魔法学院の偽りの恋人

美早卯花

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【17】噂

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 そこでディアナは疑問を投げかける。仕事で会って以来と話していたが、それにしては親し気だ。役職ではなく名前を呼び合い、口調も砕けている。いつの間に仲良くなっていたのだろうか。

「ユアン様、父と親しいのですか?」

「そうだね……レスターとは、いつからだったかな。確か最初は僕の方から話しかけて、いつの間にかこうして言葉を交わすようになったんだ。驚いた?」

 父の口からユアンの話を聞かされた事はなかった。レナードとの婚約破棄を思い出させないためにも黙っていたのだろう。
 ユアンはここから先は自分に任せろと言ってディアナに自由を与えた。おそらく本格的に仕事の話が始まるはずだ。傍にいて邪魔をしてはいけないと、ディアナも快く了承する。
 残されたディアナは気兼ねなく親子の時間を過ごすことが出来た。

「その、なんだ……。どうなんだ? ユアン様とは」

 どうやら進展具合を訊かれているらしい。言い難そうに切り出しておきながら、詳細を話すまでは逃がさないと目が語っている。

「正直に言って、お前からユアン様と出席すると聞かされた時は驚いた。今日も心配していたが、上手くやっているようで安心したよ」

 かつて自分の都合でユアンの弟と婚約させ、国の都合で婚約破棄に陥ったことを気にしていたのかもしれない。だからこそ兄であるユアンとの出席に不安を感じていたのだろう。

「わたくしは大丈夫ですわ。お父様。ユアン様は……」

 普段の自由奔放な振る舞いが飛び出すも、ユアンはディアナの顔を立ててくれた。自分も報いるべきだろうと考えを改める。

「ユアン様は、わたくしのことを大切にして下さっています」

「そうか……」

 レスターはその言葉を待っていたかのようにほっと息を吐く。いくらユアンが完璧な振る舞いをしても、娘の言葉で聞きかれるまでは不安があったらしい。そのためにユアンが離れるのを待っていたのだ。

「今日は来て良かった。お前の顔も見られたことだし、今度はぜひユアン様と二人でうちに来なさい。母さんも喜ぶ」

「それは……」

 両親に挨拶的な意味で?
 だとしたら絶対に連れてはいけない。

「ユアン様はお忙しい方ですから」

 この関係は永遠には続かない。いつかわ終わる関係だ。これ以上期待させるわけにはいかないと、曖昧に誤魔化すしかなかった。

「ああ、お前の言う通りだな。学院の運営に力を尽くして下さっている。お忙しい方だ」

「はい」

「ユアン様のお力で学院の経営も安定し始めた。本当に、あの方のおかげだ。お前もしっかり支えて差し上げるのだぞ」

 頷きそうになったディアナは待てと固まる。

「わ、わたくしが、ですか?」

「当たり前だ。お前以外に誰がいる」

 熱のこもった声で頷かれても、他にいくらでもいるのではと思う。しかし娘の想いは父に届かなかった。

「私はこの辺りで切り上げさせてもらうが、さてユアン様は」

 ユアンの姿を探すと人だかりの中心に見つけるのは早かった。周りにいるのはディアナも顔を知る重役たちばかりで、それぞれが大臣を務めていたり当主を担っている。

「最後にもう一度ご挨拶をと思ったが、あれではしばらく解放されそうにないだろう。特にあの大臣は話が長いことで有名だ。娘をお任せする身で申し訳ないが、ユアン様にはお前からよろしく伝えておいてくれないか」

「わ、わかりました。お父様も、お忙しいのですね」

「なに、私の方はたいしたことないさ。お前もしっかりな」

「はい」

 頷いてはみたものの、そのしっかりとは何を意味してのことだろう。しっかりユアンを支えろという意味かもしれないと思えば、後から躊躇いが生まれた。

 ユアンはやはり解放される様子はなく、遠目からでもわかるほど近付き難い集団の中心にいる。全員が仕事の延長にあるような堅苦しさを放っているため、華やかな場では少し浮いている気もした。
 あれでは本当にいつ解放されるかわからない。かといって自分が出しゃばるような場面ではないだろう。幸い各地でパーティーを渡り歩いていたディアナには顔見知りも多い。久しぶりの社交の場を楽しもうと、友人たちに声を掛けて回った。
 話しかければ友人たちは快く迎えてくれたが、そこにはユアンの恋人役を務める弊害もあった。
 ユアンとの出会いを訊かれることが非常に多かったのである。あらかじめ打ち合わせしていた通り、お互い仕事ぶりに惚れたのだと答えれば納得してもらえたのは幸いだ。

「ねえ聞いた? ディアナ様とユアン様の噂」

 談笑をしていてもやけに耳に付くものだった。
 二人の令嬢はちらちらとディアナの様子を気にしているようで、あえて本人に聞こえる様に話しているのだろう。悪意を感じた。

「ディアナ様、ユアン様とお付き合いをされているのかしら?」

「ええ!? でもディアナ様って、元はユアン様の弟であるレナード様と婚約をされていたのよ」

「それ本当!?」

「婚約は破棄されてしまったらしいけど」

 こういった話は社交の場では特に好まれるもので、彼女たちだけではなく周囲にいる人間たちも興味深そうに聞き耳を立てている。
 ディアナと話していた友人たちは顔色を悪くするが、直接話しかける勇気もない相手をディアナが気に掛けることはない。心地の良い言葉ではないが、わざわざ訂正するために労力を使うことすら無駄だと思っている。言いたい者には言わせておけばいいのだ。

「お可哀想なディアナ様」

 ちっとも可哀想という響きではないのに、言葉だけは憐れんでいた。わざとらしいと、ディアナは憤りよりも呆れてしまう。

「元婚約者のお兄様に手を出すなんて、ディアナ様ったら、行き遅れたことでよほど必死なのかしら」

 元婚約者の兄の隣に立てば、ディアナの境遇を勘繰る者もいるだろう。こういった反応をされることも予想のうちだ。誰もが父の様に好意的に受け取ってくれるわけじゃない。どうしたって好奇心から自分を嘲笑う者もいるだろう。
 けれど彼女たちはディアナという人間を何もわかっていなかった。そもそも名前も知らないような令嬢たちだ。見当違いの事を囁く唇がおかしくてたまらない。
 彼女たちは惨めにな視線に晒されるディアナを見て優越に浸りたいのだろう。だからこそ俯いてやるつもりもなかった。

 悪いことをしたわけじゃない。堂々としていればいい。
 だからわたくしは可哀想なんかじゃないわ。

 彼女たちの姿が過去の自分と重なる。リゼリカと出会う前の自分であれば、平気で他人を傷つけるような言葉を口にしていただろう。かつての自分だと思えば怒りよりも哀れみを感じた。
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