【五章完結】サラリーマン、オークの花嫁になる

花房いちご

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第五章 元騎士、オークの花嫁になる

元騎士、オークの花嫁になる【27】(ヒース視点)

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 その日は、赤花国の建国記念日だった。
 ダフォデル侯爵の城では、建国を祝う大規模なパーティーが開かれた。

 私も珍しく、ナーシサス男爵の同行を命じられて出席していた。11年以上ぶりの外出だった。しかも、家族に会えるという。
 ダフォデル侯爵家は大貴族だ。周辺地域の貴族たちも招待されていて、父とムスカリも出席している。
 しかも、控室で二人と話す許可まで出されたのだ。

 私は愚かにも喜び、パーティーに同行した。

 ムスカリと話が出来る。色んな話がしたい。
 結婚したことと、子供が生まれたことも祝いたい。
 それに、上手くいけばダフォデル侯爵家の異常を伝えて、中央に報告してもらえるかもしれない。
 そう思っていたが……。

「お前なんか兄じゃない!知ってるんだぞ!男娼より穢らしい真似をして男爵閣下に取り入ったんだろ!お前のせいで当家は笑い者だ!二度と顔を見せるな!」

 久しぶりに会ったムスカリは、私を怒鳴りつけて出て行った。父が嬉しそうに口を歪める。

「いい気味だ。穢らわしい慰み者はフォーサイス家には要らん。これからも精々、ナーシサス男爵閣下に媚を売って仕送りをしろ」

 この瞬間、私は決定的に壊れた。

 それからどう生きていたかは曖昧だ。

 ナーシサス男爵らしき影が私を嘲笑し、裸で跨り、怒り、金切り声を上げ、暴力をふるっていた気がする。

「これでわかったでしょう?お前には私しかいないのよ」だとか「この役立たず!」だとか「何よその目は!可愛がってやったのに恩知らず!」だとか言われた気がする。
 でも、よくわからなかった。

 気づいた時には、牢のような場所に押し込められていた。
 常に頭の中が霞みがかっていて、ただぼんやりと宙を見る。
 暗くてジメジメした石壁と、冷ややかな鉄格子しかない。
 何度か食事が運ばれたけれど、食べる気になれなくて放置した。
 時折、誰かから食事などの介護を受けたり、ナーシサス男爵らしき影から暴力を受けた気がする。

 そんな日々がどれだけ続いたか。
 ある日、牢から出された。
 またナーシサス男爵らしき影が金切り声を出す。

「お前を賤しいオークに売ってやるわ!」

 どうやら私は、性奴隷として緑鉄国のオークに売られるらしい。
 それが嫌なら、心を入れ替えて仕えろと命じられた。

 どうでもいい。

 私は何も言わず何もしなかった。
 めちゃくちゃに殴られたあと、治癒魔法で最低限の治療をされた。どうせ傷痕まみれなのにご苦労なことだ。
 風呂に入れられて粗末な服を着せられる。
 檻の中に入れられ、檻ごと馬車に乗せられ運ばれる。
 たまに水と食事を取らされて、外で水浴びをさせられる以外は、ずっと暗い檻の中だった。
 ぼんやりと「ああ、これから売られるのだな」と、考えていたが……。


 ◆◆◆◆◆◆◆


 激しい音と声。戦闘の気配が馬車の外からする。
 野盗にでも襲われたのだろう。
 ナーシサス男爵らは劣勢らしい。このまま全滅するかもしれないな。もちろん私もただでは済まないだろう。

「どうでもいい」

 私は虚に宙を見た。やがて馬車が動き出し、馬のいななきと共に大きく揺れる。
 いよいよ最期の時が来る。そう思った私の耳に、穏やかな男の声が聞こえた。

「よしよし、驚かせて悪かった」

 どうやら興奮した馬をなだめているらしい。
 馬もすぐ落ち着いた様子だ。馬は繊細な生き物だ。この混戦の中にあってなだめられるとは、声の主はずいぶん馬の扱いになれているらしい。

「……何者だろう?」

 久しぶりに興味というものを抱く。檻の外を見上げた。その時だ。

 バキャァ!

 壊される勢いで馬車の扉が開き、外の空気と夜を照らす明かりが入る。
 音を立てて馬車の床を踏む巨体と目が合った。釣り上がった茶色の瞳が丸く見開かれ、外の光が緑色の肌と白い牙を照らした。

「貴方は……オーク?」

 見ればわかる事を聞いてしまった。嘲笑されるかと思ったが、オークは穏やかな声を出した。

「ああ。俺はオークのガルグという。あんたを助けに来た」

「助けに……」

 どういう事だろうか?意味がわからず、私は首をかしげた。私は性奴隷として、緑鉄国に売られたはずだ。
 緑鉄国は、オークが支配する国。
 表向きは奴隷を禁じているが、裏では奴隷を飼って欲を発散していると聞く。
 オークは魔法を使えないかわりに、剛力無双の勇士だという。
 ただし色を好み、体液と体臭は媚薬である。その媚薬で奴隷を支配し、老若男女問わず孕み袋にするという。

 ぼんやりと知識のおさらいをしていると、オークは私を食い入るように見つめ出した。息が荒い。肌の緑色が薄まり、赤みが強くなる。
 よく見ると立派な衣装を着ているが、このオークも戦闘に参加したのだろうか?そのせいで高揚している?気になってたずねた。

「あの……どうされましたか?」

 オークはハッ!と正気に返った様子で微笑んだ。

「あ、ああ。なんでもない。少し考えてただけだ。檻をぶち壊すから、少し離れててくれ」

「はい。わかりました」

 とても優しい声に素直に従う。そしてオークは、まるで粘土のように鉄格子を軽く曲げてしまった。
 私は緑鉄国との戦争に出征してないので、オークを見るのも怪力を目の当たりにするのも初めてだった。思わず感嘆してしまう。

「すごい……オークは怪力とはきいてましたが、想像以上です」

 オークは少し照れたような表情を浮かべ、私に大きな手を差し出した。
 この手はなんだろう?

「ゆっくりでいい。俺が支えるから歩いてくれ」

「え?あ、はい」

 あまりに優しい提案に呆然としつつ、手を取った。そっと、そえるように軽く握られる。その感触に心が震えた。

 オークの手は大きくて分厚くてゴツゴツしている。先ほど見た怪力も納得だ。
 しかし、その怪力で私を傷つけないように触れてくれている。とても繊細で柔らかな気遣いに、久しぶりに目頭が熱くなった。
 先ほど、このオークは私を「助けに来た」と、言った。

 本当に、今度こそ、私は助かるのではないか?

 だがオークが私を外へ誘導したことで、淡い期待は霧散する。

 ナーシサス男爵や傭兵たちは制圧され、檻の中で無様に騒いでいる。彼らを厳しく叱責し、油断なく睨むのは、私を檻から出したのと同じオークと、見慣れない人間たちだ。
 檻から出したオークのように上質な服を着ている者もいれば、軍服らしき服装の者もいる。皆、武器や魔法を帯びていて、物々しい。

 傭兵たちが叫ぶ「俺たちを奴隷にする気だな!」「畜生!孕み豚の性奴隷に使われてたまるか!」と。

 ……なるほど。私を檻から出したオークと彼らは、取引相手である奴隷商か。

 ナーシサス男爵は、交渉に失敗して決裂したのだろう。
 そして私は戦利品として、性奴隷として酷使されるのだろう。
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