魔法学院の偽りの恋人

美早卯花

文字の大きさ
3 / 41

【3】婚約破棄

しおりを挟む
 一人廊下に取り残されたディアナは呆然とユアンを見送った。

「ユアン様……」

 小さな呟きも広すぎる廊下ではすぐに消えてしまう。

 両親も。
 屋敷の人間も。
 友達も。
 城のメイドも。
 皇帝陛下でさえ笑いかけてくれた。
 みんながおめでとうと言ってくれた。
 誰もが自分を羨んだ。

 けれど一番祝福してほしい人には認めてもらうことさえ叶わない。
 ユアンが立ち去ってからもディアナはその場から動くことが出来ずにいた。浮かれていたはずの心にはは影が差し、気持ちは深く沈んでいく。
 これが言い掛かりであれば怒ることも出来ただろう。憤りに身を任せ、抗議し、ユアンを非難する権利があった。それなのに何も言い返せないのは、ユアンの言葉が全て真実だったから。

 レナードを愛しているわけじゃない。好きでもないくせに、皇太子妃になれることばかりに喜んでいた。
 それをユアンに指摘されて自分が恥ずかしいと思った。舞い上がるばかりで気付きもしなかったことが情けないとさえ思う。兄弟仲の良いユアンにとって、弟の地位しか見ていないディアナは嫌悪の対象だったのだ。

 ディアナは生まれて初めて、自分に対して惨めという感情を抱いた。こんなにも苦しい感情があることを初めて知った。そして何より悔しいのは、何も言い返すことの出来ない自分自身だ。

 俯き、唇を噛めば、美しい床に涙の痕が残る。
 やがてディアナを探しに訪れた大人たちは、泣きだす少女を見つけて騒ぎになった。しかしディアナはあまりの惨めさにユアンと出会ったことを隠し、退屈で部屋を飛び出して迷子になったと嘘を吐いた。一人で心細かったと言えば、誰もが納得してくれたのは幸いだ。
 ユアンが真実を語れば嘘は見破られてしまうが、わざわざ彼が訂正するとは思えない。他人には興味がないと、幼いなくても彼は雄弁に語っていたのだから。

 それからというもの、ディアナはユアン・ランフォードが苦手になった。いっそ嫌いと言えたのなら清々するが、図星を指されたから嫌いになったというのは、自分の価値を貶めているようで認めたくはない。
 ユアンの名が上がれば話題を逸らし、彼の出席するパーティーには出来るだけ参加しないよう心掛けた。
 パーティー会場に着いて最初に行うのはユアンの姿を探すこと。出来る事ならもう二度と顔を合わせたくはないと、いつも逃げるためにユアンの姿を追いかけていた。

 ユアンとの気まずさもあり、レナードとは名ばかりの婚約者から進展する事はない。レナードを訪ねてユアンと顔を合わせるのも、レナードの口からユアンの話を訊くのも、何もかもが怖かった。
 また同じ醜態を晒すことは耐えられない。たとえ名ばかりでも、レナードの婚約者でいられるだけで幸せだった。

 しかし数年のうちに情勢は変わる。帝国にはディアナではなく、希少な魔女の血を入れるべきという意見が出始めたのだ。

 またしても本人たちの意思には関係なく、ディアナは一方的に婚約を破棄されたのである。

 父親に呼び出された書斎で、ディアナは初めて婚約破棄の事実を知らされた。
 婚約も唐突なら、破棄されるのも一瞬だ。劇的な物語もなく、事務的なものだった。関係は静かに白紙に戻されていた。いっそ鮮烈な文句を突きつけられた方が、気持ちを切り替えられただろう。

 保っていた心が壊れていく。あの日ぼろぼろに傷つけられ、ただ一つ残っていたはずの矜持も容易く奪われてしまった。

 父親には、わかりましたと良い子のふりをして答えたが、その日は部屋に閉じこもり泣いて一日を過ごした。
 恋をしていたわけでもないくせに、みっともなく泣きじゃくった。勝手に夢を見て、心を躍らせて、幸せになれると舞い上がっていた。そのすべてが一瞬にして崩れ去り、惨めな自分を誰にも見られたくはない。
 両親は何度も謝ってくれた。けれど仕方のないことだ。誰も悪くない。レナードだって悪くない。むしろ可哀想なのはレナードだ。彼はまた、どこの誰ともわからない相手と結婚させられるのだから。
 いつしかやり場のない感情は、顔も知らないレナードの新たな婚約者へと向けられるようになった。レナードの婚約者と会うことがあれば、自分が見極めてやると勝手な意気込みを抱くほどだ。
 その時は、お前が婚約者の地位を奪ったと教えてやろう。たとえ意地の悪い行為と思われても、言わなければ気が済まないこともある。

 時が経ち大人になるにつれ、ディアナは忌まわしい過去を忘れようと躍起になった。多くのパーティーを渡り歩き、派手に着飾り、必要以上に華やかな振る舞いを好んだ。
 けれどどうしても、誰かを特別だと思えない。誰かの特別になりたいとも思えない。喧騒に身を置こうと虚しく、賛辞を並べられても心は躍らない。

 満たされない日々を過ごしていたディアナだが、やがて自らが願った通り、レナードの婚約者と対峙する機会がやって来た。
 国立魔法学院、その同級生として。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

悪役令嬢と氷の騎士兄弟

飴爽かに
恋愛
この国には国民の人気を2分する騎士兄弟がいる。 彼らはその美しい容姿から氷の騎士兄弟と呼ばれていた。 クォーツ帝国。水晶の名にちなんだ綺麗な国で織り成される物語。 悪役令嬢ココ・レイルウェイズとして転生したが美しい物語を守るために彼らと助け合って導いていく。

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

大人になったオフェーリア。

ぽんぽこ狸
恋愛
 婚約者のジラルドのそばには王女であるベアトリーチェがおり、彼女は慈愛に満ちた表情で下腹部を撫でている。  生まれてくる子供の為にも婚約解消をとオフェーリアは言われるが、納得がいかない。  けれどもそれどころではないだろう、こうなってしまった以上は、婚約解消はやむなしだ。  それ以上に重要なことは、ジラルドの実家であるレピード公爵家とオフェーリアの実家はたくさんの共同事業を行っていて、今それがおじゃんになれば、オフェーリアには補えないほどの損失を生むことになる。  その点についてすぐに確認すると、そういう所がジラルドに見離される原因になったのだとベアトリーチェは怒鳴りだしてオフェーリアに掴みかかってきた。 その尋常では無い様子に泣き寝入りすることになったオフェーリアだったが、父と母が設定したお見合いで彼女の騎士をしていたヴァレントと出会い、とある復讐の方法を思いついたのだった。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

処理中です...