婚約者が視線だけで妊娠すると噂のモテ男の副団長で胃が痛い!-黒歴史封印したいのに手遅れです!

恋せよ恋

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テラスに落ちた余韻

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 ナタリアに誘われ夜会に出席したクラリッサは、会場をぐるりと見回していた。
 前回、ウィリアム様と参加したのも久々だったけれど、やはり夜会は華やかだ。着飾った紳士淑女が集い、笑いさざめく光景を眺めているだけで気分が浮き立つ。

「どうだ。気に入った令息は見つかったか?」
 フェルナンド騎士団長――通称フェルナンドお兄様が、からかうように声をかけてくる。

「お兄様、なんてはしたない表現なの! 品位を疑われましてよ。」
 眉をひそめて返すと、フェルナンドは苦笑した。

「まあ、そう言うな。お前の両親とマルクスからも頼まれたんだ。“このままだと行き遅れそうだ”ってな。みんな心配してるんだよ。」

「……(むう)わかっておりますわ。でも、まだ、そういう気持ちにはなれませんの。」

 そんな会話をしていると、その先にウィリアムの姿が見えた。
 相変わらず“お伽話の王子様を実体化したらこうなる”というレベルの麗しい容姿で、場の照明を味方につけてキラキラ輝いている。

(すごいわ……あれほど大好きだったのに、今は冷静に見られるなんて。ウィリアム様って容姿だけは満点よね。)

 フェルナンドに気づいたウィリアムは、こちらへ歩み寄ってきた――が、隣にクラリッサを認めた瞬間、ぴたりと足を止めた。

(あら? わたしに気づいて止まった……。周囲の目を気にしてくださったのか、会いたくなかっただけなのか……さて、どちらかしら。)

 ひと呼吸おいて、ウィリアムは意を決したようにフェルナンドへと挨拶した。

「フェルナンド団長……クッ、クラリッサ嬢。いい夜ですね。夜会を楽しんでおられますか?」
 型どおりの挨拶だけ述べると、視線を泳がせ、まるで棒のように姿勢が固まる。

(えっ!? あなた、あのウィリアム様よね? 黙り込むなんてキャラじゃなかったはずだけど!?)

「ああ、君も夜会を楽しむといい。婚約者のいない君を待っていた女性は多いんじゃないかな。さぞかし人気者だろうよ。……まあ、頑張れ。」
 フェルナンドお兄様の皮肉めいた励ましに、ウィリアムは露骨に嫌そうな顔をした。

「では、私はこれで失礼します。どうぞ夜会を楽しんでください。」
 去り際だけは昔のままの、クラリッサが好きだった“麗しい笑顔”を向けて歩き去っていった。

「ねえ、お兄様。あの人、本当にウィリアム様? もともと交流はなかったから性格は知らないけれど……思ってた方と違うみたい。」

「そうか? ウィリアムはだいたい、あんな感じだぞ。」

 二人は、会場の令息たちと笑顔でグラスを傾けるウィリアムを、しばらく無言で見つめ続けていた。



 遠くから、ウィリアムもクラリッサを見つめていた。
 婚約がウィリアムの有責で破棄され、両親と兄たちからもこっぴどく叱られた。それでも、苦笑まじりで許してもらえたのは、今のウィリアムが反省していることが伝わったからだろう。

 生活態度を改め、不要な外出も避け、女性陣とは距離を置く……これまでとは真逆の生活。これまでも騎士団の仕事はしっかりと務めていたが、日々の鍛錬に一層励んでいる様は表情や体躯に表れている。

 そして迎えた今日の夜会。久々に会ったドレス姿のクラリッサは、本当に美しかった。本来なら、彼女は自分の隣にいたはずなのに……。いまだに切なさが込み上げてくる。
 ジャックに指摘され、片思いを自覚してからと言うもの、ウィリアムはクラリッサに恋焦がれている。もっと早くに気がついていれば、いや、自業自得だ……、でも、しかし。と、思いはぐるぐると巡っている。

 そんなウィリアムに、思いもよらぬ相手から声がかかった。

「……ウィリアム様」

 忘れもしないその声に、はっとして振り返る。その先に立っていたのは――。

「えっ……ルーシー?」

 苦い初恋の相手であり、初めて関係を持った女性。
 かつてヘルツォーク侯爵家に仕えていた侍女、ルーシー男爵令嬢だった。

「ご無沙汰しております。お元気そうで、なによりですわ」

 微笑む彼女は、二十七歳という年齢にふさわしい、円熟した魅力をまとっていた。

「侯爵家をお暇してから……もう八年になりますのね。……あれからずっと、ウィリアム様のことを忘れたことはございませんでした」

 潤んだ瞳で見上げてくるその仕草には、かつて十四歳だった少年には見抜けなかった、女の媚びと、どこか粘つくようないやらしさが滲んでいる。

「夫とは年が離れておりまして……愛情は、どうしても持てませんでしたの」

 含みを持たせた物言いは、今なお自分に想いがあるのだと匂わせていた。

 ――だが。

 今のウィリアムの胸に湧いたのは、懐かしさでも動揺でもなく、ただ一つ。

(……なにを、いまさら)

 十四歳の未熟な少年だった自分は、十九歳のルーシーの女としての魅力に、容易く溺れた。
 しかし今は違う。無駄と言えるほどの女性経験を積んだ今の自分が、ルーシーごときに心を揺らすことはない。

「ダウロ男爵夫人もお元気そうでなによりです。今夜は男爵はご一緒ではないのですか?」

 ウィリアムの、明らかに一線を引いた問いかけを、ルーシーは――『ご夫君がいないのなら、どう?』ーーそう都合よく受け取ったのだろう。

 彼女は、ぐっと距離を詰めてきた。

「今夜は、夫は同席しておりませんの。ですから……ひとりだと、少し心もとなくて」

 甘えるような声と仕草。

 だが、ウィリアムは一歩も引かなかった。

「おっと、誤解なさらないでください。私は友人たちと過ごしておりますので、お相手はできません」

 きっぱりと言い切り、穏やかな礼を添える。

「どうぞ、良い夜をお過ごしください。――今後、個人的な挨拶は不要です。それでは、失礼。」

 そう告げると、ウィリアムは一切振り返ることなく、ルーシーに背を向けて歩き去った。

 ――その背中を向けた瞬間、胸の奥で、長く疼いていたものが静かにほどけるのを感じた。

 傷ついた初恋は、ようやく終わったのだと。




 テラスで涼んでいたクラリッサの元に、ウィリアムが訪れた。

「クラリッサ嬢、こんなところにひとりでいては危険だよ。フェルナンド団長の側を離れないように。もしくは、必ず友人たちと一緒にいたほうがいい。案内するから、そこまで一緒に移動しよう。」

 突然現れ、まるで保護者のように注意を向けてくるウィリアムに驚き、クラリッサは思わず小さく笑ってしまった。

(……ちょっと待って。なんで“保護者ムーブ”なの?あなた、八年間、わたしのこと放置してた人なのよ?今さら“危険だよ”なんて言われても……くすぐったいじゃない。)

 クラリッサの笑い声に、ウィリアムの目が驚きに見開かれた。

「えっ! なにが可笑しかったんだい?」

 オロオロと慌てるその様子に、クラリッサはさらに笑みを深める。

(いや、だって……ウィリアム様がオロオロ?そんなの見たことないんですけど!“完璧イケメンの外装”が今、少し剝がれましたわよ。)

 クラリッサの笑い声を聞きながら、ウィリアムは嬉しそうに目を細めた。

(……可愛いな。どうして俺は、こんな素敵な笑顔を見逃してきたんだ?八年も放置して…… 俺は何をしていた?…… 取り戻したい。失ったものを、取り戻せるだろうか。)

「そんなに笑われると……ちょっと不安になるんだが。」

 困り顔で言うウィリアムに、クラリッサは肩をすくめた。

「ご心配なく。ただ、驚いただけですわ。」

(……本当は“今さらなにを言うのよ”と思ってるけど、言ったら絶対に面倒になるので飲み込んでおきます。)

 ウィリアムは、クラリッサを見つめたまま微かに息を飲んだ。

(もう、こんなふうに笑ってくれないと思っていたのに……。お願いだ。あと少しだけ、この近さにいさせてくれ。)


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