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静寂の侯爵邸と、よぎる暗雲
バーナード様との顔合わせから数ヶ月。出戻った実家のバークレー伯爵邸を離れ、トーラス侯爵家へと輿入れした。
お互いに再婚同士、それも私は夫を『不慮の事故』で亡くし、喪が明けたばかりの身。華やかな結婚式などは行わず、両家の親族のみを招いたささやかな晩餐会が、私たちの門出を祝う唯一の儀式となった。
その席で私を救ってくれたのは、予想に反して温厚な義両親の姿だった。
隠居されている前侯爵夫妻は、私の手を取り、慈しむような眼差しで迎えてくださった。
「ダニエラさん、よく来てくれましたね。ザイル伯爵のことは……本当に気の毒なことでした。貴女のような心優しい令嬢が、どれほど心を痛めたことか」
前侯爵夫人は、私の苦労を労うように何度も頷いてくださった。私の不運な過去を「不吉」と切り捨てるのではなく、一人の女性としての傷を真っ当に同情してくれたことが、どれほど私の凍りついた心を溶かしたか分からない。
私の両親も、この格上の縁談が成立したことに胸を撫で下ろし、「これからは、この家で幸せにおなり」と、涙ぐみながら私を送り出してくれた。
(……ああ。今度こそ、今度こそ平穏な生活が送れるのかもしれない)
そんな希望を胸に抱き、私はトーラス侯爵邸での生活を始めたのだが。
――現実は、私の淡い期待を嘲笑うかのように、静まり返っていた。
「奥様、本日も閣下は王宮より戻られないとのことです。急ぎの公務が立て込んでおり、執務室にて寝泊まりされると……」
老執事の申し訳なさそうな報告を聞くのは、これで何度目だろうか。
結婚して一ヶ月。私は、夫であるバーナード様と、まともに食事を共にした記憶がほとんどない。
朝、私が目覚める頃には彼はすでに王宮へと発っており、深夜、私が眠りにつく頃にようやく馬車の音が聞こえる。たまに顔を合わせても、彼は「変わりはないか」と短く問いかけるだけで、すぐに執務机へと戻ってしまうのだ。
(やっぱり、こうなってしまうのね……)
広すぎる主寝室で一人、私は冷めた紅茶を眺めながら溜息をついた。
確かに、顔合わせの席で「愛など求めない」と合意したのは私だ。彼が私に構わないのは、ある意味で契約通りであり、理想的な「無関心」と言えるのかもしれない。
けれど、邸内を歩けば、使用人たちの同情に満ちた視線が刺さる。
「新しい奥様も、やはり冷遇されているのだわ」
「閣下は、あの方以外には心を開かないものね」
そんな囁きが、廊下の角から聞こえてくるたびに、胸の奥がチリチリと焼けるような感覚に陥る。
パトリス様の時は、外面だけは「仲睦まじい夫婦」だった。彼は私に愛を囁き、夜を共に過ごした。穏やかに微笑みながら、そしてその裏で愛人を囲っていた。
対してバーナード様は、外面を繕うことさえしない。多忙を理由に私を放置し、この広い邸宅で、私はただの「お飾りの妻」として置かれているかのようだった。
「……私の男運、やっぱり最悪なままなのかしら」
ぽつりとこぼれた言葉は、贅を尽くした部屋の壁に虚しく反響した。
裏切られるよりは、放置される方がマシ。
嘘を吐かれるよりは、無関心でいられる方がマシ。
そう自分に言い聞かせてきたはずなのに。かつての不倫騒動という劇薬の後遺症か、この「平穏すぎる孤独」が、かえって得体の知れない不安を呼び起こす。
彼は本当に、ただ公務が忙しいだけなのだろうか。
それとも、顔合わせの席で見せたあの「微かな熱」さえも、私の見間違いだったのか。
あるいは、噂通りに「真に愛する人」への操を立てるために、私との接触を避けているのだろうか。
私は、自分が想像以上にバーナード様のことを知りたがっている事実に気づき、慌てて首を振った。
いけない。期待は絶望の始まりだ。
私はただの、男運の悪い未亡人。この家で、義両親の優しさに守られながら、穏やかに生きていければそれで十分なはずなのに。
私の二度目の結婚生活は、まだ始まったばかりだというのに。
暗い夜の静寂の中で、私はただ静かに、独り寝の寝台に身を沈めた。
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お互いに再婚同士、それも私は夫を『不慮の事故』で亡くし、喪が明けたばかりの身。華やかな結婚式などは行わず、両家の親族のみを招いたささやかな晩餐会が、私たちの門出を祝う唯一の儀式となった。
その席で私を救ってくれたのは、予想に反して温厚な義両親の姿だった。
隠居されている前侯爵夫妻は、私の手を取り、慈しむような眼差しで迎えてくださった。
「ダニエラさん、よく来てくれましたね。ザイル伯爵のことは……本当に気の毒なことでした。貴女のような心優しい令嬢が、どれほど心を痛めたことか」
前侯爵夫人は、私の苦労を労うように何度も頷いてくださった。私の不運な過去を「不吉」と切り捨てるのではなく、一人の女性としての傷を真っ当に同情してくれたことが、どれほど私の凍りついた心を溶かしたか分からない。
私の両親も、この格上の縁談が成立したことに胸を撫で下ろし、「これからは、この家で幸せにおなり」と、涙ぐみながら私を送り出してくれた。
(……ああ。今度こそ、今度こそ平穏な生活が送れるのかもしれない)
そんな希望を胸に抱き、私はトーラス侯爵邸での生活を始めたのだが。
――現実は、私の淡い期待を嘲笑うかのように、静まり返っていた。
「奥様、本日も閣下は王宮より戻られないとのことです。急ぎの公務が立て込んでおり、執務室にて寝泊まりされると……」
老執事の申し訳なさそうな報告を聞くのは、これで何度目だろうか。
結婚して一ヶ月。私は、夫であるバーナード様と、まともに食事を共にした記憶がほとんどない。
朝、私が目覚める頃には彼はすでに王宮へと発っており、深夜、私が眠りにつく頃にようやく馬車の音が聞こえる。たまに顔を合わせても、彼は「変わりはないか」と短く問いかけるだけで、すぐに執務机へと戻ってしまうのだ。
(やっぱり、こうなってしまうのね……)
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確かに、顔合わせの席で「愛など求めない」と合意したのは私だ。彼が私に構わないのは、ある意味で契約通りであり、理想的な「無関心」と言えるのかもしれない。
けれど、邸内を歩けば、使用人たちの同情に満ちた視線が刺さる。
「新しい奥様も、やはり冷遇されているのだわ」
「閣下は、あの方以外には心を開かないものね」
そんな囁きが、廊下の角から聞こえてくるたびに、胸の奥がチリチリと焼けるような感覚に陥る。
パトリス様の時は、外面だけは「仲睦まじい夫婦」だった。彼は私に愛を囁き、夜を共に過ごした。穏やかに微笑みながら、そしてその裏で愛人を囲っていた。
対してバーナード様は、外面を繕うことさえしない。多忙を理由に私を放置し、この広い邸宅で、私はただの「お飾りの妻」として置かれているかのようだった。
「……私の男運、やっぱり最悪なままなのかしら」
ぽつりとこぼれた言葉は、贅を尽くした部屋の壁に虚しく反響した。
裏切られるよりは、放置される方がマシ。
嘘を吐かれるよりは、無関心でいられる方がマシ。
そう自分に言い聞かせてきたはずなのに。かつての不倫騒動という劇薬の後遺症か、この「平穏すぎる孤独」が、かえって得体の知れない不安を呼び起こす。
彼は本当に、ただ公務が忙しいだけなのだろうか。
それとも、顔合わせの席で見せたあの「微かな熱」さえも、私の見間違いだったのか。
あるいは、噂通りに「真に愛する人」への操を立てるために、私との接触を避けているのだろうか。
私は、自分が想像以上にバーナード様のことを知りたがっている事実に気づき、慌てて首を振った。
いけない。期待は絶望の始まりだ。
私はただの、男運の悪い未亡人。この家で、義両親の優しさに守られながら、穏やかに生きていければそれで十分なはずなのに。
私の二度目の結婚生活は、まだ始まったばかりだというのに。
暗い夜の静寂の中で、私はただ静かに、独り寝の寝台に身を沈めた。
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