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【3】婚約破棄
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一人廊下に取り残されたディアナは呆然とユアンを見送った。
「ユアン様……」
小さな呟きも広すぎる廊下ではすぐに消えてしまう。
両親も。
屋敷の人間も。
友達も。
城のメイドも。
皇帝陛下でさえ笑いかけてくれた。
みんながおめでとうと言ってくれた。
誰もが自分を羨んだ。
けれど一番祝福してほしい人には認めてもらうことさえ叶わない。
ユアンが立ち去ってからもディアナはその場から動くことが出来ずにいた。浮かれていたはずの心にはは影が差し、気持ちは深く沈んでいく。
これが言い掛かりであれば怒ることも出来ただろう。憤りに身を任せ、抗議し、ユアンを非難する権利があった。それなのに何も言い返せないのは、ユアンの言葉が全て真実だったから。
レナードを愛しているわけじゃない。好きでもないくせに、皇太子妃になれることばかりに喜んでいた。
それをユアンに指摘されて自分が恥ずかしいと思った。舞い上がるばかりで気付きもしなかったことが情けないとさえ思う。兄弟仲の良いユアンにとって、弟の地位しか見ていないディアナは嫌悪の対象だったのだ。
ディアナは生まれて初めて、自分に対して惨めという感情を抱いた。こんなにも苦しい感情があることを初めて知った。そして何より悔しいのは、何も言い返すことの出来ない自分自身だ。
俯き、唇を噛めば、美しい床に涙の痕が残る。
やがてディアナを探しに訪れた大人たちは、泣きだす少女を見つけて騒ぎになった。しかしディアナはあまりの惨めさにユアンと出会ったことを隠し、退屈で部屋を飛び出して迷子になったと嘘を吐いた。一人で心細かったと言えば、誰もが納得してくれたのは幸いだ。
ユアンが真実を語れば嘘は見破られてしまうが、わざわざ彼が訂正するとは思えない。他人には興味がないと、幼いなくても彼は雄弁に語っていたのだから。
それからというもの、ディアナはユアン・ランフォードが苦手になった。いっそ嫌いと言えたのなら清々するが、図星を指されたから嫌いになったというのは、自分の価値を貶めているようで認めたくはない。
ユアンの名が上がれば話題を逸らし、彼の出席するパーティーには出来るだけ参加しないよう心掛けた。
パーティー会場に着いて最初に行うのはユアンの姿を探すこと。出来る事ならもう二度と顔を合わせたくはないと、いつも逃げるためにユアンの姿を追いかけていた。
ユアンとの気まずさもあり、レナードとは名ばかりの婚約者から進展する事はない。レナードを訪ねてユアンと顔を合わせるのも、レナードの口からユアンの話を訊くのも、何もかもが怖かった。
また同じ醜態を晒すことは耐えられない。たとえ名ばかりでも、レナードの婚約者でいられるだけで幸せだった。
しかし数年のうちに情勢は変わる。帝国にはディアナではなく、希少な魔女の血を入れるべきという意見が出始めたのだ。
またしても本人たちの意思には関係なく、ディアナは一方的に婚約を破棄されたのである。
父親に呼び出された書斎で、ディアナは初めて婚約破棄の事実を知らされた。
婚約も唐突なら、破棄されるのも一瞬だ。劇的な物語もなく、事務的なものだった。関係は静かに白紙に戻されていた。いっそ鮮烈な文句を突きつけられた方が、気持ちを切り替えられただろう。
保っていた心が壊れていく。あの日ぼろぼろに傷つけられ、ただ一つ残っていたはずの矜持も容易く奪われてしまった。
父親には、わかりましたと良い子のふりをして答えたが、その日は部屋に閉じこもり泣いて一日を過ごした。
恋をしていたわけでもないくせに、みっともなく泣きじゃくった。勝手に夢を見て、心を躍らせて、幸せになれると舞い上がっていた。そのすべてが一瞬にして崩れ去り、惨めな自分を誰にも見られたくはない。
両親は何度も謝ってくれた。けれど仕方のないことだ。誰も悪くない。レナードだって悪くない。むしろ可哀想なのはレナードだ。彼はまた、どこの誰ともわからない相手と結婚させられるのだから。
いつしかやり場のない感情は、顔も知らないレナードの新たな婚約者へと向けられるようになった。レナードの婚約者と会うことがあれば、自分が見極めてやると勝手な意気込みを抱くほどだ。
その時は、お前が婚約者の地位を奪ったと教えてやろう。たとえ意地の悪い行為と思われても、言わなければ気が済まないこともある。
時が経ち大人になるにつれ、ディアナは忌まわしい過去を忘れようと躍起になった。多くのパーティーを渡り歩き、派手に着飾り、必要以上に華やかな振る舞いを好んだ。
けれどどうしても、誰かを特別だと思えない。誰かの特別になりたいとも思えない。喧騒に身を置こうと虚しく、賛辞を並べられても心は躍らない。
満たされない日々を過ごしていたディアナだが、やがて自らが願った通り、レナードの婚約者と対峙する機会がやって来た。
国立魔法学院、その同級生として。
「ユアン様……」
小さな呟きも広すぎる廊下ではすぐに消えてしまう。
両親も。
屋敷の人間も。
友達も。
城のメイドも。
皇帝陛下でさえ笑いかけてくれた。
みんながおめでとうと言ってくれた。
誰もが自分を羨んだ。
けれど一番祝福してほしい人には認めてもらうことさえ叶わない。
ユアンが立ち去ってからもディアナはその場から動くことが出来ずにいた。浮かれていたはずの心にはは影が差し、気持ちは深く沈んでいく。
これが言い掛かりであれば怒ることも出来ただろう。憤りに身を任せ、抗議し、ユアンを非難する権利があった。それなのに何も言い返せないのは、ユアンの言葉が全て真実だったから。
レナードを愛しているわけじゃない。好きでもないくせに、皇太子妃になれることばかりに喜んでいた。
それをユアンに指摘されて自分が恥ずかしいと思った。舞い上がるばかりで気付きもしなかったことが情けないとさえ思う。兄弟仲の良いユアンにとって、弟の地位しか見ていないディアナは嫌悪の対象だったのだ。
ディアナは生まれて初めて、自分に対して惨めという感情を抱いた。こんなにも苦しい感情があることを初めて知った。そして何より悔しいのは、何も言い返すことの出来ない自分自身だ。
俯き、唇を噛めば、美しい床に涙の痕が残る。
やがてディアナを探しに訪れた大人たちは、泣きだす少女を見つけて騒ぎになった。しかしディアナはあまりの惨めさにユアンと出会ったことを隠し、退屈で部屋を飛び出して迷子になったと嘘を吐いた。一人で心細かったと言えば、誰もが納得してくれたのは幸いだ。
ユアンが真実を語れば嘘は見破られてしまうが、わざわざ彼が訂正するとは思えない。他人には興味がないと、幼いなくても彼は雄弁に語っていたのだから。
それからというもの、ディアナはユアン・ランフォードが苦手になった。いっそ嫌いと言えたのなら清々するが、図星を指されたから嫌いになったというのは、自分の価値を貶めているようで認めたくはない。
ユアンの名が上がれば話題を逸らし、彼の出席するパーティーには出来るだけ参加しないよう心掛けた。
パーティー会場に着いて最初に行うのはユアンの姿を探すこと。出来る事ならもう二度と顔を合わせたくはないと、いつも逃げるためにユアンの姿を追いかけていた。
ユアンとの気まずさもあり、レナードとは名ばかりの婚約者から進展する事はない。レナードを訪ねてユアンと顔を合わせるのも、レナードの口からユアンの話を訊くのも、何もかもが怖かった。
また同じ醜態を晒すことは耐えられない。たとえ名ばかりでも、レナードの婚約者でいられるだけで幸せだった。
しかし数年のうちに情勢は変わる。帝国にはディアナではなく、希少な魔女の血を入れるべきという意見が出始めたのだ。
またしても本人たちの意思には関係なく、ディアナは一方的に婚約を破棄されたのである。
父親に呼び出された書斎で、ディアナは初めて婚約破棄の事実を知らされた。
婚約も唐突なら、破棄されるのも一瞬だ。劇的な物語もなく、事務的なものだった。関係は静かに白紙に戻されていた。いっそ鮮烈な文句を突きつけられた方が、気持ちを切り替えられただろう。
保っていた心が壊れていく。あの日ぼろぼろに傷つけられ、ただ一つ残っていたはずの矜持も容易く奪われてしまった。
父親には、わかりましたと良い子のふりをして答えたが、その日は部屋に閉じこもり泣いて一日を過ごした。
恋をしていたわけでもないくせに、みっともなく泣きじゃくった。勝手に夢を見て、心を躍らせて、幸せになれると舞い上がっていた。そのすべてが一瞬にして崩れ去り、惨めな自分を誰にも見られたくはない。
両親は何度も謝ってくれた。けれど仕方のないことだ。誰も悪くない。レナードだって悪くない。むしろ可哀想なのはレナードだ。彼はまた、どこの誰ともわからない相手と結婚させられるのだから。
いつしかやり場のない感情は、顔も知らないレナードの新たな婚約者へと向けられるようになった。レナードの婚約者と会うことがあれば、自分が見極めてやると勝手な意気込みを抱くほどだ。
その時は、お前が婚約者の地位を奪ったと教えてやろう。たとえ意地の悪い行為と思われても、言わなければ気が済まないこともある。
時が経ち大人になるにつれ、ディアナは忌まわしい過去を忘れようと躍起になった。多くのパーティーを渡り歩き、派手に着飾り、必要以上に華やかな振る舞いを好んだ。
けれどどうしても、誰かを特別だと思えない。誰かの特別になりたいとも思えない。喧騒に身を置こうと虚しく、賛辞を並べられても心は躍らない。
満たされない日々を過ごしていたディアナだが、やがて自らが願った通り、レナードの婚約者と対峙する機会がやって来た。
国立魔法学院、その同級生として。
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