婚約者が視線だけで妊娠すると噂のモテ男の副団長で胃が痛い!-黒歴史封印したいのに手遅れです!

恋せよ恋

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初恋の影が、また動く

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 「ところで……その…… クラリッサ嬢……。」

 ウィリアムがまるで言葉を選ぶように、視線を泳がせる。

(え、なに? そんな“告白前の王子様”みたいな間の置き方する人だった?あなた、いつももっと“俺に惚れろオーラ”で押してくるタイプだったはず……。)

「最近……ずいぶん、変わったよね。雰囲気が。」

 まるで宝物を扱うみたいに慎重な声音だった。

「そうでしょうか? わたくしは、ずっとこのままのつもりでしたけれど。」

(正しくは、“あなたが興味なさすぎて変化に気づけなかっただけ”なんですけどね。)

「いや……変わった。驚くほど。まるで、別人みたいに。」

 ウィリアムは、まっすぐクラリッサを見つめてくる。

(……ちょっと、やめて。その目で見つめられると、なんかこう……ややこしい気持ちになるから。)

「夜会でも、君に注目してる男たちがいた。……すごく、嫌だった。」

「まあ。嫉妬なさったんですの?」

「……少しだけ。」

 珍しく正直に答えるウィリアムに、クラリッサは目を瞬く。

(少しだけ、って言い方がもうズルいのよ。本気で言ってるのか、適当に誤魔化してるのか、読めないじゃない。)

「……でも、わたくしには夜会を楽しむ権利がありますわ。ご心配ありがとう存じます。」

 クラリッサは軽く一礼し、踵を返そうとする。

その瞬間――そっと、袖をつままれた。

「……もう少し一緒にいては、駄目だろうか。」

 控えめで、けれど切実な声音だった。

(えっ……いやいやいや、これ誰?放置王子様はどこに行ったの?“会っても気づかなかった人”が、こんな顔で引き止めるなんて……。)

「駄目、ではありませんけれど……理由を伺っても?」

 ウィリアムは、息を少し震わせた。

「……君と話したい。君が笑うところを、もっと近くで見たい。今日まで、俺はずっと、勘違いばかりしていたんだと思う。」

(っ……そういうこと言うなら、もっと早く言ってくれてもよかったんじゃない?八年。八年よ? 遅刻もいいところなんですけれど。)

 心の中では全力ツッコミしつつも、クラリッサは平静を装って言った。

「……そうですの。では、少しだけ。」

 ほんの少しだけ微笑んで、クラリッサは彼の隣に戻った。

ウィリアムの顔が、ぱあっと明るくなる。

(……ちょっとだけよ。別に、完全に許したわけじゃないんだから。でも……まあ、話くらいなら聞いてあげてもいいわ。)

 しばし並んで夜風に当たっていると、会場の奥から軽やかな音楽が流れてきた。

「……音が聞こえるね」
 ウィリアムが、ためらうようにクラリッサへ視線を向ける。

「ええ、舞踏曲が始まったようですわ。」

(さて、そろそろ戻りましょうか。これ以上ご一緒していると、余計な誤解を招きかねませんし……)

 そう思い、踵を返そうとした――その瞬間。

「クラリッサ嬢。……よければ、少し踊らないか?」

 不意に手が差し出される。ウィリアムの指先が、どこか緊張したように震えていた。

(……え? あのウィリアム様が? “断られたらどうしよう”みたいな顔してるんだけど……。)

「ここで、ですの? ずいぶん突飛なことをおっしゃいますわね。」

「君と踊りたいと思うのは……そんなに変かな?」

( 変じゃないけど、タイミングが遅すぎるのよ。しかも、テラスで? ほんとに?)

 クラリッサは胸の奥がほんの少し温かくなりながらも、表情は涼しげなまま首を傾げた。

「わたくし、ダンスは得意ではございませんのよ?」

「そうなのかい? でも……今日はどうしても、君と踊りたいんだ。」

 ウィリアムは握りしめた拳をゆっくりほどき、再び手を差し出す。先ほどよりもずっと誠実で、どこか切実な仕草。

「……もし嫌でなければ。」

(……なんでそんな目で見つめるの。一歩踏み出したら、また昔みたいに惑わされてしまいそうじゃない。)

 クラリッサはふっと息をつき、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

「一曲だけなら。」

「っ……ありがとう。」

 ウィリアムの表情が一瞬で明るくなった。嬉しさを隠しきれず、まるで少年のように。

(ああもう……。お願いだから、その“素の笑顔”を急に見せないでほしい。余計に、ややこしくなるじゃない……。)

 ウィリアムはそっとクラリッサの手を取り、テラスの中央へとエスコートした。

 月明かりの下、ふたりの影が重なり――音楽に合わせて、ゆっくりと踊りはじめる。

 月だけが、静かに二人を照らしていた……
 そのあまりにも美しい光景に、覗き見していた令嬢やご婦人方が悶え倒れた――とか、倒れなかったとか。
 なお、数名は介抱されたという噂もある。

◇◇◇

 クラリッサが子爵家に帰省した週末、父ルドルフから買い物に誘われた。

(お父様からお買い物のお誘いなんて、珍しいこともあるものね。……なにをお探しなのかしら?)

 どうやら、母アメリアへの誕生日の贈り物を、クラリッサと一緒に選びたいということらしい。これまで一度もそんな申し出はなかったのに――きっと、なにかある。クラリッサはそう確信した。

「お父様、本当はなんですの? なにか隠し事ですの?」

 じっと追及する娘に、ルドルフは観念したように苦笑を浮かべた。

「これは参ったね。クラリッサの勘の鋭さはアメリア譲りかな? ははは……。」

「それで? なんですの。隠さず教えてくださいませ。」

 軽口のあと、ルドルフはふっと表情を引き締めた。その気配に、クラリッサの背筋も自然と伸びる。

「……ウィリアム殿のことだ。」

「ウィリアム様……?」

 ルドルフは歩みを少し緩め、言葉を選ぶように続けた。

「ウィリアム殿が――志願して、本日、ルナリア王国との紛争地域へ出征する。
 第一騎士団の副団長として、避けては通れぬ任務だそうだ。」

 通りの喧騒が続いているはずなのに、クラリッサの世界だけが、ふっと音を失ったように感じられた。

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