魔法学院の偽りの恋人

美早卯花

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【15】練習

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 二人でカフェを訪れた次の日から、ディアナは仕事を終えると院長室に向かうようになった。パーティーまでの時間がないため、ユアンには早急にワルツの感覚を取り戻してもらう必要がある。
 初めて訪れた時は散らかり放題だった室内はディアナが厳しく目を光らせているため整理整頓が心掛けられるようになった。本が元の位置に戻されるようになっただけでも進展だ。
 院長室では窮屈かとも思ったが、いざ練習しようとすれば踊れるほどの広さがあり、広さを実感させられた。

「今日もありがとう。おかげで感覚を取り戻してきたよ」

 やはり始めはぎこちなく見えたユアンだが、回数を重ねるごとに感覚を取り戻しているのか上達は早い。今ではすっかりディアナの方がリードされている。
 プレゼント選びでは振り回されてしまったが、素直に教えを乞うユアンに悪い気はしない。むしろユアンに何かを教えられるという優越感が大きかった。

「初めはどうなる事かと思いましたが、さすがですね」

「きみの教え方が上手いんじゃないかな。学院では講義をすることもあるだろう?」

「講義とワルツでは勝手が違うと思うのですが」

「そんなことはないよ。きみに褒められるのは悪くないからね。頑張って応えようと思うんだ。きっと生徒たちも同じだよ」

「では生徒が優秀なのですね」

「うん。きみに褒められるのは悪くない」

 ディアナもユアンに褒められるのは悪くないと感じていただけに、同じ想いであったことに驚かされる。
 練習を終えるとユアンは座り心地の良い長椅子で身体を休めた。その間にディアナはキッチンで紅茶の準備を始める。
 室内に茶葉の香りが漂いだすと、ポットとカップをトレーに乗せたディアナは向かいの席に座った。ディアナの苦労の賜物で、椅子も本来の役割を存分に発揮出来るようになっている。

「お待たせしまして」

「うん。今日もありがとう。いただくよ」

 もちろん最初はワルツの稽古だで立ち去るつもりでいた。しかし言い含められるように片付けに手を貸した次は、紅茶を淹れてほしいと強請られていたのだ。最後にはテーブルを囲み、一緒にお茶の時間を嗜んでいたのである。
 もはや始まりが懐かしく思えるほど、この状況に順応している自分が怖ろい。けれどユアンの前では気を張る必要がないせいか、楽なことは確かだ。最初から嫌われているのなら着飾った自分を見せる必要はない。ここでは大臣の娘として言動に気を配る必要も、真面目な研究員である必要もないのだ。
 ユアンが交渉上手なのか、自分が世話焼きなのかは考えたくないが、研究に没頭しているディアナにとっては身体を動かすことは気分転換にもなっている。仕事に追われるユアンにとってはゆっくりお茶をするような時間も大切だ。お互いに羽を伸ばす時間となっているのかもしれない。

「そういえば、僕たちはどうして付き合うことになったのかな?」

 ディアナはうっかり紅茶を吹き出すところだった。相変わらず脈絡のない人だ。
 どうしてと言われても、自分で虫よけを望んだからではないのか。

「ほら、誰かに訊かれるかもしれないだろう?」

 これまで親しさの欠片もなく、同じ職場で働くだけの二人だ。パーティーで交際のきっかけを訊ねられた時のために口裏を合わせたいのだろう。それにしても言葉が足りない。

「お互い仕事に打ち込む姿に惹かれたと、そういうことでみなさん納得されるのではありませんか?」

「僕はよくわからないんだけど、そういうものなのかい?」

 わたくしだってわらかないわよ!

 婚約破棄以来、パーティーでの交友はあっても、恋愛に発展したことはない。恋心を告げられたことはあるが、心が震えたことは一度もなかった。
 しかし思わず叫びそうになる自分を押さえ、ディアナは何食わぬ顔で答える。

「いいですか? たとえばわたくしが良く知る二人は国を越えて婚約することになりました。もちろん当人たちには交流もありません。ですが同じ学院で過ごすうち、恋愛感情が芽生えたと聞いています」

「おお、それは僕の弟と未来の義妹の話かな」

 身近なたとえをすればユアンにも伝わったようだ。

「そう考えれば同じ職場にいて恋に落ちるのは自然なことです。傍にいて、同じ時間を過ごせば、自然と惹かれていくのなのですわ」

 だからシナリオの心配はいらないとディアナは言う。恋愛経験はなけれど、それらしく言い切った。

「やっぱりきみに相談して良かったよ。僕は良いパートナーに恵まれたね。こんなに美味しい紅茶も淹れてくれるのだから」

「紅茶が前面に押し出されている気がするのは気のせい?」

「そんなことはないよ。だって紅茶を淹れてくれるのはこの手だろう?」

 身を乗り出したユアンがワルツとは関係なくディアナの手に触れる。ユアンの手はやはり自分のものよりも大きく、重ねられた手から視線が反らせない。

「この手の持ち主はきみだよ、ディアナ。だからきみがいてくれて良かったと、心から感謝しているんだ」

 ユアンは嘘を嫌う。それにディアナ相手に気を使う必要もない。だからきっとこれは彼の本心だ。
 触れている手が熱いような気がする。こんな時はどう答えるべきか、先日のユアンの気持ちが分かってしまった。

「伝わったかな?」

 反応を強請られたディアナは細い声で同意する。それだけで伝わるはずなのに、ぶんぶんと首まで縦に振ってしまった。

「良かった」

 目の前に迫っていたユアンの表情が和らぐ。あまりにも綺麗に笑うので、その表情から目が離せなかった。その場が明るくなるように晴れやかで、無邪気に見えるのに美しい。こんなにも綺麗な笑顔をディアナは知らない。こんな風に笑う事の出来る人だと、まさか何年も経ってから知ることになるとは思わなかった。他人を寄せ付けない人かと思えば、案外そうでもないらしい。
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