婚約者が視線だけで妊娠すると噂のモテ男の副団長で胃が痛い!-黒歴史封印したいのに手遅れです!

恋せよ恋

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恋は、諦めたあとに追いかけてくる

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「絶対に無事に戻ってきて! 約束して!」

 あまりに切実な叫びに、ウィリアムは一瞬、完全にフリーズした。

「えっ……と……ク、クラリッサ?」

 戸惑うウィリアムと、今にも泣き出しそうなクラリッサ――その間には、明らかな温度差があった。

「あ、いや……その……今回は紛争終結後の地域で、規制を整備するための派遣で……いわば、後片付けというか……」

 しどろもどろに説明するウィリアムを前に、クラリッサの眉がきゅっと寄る。

「……え?」

「戦闘は、ない。危険度も低い。期間も、きっちり二週間だ」

 ――沈黙。

 そして、次の瞬間。

「えっ!? 戦いじゃないの!?」

 クラリッサは勢いよく振り返り、声を張り上げた。

「お父様!! もうっ!!」

 突然の抗議に、周囲が一拍遅れて理解し――堪えきれなかったように、あちこちから笑い声が漏れた。

「ははっ、なんだ、そういうことか」
「命がけの別れだと思ってたんだな」
「かわいい勘違いだ」

 クラリッサは、ようやく自分がひとりだけ大河ドラマ級の別れを演じていたことを悟り、顔が真っ赤になる。

(う、嘘でしょう……。わたし、今……相当恥ずかしいこと言ったわよね……?)

 そんな彼女の様子を見て、フェルナンド団長が肩を揺らしながら歩み寄った。

「クラリッサ、落ち着け。二週間だけだ。寂しいだろうが――ちゃんと戻ってくる」

 ぽん、と頭に大きな手が乗せられる。

「待っていてやれ。……まあ、ここまで心配されたら、ウィリアムも死ぬ気で帰ってくるだろうがな」

「だ、団長……!」

 ウィリアムは耳まで赤くし、照れ隠しのように咳払いをした。

 クラリッサはというと――

「……ま、待ちますけど。でも、ちゃんと……ちゃんと戻ってきてくださいませ」

 最後は小さくそう言って、視線を逸らした。

 その横顔を見て、ウィリアムの胸が、静かに音を立てて高鳴った。

(……なんなんだ、この人は ――俺は、君との未来に、希望を抱いてもいいのか?)




 隊列に戻りながらも、頭から離れないのは、さきほどのクラリッサの声だ。

『絶対に無事に戻ってきて! 約束して!』

 ――命の危険など、ほとんどない任務だ。それなのに、あの必死な顔。あの声。

(俺は……あんなふうに心配されたことが、あっただろうか)

 女性に囲まれることは多かった。称賛も、愛想も、甘い言葉も、腐るほど向けられてきた。
 だが、無事でいてほしいと、心から願われたことは――

(……ああ、そうか)

 今さら理解する。

 彼女は、俺を「飾り」でも「称号」でもなく、人として、心配してくれたのだ。

(俺は……)

 自嘲気味に、息を吐く。

(こんな大切なものを、八年も放置していたのか)

 不意に、胸が痛んだ。

(……必ず戻る。今度こそ、ちゃんと向き合う)

 そう、固く誓いながら、馬を進めた。

◇◇◇

 紛争地域・臨時駐屯地。

 書類をまとめていたウィリアムの背後から、聞き慣れた声が飛んできた。

「おい、副団長」

 振り向くと、同僚の騎士たちが揃ってニヤニヤしている。

「……なんだ」

「いやあ? 別に?」
「ただなあ……」

 一人が、ひらひらと紙を振った。

「三通目なんだが?」

 ウィリアムは、ぴたりと動きを止めた。

「……返せ」

「やだね」
「なあ、俺たち、これまで副団長が女性に手紙書くの、見たことないんだけど?」

「しかも内容がさ」
「『必ず戻る』とか『逃げない』とか」

「必死すぎだろ」

 その瞬間、ウィリアムは耳まで真っ赤になった。

「……放っておいてくれ」

「いや無理だろ」
「これ、完全に――」

 全員で声を揃える。

「本気の恋じゃん」

 ウィリアムは観念したように、椅子にもたれた。

「……ああ」

 小さく、だがはっきりと頷く。

「その通りだ」

 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、どっと笑いが起きた。

「うわー、認めた!」
「副団長、ついに落ちた!」
「クラリッサ嬢にぞっこんだ!」

 ウィリアムは、少しだけ目を伏せて言った。

「……手放したことを、後悔するほどの女性だ」

 騎士たちは、からかうのをやめ、静かに口笛を吹いた。

「重症だな」
「そりゃあ、必死にもなるわ」
「だって、クラリッサ嬢だぜ」

 ウィリアムは、胸を軽く押さえる。

(……待っていてくれ)

 この想いだけは、もう、誤魔化さない。


――――――――――
クラリッサ嬢

 突然、手紙などを書いて驚かせていないだろうか。
 だが、どうしても言葉にして伝えたくなった。

 君に見送られたあの日から、
 不思議と心が落ち着いている。

 任務は順調だ。
 危険もなく、兵たちも元気にしている。

 ……それなのに。

 夜、ふと静かになると、
 君が真っ赤な顔で振り返り、
「お父様! もう!」と叫んだ姿が、頭から離れない。

 あのとき、皆が笑っていたけれど、
 俺は――胸が締めつけられた。

 あんなふうに心配される資格が、
 今の俺にあるのかと。

 それでも、君が待っていると思うと、
 帰る場所ができたような気がする。

 約束しよう。
 必ず、無事に戻る。

 そして今度こそ、
 「知らなかった」などという言い訳はしない。

 そのとき、
 また君が笑ってくれるなら――
 それ以上の報酬はない。

                 ウィリアム

――――――――――




 夜更け。王宮の自室で、ランプの灯りの下、わたしは何度目かになる手紙を読み返していた。

( まったく……何回読み返すのよ…… )

 自分で自分に呆れながらも、視線は自然と同じ行に戻ってしまう。

『君が待っていると思うと、帰る場所ができたような気がする』

 胸の奥が、きゅっと締めつけられる。

(なに、それ……)

 かつて、どれほど想っても届かなかった相手。放置され、空気のように扱われ、ようやく「諦めた」と思えた、その人から。

(……ずるい)

 今さら、こんな言葉を寄こすなんて。

 けれど、文字の端々から滲む真面目さに、ふざけてもいないし、取り繕ってもいないとわかってしまう。

(本当に……不器用)

 思わず、小さく息を吐く。

(でも……)

 手紙を胸に抱え、天井を見上げた。

(無事でいてほしいって思う気持ちは、もう、恋じゃないと思っていたのに)

 それが嘘だと、今夜は否定できない。

(……戻ってきたら)

 ふと、心に浮かぶ。

(ちゃんと、話しましょう。逃げないで。わたしも、あなたも)

 ランプの灯りが、静かに揺れた。

◇◇◇

 予定通り、二週間後。

 帰還した第一騎士団の列を見つけた瞬間、クラリッサは思わず一歩、前に出ていた。

(……あ)

 ウィリアムが、こちらを見つける。
 目が合った瞬間――彼の表情が、はっきりと変わった。
 安堵。そして、抑えきれない喜び。人目も憚らず、早足で近づいてくる。

「クラリッサ……!」

「ウィ、ウィリアム様……!」

 気づけば彼は目の前で足を止め、深く息を吐いた。

「……よかった。無事で」

「それは、こちらの台詞ですわ……ふふ」

 ほんのわずかな沈黙が、ふたりのあいだに落ちる。

 次の瞬間、ウィリアムは照れたように視線を逸らし、ぽつりと言った。

「……約束、守れたな」

 クラリッサは一瞬きょとんとして――すぐに、やわらかく微笑む。

「ええ。守ってくださいましたわ」

 その笑顔を見て、ウィリアムの胸が、また高鳴った。

(……ああ)

 これはもう、逃げ場のない恋だ。

 遠くでフェルナンド団長が腕を組み、にやりと笑った。

「まったく……わかりやすいな、お前たちは」

 二人は同時に、真っ赤になった。

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