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破滅の足音
その夜、セバスチャンは王都の片隅にある、ヤスミン男爵夫人の別宅を訪れていた。
豪奢な香油が焚かれた薄暗い部屋で、ヤスミンの甘ったるい笑い声が響く。
「あら、セバスチャン様。今夜は随分と晴れやかなお顔をしていらっしゃること。ミランダ様は、まだ寝込んでいらっしゃるの?」
「いや、今朝からすっかり元気になってね。昨日まで熱を出していたとは思えないほど、いつも通り完璧に執務をこなしているよ。……ただ、少し変わったかな。以前のように僕を咎めるような目で見ることがなくなったんだ」
セバスチャンは、差し出されたワインを一口飲み、満足げに背もたれに体を預けた。
「昨日、隣の部屋で僕たちが話していたのが聞こえたのかもしれないな。彼女もようやく、自分の『正論』がどれほど僕を追い詰めていたか、そして僕が外に癒やしを求めても文句が言えない立場だということを理解したんだろう」
「まあ! それは素晴らしいことですわ」
ヤスミンは扇で口元を隠しながら、瞳の奥にどす黒い悦びを灯した。
ヤスミンにとって、ミランダは人生最大の「敵」だった。
学園時代、彼女もセバスチャンを狙っていた一人だ。端正な顔立ちの若き騎士候補生。彼を射止め、子爵家の夫人におさまる……そんな未来を描いていた。
だが、セバスチャンが選んだのは、非の打ち所がない伯爵令嬢・ミランダだった。
ヤスミンは敗北し、親の決めた、親子ほども年の離れた冴えない男爵の後妻として嫁がされた。
(あの時の屈辱、一日たりとも忘れたことはありませんわ……ミランダ)
だからこそ、セバスチャンと再会し、彼が「妻は息苦しい」と自分に縋ってきた時、ヤスミンはかつてない全能感を味わった。
いくら家柄が良く、有能で、財産があろうとも、結局夫の心は私が掴んでいる。自分よりもずっと低い身分の娘に夫を寝取られ、それを笑い者にされていることすら気づかない、哀れなミランダ。
「勝ったわ、私の勝ちですわ……」
ヤスミンは、ミランダに「勝った」という陶酔感に浸り、セバスチャンの腕に絡みついた。
「ねえ、セバスチャン様。デボラさんのことも、ミランダ様はもうお認めになったのでしょう? 今夜、彼女もここに呼びましたのよ。彼女、あなたに会いたくて仕方ないんですって」
部屋の扉が開き、幼い顔立ちのデボラが控えめに入ってきた。
「あ……セバスチャン様。こんばんは」
「デボラ! こっちへおいで」
セバスチャンは嬉々として、愛する「癒やし」を自分の膝に招いた。
十八歳の無知な少女と、嫉妬に狂った男爵夫人。この歪な組み合わせの中に、セバスチャンは自分を「王」のように感じさせてくれる、最高の居場所を見出していた。
「ミランダは真面目すぎて、遊びというものを知らないんだ。あんなに完璧に家を切り盛りしていても、結局は僕を退屈させるだけ。……その点、君たちは最高だよ。僕のことを理解して、優しく受け入れてくれる」
「本当ですわ。あの方は真面目すぎて、自分がどれほど周囲に嫌われているかさえ気づかないのでしょうね。……あら、そういえば、ミランダ様がおっしゃっていた『贈り物』、明日でしたわね?」
「ああ。母上にも宝石を贈ると言っていたし、きっと僕にも、機嫌取りに何か高価なものを贈るつもりだろう。あいつには、それくらいしか僕を引き止める術がないんだから」
セバスチャンは高笑いした。
ミランダが、自分の不実に気づき、必死に自分を繋ぎ止めようとしている――そう、都合よく解釈していたのだ。
ヤスミンもまた、心の中でミランダを嘲笑った。
(可哀想に。いくら金を積んでも、愛はお金では買えないのに。明日の朝、あなたが用意した『贈り物』を、セバスチャン様と一緒に笑って差し上げますわ)
だが、彼らはまだ知らない。
ミランダが用意した「贈り物」が、マレーネ子爵家という名前だけの抜け殻を、一瞬で消し飛ばす「死刑執行状」であることを。
セバスチャンはデボラの肩を抱き、ヤスミンと杯を交わしながら、淫靡な眠りへと誘われていった。
自分たちが今夜、人生最後の「豪華な夢」を見ていることにも気づかずに。
その頃、マレーネ子爵邸のミランダの部屋では。子供たちを乗せるための馬車が、音もなく裏門へと回されていた。
暗闇の中で、ミランダの瞳だけが、獲物を狙う鷹のように冷たく冴え渡っていた。
(さあ……明日になれば、すべてが終わりますわ)
__________
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📢新連載🌹【婚約者が義妹とバックハグしながらお茶しています。生理的に無理なので婚約破棄します!】
豪奢な香油が焚かれた薄暗い部屋で、ヤスミンの甘ったるい笑い声が響く。
「あら、セバスチャン様。今夜は随分と晴れやかなお顔をしていらっしゃること。ミランダ様は、まだ寝込んでいらっしゃるの?」
「いや、今朝からすっかり元気になってね。昨日まで熱を出していたとは思えないほど、いつも通り完璧に執務をこなしているよ。……ただ、少し変わったかな。以前のように僕を咎めるような目で見ることがなくなったんだ」
セバスチャンは、差し出されたワインを一口飲み、満足げに背もたれに体を預けた。
「昨日、隣の部屋で僕たちが話していたのが聞こえたのかもしれないな。彼女もようやく、自分の『正論』がどれほど僕を追い詰めていたか、そして僕が外に癒やしを求めても文句が言えない立場だということを理解したんだろう」
「まあ! それは素晴らしいことですわ」
ヤスミンは扇で口元を隠しながら、瞳の奥にどす黒い悦びを灯した。
ヤスミンにとって、ミランダは人生最大の「敵」だった。
学園時代、彼女もセバスチャンを狙っていた一人だ。端正な顔立ちの若き騎士候補生。彼を射止め、子爵家の夫人におさまる……そんな未来を描いていた。
だが、セバスチャンが選んだのは、非の打ち所がない伯爵令嬢・ミランダだった。
ヤスミンは敗北し、親の決めた、親子ほども年の離れた冴えない男爵の後妻として嫁がされた。
(あの時の屈辱、一日たりとも忘れたことはありませんわ……ミランダ)
だからこそ、セバスチャンと再会し、彼が「妻は息苦しい」と自分に縋ってきた時、ヤスミンはかつてない全能感を味わった。
いくら家柄が良く、有能で、財産があろうとも、結局夫の心は私が掴んでいる。自分よりもずっと低い身分の娘に夫を寝取られ、それを笑い者にされていることすら気づかない、哀れなミランダ。
「勝ったわ、私の勝ちですわ……」
ヤスミンは、ミランダに「勝った」という陶酔感に浸り、セバスチャンの腕に絡みついた。
「ねえ、セバスチャン様。デボラさんのことも、ミランダ様はもうお認めになったのでしょう? 今夜、彼女もここに呼びましたのよ。彼女、あなたに会いたくて仕方ないんですって」
部屋の扉が開き、幼い顔立ちのデボラが控えめに入ってきた。
「あ……セバスチャン様。こんばんは」
「デボラ! こっちへおいで」
セバスチャンは嬉々として、愛する「癒やし」を自分の膝に招いた。
十八歳の無知な少女と、嫉妬に狂った男爵夫人。この歪な組み合わせの中に、セバスチャンは自分を「王」のように感じさせてくれる、最高の居場所を見出していた。
「ミランダは真面目すぎて、遊びというものを知らないんだ。あんなに完璧に家を切り盛りしていても、結局は僕を退屈させるだけ。……その点、君たちは最高だよ。僕のことを理解して、優しく受け入れてくれる」
「本当ですわ。あの方は真面目すぎて、自分がどれほど周囲に嫌われているかさえ気づかないのでしょうね。……あら、そういえば、ミランダ様がおっしゃっていた『贈り物』、明日でしたわね?」
「ああ。母上にも宝石を贈ると言っていたし、きっと僕にも、機嫌取りに何か高価なものを贈るつもりだろう。あいつには、それくらいしか僕を引き止める術がないんだから」
セバスチャンは高笑いした。
ミランダが、自分の不実に気づき、必死に自分を繋ぎ止めようとしている――そう、都合よく解釈していたのだ。
ヤスミンもまた、心の中でミランダを嘲笑った。
(可哀想に。いくら金を積んでも、愛はお金では買えないのに。明日の朝、あなたが用意した『贈り物』を、セバスチャン様と一緒に笑って差し上げますわ)
だが、彼らはまだ知らない。
ミランダが用意した「贈り物」が、マレーネ子爵家という名前だけの抜け殻を、一瞬で消し飛ばす「死刑執行状」であることを。
セバスチャンはデボラの肩を抱き、ヤスミンと杯を交わしながら、淫靡な眠りへと誘われていった。
自分たちが今夜、人生最後の「豪華な夢」を見ていることにも気づかずに。
その頃、マレーネ子爵邸のミランダの部屋では。子供たちを乗せるための馬車が、音もなく裏門へと回されていた。
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