ねえ、騎士様。妻の持参金で愛人を囲うのはどんな気分かしら?

恋せよ恋

文字の大きさ
9 / 11

破滅の足音

  その夜、セバスチャンは王都の片隅にある、ヤスミン男爵夫人の別宅を訪れていた。

 豪奢な香油が焚かれた薄暗い部屋で、ヤスミンの甘ったるい笑い声が響く。

「あら、セバスチャン様。今夜は随分と晴れやかなお顔をしていらっしゃること。ミランダ様は、まだ寝込んでいらっしゃるの?」

「いや、今朝からすっかり元気になってね。昨日まで熱を出していたとは思えないほど、いつも通り完璧に執務をこなしているよ。……ただ、少し変わったかな。以前のように僕を咎めるような目で見ることがなくなったんだ」

 セバスチャンは、差し出されたワインを一口飲み、満足げに背もたれに体を預けた。

「昨日、隣の部屋で僕たちが話していたのが聞こえたのかもしれないな。彼女もようやく、自分の『正論』がどれほど僕を追い詰めていたか、そして僕が外に癒やしを求めても文句が言えない立場だということを理解したんだろう」

「まあ! それは素晴らしいことですわ」

 ヤスミンは扇で口元を隠しながら、瞳の奥にどす黒い悦びを灯した。

 ヤスミンにとって、ミランダは人生最大の「敵」だった。

 学園時代、彼女もセバスチャンを狙っていた一人だ。端正な顔立ちの若き騎士候補生。彼を射止め、子爵家の夫人におさまる……そんな未来を描いていた。

 だが、セバスチャンが選んだのは、非の打ち所がない伯爵令嬢・ミランダだった。

 ヤスミンは敗北し、親の決めた、親子ほども年の離れた冴えない男爵の後妻として嫁がされた。

(あの時の屈辱、一日たりとも忘れたことはありませんわ……ミランダ)

 だからこそ、セバスチャンと再会し、彼が「妻は息苦しい」と自分に縋ってきた時、ヤスミンはかつてない全能感を味わった。

 いくら家柄が良く、有能で、財産があろうとも、結局夫の心は私が掴んでいる。自分よりもずっと低い身分の娘に夫を寝取られ、それを笑い者にされていることすら気づかない、哀れなミランダ。

「勝ったわ、私の勝ちですわ……」

 ヤスミンは、ミランダに「勝った」という陶酔感に浸り、セバスチャンの腕に絡みついた。

「ねえ、セバスチャン様。デボラさんのことも、ミランダ様はもうお認めになったのでしょう? 今夜、彼女もここに呼びましたのよ。彼女、あなたに会いたくて仕方ないんですって」

 部屋の扉が開き、幼い顔立ちのデボラが控えめに入ってきた。

「あ……セバスチャン様。こんばんは」

「デボラ! こっちへおいで」

 セバスチャンは嬉々として、愛する「癒やし」を自分の膝に招いた。

 十八歳の無知な少女と、嫉妬に狂った男爵夫人。この歪な組み合わせの中に、セバスチャンは自分を「王」のように感じさせてくれる、最高の居場所を見出していた。

「ミランダは真面目すぎて、遊びというものを知らないんだ。あんなに完璧に家を切り盛りしていても、結局は僕を退屈させるだけ。……その点、君たちは最高だよ。僕のことを理解して、優しく受け入れてくれる」

「本当ですわ。あの方は真面目すぎて、自分がどれほど周囲に嫌われているかさえ気づかないのでしょうね。……あら、そういえば、ミランダ様がおっしゃっていた『贈り物』、明日でしたわね?」

「ああ。母上にも宝石を贈ると言っていたし、きっと僕にも、機嫌取りに何か高価なものを贈るつもりだろう。あいつには、それくらいしか僕を引き止める術がないんだから」

 セバスチャンは高笑いした。

 ミランダが、自分の不実に気づき、必死に自分を繋ぎ止めようとしている――そう、都合よく解釈していたのだ。

 ヤスミンもまた、心の中でミランダを嘲笑った。

(可哀想に。いくら金を積んでも、愛はお金では買えないのに。明日の朝、あなたが用意した『贈り物』を、セバスチャン様と一緒に笑って差し上げますわ)

 だが、彼らはまだ知らない。

 ミランダが用意した「贈り物」が、マレーネ子爵家という名前だけの抜け殻を、一瞬で消し飛ばす「死刑執行状」であることを。

 セバスチャンはデボラの肩を抱き、ヤスミンと杯を交わしながら、淫靡な眠りへと誘われていった。

 自分たちが今夜、人生最後の「豪華な夢」を見ていることにも気づかずに。


  その頃、マレーネ子爵邸のミランダの部屋では。子供たちを乗せるための馬車が、音もなく裏門へと回されていた。

 暗闇の中で、ミランダの瞳だけが、獲物を狙う鷹のように冷たく冴え渡っていた。

(さあ……明日になれば、すべてが終わりますわ)
__________

エール📣いいね❤️お気に入り⭐️応援よろしくお願いします🙇‍♀️

📢新連載🌹【婚約者が義妹とバックハグしながらお茶しています。生理的に無理なので婚約破棄します!】

あなたにおすすめの小説

片思いの貴方に何度も告白したけど断られ続けてきた

アリス
恋愛
幼馴染で学生の頃から、ずっと好きだった人。 高校生くらいから何十回も告白した。 全て「好きなの」 「ごめん、断る」 その繰り返しだった。 だけど彼は優しいから、時々、ご飯を食べに行ったり、デートはしてくれる。 紛らわしいと思う。 彼に好きな人がいるわけではない。 まだそれなら諦めがつく。 彼はカイル=クレシア23歳 イケメンでモテる。 私はアリア=ナターシャ20歳 普通で人には可愛い方だと言われた。 そんなある日 私が20歳になった時だった。 両親が見合い話を持ってきた。 最後の告白をしようと思った。 ダメなら見合いをすると言った。 その見合い相手に溺愛される。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

夫の告白に衝撃「家を出て行け!」幼馴染と再婚するから子供も置いて出ていけと言われた。

佐藤 美奈
恋愛
伯爵家の長男レオナルド・フォックスと公爵令嬢の長女イリス・ミシュランは結婚した。 三人の子供に恵まれて平穏な生活を送っていた。 だがその日、夫のレオナルドの言葉で幸せな家庭は崩れてしまった。 レオナルドは幼馴染のエレナと再婚すると言い妻のイリスに家を出て行くように言う。 イリスは驚くべき告白に動揺したような表情になる。 「子供の親権も放棄しろ!」と言われてイリスは戸惑うことばかりで、どうすればいいのか分からなくて混乱した。

皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜

百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。 「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」 ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!? ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……? サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います! ※他サイト様にも掲載

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。