狼は腹のなか〜銀狼の獣人将軍は、囚われの辺境伯を溺愛する〜

花房いちご

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ファルロの決心【1】

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 大陸でも有数の大国、ゴルハバル帝国の将軍であるファルロ。その隣国、豊かな国土と歴史を持つルフランゼ王国の辺境伯であるラズワート。互いの国が敵対して百年以上が経つ。二国は、数年から十年程度の間隔で熾烈な攻防を繰り返していた。
 だが、近年は形骸化していた。春から夏にかけて、どちらかが攻めてどちらかが防ぎ、ほどほどに殺しと略奪をし合って本格的な秋が来る前に終わる。季節の挨拶のような戦は、どちらかが滅ぶまで続くかにみえた。
 しかし、敵国は互いばかりではない。特にルフランゼ王国は戦力がかたより、他国から侵略されることが増えた。豊かな穀倉地帯と様々な産業を持つ国土を、周辺諸国が狙っている。中でもラズワートの領地は、北にゴルバハル帝国、東にカスティラ王国、西にグランド公国があり、戦がない年の方が珍しい。
 ゴルハバル帝国も、前皇帝が戦好きであったため敵国が少なくない。情勢を鑑み、ゴルバハル帝国とルフランゼ王国は正式な和平を結ぶことになった。
 和平交渉が始まり七年後、正式に和平が結ばれる事が決まる。条件は常識的なものだ。互いの領土の一部と捕虜の交換。そして、和平の証として王族と高位貴族を一人ずつ人質として交換する。

 こうして、今から約一カ月半前。晩秋の季節に人質交換は実現した。
 だが、人質を迎え入れた帝国は驚愕した。王族の幼い王子はともかく、高位貴族の人選とその扱いが異常だったからだ。
 こういった場合、王族も高位貴族も幼い子女が差し出されるのが慣例だ。しかし、高位貴族として差し出されたのはラズワート。とうの昔に成人した、ルフランゼ王国の辺境伯だった。
 宮廷、特に武官たちは騒然となった。

「まさかアンジュール卿を寄越すとは……」

「一体、ルフランゼの王族どもは何を考えてるんだ?」

 ラズワート・ド・アンジュール。ルフランゼ王国の国防上、最も重要なアンジュール領の領主である辺境伯だ。ラズワート率いる辺境軍は、自領他領問わず他国からの侵略と魔獣の被害を防いできた。
 また、三年前の捕虜交換についてはルフランゼ王国国王に直訴し実現させている。この捕虜交換が実現しなければ、この度の正式な和平が実現するのは難しかっただろう。間違いなく英傑である。
 さらに、契約内容も異常だった。

『ラズワート・ド・アンジュールは、生死を問わずどう遇してもよい』

 などと明記してあったのだ。有り得ない話だ。たとえ建前上だけでも、人質の安全と身分を保証するのが通例だ。現に、共にやってきた幼い王子の方はそのような契約になっている。
 理由はすぐにわかった。ラズワートは失脚したのだ。
 アンジュール領。広大で国防上重要な位置にあるが、岩山と荒地ばかりで魔獣も多い辺境の地だ。それが、魅力的な領地になってしまったのが失脚の原因だった。
 まず、百年以上かけた開墾が実を結び、ここ十年間の農作物の生産が飛躍的に上がっていた。ルフランゼ王国は豊かな土地が多いが、安定した生産が見込める土地はやはり魅力的である。加えて、険しい山々の中から新しい宝石の鉱脈が発見されてしまった。
 紺青の空が結晶したかのような宝石は、『アンジュールの奇蹟』と名づけられ、各国の王侯貴族を魅力し高値で取引されている。その加工技術も確保し、産業として確立したのだから大したものである。
 この魅惑的な領地を欲した者たちがいた。なんと、散々ラズワートに自国を守らせた国王本人と王太子である第二王子であった。
 ラズワートは、戦上手だが政争は不得手だったらしい。あっという間に、捕虜を虐待しただの、領民を虐げただの、王族への敬意が足りないだのと罪を並べたてられた。そして、領地、自軍、家臣、付随する全ての権限と財産を取り上げられ、名ばかりの貴族となってゴルハバル帝国に差し出されたのだった。

「なんという事だ!非道が過ぎる!」

「嘆かわしい……ルフランゼ王国は恥知らずの巣窟だな」

「うむ。正しくその通りだ。その上で、そなたらに再度問う。ラズワート・ド・アンジュールをどう遇するか」

 皇帝アリュシアンは、臣下たちの叫びに頷いて同意した。アリュシアンは、そのわずかな仕草にも気品が滲む美男だ。獅子を思わせる濃い金髪、紅玉色の目、褐色の肌、黒豹の耳と尾という、様々な種族を受け入れ続けたゴルハバル帝国皇族を象徴する姿形をしている。
 アリュシアンによって謁見の間に呼び出された臣下たちも、獣人を初めとして人間やエルフなど様々な種族がいた。また、階級や役職も様々だ。
 共通しているのは、ルフランゼ王国に呆れ、憤り、ラズワートの扱いに悩んでいる事である。

「どうしたものか……」

 皆、絨毯の上に車座になって座っている。アリュシアンも同じだ。壇上ではなく同じように座ることで、階級と役職問わず意見を言っていいと暗に示していた。皆もそれはわかっているが、話が進まない。憎いだけの仇敵ならば話は早いが、ラズワートは敵ながら人望があるのだ。

「あの武人は稀有な存在です」

 ゴルハバル帝国は、皇帝、皇族、貴族階級、平民階級、奴隷階級に分かれた階級社会ではあるが、奴隷階級が貴族階級に上がる事も、その逆も珍しくない。階級内での序列はなく、職業、役職、実績によって扱いが変わる。徹底した実力重視の国だ。伝統的に武勇優れたる者と礼節を知る者に強い敬意を抱く。ラズワートはどちらも備えていた。
 まず、並外れた武勇で名高い。持て囃されがちな自然魔法(火、水、風、土を操る魔法)が使えない事でも有名だが、それで侮る者はゴルハバル帝国にはいない。
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