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正論のローゼリア
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ローゼリア・エインズワースは、由緒正しき公爵家の令嬢。その輝くような金髪と、宝石のように澄んだ翠の瞳。
かつて学園のサロンの最奥、最高級の茶葉が香るテーブルで、婚約者の『遊び』に悩む令嬢たちに向け、ローゼリアは毅然と正論を言い放っていた。その助言は、凍えるほど冷たいが、迷える令嬢たちの目を覚まさせるには十分な鋭さを持っていた。
ローゼリアがこれほどまでに不貞を嫌悪し、冷徹な理屈を振りかざすようになったのには、理由がある。それは、母であるエインズワース公爵夫人の凄絶な過去に起因していた。
隣国の公爵令嬢だった母マリアンヌは、幼い頃から第二王子の婚約者として育てられた。だが、学園に入学すると同時に、王子は別の令嬢に恋をした。彼は母を公然と蔑ろにし、浮気相手との睦まじい姿を隠そうともしなかった。
自尊心を切り刻まれた母は、自ら婚約解消を願い出た。原因は王子の不貞。幸いにも、隣国を訪問していた今の夫、エインズワース公爵に一目惚れされ結婚に至ったが、一歩間違えれば、望まぬ縁に甘んじるか、領地で一生を終えるはずの身だった。
母は、幼いローゼリアを膝に乗せるたび、呪文のように言い聞かせた。
「男の浮気は最低よ。一度でも裏切る男の病気は、死ぬまで治らない。もしあなたが男の不実に気づいたら、情けなどかけず、証拠を集めて即座に別れるべきよ」
それが母の元婚約者への未練だったのか、あるいは消えない怨嗟だったのかはわからない。しかし、その教えはローゼリアの心に深く根を下ろした。
学園に入学した彼女が、不誠実な婚約者に悩む令嬢に母の受け売りを口にしたのが始まりだった。
「決めるのはあなた自身よ。ただ、裏切りの味を覚えた男が、再びあなたを大切にすることはないわ」
ローゼリア自身は、あくまで選択肢を提示したに過ぎない。別れを強く促したこともなかった。しかし、その言葉があまりに正しく、美しかったために、絶望の淵にいた令嬢たちはそれを「救いの神託」として受け取った。
いつしか彼女は「正論のローゼリア」と呼ばれ、男の遊びを一切許さぬ潔癖な令嬢として、一種の偶像に祭り上げられていったのだ。
学園で婚約者の遊びに悩む令嬢たちに、ローゼリアは母の受け売りを淀みなく説いた。
「決めるのはあなた自身よ。ただ、裏切りの味を覚えた男が、再びあなたを大切にすることはないわ」
実のところ、ローゼリア自身は男女の機微など何一つ理解していなかった。
恋に狂う熱も、裏切られてなお縋りたくなる泥沼のような情愛も、彼女は知らない。箱入り娘として育てられ、小説の中でしか恋愛を知らない潔癖で無垢な少女にとって、浮気は、あってはならない出来事だった。
完璧な婚約者オリビエに愛し抜かれている彼女が語る「正論」など、所詮は持たざる者への綺麗事に過ぎない。しかし、その無垢な残酷さが、かえって神聖な説得力を持って令嬢たちを動かしてしまった。
そして、ローゼリアは致命的なまでに「公爵令嬢」であった。
助言を与え、目の前の令嬢が「ありがとうございます」と涙を拭って去れば、彼女の関わりは終わりだった。その令嬢が、その後にどのような孤独を味わい、どのような苦しい再婚活に身を投じたか。そんな「その後」のことまで気に留めるほど、彼女の心は広くも、暇でもなかった。
たまに社交場で顔を合わせれば、「ごきげんよう、お元気?」と慈悲深い聖女のような微笑みを向ける。だが、その瞳に「あなたのその後の人生に責任を感じている」という色は微塵もない。
助言を受けた令嬢たちの思いは、単純ではなかった。
彼女たちの心には、迷いを断ち切ってくれた感謝と同時に、自分たちの苦悩を「正論」の一言で片付け、自分だけ高みで幸福を独り占めするローゼリアへの、黒い嫉妬と怨嗟が心に沈殿していった。
令嬢たちの羨望の眼差し。ローゼリアは確信していた。自分は母とは違う。私は、完璧に愛される人生を勝ち取ったのだと。
嗅ぎ慣れない香水の香りや、他の女性との不自然な視線。オリビエから漂う微かな違和感に気づかなかったわけではない。
けれど、「正論のローゼリア」という仮面が、彼女自身の目を曇らせていた。
ここから、ローゼリアの完璧だった世界は、本格的に崩壊を始める。次なる戦地、明日はエメラルダたちが待ち構える「針のむしろのお茶会」へと。
____________
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かつて学園のサロンの最奥、最高級の茶葉が香るテーブルで、婚約者の『遊び』に悩む令嬢たちに向け、ローゼリアは毅然と正論を言い放っていた。その助言は、凍えるほど冷たいが、迷える令嬢たちの目を覚まさせるには十分な鋭さを持っていた。
ローゼリアがこれほどまでに不貞を嫌悪し、冷徹な理屈を振りかざすようになったのには、理由がある。それは、母であるエインズワース公爵夫人の凄絶な過去に起因していた。
隣国の公爵令嬢だった母マリアンヌは、幼い頃から第二王子の婚約者として育てられた。だが、学園に入学すると同時に、王子は別の令嬢に恋をした。彼は母を公然と蔑ろにし、浮気相手との睦まじい姿を隠そうともしなかった。
自尊心を切り刻まれた母は、自ら婚約解消を願い出た。原因は王子の不貞。幸いにも、隣国を訪問していた今の夫、エインズワース公爵に一目惚れされ結婚に至ったが、一歩間違えれば、望まぬ縁に甘んじるか、領地で一生を終えるはずの身だった。
母は、幼いローゼリアを膝に乗せるたび、呪文のように言い聞かせた。
「男の浮気は最低よ。一度でも裏切る男の病気は、死ぬまで治らない。もしあなたが男の不実に気づいたら、情けなどかけず、証拠を集めて即座に別れるべきよ」
それが母の元婚約者への未練だったのか、あるいは消えない怨嗟だったのかはわからない。しかし、その教えはローゼリアの心に深く根を下ろした。
学園に入学した彼女が、不誠実な婚約者に悩む令嬢に母の受け売りを口にしたのが始まりだった。
「決めるのはあなた自身よ。ただ、裏切りの味を覚えた男が、再びあなたを大切にすることはないわ」
ローゼリア自身は、あくまで選択肢を提示したに過ぎない。別れを強く促したこともなかった。しかし、その言葉があまりに正しく、美しかったために、絶望の淵にいた令嬢たちはそれを「救いの神託」として受け取った。
いつしか彼女は「正論のローゼリア」と呼ばれ、男の遊びを一切許さぬ潔癖な令嬢として、一種の偶像に祭り上げられていったのだ。
学園で婚約者の遊びに悩む令嬢たちに、ローゼリアは母の受け売りを淀みなく説いた。
「決めるのはあなた自身よ。ただ、裏切りの味を覚えた男が、再びあなたを大切にすることはないわ」
実のところ、ローゼリア自身は男女の機微など何一つ理解していなかった。
恋に狂う熱も、裏切られてなお縋りたくなる泥沼のような情愛も、彼女は知らない。箱入り娘として育てられ、小説の中でしか恋愛を知らない潔癖で無垢な少女にとって、浮気は、あってはならない出来事だった。
完璧な婚約者オリビエに愛し抜かれている彼女が語る「正論」など、所詮は持たざる者への綺麗事に過ぎない。しかし、その無垢な残酷さが、かえって神聖な説得力を持って令嬢たちを動かしてしまった。
そして、ローゼリアは致命的なまでに「公爵令嬢」であった。
助言を与え、目の前の令嬢が「ありがとうございます」と涙を拭って去れば、彼女の関わりは終わりだった。その令嬢が、その後にどのような孤独を味わい、どのような苦しい再婚活に身を投じたか。そんな「その後」のことまで気に留めるほど、彼女の心は広くも、暇でもなかった。
たまに社交場で顔を合わせれば、「ごきげんよう、お元気?」と慈悲深い聖女のような微笑みを向ける。だが、その瞳に「あなたのその後の人生に責任を感じている」という色は微塵もない。
助言を受けた令嬢たちの思いは、単純ではなかった。
彼女たちの心には、迷いを断ち切ってくれた感謝と同時に、自分たちの苦悩を「正論」の一言で片付け、自分だけ高みで幸福を独り占めするローゼリアへの、黒い嫉妬と怨嗟が心に沈殿していった。
令嬢たちの羨望の眼差し。ローゼリアは確信していた。自分は母とは違う。私は、完璧に愛される人生を勝ち取ったのだと。
嗅ぎ慣れない香水の香りや、他の女性との不自然な視線。オリビエから漂う微かな違和感に気づかなかったわけではない。
けれど、「正論のローゼリア」という仮面が、彼女自身の目を曇らせていた。
ここから、ローゼリアの完璧だった世界は、本格的に崩壊を始める。次なる戦地、明日はエメラルダたちが待ち構える「針のむしろのお茶会」へと。
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