【五章完結】サラリーマン、オークの花嫁になる

花房いちご

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第五章 元騎士、オークの花嫁になる

元騎士、オークの花嫁になる【29】(ヒース視点)

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 夕方の病室。私はベッドの上で、赤花国の役人と会った。
 神経質そうな役人はベッドサイドの椅子に座り、まず事件のその後について説明した。

「ナーシサス男爵とダフォデル侯爵夫妻は逮捕された。全容の解明までは時間がかかるだろうが、すでに爵位を剥奪され刑を受けている。
 貴殿ら被害者は、生死を問わず名誉回復がなされた。また、被害者と遺族には慰謝料と見舞金が支払われる」

 死者については、ダフォデル侯爵を諌めて殺された嫡男たちをふくめ、改めて丁重に弔われるそうだ。

「貴殿の今後についてだが、女王陛下は貴殿の意思を尊重すると仰せだ。
 その上で、陛下からご提案が二つある。
 赤花国に帰国し王城騎士として働くか、あるいはフォーサイス男爵家の家督を継ぐか、またはその両方だ」

「フッ。今更ですか」

 つい鼻で笑ってしまった。

「……失礼しました。しかし、今さら騎士に戻りたいとは思いません。
 男爵家の家督についても同じです。そもそも、跡取りはすでにいます。フォーサイス男爵が許さないでしょう」

 役人は問題ないと言う。

「貴殿が優秀かつ功績豊かな騎士であったことは、調査で把握している。それにまだ若い。充分にやり直せる年齢だ。
 フォーサイス男爵についてだが、能力も人格も貴族家当主に相応しくない。事件に関与していた疑いがある。
 また、ムスカリ・ド・フォーサイスは、血縁上はともかく書類上は養子だ。正当な後継者は貴殿である」

 何を言われても答えは一つだ。

「お断りします。
 女王陛下にはおかれましては、私のような者にまでご配慮頂き感謝の言葉もございません。
 ですが私は、赤花国に戻りたいとは思えないのです。このまま緑鉄国で骨を埋めたく存じます」

「……左様か。残念だが、貴殿の意思を尊重する。
 他に何か希望や要望はあるか?」

 慰謝料を慰霊や被害者救済に当てて欲しかったが、それは却下された。

「では、フォーサイス男爵家からの除籍を望みます」

「承った」

 このまま緑鉄国で暮らせる。安心すると同時に焦る。十日後には退院だ。緑鉄国での身の処し方を決めなければ。

 私は寝る直前まで悩み、結論を出した。

「ガルグさんの側にいたい。出来れば一緒に暮らしたい。ひょっとしたらガルグさんも望んでくれるかもしれない」

 ガルグさんとは、あれからも交流がある。彼は衛兵に協力していたが、本当は教師として働いているそうだ。授業のある日は夕方、休日は午前中にお見舞いに来てくれる。ほとんど毎日だ。
 しかもその度に、果物や花など心のこもったお見舞い品をくれる。私は会いに来て話してくれるだけで天に昇るほど嬉しいが、彼が私を見舞う理由は無い。なのに自発的に通ってくれているので、つい期待してしまう。

 だって、私を見る彼の眼差しはいつも優しくて……でも熱い。そして、私に絡みつくように強く見つめている時がある。

 初めて会った時に見た強い目だ。私に欲を抱いていると思った目だ。
 思い上がりかもしれないが、もしそうなら話が早い。

 お医者様たちからオークの身体のことは聞いた。人間がオークと結ばれた時、どうなるかも。
 特に、人間の男がオークの男の花嫁になった場合を……。

 背中がぞくぞくして熱い息が出た。
 ナーシサス男爵に触られるのは、死にたくなるくらい嫌だった。なのにガルグさんに触られると想うと……。
 想像するだけで身体がうずく。

「私は、ガルグさんの花嫁になりたい。それが叶わないなら、せめて性欲処理に使って欲しい。
 そういった扱いには慣れているから大丈夫だ」

 どう伝えるか考えながら眠った翌朝。ガルグさんがお見舞いに来てくれた。


 ◆◆◆◆◆◆◆


 今日も、ガルグさんは心のこもったお見舞い品をくれた。
 小さな花束と薬草茶だ。花束の花は、ガルグさんが勤めている学校の花壇の花で、許可を得て摘んだのだという。
 大きな身体を丸めて摘んでくれたと想うと、胸がキュンとした。
 薬草茶は安眠効果のあるもので、あらかじめお医者様に問題ないか確認してもらっているそうだ。とても柔らかな良い香りがする。

「ガルグさん、いつもありがとうございます。お花も薬草茶も、本当に嬉しいです。
 薬草茶は夜に頂きますね。きっと、今夜は素敵な夢が見れます」

「それは良かった」

 ガルグさんはホッとした様子で、花束を花瓶に生けてくれた。
 その様子を見ながら、『お側に置いて頂きたいけれど、今の私ではお世話になるしかない。身体を治してから言った方がいいかもしれない』と、考えていたのだが……。
 花を生け終えたガルグさんは、改まった様子で口を開いた。

「ヒースさん。赤花国に帰るのを拒否したってのは、本当か?」

「……はい」

 反応が遅れた。まさか、ガルグさんから話題にしてくれるとは思ってなかった。
 ……この際だ。言ってしまおう。

「赤花国には帰りたくないです。あの国には嫌な記憶が多過ぎる。なにより家族に会いたくない。
 このまま緑鉄国で……出来れば、ガルグさんの側で暮らしたいです」

「……っ!」

 ガルグさんは何故か胸を押さえてうつむいた。まさか急病?!一瞬あわてたけど、ギラギラした目で見つめられて違うと悟る。
 私に欲情してるように見える、あの強い眼差しだ。

「お、俺は構わないが……。ヒースさんは、本当にそれでいいのか?」

「いいんです!私はガルグさんの側にいたい!助けて頂いたご恩を返したい!雑用でもなんでもします!お側に居させてください!」

 私は必死に言い募った。感情がたかぶり涙が滲む。
 私を見つめるガルグさんの眼差しはさらに強くなっていく。しかし、悩んでいるのか返答がない。

 こうなったら例の提案をしよう。

「なんでもします。こんな中年の見苦しい身体でよければ、性欲処理に使っ……」

「自分の身体を大事にしろ馬鹿!本気で襲うぞ!」

 大声で怒鳴られた!な、何か、いけないことを言っただろうか?

「え?でもこんな身体……」

「こんな身体じゃない!ヒースさんは美しいし魅力的だ!壮年の人間特有の色気と、ヒースさん自身の色気がたまらん!はっきり言ってそそる!
 おまけに性格もいい!気が優しくて善良だ!完璧過ぎる!」

「は?え?魅力的?色気?善良?完璧?」

 意味がわからなくて繰り返してしまった。
 魅力?色気?
 私はただの40歳の中年男だ。若い頃はともかく、今は老いた。皺も増えてきたし、筋肉が減ってゆるんでいる。
 善良?完璧?
 私は部下も上官も守りきれなかったあげく、自分は助かりたいと思っていた。家族にすら愛されなかった。欠点しか見当たらない存在だ。
 否定しなければ。でもその前に、ガルグさんが畳みかける。

「そして俺は独り身のオークだ!ヒースさん!それは理解しているか!?」

「は、はい。理解しています」

「オークは人間の偏見ほど性欲で頭いっぱいじゃない!」

「え?あ、はい。し、失礼しました。で、でも、私そんなつもりで言ったわけでは……」

 むしろ性欲でいっぱいなのは私で、貴方に抱かれたくて仕方ないのだが。

「だけど性欲自体は強い!今も理性と魔道具と薬で抑えてるけどな!ヒースさんみたいな綺麗で色っぽくて見た目も性格も好みど真ん中の奴を見たら、めちゃくちゃそそられるんだよ!」

 え?ガルグさんにとって私は好み?そそられる?
 う、嬉しい!けれど、同時にとても負担をかけているのでは?混乱しつつ謝罪した。

「そ、そうなんですか?ご、ごめんなさい?」

「ヒースさんは悪くない!俺が勝手にそそられて、性欲を激らせてるだけだ!
 だから襲わないよう気をつけてる!だけど、さっきみたいにヒースさんから煽られたらどうなるかわからん!もっと俺を警戒しろ!俺の忍耐を信じるな!わかったか!?」

「わ、わかりました?」

「よし!とにかく!軽々しく誘うような事を言うな!俺の花嫁にするぞ!」

 いいんですか?むしろ花嫁にして欲しいです!と、言う前にガルグさんが頭を抱えた。
 勢いで色々叫んだことを後悔し、私がどう思ったか心配している様子だ。
 その時わかった。
 ガルグさんって、頼もしくてカッコよくて力強くて優しくて……私をとても大切に思ってくれている。
 しかも、とっても初心くて可愛い人だ。

「……ぷっ!あははは!ははははは!」

 なんだか嬉しくて笑ってしまった。
 私は、剣も鎧も愛馬も名声も失った。実の家族にも蔑まれた。身体はとっくに穢れていて、その事はこの人も知っているのに。

「あははは!あ、貴方には、わ、私が、そ、そんな風に……!見えて……!あははは!……っ!」

 私は嬉しくて、ガルグさんが愛しくて、12年ぶりに声を上げて笑って泣いた。
 ガルグさんのたくましい腕の中、まるで産まれたての赤子のように、泣きつかれるまで泣いた。

 この人が好きだ。愛している。
 私を救い上げたこの人に、私の全てで報いたい。
 そして叶うなら愛されたい。そう強く思った。
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