【完結】泥中の仔犬を拾ったら、牙の鋭い捕食者(伯爵家嫡男)に育ちました 〜公爵令嬢は、教え子の愛に逃げ場を失う〜

恋せよ恋

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側近としての再会

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 学園卒業まであと一年を切った頃。王宮の情勢は、表面上の平穏を保ちつつも、水面下では激しい濁流が渦巻いていた。

 エドワード王太子は、ついにミナ・アルベールを「公認の恋人」のように扱い始め、公的な行事の場にさえ彼女を同伴しようと画策していた。

 そんな歪な均衡の中で、リカルドはついに正式な王太子側近の一人に選出された。

 公爵令嬢である私の警護と補佐も、側近たちの職務に含まれる。必然的に、私とリカルドが顔を合わせる機会は激増した。

「本日、セシリア様の講義の警護を担当いたします、リカルド・エルンストです。よろしくお願いいたします、公爵令嬢」

 学園の回廊。リカルドは私の前に立ち、深く一礼した。その態度は驚くほど慇懃で、事務的だった。かつて私に食ってかかり、情熱的な言葉をぶつけてきた少年はどこにもいない。そこにいるのは、ただ優秀で、冷徹なまでに側近という職務を全うする青年だった。

「ええ、よろしく。エルンスト卿」
 私もまた、初対面の相手に対するような、よそよそしい態度で返した。それが、私にできる唯一の防御だったからだ。

 その日の放課後、学生会館のバルコニーで、私は一人、風に当たっていた。すぐ背後には、護衛としてリカルドが控えている。他の学生からは見えない、二人きりの空間。

「……リカルド」
「何か御用でしょうか、セシリア様」

 振り返らずに名を呼ぶが、彼の声は依然として硬い。

「もう、あんな芝居はやめなさい。誰も見ていないわ」
「芝居? 何のことでしょうか。私はあなたの指示通り、公爵家門の嫡男として、そして王太子の側近として、身分に相応しい振る舞いをしているだけですが」

 リカルドがゆっくりと歩み寄り、私の隣に並んだ。沈みかけた夕陽が彼の茶色の瞳を赤く染め上げている。

「あなたが教えたのでしょう。感情を殺し、完璧な仮面を被れと。……おかげで、殿下の信頼を勝ち取るのは容易いことでしたよ。あの方は、自分に跪く者の内面など、一毫も興味がないようですから」
 リカルドの口から漏れる冷笑。

 彼は、殿下がミナに溺れ、政務を疎かにしている隙に、側近という立場を利用して着実に根を張っていた。

「殿下は、ミナ嬢を側妃に迎えるつもりのようだわ。私との婚約を維持したままね」
「……知っています。あの女狐は、他の側近たちにも愛を囁きながら、最終的には王妃の座を狙っている。滑稽な茶番だ」

 リカルドの手が、欄干に置かれた私の手の上に重ねられた。私は驚いて手を引こうとしたが、彼はそれを許さなかった。

「……リカルド、不敬よ」
「不敬? 今更、そんな言葉で俺を遠ざけるのですか。あなたは俺を、ただの『作品』だと思っているかもしれないが……俺にとって、あなたは人生のすべてだ。あなたがその冷めた瞳で絶望を受け入れているのを見るたび、俺の心は千々に裂けそうになる」

 リカルドの指が、私の指の間に絡みつく。強引で、それでいて震えているような、必死の温度。

「セシリア。俺はもう、あなたの『良い子』ではいられない。他人を装うのも、これが限界です」
「……何を言っているの」

「近いうちに、すべてが壊れます。王太子も、この学園の偽りの平和も。その時、あなたが誰の手を取るべきか……どうか、忘れないでください」
 彼は私の耳元で、甘く、毒のような囁きを残すと、何事もなかったかのように身を引いた。

 直後、廊下の向こうからミナとエドワード殿下の高笑いが聞こえてくる。

 リカルドは瞬時に冷徹な側近の表情に戻り、私から距離を置いた。やってきた殿下は、私を一瞥もせず、リカルドに向かって尊大に命じた。

「おい、エルンスト! ミナが新しい宝石が欲しいと言っている。宝飾店を手配しろ。……セシリア、お前は先に帰れ。邪魔だ」

「……かしこまりました、殿下」
 リカルドは静かに頭を下げたが、その伏せられた瞳の奥で、恐ろしいほどの殺意が渦巻いているのを私は見た。

 殿下は、自分がどれほど鋭い刃を喉元に突きつけられているか、全く気づいていない。私はリカルドの言葉を反芻しながら、独り、夕闇に包まれる学園を後にした。
 
 「近いうちに、すべてが壊れる」

 その予言は、あまりにも早く、そして残酷な形で現実のものとなろうとしていた。
 
 リカルドが第二王子リュカと結んだ密約。それは、私の想像を遥かに超える、この国の再編を意味していたのだ。
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