落とした。
彼の瞳には、一点の曇りもない愛情が宿っている。兄パトリックの親友であり、誰よりも誠実で、誰よりも優しい紳士。私は世界で一番幸せな花嫁だと、この時までは本気で信じていた。
「これからは、僕が君のすべてを守る。一生、君を悲しませるようなことはしないと誓うよ」
甘い囁きに胸を熱くしながら、私は会場の隅でこちらを見守る兄・パトリックと、ロマリオの姉であるイザベル様に視線を送った。
兄はどこか寂しげながらも誇らしげに頷き、公爵家に嫁いでいるイザベル様は、凛とした美貌にわずかな憂いを帯びた笑みを浮かべていた。
その夜、フロントナック侯爵邸の寝室。
絹の寝衣に着替えた私を迎えたのは、優しく、けれど熱を帯びたロマリオの抱擁。新婚の夜は、穏やかな幸福感の中で更けていき、蕩けるような幸せな朝を迎えるはずだった。
――しかし、運命の歯車は、翌朝の夜明けと共に、あまりにも無慈悲な音を立てて狂い始める。
まだ夜の帳が完全に上がりきらない早朝、邸内がにわかに騒がしくなった。
痛む身体で着替えを済ませたばかりの私がリビングへ向かうと、そこには泥に汚れ、顔色を失った一人の少女が、使用人たちに抱えられるようにして立っていた。
「……ロマリオ......お兄、さま……」
消え入りそうな声でそう呟き、崩れ落ちた少女。
彼女を真っ先に受け止めたのは、隣にいた私の夫、ロマリオだった。
「エメリア!? どうして……その格好は、一体何があったんだ!」
ロマリオの顔から血の気が引いていく。
少女の名はエメリア・ダグラス男爵令嬢。ロマリオの従妹であり、まだ十七歳の学園三年生だ。両親を早くに亡くし、遠方の親戚に預けられていたはずの彼女が、なぜこの新婚初日の朝に、ボロボロの姿で現れたのか。
差し出された書簡には、彼女を預かっていた親類が急逝し、遺産も住む場所もすべて失ったという過酷な事実が記されていた。
「ひどい……そんな、まさか……」
私は絶句した。新婚の多幸感は一瞬で吹き飛び、目の前の哀れな少女への同情が胸を締め付ける。
エメリアはロマリオの胸にしがみつき、激しく震えながら泣きじゃくっていた。
「行くところが、なくて……お兄様しか、頼れる人が……っ。ごめんなさい、こんな時に、ごめんなさい……!」
「いいんだ、エメリア。もう大丈夫だ。僕が……僕たちがついている」
ロマリオは、彼女を安心させるように強く抱きしめた。
その光景に、私は一瞬だけ、胸の奥を小さな針で刺されたような痛みを覚えた。
彼が女性を抱きしめる姿。それは昨夜、私に向けられたものと同じ、あるいはそれ以上に必死な「守護」の体現だったから。
そこへ、義母のマルアベル様と義父のジルベール様が本邸から現れた。
「なんてこと……! 可哀想に、エメリアちゃん。なんて不運なの」
「すぐに部屋を用意させなさい。わが家で彼女を保護する。いいね、ロマリオ」
「もちろんです、父上。エメリアは昔から、僕の本当の妹のような存在ですから」
義両親の慈悲深い言葉に、邸の空気は「不幸な少女を救う」という正義感一色に染まっていく。
もちろん、私もそれに異論はなかった。この状況で彼女を追い出すことなど、人としてできるはずがない。
けれど。ロマリオに抱き抱えられ、二階の客間へと運ばれていくエメリアの肩越しに。
ほんの一瞬。本当に、瞬きをするほどの短い間。
泣き腫らしたはずの彼女の瞳が、私の視線とぶつかった。
その瞳に宿っていたのは、悲劇に打ちひしがれた少女の絶望ではなかった。
――獲物を射抜くような、冷ややかな勝利の光。
「えっ……?」
思わず声が漏れた。
しかし、ロマリオは彼女を運ぶことに夢中で、私の困惑に気づきもしない。
昨夜、「世界一幸せにする」と囁いた彼の背中が、今は遠い。
幸せの絶頂から始まった私の新婚生活。その初日の朝、新婚夫婦用にと新築された別邸で、私たちは二人ではなく、三人の生活をスタートさせた。
この時、私はまだ知らなかった。
この「不運な従妹」という毒が、私とロマリオの間に築き上げてきた十年の歳月を、どれほど残酷に、そして容易く溶かしていくのかを。
三日後、この事態を聞きつけて駆け込んできたイザベル様の顔は、驚くほどに青ざめていた。
「ジュリエット、大変なことになったわ。……あの子を、あの子をこの家に入れてしまったのね?」
姉のその言葉の真意を、私はまだ、理解できていなかった。
__________
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アルビオン王国の社交界がこぞって祝福の声を上げる、フロントナック侯爵家とボービヤン侯爵家の婚礼。その中心に、私はいた。
ジュリエット・ボービヤン。今日からは、ジュリエット・フロントナック。
十九歳になったばかりの私の隣には、十歳の頃から私を見守り、慈しんでくれた最愛の婚約者、ロマリオが立っている。
「ジュリエット、疲れていないかい?顔色が少し悪いようだけど」
「……大丈夫です、ロマリオ様。少し、幸せすぎて夢を見ているような心地なだけですから」
私が微笑むと、二十一歳になったばかりの凛々しい新郎は、私の指先を優しく掬い上げ、薄い手袋越しに唇を落とした。
彼の瞳には、一点の曇りもない愛情が宿っている。兄パトリックの親友であり、誰よりも誠実で、誰よりも優しい紳士。私は世界で一番幸せな花嫁だと、この時までは本気で信じていた。
「これからは、僕が君のすべてを守る。一生、君を悲しませるようなことはしないと誓うよ」
甘い囁きに胸を熱くしながら、私は会場の隅でこちらを見守る兄・パトリックと、ロマリオの姉であるイザベル様に視線を送った。
兄はどこか寂しげながらも誇らしげに頷き、公爵家に嫁いでいるイザベル様は、凛とした美貌にわずかな憂いを帯びた笑みを浮かべていた。
その夜、フロントナック侯爵邸の寝室。
絹の寝衣に着替えた私を迎えたのは、優しく、けれど熱を帯びたロマリオの抱擁。新婚の夜は、穏やかな幸福感の中で更けていき、蕩けるような幸せな朝を迎えるはずだった。
――しかし、運命の歯車は、翌朝の夜明けと共に、あまりにも無慈悲な音を立てて狂い始める。
まだ夜の帳が完全に上がりきらない早朝、邸内がにわかに騒がしくなった。
痛む身体で着替えを済ませたばかりの私がリビングへ向かうと、そこには泥に汚れ、顔色を失った一人の少女が、使用人たちに抱えられるようにして立っていた。
「……ロマリオ......お兄、さま……」
消え入りそうな声でそう呟き、崩れ落ちた少女。
彼女を真っ先に受け止めたのは、隣にいた私の夫、ロマリオだった。
「エメリア!? どうして……その格好は、一体何があったんだ!」
ロマリオの顔から血の気が引いていく。
少女の名はエメリア・ダグラス男爵令嬢。ロマリオの従妹であり、まだ十七歳の学園三年生だ。両親を早くに亡くし、遠方の親戚に預けられていたはずの彼女が、なぜこの新婚初日の朝に、ボロボロの姿で現れたのか。
差し出された書簡には、彼女を預かっていた親類が急逝し、遺産も住む場所もすべて失ったという過酷な事実が記されていた。
「ひどい……そんな、まさか……」
私は絶句した。新婚の多幸感は一瞬で吹き飛び、目の前の哀れな少女への同情が胸を締め付ける。
エメリアはロマリオの胸にしがみつき、激しく震えながら泣きじゃくっていた。
「行くところが、なくて……お兄様しか、頼れる人が……っ。ごめんなさい、こんな時に、ごめんなさい……!」
「いいんだ、エメリア。もう大丈夫だ。僕が……僕たちがついている」
ロマリオは、彼女を安心させるように強く抱きしめた。
その光景に、私は一瞬だけ、胸の奥を小さな針で刺されたような痛みを覚えた。
彼が女性を抱きしめる姿。それは昨夜、私に向けられたものと同じ、あるいはそれ以上に必死な「守護」の体現だったから。
そこへ、義母のマルアベル様と義父のジルベール様が本邸から現れた。
「なんてこと……! 可哀想に、エメリアちゃん。なんて不運なの」
「すぐに部屋を用意させなさい。わが家で彼女を保護する。いいね、ロマリオ」
「もちろんです、父上。エメリアは昔から、僕の本当の妹のような存在ですから」
義両親の慈悲深い言葉に、邸の空気は「不幸な少女を救う」という正義感一色に染まっていく。
もちろん、私もそれに異論はなかった。この状況で彼女を追い出すことなど、人としてできるはずがない。
けれど。ロマリオに抱き抱えられ、二階の客間へと運ばれていくエメリアの肩越しに。
ほんの一瞬。本当に、瞬きをするほどの短い間。
泣き腫らしたはずの彼女の瞳が、私の視線とぶつかった。
その瞳に宿っていたのは、悲劇に打ちひしがれた少女の絶望ではなかった。
――獲物を射抜くような、冷ややかな勝利の光。
「えっ……?」
思わず声が漏れた。
しかし、ロマリオは彼女を運ぶことに夢中で、私の困惑に気づきもしない。
昨夜、「世界一幸せにする」と囁いた彼の背中が、今は遠い。
幸せの絶頂から始まった私の新婚生活。その初日の朝、新婚夫婦用にと新築された別邸で、私たちは二人ではなく、三人の生活をスタートさせた。
この時、私はまだ知らなかった。
この「不運な従妹」という毒が、私とロマリオの間に築き上げてきた十年の歳月を、どれほど残酷に、そして容易く溶かしていくのかを。
三日後、この事態を聞きつけて駆け込んできたイザベル様の顔は、驚くほどに青ざめていた。
「ジュリエット、大変なことになったわ。……あの子を、あの子をこの家に入れてしまったのね?」
姉のその言葉の真意を、私はまだ、理解できていなかった。
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