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第五章 元騎士、オークの花嫁になる
元騎士、オークの花嫁になる【28】(ヒース視点)
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風が吹き、魔法と血……暴力の匂いを運ぶ。
この期に及んで助かる事を期待した自分がおかしくて、笑ってしまった。
私を檻から出したオークが息を飲み、また私を食い入るように見つめている。
ああ……先ほどからのその目。私に欲情しているのだろう。
私を優しく救い上げたとみせかけて、乱暴に地獄に落とすのだろう。
もういい。どうでもいい。
いっそ、性奴隷らしく振る舞ってやろうか。私は思いつくまま口を動かした。
「状況はよくわかりませんが……貴方様が、私の新しいご主人様ですね。私は賤しい性奴隷のヒースと申します。ご挨拶が遅れて失礼いたしま……」
「だから違う!緑鉄国は人身売買も奴隷も禁止だ!お前ら赤花国の人間は!俺たちオークをなんだと思ってるんだ!」
悲痛さすら感じる叫びだった。
「……は?え?」
奴隷禁止は建前では?
私は間抜けな声を出して戸惑った。オークは怒涛の勢いで畳み掛ける。
「俺は人間担当教師を募集しただけだ!ちゃんと正規の仲介業者を通して求人募集したんだぞ!なのに性奴隷を売り込むとかどういうことだよ!
というかナーシサス男爵は、自分の夫を性奴隷と名乗らせて、自分のことをご主人様と呼ばせてたのか!?」
「え、あ、はい」
「なんだそれ!頭おかしいんじゃねえか!いや、おかしいよな!そもそも性奴隷として自分の夫を売るとか!正気の沙汰じゃねえ!」
「え?は、はい。おかしい……ですね?」
「だよなー!おかしいよなー!」
それは、あまりにも正常というか、ごもっともな反応だった。
だけどそんな風に、真っ向からナーシサス男爵の言動と私に対する扱いを非難されたのは初めてだった。
そうだ。おかしいのはナーシサス男爵だ。
私が蔑まれるいわれはない。
なんだか急に、世界が明るく広くなった。いや、これまで知らなかった新しい世界に放り投げられたみたいだ。
新しい世界の真ん中には、私を閉じ込めたナーシサス男爵に怒り狂うオークがいて、誰よりも鮮やかに私の目に映った。
◆◆◆◆◆◆
その後。私は緑鉄国の衛兵隊に保護され、病院で治療を受けた。
ある程度回復してから、取引はナーシサス男爵を逮捕するために、緑鉄国と赤花国が仕組んだ茶番だったと知る。
赤花国の女王陛下は、奴隷売買に手を染め、領民と家臣を虐げたダフォデル侯爵家とナーシサス男爵にお怒りだという。
苛烈な刑罰を下される見込みだ。
私も関係者として、赤花国と緑鉄国の衛兵たちから取り調べを受けた。
だが、あくまでも被害者だとして、とても気遣ってもらえた。まだ身体が辛いだろうからと、取り調べはベッドで寝たままでいいし、少しでも体調が変化したら休憩させてくれた。
特に、緑鉄国の衛兵隊長は親切だった。それは、オークであるお医者様や看護師さんも同じだ。
私は、己がオークと緑鉄国に対する偏見を抱いていたことを恥じた。
ムスカリに誤解されて傷ついた癖に、自分も根拠のない噂と偏見を信じ込んでいたのだ。
衛兵隊長とお医者様に謝罪したが、お二人とも気にするなと笑う。
「ヒースさん。人は未知を恐れます。特に人間はその傾向が強い。
ヒースさんのように実際にオークと出会うことで、偏見を改めて下さる方もいる。私はそれで充分だと思います」
「その通りじゃ。
……それに、オークに対する偏見や噂も全部が嘘というわけではないしな……」
何故か、気まずそうに目線を交わす衛兵隊長とお医者様。衛兵隊長は、意を決した様子で私に聞いた。
「ところでヒースさんは、ガルグさんをどう思う?」
ガルグ。私を助けてくれたオーク。
その名前に、胸の中が明るくあたたかくなる。熱が全身に周り、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
あの方に助けられてからずっとこうだ。あの方のことを考えると身体が熱を持つし、これまで感じたことのない感情を抱いてしまう。
ガルグさんは、何故か毎日お見舞いに来てくださるのだが、お会いするとこの感情は強くなる。
そわそわして落ち着かなくて、でも、とても幸せな感情が……。
いや、今は真面目な話だ。こんな感情の話は必要ない。
「ガルグさんは素晴らしい方です。私の恩人です。性奴隷として売られるところだった私を救って下さいました」
「人柄は?貴方個人は、彼のことをどう思っている?」
何故そんなことを聞かれるのだろう?疑問に思いつつ答える。
「……慈しみ深い立派な方だと思います。
お忙しいのに、毎日お見舞いに来てくださって、いつも気づかって下さいます。
それに雄々しく力強いのに、私に触れる時は優しくて、そんなところも素敵だと思いま……」
「よくわかりました。もう結構。……先生、どうです?」
「うむ。ガルグくんの発情に引きずられている。と、言うには反応が大人しい。ただの恋じゃな」
「こ、恋!?」
また世界が明るく広くなった気がした。
恋!なるほど!この感情は恋か!
私には縁遠いものだと思っていたが、まさか40歳になって初恋を知るなんて……。
そう、初恋だ。私は昔からあまり色恋沙汰に興味がなかった。おまけに、寄ってくるのはナーシサス男爵のような好意を抱けない女性ばかり。
もちろんそうでない方もいた。申し訳ないが、興味は持てなかったが。
とはいえ、かつては恋愛に憧れがあった。
幼い頃、母がそうしてくれたように、愛する人を大切にしたい。
幸運の象徴である双子の卵を、仲良く分け合えるくらい、仲睦まじくなりたい。
ガルグさんと、そうなりたい。
私ははっきり、そう思った。
つまり、本当にガルグさんが初恋なのだ。
歓喜に飛び上がりたいような、羞恥に転げ回りたいような、甘酸っぱい気持ちになる。
「先生、これ秒読みですよね?吊り橋効果とか依存とかもありそうですけど」
「そうじゃのう。そこから始まる真実の愛もあることじゃし、見守るとするか。
……ヒースさん。とりあえずオークの身体や緑鉄国について、正しい知識を学んだ方が……駄目じゃ。聞こえとらん」
◆◆◆◆◆
取り調べも終わり、事件の全容が明らかになりつつあった。
そんなある日。赤花国の役人が、事件の報告と私の今後についての提案に訪れた。
この期に及んで助かる事を期待した自分がおかしくて、笑ってしまった。
私を檻から出したオークが息を飲み、また私を食い入るように見つめている。
ああ……先ほどからのその目。私に欲情しているのだろう。
私を優しく救い上げたとみせかけて、乱暴に地獄に落とすのだろう。
もういい。どうでもいい。
いっそ、性奴隷らしく振る舞ってやろうか。私は思いつくまま口を動かした。
「状況はよくわかりませんが……貴方様が、私の新しいご主人様ですね。私は賤しい性奴隷のヒースと申します。ご挨拶が遅れて失礼いたしま……」
「だから違う!緑鉄国は人身売買も奴隷も禁止だ!お前ら赤花国の人間は!俺たちオークをなんだと思ってるんだ!」
悲痛さすら感じる叫びだった。
「……は?え?」
奴隷禁止は建前では?
私は間抜けな声を出して戸惑った。オークは怒涛の勢いで畳み掛ける。
「俺は人間担当教師を募集しただけだ!ちゃんと正規の仲介業者を通して求人募集したんだぞ!なのに性奴隷を売り込むとかどういうことだよ!
というかナーシサス男爵は、自分の夫を性奴隷と名乗らせて、自分のことをご主人様と呼ばせてたのか!?」
「え、あ、はい」
「なんだそれ!頭おかしいんじゃねえか!いや、おかしいよな!そもそも性奴隷として自分の夫を売るとか!正気の沙汰じゃねえ!」
「え?は、はい。おかしい……ですね?」
「だよなー!おかしいよなー!」
それは、あまりにも正常というか、ごもっともな反応だった。
だけどそんな風に、真っ向からナーシサス男爵の言動と私に対する扱いを非難されたのは初めてだった。
そうだ。おかしいのはナーシサス男爵だ。
私が蔑まれるいわれはない。
なんだか急に、世界が明るく広くなった。いや、これまで知らなかった新しい世界に放り投げられたみたいだ。
新しい世界の真ん中には、私を閉じ込めたナーシサス男爵に怒り狂うオークがいて、誰よりも鮮やかに私の目に映った。
◆◆◆◆◆◆
その後。私は緑鉄国の衛兵隊に保護され、病院で治療を受けた。
ある程度回復してから、取引はナーシサス男爵を逮捕するために、緑鉄国と赤花国が仕組んだ茶番だったと知る。
赤花国の女王陛下は、奴隷売買に手を染め、領民と家臣を虐げたダフォデル侯爵家とナーシサス男爵にお怒りだという。
苛烈な刑罰を下される見込みだ。
私も関係者として、赤花国と緑鉄国の衛兵たちから取り調べを受けた。
だが、あくまでも被害者だとして、とても気遣ってもらえた。まだ身体が辛いだろうからと、取り調べはベッドで寝たままでいいし、少しでも体調が変化したら休憩させてくれた。
特に、緑鉄国の衛兵隊長は親切だった。それは、オークであるお医者様や看護師さんも同じだ。
私は、己がオークと緑鉄国に対する偏見を抱いていたことを恥じた。
ムスカリに誤解されて傷ついた癖に、自分も根拠のない噂と偏見を信じ込んでいたのだ。
衛兵隊長とお医者様に謝罪したが、お二人とも気にするなと笑う。
「ヒースさん。人は未知を恐れます。特に人間はその傾向が強い。
ヒースさんのように実際にオークと出会うことで、偏見を改めて下さる方もいる。私はそれで充分だと思います」
「その通りじゃ。
……それに、オークに対する偏見や噂も全部が嘘というわけではないしな……」
何故か、気まずそうに目線を交わす衛兵隊長とお医者様。衛兵隊長は、意を決した様子で私に聞いた。
「ところでヒースさんは、ガルグさんをどう思う?」
ガルグ。私を助けてくれたオーク。
その名前に、胸の中が明るくあたたかくなる。熱が全身に周り、顔が赤くなるのが自分でもわかった。
あの方に助けられてからずっとこうだ。あの方のことを考えると身体が熱を持つし、これまで感じたことのない感情を抱いてしまう。
ガルグさんは、何故か毎日お見舞いに来てくださるのだが、お会いするとこの感情は強くなる。
そわそわして落ち着かなくて、でも、とても幸せな感情が……。
いや、今は真面目な話だ。こんな感情の話は必要ない。
「ガルグさんは素晴らしい方です。私の恩人です。性奴隷として売られるところだった私を救って下さいました」
「人柄は?貴方個人は、彼のことをどう思っている?」
何故そんなことを聞かれるのだろう?疑問に思いつつ答える。
「……慈しみ深い立派な方だと思います。
お忙しいのに、毎日お見舞いに来てくださって、いつも気づかって下さいます。
それに雄々しく力強いのに、私に触れる時は優しくて、そんなところも素敵だと思いま……」
「よくわかりました。もう結構。……先生、どうです?」
「うむ。ガルグくんの発情に引きずられている。と、言うには反応が大人しい。ただの恋じゃな」
「こ、恋!?」
また世界が明るく広くなった気がした。
恋!なるほど!この感情は恋か!
私には縁遠いものだと思っていたが、まさか40歳になって初恋を知るなんて……。
そう、初恋だ。私は昔からあまり色恋沙汰に興味がなかった。おまけに、寄ってくるのはナーシサス男爵のような好意を抱けない女性ばかり。
もちろんそうでない方もいた。申し訳ないが、興味は持てなかったが。
とはいえ、かつては恋愛に憧れがあった。
幼い頃、母がそうしてくれたように、愛する人を大切にしたい。
幸運の象徴である双子の卵を、仲良く分け合えるくらい、仲睦まじくなりたい。
ガルグさんと、そうなりたい。
私ははっきり、そう思った。
つまり、本当にガルグさんが初恋なのだ。
歓喜に飛び上がりたいような、羞恥に転げ回りたいような、甘酸っぱい気持ちになる。
「先生、これ秒読みですよね?吊り橋効果とか依存とかもありそうですけど」
「そうじゃのう。そこから始まる真実の愛もあることじゃし、見守るとするか。
……ヒースさん。とりあえずオークの身体や緑鉄国について、正しい知識を学んだ方が……駄目じゃ。聞こえとらん」
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