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公開婚約破棄
広間に現れた謎の男の影に人々が騒然とする中、シモンはそれを「招待客の誰かが仕掛けた悪質な余興」だと断じた。彼は自身の権威を誇示するかのように、大きく一歩前へ出た。
彼は会場の隅で静かに立つセシリアを見つけると、これ以上ないほどの嫌悪をその瞳に宿した。今この瞬間の王者の気分を完成させるためには、かつての婚約者を完膚なきまでに叩きのめし、自らの「正当性」を世間に知らしめる必要があったのだ。
「皆様、お聞きいただきたい!」
シモンの張りのある声が、広間に響き渡った。彼はまるで汚物でも見るかのような指先で、漆黒のドレスを纏ったセシリアを指差した。
「あそこにいるセシリア・ダルク伯爵令嬢。彼女は、我が兄パスカルが行方不明となり、このパルマン家が悲しみに暮れている最中、ただの一度も涙を流すことなく、事務的な書類の処理にのみ没頭していた。それどころか、あのような不吉な黒い服を纏い、まるでパルマン家の没落を祝うかのような振る舞いを続けてきたのだ!」
会場にどよめきが広がった。ヘンリエッタはシモンの背後で震える小鹿のように身を縮め、悲劇のヒロインとしての役柄を完璧に演じていた。
「彼女は、兄の婚約者であったヘンリエッタ様が絶望の淵にいる時でさえ、慈悲の心を持つどころか、冷酷な言葉で彼女を追い詰めた。……セシリア、君のような愛も慈しみも知らぬ女に、誇り高きパルマン侯爵夫人の座は務まらない!」
シモンは自らの言葉に陶酔したように、大きく腕を広げた。
「よって、今この場を借りて宣言する! セシリア・ダルクとの婚約を、本日、正式に破棄する! 僕は、愛を知り、痛みを分かち合えるヘンリエッタ・モンクトン侯爵令嬢と共に、この家の新しい時代を築いていくのだ!」
拍手と、セシリアへの軽蔑の視線が突き刺さる。シモンは勝ち誇った顔で彼女を見下ろした。
「さあ、何か言ったらどうだ? 自分の非情さが招いたこの結果を、お得意の理屈で説明してみろ!」
セシリアは、ゆっくりと数歩、壇上へと近づいた。装飾のない黒いドレスが、磨き上げられた大理石の上を滑る。彼女の静かな足取りに、なぜか会場の熱気が一瞬で冷めていった。
「……シモン様。貴方が仰る『慈悲』とは、婚約者の権利を公然と奪い、他家の令嬢を甘やかすことを指すのでしょうか? そして貴方が仰る『愛』とは、兄君の不在をいいことに、その座と婚約者を同時に略奪することを正当化するための言葉なのでしょうか?」
「黙れ! 君のその不遜な口が、ヘンリエッタをどれだけ傷つけたか分かっているのか!」
「いいえ。傷ついているのは、貴方ですわ、シモン様」
セシリアは彼の視線を真っ向から受け止め、静かに微笑んだ。
「貴方は自分がパルマン家の主になれると信じ込んでいる。けれど、その隣にいらっしゃる女性が纏っているドレスを……よくご覧なさいませ」
セシリアの言葉に、会場中の視線がヘンリエッタのオリーブ色のドレスに集中した。その豪華なレースの模様。獅子とオリーブが絡み合う、禁忌の意匠。
「それは、当主が認めた『正嫡の妻』のみが許される装束。……公式な許可もなく、ましてや次男の独断でそれを着せることは、パルマン家の家法に対する重大な侮辱にあたる。シモン様、貴方は今、この場にいる全員の前で、自分が『家督を継ぐ資格のない不敬者』であることを証明してしまったのだ」
「な……何を馬鹿なことを! これは僕が彼女に与えたものだ!」
「いいえ。それは、私がパスカル様から預かっていたものですわ」
その名を口にした瞬間、広間の入り口で静止していた影が、ゆっくりと動き出した。杖が床を打つ、硬く重い音が、シモンの心臓を直撃するように響く。
「その通りだ、シモン。私の許しなく、誰がそのドレスに袖を通すことを認めた?」
その声が響いた瞬間、会場は静まり返った。シモンの顔から血の気が失せ、ヘンリエッタは、自分が纏っているドレスがまるで燃え盛る炎であるかのように身悶えした。
嵐の亡霊が、ついに光の下へと姿を現したのだ。
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彼は会場の隅で静かに立つセシリアを見つけると、これ以上ないほどの嫌悪をその瞳に宿した。今この瞬間の王者の気分を完成させるためには、かつての婚約者を完膚なきまでに叩きのめし、自らの「正当性」を世間に知らしめる必要があったのだ。
「皆様、お聞きいただきたい!」
シモンの張りのある声が、広間に響き渡った。彼はまるで汚物でも見るかのような指先で、漆黒のドレスを纏ったセシリアを指差した。
「あそこにいるセシリア・ダルク伯爵令嬢。彼女は、我が兄パスカルが行方不明となり、このパルマン家が悲しみに暮れている最中、ただの一度も涙を流すことなく、事務的な書類の処理にのみ没頭していた。それどころか、あのような不吉な黒い服を纏い、まるでパルマン家の没落を祝うかのような振る舞いを続けてきたのだ!」
会場にどよめきが広がった。ヘンリエッタはシモンの背後で震える小鹿のように身を縮め、悲劇のヒロインとしての役柄を完璧に演じていた。
「彼女は、兄の婚約者であったヘンリエッタ様が絶望の淵にいる時でさえ、慈悲の心を持つどころか、冷酷な言葉で彼女を追い詰めた。……セシリア、君のような愛も慈しみも知らぬ女に、誇り高きパルマン侯爵夫人の座は務まらない!」
シモンは自らの言葉に陶酔したように、大きく腕を広げた。
「よって、今この場を借りて宣言する! セシリア・ダルクとの婚約を、本日、正式に破棄する! 僕は、愛を知り、痛みを分かち合えるヘンリエッタ・モンクトン侯爵令嬢と共に、この家の新しい時代を築いていくのだ!」
拍手と、セシリアへの軽蔑の視線が突き刺さる。シモンは勝ち誇った顔で彼女を見下ろした。
「さあ、何か言ったらどうだ? 自分の非情さが招いたこの結果を、お得意の理屈で説明してみろ!」
セシリアは、ゆっくりと数歩、壇上へと近づいた。装飾のない黒いドレスが、磨き上げられた大理石の上を滑る。彼女の静かな足取りに、なぜか会場の熱気が一瞬で冷めていった。
「……シモン様。貴方が仰る『慈悲』とは、婚約者の権利を公然と奪い、他家の令嬢を甘やかすことを指すのでしょうか? そして貴方が仰る『愛』とは、兄君の不在をいいことに、その座と婚約者を同時に略奪することを正当化するための言葉なのでしょうか?」
「黙れ! 君のその不遜な口が、ヘンリエッタをどれだけ傷つけたか分かっているのか!」
「いいえ。傷ついているのは、貴方ですわ、シモン様」
セシリアは彼の視線を真っ向から受け止め、静かに微笑んだ。
「貴方は自分がパルマン家の主になれると信じ込んでいる。けれど、その隣にいらっしゃる女性が纏っているドレスを……よくご覧なさいませ」
セシリアの言葉に、会場中の視線がヘンリエッタのオリーブ色のドレスに集中した。その豪華なレースの模様。獅子とオリーブが絡み合う、禁忌の意匠。
「それは、当主が認めた『正嫡の妻』のみが許される装束。……公式な許可もなく、ましてや次男の独断でそれを着せることは、パルマン家の家法に対する重大な侮辱にあたる。シモン様、貴方は今、この場にいる全員の前で、自分が『家督を継ぐ資格のない不敬者』であることを証明してしまったのだ」
「な……何を馬鹿なことを! これは僕が彼女に与えたものだ!」
「いいえ。それは、私がパスカル様から預かっていたものですわ」
その名を口にした瞬間、広間の入り口で静止していた影が、ゆっくりと動き出した。杖が床を打つ、硬く重い音が、シモンの心臓を直撃するように響く。
「その通りだ、シモン。私の許しなく、誰がそのドレスに袖を通すことを認めた?」
その声が響いた瞬間、会場は静まり返った。シモンの顔から血の気が失せ、ヘンリエッタは、自分が纏っているドレスがまるで燃え盛る炎であるかのように身悶えした。
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