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新たな家族の門出
ルミナス王国の港に、ミモザの香りが優しく流れていた。
オリビエは、自らの腕の中にいるパトリックの重みを、魂に刻み込むように感じていた。
「お父たま、パトリック、ずっと会いたかったよ」
幼いパトリックの言葉が、オリビエの胸を激しくかき乱す。三年前、自分が出張という名の淫靡な逃避行に耽っていた時、ステファニーはこの命を守り抜くために、どれほどの孤独と戦っていたのだろう。
「……フィー、僕は……」
「何も言わないで、オリビエ。貴方の言葉ではなく、この三年の『行動』が、私をここへ連れてきたのだから」
ステファニーは、支店長室の窓辺に立ち、港の景色を眺めていた。彼女の横顔は、三年前の絶望に満ちたあの夜よりも、ずっと強く、そして柔らかな光を湛えている。
オリビエはこの三年、一度も贅沢をしなかった。伯爵家の嫡男でありながら、支給される最低限の生活費以外はすべて商会の口座へ戻し、自らは商会の執務室横、仮眠室を住まいに眠るような日々を送った。キャトリーヌへの情欲など、最初からなかったかのように、彼は己の罪を仕事という名の炎で焼き尽くそうとしていた。
一方、あの「守ってやりたい未亡人」キャトリーヌには、救いようのない結末が待っていた。
オリビエという盾を失い、侯爵家の護衛騎士らに監視された彼女に寄ってくる男は、もう一人としていなかった。彼女の武器だった「か弱さ」は、オリビエのような庇護者がいて初めて機能する、虚飾の魅力に過ぎなかったのだ。
彼女はステファニーの差配により、辺境の準男爵家へ後妻として嫁がされた。かつてと同じように、『誰かの決めた筋書き』に従って、彼女の人生はまた塗り替えられたのだ。その報告を聞いても、ステファニーの心に憐れみの一片すら芽生えることはなかった。
「オリビエ。……パトリックが、貴方のことを『すごいお父さまだ』と信じて育ったのは、私がそう教えたからよ」
ステファニーが振り返り、オリビエを真っ直ぐに見据えた。
「貴方が犯した不貞は、一生消えないわ。私が貴方を許す日も、永遠に来ないかもしれない。……でも、私は愛するこの子の『母親』として、彼が愛する父親を奪うことはしたくないの」
オリビエは、その言葉の裏にある「夫婦の愛」の残滓を感じ、涙を拭った。
ステファニーは、彼を突き放すことで救ったのだ。もしあの時、甘い許しを与えていれば、オリビエは自らの弱さに気づかぬまま、慢心に溺れて破滅していただろう。
「フィー、僕は……君がくれたこのチャンスを、命を懸けて守る。パトリックのためだけじゃない。君が、僕という愚かな男を、もう一度『夫』として見てくれるその日まで、僕は君の忠実な夫であり、相棒でありたいんだ」
オリビエはパトリックをそっと降ろし、ステファニーの前で、かつての結婚の誓いのように片膝をついた。
「パトリック、お父さまも一緒に、お家に帰ってもいいかな?」
オリビエが少年に問いかけると、パトリックは満面の笑みでステファニーの顔を見上げた。ステファニーは、ふっと困ったように、けれど幸せそうに微笑んだ。
「……仕方ないわね。パトリックの誕生日の願い事だもの。……オリビエ、貴方の本国への異動命令、受理してもらえるかしら?」
「喜んで! フィー、一生……いや、永遠に、君に従うよ」
二人の視線が重なり、三年間の空白が、静かに埋まっていく。
かつて「秘密の恋」として散ったミモザの花は、今、家族という名の強い樹木となって、二人の未来を支えようとしていた。
一週間後。フォックス伯爵家の屋敷は、黄金色のミモザの花束で埋め尽くされていた。
オリビエとステファニー、そしてパトリック。三人が並んで食卓を囲む光景は、もはやかつての「仮面の夫婦」のものではない。互いの欠点を知り、傷を背負い、それでも共に歩むことを選んだ、真の「夫婦」の姿がそこにあった。
「お母さま、お父さま! ミモザ、きれーい!」
パトリックの声が響く。
ステファニーはオリビエの手を、そっと握りしめた。オリビエはその手の温かさに、一生の誓いを新たにする。
オリビエの不貞の事実は、ミモザの香りと共に消え去ったわけではない。それは、二人が乗り越えた「証」として、これからもこの家で、優しく香り続けるのだ。
ハッピーエンド
________
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📢✨新連載🌹 【恋ってそんなに夢中になるもの?~エメラルドの瞳は、恋を映さない~】
オリビエは、自らの腕の中にいるパトリックの重みを、魂に刻み込むように感じていた。
「お父たま、パトリック、ずっと会いたかったよ」
幼いパトリックの言葉が、オリビエの胸を激しくかき乱す。三年前、自分が出張という名の淫靡な逃避行に耽っていた時、ステファニーはこの命を守り抜くために、どれほどの孤独と戦っていたのだろう。
「……フィー、僕は……」
「何も言わないで、オリビエ。貴方の言葉ではなく、この三年の『行動』が、私をここへ連れてきたのだから」
ステファニーは、支店長室の窓辺に立ち、港の景色を眺めていた。彼女の横顔は、三年前の絶望に満ちたあの夜よりも、ずっと強く、そして柔らかな光を湛えている。
オリビエはこの三年、一度も贅沢をしなかった。伯爵家の嫡男でありながら、支給される最低限の生活費以外はすべて商会の口座へ戻し、自らは商会の執務室横、仮眠室を住まいに眠るような日々を送った。キャトリーヌへの情欲など、最初からなかったかのように、彼は己の罪を仕事という名の炎で焼き尽くそうとしていた。
一方、あの「守ってやりたい未亡人」キャトリーヌには、救いようのない結末が待っていた。
オリビエという盾を失い、侯爵家の護衛騎士らに監視された彼女に寄ってくる男は、もう一人としていなかった。彼女の武器だった「か弱さ」は、オリビエのような庇護者がいて初めて機能する、虚飾の魅力に過ぎなかったのだ。
彼女はステファニーの差配により、辺境の準男爵家へ後妻として嫁がされた。かつてと同じように、『誰かの決めた筋書き』に従って、彼女の人生はまた塗り替えられたのだ。その報告を聞いても、ステファニーの心に憐れみの一片すら芽生えることはなかった。
「オリビエ。……パトリックが、貴方のことを『すごいお父さまだ』と信じて育ったのは、私がそう教えたからよ」
ステファニーが振り返り、オリビエを真っ直ぐに見据えた。
「貴方が犯した不貞は、一生消えないわ。私が貴方を許す日も、永遠に来ないかもしれない。……でも、私は愛するこの子の『母親』として、彼が愛する父親を奪うことはしたくないの」
オリビエは、その言葉の裏にある「夫婦の愛」の残滓を感じ、涙を拭った。
ステファニーは、彼を突き放すことで救ったのだ。もしあの時、甘い許しを与えていれば、オリビエは自らの弱さに気づかぬまま、慢心に溺れて破滅していただろう。
「フィー、僕は……君がくれたこのチャンスを、命を懸けて守る。パトリックのためだけじゃない。君が、僕という愚かな男を、もう一度『夫』として見てくれるその日まで、僕は君の忠実な夫であり、相棒でありたいんだ」
オリビエはパトリックをそっと降ろし、ステファニーの前で、かつての結婚の誓いのように片膝をついた。
「パトリック、お父さまも一緒に、お家に帰ってもいいかな?」
オリビエが少年に問いかけると、パトリックは満面の笑みでステファニーの顔を見上げた。ステファニーは、ふっと困ったように、けれど幸せそうに微笑んだ。
「……仕方ないわね。パトリックの誕生日の願い事だもの。……オリビエ、貴方の本国への異動命令、受理してもらえるかしら?」
「喜んで! フィー、一生……いや、永遠に、君に従うよ」
二人の視線が重なり、三年間の空白が、静かに埋まっていく。
かつて「秘密の恋」として散ったミモザの花は、今、家族という名の強い樹木となって、二人の未来を支えようとしていた。
一週間後。フォックス伯爵家の屋敷は、黄金色のミモザの花束で埋め尽くされていた。
オリビエとステファニー、そしてパトリック。三人が並んで食卓を囲む光景は、もはやかつての「仮面の夫婦」のものではない。互いの欠点を知り、傷を背負い、それでも共に歩むことを選んだ、真の「夫婦」の姿がそこにあった。
「お母さま、お父さま! ミモザ、きれーい!」
パトリックの声が響く。
ステファニーはオリビエの手を、そっと握りしめた。オリビエはその手の温かさに、一生の誓いを新たにする。
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