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【18】待ち人
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ディアナが相手にすることはなくても自分といることで居心地悪そうにしている友人たちは気の毒に思う。せっかくの楽しいパーティーを台無しにするつもりはないため、断りを入れて離れようとすれば、最後に聞こえた一言がディアナの足を止めさせた。
「婚約者を奪われるなんて、私だったら悔しくてたまらないわ」
「本当よね。リゼリカ様も酷い人だわ」
あなたたちはリゼリカの何を知っているの?
親友の悪口を言われて黙っていられるほど、良い子ではいられない。予定を変更してディアナは令嬢たちに挨拶をすることにした。
「こんばんは」
これまで大人しくしていたディアナから挨拶されるとは思わなかったのだろう。二人は見るからに戸惑っている。
「今夜は随分と楽しんでいらっしゃるようですね」
「あ、わ、私たち……」
ディアナの家柄は帝国では皇族を除けば最高峰に値する。対して噂をしていた令嬢たちはディアナにとって名前も知らないような格下の相手だ。そんなディアナから満面の笑みで話しかけたのである。笑顔の裏に隠された迫力に、得意げに回っていた口はすっかり閉じてしまった。
「とても楽しそうなお話をされていたので、つい声を掛けてしまいました。わたくしも混ぜていただけます?」
「え!? あ、わ、私たちは別に……ねえ!」
「そ、そうです! 私たちの話なんて、ディアナ様にはつまらないかと!」
「そのようですね」
あっさり認めるディアナに二人は困惑していた。
あなたたちは知らないのでしょう。わたくしとリゼリカが親友である事を。
「親友のリゼリカと話していた方が有意義ですわ。あの子は努力家で、このようなわたくしを友として認めてくれる、最高の親友なのですから。ねえ、あなたたちもそう思いませんこと?」
「あ……は、はいっ!」
「す、すみませんでした!」
強く念を押せば、二人は何度も頷いてその場から逃げて行く。学院での二人を知らなければ、まさか元婚約者と現婚約者が親友であるとは思うまい。
どうしても我慢が出来ず、身体が動いてしまった。発言に対する後悔はないが、会場にはあちこちに人の目が張り巡らされている。喧嘩とまではいかないが、あのようなやり取りを終えた直後のディアナに近寄りがたいという空気が出来上がっていた。
こうなってしまえば自分は姿を消した方が会場のためだろう。その場を離れるディアナを咎める者はいなかった。
風に当たりたいと思うが、会場から離れてはユアンと合流することが難しい。そのためディアナはそばのバルコニーから外に出ることにした。
しらずに熱気に当てられていたのか夜の風を心地良く感じる。散りばめられた星たちも、満点の輝きを放つ月も、ディアナの憂いなどお構いなしに美しい。
「そういえば卒業パーティーで似たようなことがあったわ」
学院の卒業パーティーで、ディアナはリゼリカとレナードを二人きりにするために魔法を使った。入口のガラスに魔法をかけて、特定の人間しか出入りを許さないものだ。そして自分は二人のために、門番のように入口を守っていた。
「リゼリカには王子様がいた。レナード様が来てくれた」
けれど自分はどうだろう。自分にはそんな相手はいない。あれは偽りの恋人だ。
かつては一日に何件ものパーティーで踊り歩いていたディアナだが、出席を控えるようになって随分と経つ。淋しさを埋めるために賑わいを求めていたが、そこにディアナが求めるものは存在しなかった。
「わたくしには何もないのよ」
呟きが暗い夜に吸い込まれていく。
偽りの関係。利害の一致で結ばれた契約。姿を消した恋人を追いかけるなんて、義務には含まれない。それを淋しいと思う事さえおこがましいのだ。
傍にいなくても、たとえ追いかけてくれなくてもユアンに非はない。それなのに……
「何を期待しているの?」
ディアナは無意識のうちに、たった一人あの魔法を越えられる相手にユアンを選んでいた。
来てくれなくていい。心からそう思っている。けれど夢だけは見ていたいのかもしれない。
「馬鹿ね……」
諦めかけた時、ガラスが波を打つ。魔法が揺れているのは、誰から侵入しようとしているからだ。
「ディアナ!」
魔法をすり抜け、姿を現したのはユアンだった。
「ユアン様!?」
静寂も忘れてディアナは叫ぶ。魔法を越えたユアンは息を乱し、いつもの澄んだ表情には焦りが見えた。
待ち望んでいた相手だ。しかし実際目の前に現れてみると喜びよりも驚きが勝る。
「ユアン様、どうされたのです?」
「恋人の姿が見えなくて探すのは不思議なこと?」
一般的な恋人であれば頷けた。でも自分たちは普通から外れている。ディアナはもう一度、何故と問いかけそうになっていた。けれどその『何故』を奪ったのはユアンだ。
「どうしてだろう。きみの姿が見えないと落ち着かないんだ」
「なんです、それは……」
どうせ自分のことなんて見ていないくせに。ディアンは捻くれたことを考えてしまった。
「きみが目立つから、姿が見えないと心配になるのかな。ほら、いつもいるはずの人がいないと、心配になるよね?」
そう聞かれてもディアナにはわらかない。
「きみはいつも、どの会場でも友人たちに囲まれていたよね」
今日だけではない。いつもだとユアンは言う。確かにユアンと同じ会場のパーディーに出席することは多かった。けれどユアンとパーティー会場で会話をした記憶はない。徹底的に自分が避けていたせいだ。
「見ていたのですか?」
「きみは目立つからね」
つまり目立つディアナの姿が会場にないせいで探してくれたらしい。
「申し訳ありませんでした。勝手に姿を消して。わたくしの配慮が足りなかったばかりに、仕事の邪魔してしまったのですね」
「謝るのは僕の方だよ。一人にしてごめんね。僕のせいで嫌な思いをしたんだろ? ちゃんときみの傍にいるべきだった」
ユアンもどこかであの令嬢たちの会話を耳にしたのだろう。それにしても素直に謝るユアンをらしくないと感じさせた。
「婚約者を奪われるなんて、私だったら悔しくてたまらないわ」
「本当よね。リゼリカ様も酷い人だわ」
あなたたちはリゼリカの何を知っているの?
親友の悪口を言われて黙っていられるほど、良い子ではいられない。予定を変更してディアナは令嬢たちに挨拶をすることにした。
「こんばんは」
これまで大人しくしていたディアナから挨拶されるとは思わなかったのだろう。二人は見るからに戸惑っている。
「今夜は随分と楽しんでいらっしゃるようですね」
「あ、わ、私たち……」
ディアナの家柄は帝国では皇族を除けば最高峰に値する。対して噂をしていた令嬢たちはディアナにとって名前も知らないような格下の相手だ。そんなディアナから満面の笑みで話しかけたのである。笑顔の裏に隠された迫力に、得意げに回っていた口はすっかり閉じてしまった。
「とても楽しそうなお話をされていたので、つい声を掛けてしまいました。わたくしも混ぜていただけます?」
「え!? あ、わ、私たちは別に……ねえ!」
「そ、そうです! 私たちの話なんて、ディアナ様にはつまらないかと!」
「そのようですね」
あっさり認めるディアナに二人は困惑していた。
あなたたちは知らないのでしょう。わたくしとリゼリカが親友である事を。
「親友のリゼリカと話していた方が有意義ですわ。あの子は努力家で、このようなわたくしを友として認めてくれる、最高の親友なのですから。ねえ、あなたたちもそう思いませんこと?」
「あ……は、はいっ!」
「す、すみませんでした!」
強く念を押せば、二人は何度も頷いてその場から逃げて行く。学院での二人を知らなければ、まさか元婚約者と現婚約者が親友であるとは思うまい。
どうしても我慢が出来ず、身体が動いてしまった。発言に対する後悔はないが、会場にはあちこちに人の目が張り巡らされている。喧嘩とまではいかないが、あのようなやり取りを終えた直後のディアナに近寄りがたいという空気が出来上がっていた。
こうなってしまえば自分は姿を消した方が会場のためだろう。その場を離れるディアナを咎める者はいなかった。
風に当たりたいと思うが、会場から離れてはユアンと合流することが難しい。そのためディアナはそばのバルコニーから外に出ることにした。
しらずに熱気に当てられていたのか夜の風を心地良く感じる。散りばめられた星たちも、満点の輝きを放つ月も、ディアナの憂いなどお構いなしに美しい。
「そういえば卒業パーティーで似たようなことがあったわ」
学院の卒業パーティーで、ディアナはリゼリカとレナードを二人きりにするために魔法を使った。入口のガラスに魔法をかけて、特定の人間しか出入りを許さないものだ。そして自分は二人のために、門番のように入口を守っていた。
「リゼリカには王子様がいた。レナード様が来てくれた」
けれど自分はどうだろう。自分にはそんな相手はいない。あれは偽りの恋人だ。
かつては一日に何件ものパーティーで踊り歩いていたディアナだが、出席を控えるようになって随分と経つ。淋しさを埋めるために賑わいを求めていたが、そこにディアナが求めるものは存在しなかった。
「わたくしには何もないのよ」
呟きが暗い夜に吸い込まれていく。
偽りの関係。利害の一致で結ばれた契約。姿を消した恋人を追いかけるなんて、義務には含まれない。それを淋しいと思う事さえおこがましいのだ。
傍にいなくても、たとえ追いかけてくれなくてもユアンに非はない。それなのに……
「何を期待しているの?」
ディアナは無意識のうちに、たった一人あの魔法を越えられる相手にユアンを選んでいた。
来てくれなくていい。心からそう思っている。けれど夢だけは見ていたいのかもしれない。
「馬鹿ね……」
諦めかけた時、ガラスが波を打つ。魔法が揺れているのは、誰から侵入しようとしているからだ。
「ディアナ!」
魔法をすり抜け、姿を現したのはユアンだった。
「ユアン様!?」
静寂も忘れてディアナは叫ぶ。魔法を越えたユアンは息を乱し、いつもの澄んだ表情には焦りが見えた。
待ち望んでいた相手だ。しかし実際目の前に現れてみると喜びよりも驚きが勝る。
「ユアン様、どうされたのです?」
「恋人の姿が見えなくて探すのは不思議なこと?」
一般的な恋人であれば頷けた。でも自分たちは普通から外れている。ディアナはもう一度、何故と問いかけそうになっていた。けれどその『何故』を奪ったのはユアンだ。
「どうしてだろう。きみの姿が見えないと落ち着かないんだ」
「なんです、それは……」
どうせ自分のことなんて見ていないくせに。ディアンは捻くれたことを考えてしまった。
「きみが目立つから、姿が見えないと心配になるのかな。ほら、いつもいるはずの人がいないと、心配になるよね?」
そう聞かれてもディアナにはわらかない。
「きみはいつも、どの会場でも友人たちに囲まれていたよね」
今日だけではない。いつもだとユアンは言う。確かにユアンと同じ会場のパーディーに出席することは多かった。けれどユアンとパーティー会場で会話をした記憶はない。徹底的に自分が避けていたせいだ。
「見ていたのですか?」
「きみは目立つからね」
つまり目立つディアナの姿が会場にないせいで探してくれたらしい。
「申し訳ありませんでした。勝手に姿を消して。わたくしの配慮が足りなかったばかりに、仕事の邪魔してしまったのですね」
「謝るのは僕の方だよ。一人にしてごめんね。僕のせいで嫌な思いをしたんだろ? ちゃんときみの傍にいるべきだった」
ユアンもどこかであの令嬢たちの会話を耳にしたのだろう。それにしても素直に謝るユアンをらしくないと感じさせた。
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