【完結】ヒトゥーヴァの娘〜斬首からはじまる因果応報譚〜

花房いちご

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番外編

紅芳と美花の縁談 ①

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 9歳のフェイ紅芳ホンファンは、毎日が憂鬱だった。

 竹林にある離れに引きこもって1年が経つ。
 楽しみと言えば、離れの上階にある見晴らしのいい部屋で、姉の美花メイファとお茶をするくらいだ。
 今も、二人でお茶をしていた。

 卓上では温かい茶が豊かな香りを放ち、食欲をそそる焼き菓子や干果物などが並んでいる。
 どれも好物だ。おまけに話し相手は大好きな姉の美花だが……。
 紅芳は、飾り窓から見える景色を見てはため息をついた。あちこちに雪が残ってはいるが、良く晴れている。

「はあ……。思いっきり頭を飛ばして遊びたい。竹林は飽きた。邸の外に行きたい」

 紅芳は首から頭を外し、胴体と共に駆け回るのが好きだ。こんないい天気の日は特にそうしたい。邸どころか都から出て、冷たい風を切るように飛んで走るのだ。
 美花は、そんな夢想をする紅芳に苦笑をこぼす。

「それは難しいわねえ。どうしても目立つもの。私たちは貴女と違って夜以外は頭を外せないし、頭を外したら胴体は動かせないから」

「わかってるよ……」

 紅芳は、飛頭蛮フェイトゥマンの【先祖返り】だ。
 飛頭蛮の一族に【先祖返り】が生まれたのは、かなり久しぶりなのだという。

 紅芳は産まれた時から注目されて、どこへ行っても何をしていても騒がれた。

『生き神として祭り上げれば、恩寵を授けて下さるに違いない』
『いやいや、ただの飛頭蛮として分け隔てなく扱うべきだ』
『あの赤い瞳に見つめられると天の声が聞こえる』
『恐ろしい。あの強大な力は周囲を滅ぼしかねない』

 などと周りは口々に言い、紅芳を過剰に恐れたり敬っては問題を起こした。

 両親も紅芳の扱いに困った。父は紅芳の存在を持て余しているし、母はどうしても紅芳に怯えてしまう。
 兄弟たちともそれぞれ距離がある。

 紅芳にとって本当に信頼できるのは、離れにいる家臣数名と、2歳年上の姉の美花だけだ。友人もいない。

「此処じゃない何処かに行きたい」

「そうねえ。紅芳は私と違って活動的だし、色々な力があるもの。活かせる場所に行った方が幸せよね」

 姉の美花は12歳。大きな垂れ目が特徴の、おっとりした印象の美少女だ。そしてとても賢い。
 美花は周囲の騒ぎを冷静にながめていた。
『先祖返りは昔から産まれている。記録もちゃんと残ってるわ。
 特別な存在ではあるけれど、過剰に恐れたり敬う必要はないというのに、どうしてこんなに騒ぐのかしら?』
 と、首を傾げていた。

 そして紅芳を妹として愛してくれた。紅芳の害になる者を、紅芳と信頼できる家臣たちと共に排除してくれている。

「紅芳と離れてしまうのは悲しいけど……丁度いい縁談があるわ」

「私も姉様と離れたくない……縁談?」

 それは、西の隣国の貴族オプスキュリテ辺境伯家との縁談だった。
 彼らは古くからの隣人であり、魔獣や他国との防衛での協力者であり、交易相手である。
 政略結婚も盛んに行われていて、つい最近も従姉妹がオプスキュリテ辺境伯配下の男爵に嫁いだと聞く。

「西の隣国は排他的だけど、オプスキュリテ辺境伯家は別よ。私たち妖怪の存在を知っていて受け入れている。
 おまけに、オプスキュリテ辺境伯夫人は先進的で聡明なお方。飛家の娘を軽んじる愚は犯さないでしょうし、貴女の有能さを生かせるでしょう」

「でも、美花姉様に来た縁談でしょ?」

「私はこの縁談を受けたくないの。それにまだ婚約者候補でしかないから、貴女にすげ替えるのは簡単よ」

「でも、オプスキュリテ辺境伯家って大貴族だよ。そんな大きな家に嫁ぐなんて無理だよ。私は姉様みたいに人心掌握できないんだし」

「大袈裟よ。人の心を掴み操る事に関しては、貴女の方が優れているわ。
 貴女は生まれた時から人の感情に振り回されてきた。だからこそ、人の心の機微に聡い。
 しかも賢いし魔法も強力よ。
 何よりも、貴女には人を惹きつける魅力がある」

「……臆病なだけだし、そんな魅力なんてないよ。みんな、私が【先祖返り】だから敬ったり怖がってるだけで……」

 紅芳は動揺を鎮めるため、お茶を飲もうと茶器を手にした。
 美花は少しだけ悲しげな表情を浮かべ、紅芳の手を茶器ごと包むように握る。

「紅芳。私の可愛い妹。勇気を出して。貴女自身で貴女の未来を掴むの。
 私はいくらでも協力するから」

「姉様……」

 優しい言葉が頑な心に沁みる。紅芳はしばらく迷ったが、頷いた。


 ◆◆◆◆◆


 それから一カ月後。梅が満開になった頃のことだ。
 美花が離れにお茶をしにやってきた。
 卓上には、花や桃を模した可愛らしい形の饅頭、果物の砂糖漬けなどが並んでいるが、主題は作戦会議だ。
 あれから美花は、オプスキュリテ辺境伯令息とのお見合いを紅芳に変えれないか、両親に探りを入れた。
 しかし、オプスキュリテ辺境伯夫人が美花を指名しているので難しそうだ。
 なので、作戦を立てるのだと張り切っている。

「美花姉様も、この縁談を受けれない事情があるものね」

「ええ。私はやるわ。それはともかく、やっと全部の返事が返ってきたのよ。読んで」

 美花は卓上に紙の束を積み上げた。全て美花の友人知人からの手紙だ。
 オプスキュリテ辺境伯領にいる飛頭蛮たちからの手紙もある。

「相変わらず、すごい人脈だね」

「まあね。私は動くのが苦手な分、こういうことが得意だから。やれば貴女もできるようになるわよ。
 ……で、縁談相手と他の婚約者候補について色々と調べたわ。
 まずは縁談相手よ。名前はベルナール・オプスキュリテ。
 オプスキュリテ辺境伯の嫡男で、年齢は10歳。小型魔獣を一人で倒す実力があって、眉目秀麗で真面目な努力家。
 ただし、性格に癖があるみたいね」

 寡黙で浮ついたところが少なく、何を考えているかわからない。
 母親に似てかなりの美形でモテるが、恋愛には興味がない。
 そもそも他人への関心が薄く、特に女性は苦手。出来るだけ接しないようにしている。
 とはいえ、思いやりが全くないという訳でもないし、兵を率いる統率力があるので慕われている。

「……癖があるというか不器用?悪い人じゃなさそうだね」

「そうね。貴女を任せてあげてもいいわ」

「姉様、なんで上から目線なの?」

 軽口を言いながら情報を整理し、茶菓子で栄養補給しながら作戦を立てた。

「え?見合いの時期は春の終わり以降?かなり先ね」

 紅芳は、桃饅頭を頬張りながら頷いた。引きこもっていてもわかる事はある。

「うん。辺境伯夫人と令息を安全に移動させようとしたら、どんなに早くてもそれくらいになると思う。
 オプスキュリテからの手紙が遅れたでしょう?いつも来る隊商もまだ来てない。
 今年は山脈の雪解けが遅い。しかも魔獣も活発なせいで、物流自体が滞ってる」

「なるほど。ベルナール様はともかく夫人に無理はさせれないものね。後は滞在場所と見合いをする場所だけど……。
 警備の手間もあるから、どちらもうちでやる可能性が高いわね
 わかった。見合いの日、私はベルナール様をこの離れに誘導するわ。
 貴女たちは、そこで運命的な出会いをするのよ」

 紅芳の目が座った。

「運命的な出会い?まさか恋愛小説みたいなことをしろっていうの?」

「紅芳、私の話を聞いていた?ベルナール様は女性が苦手で恋に興味がないのよ。そんな手管では落ちない。むしろ貴女を嫌いかねない」

「じゃあ、どうするの?」

「そこで黒狼ヘイランたちの出番よ。小型の魔獣を放ってもらうから、それを貴女が素早く仕留めるの。絶対に印象に残るし、好意を持たれるに違いないわ」

 黒狼は、数少ない信頼出来る家臣だ。年齢は14歳。双子の妹である黒珠ヘイジュと共に、紅芳に仕えてくれている。
 いや、それはともかく。

「いやいやいやいやいや。確かに作戦は必要だと思うけど、初対面で魔獣討伐する女を婚約者にはしないでしょう」

「大丈夫!オプスキュリテ辺境伯領は、男女共に強い方が敬われるしモテるそうよ。オプスキュリテ辺境伯夫人のような例外もいるけどね」

「だからって……」

「嫌?でも紅芳。魔獣を討伐するの好きよね?」

「うっ……それは、そう」

 図星だ。引きこもる前は、よく野山を駆けては小型魔獣を討伐していた。

「他の婚約者候補よりは面白い女だと思われればいいのよ。家格と利点では飛が一番だし」

 ちなみに他の婚約者候補は、飛家の分家から五人、分家ではないが関係の深い家から三人、飛家と並ぶ名家から二人だ。

「全員調べたわ。恋愛に夢を見ているか、腹にドス黒い一物を持っているか、性格や能力が武門に合わない子が八人よ。武門に向いているのは、貴女とラン家のご令嬢だけ。
 面白さで頭一つ抜ければ勝てるわ」

「そうかなあ……」

(どうしてこんなに自信満々なんだこの姉は)

 そう思いつつ逆らえない紅芳だ。まあ、魔獣と戦うのは楽しいからいいかと考えかけた。だが、固い声が待ったをかけた。

「お待ちください。小型魔獣をけしかけるとおっしゃいましたか?」

 声の主は、実は最初から控えていた黒狼だ。寡黙で従順だが、必要ならば主に意見する気骨ある少年だ。

「え?そうよ」

「いけません!前から思っていましたが、美花様は魔獣の恐ろしさを軽く考え過ぎです!
 討伐後の死骸しかご存知ないので想像できないのでしょうが、魔獣は小型でも恐ろしい存在です。討伐する際は、最低でも兵士が五人以上で……」

 黒狼は、厳しい顔で発案者の美花を叱り、長々しく説教した。

「ご、ごめんなさい。軽率だったわ……」

「おわかり頂けてよろしゅうございました。
 紅芳様も、姉君が暴走された時はお止めしなければなりませんよ」

「黒狼の言う通りだ。ごめん」

「うふふ」

 二人して意気消沈していると、柔らかな笑い声が耳をくすぐった。これまた最初からいた黒珠だ。
 黒珠はお茶のお代わりを淹れながら話す。

「お二人とも難しく考え過ぎです。紅芳様は、こんなに素晴らしいご令嬢様なんですよ?飛び切りおめかししてお会いすれば、気に入っていただけるに決まってます」

「黒珠……。私を着せ替えて化粧したいだけでしょ?」

「それは是非とも。ですが、嘘でもお世辞でもありませんよ。紅芳様は素敵なご令嬢です」

「黒珠……」

「それがわからないような節穴でしたら、最初から紅芳様に相応しくなかったということです。
 ああ、もちろん紅芳様から見て不快な方という可能性もありますね。その場合はこちらからお断りして、二度と紅芳様に近づかないようにしましょう」

 黒珠はサラッと辛辣だ。いつものことだが、目が本気なので怖い。
 しかも美花も黒狼も同意して頷いている。

「とにかく紅芳の幸せが第一ですもの」

「ええ。上手くいくよう私たちもお手伝いします」

「おめかしは私にお任せを!」

 三人の勢いに押されつつ頷く。結局、当日は不自然でない程度におめかしし、偶然を装って竹林で出会うことにした。
 竹林の中には歩道が整備されている。そこに美花がベルナールを誘導し、たまたま散歩していた紅芳に出会す。
 美花は仲のいい妹を紹介するという流れだ。

(初対面で気に入られて婚約者になる。そんなに上手くいくかな……。それに、オプスキュリテは飛頭蛮への差別が少ないと聞くけれど実態はどうだろう)
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