21 / 65
ファルロの献身【7】
しおりを挟む
ファルロは最後に周辺諸国の動向を確認し、思いがけない情報を掴んだ。
(まさか、イリーズ卿が謀反を計画するとは)
ナイヴァル・イリーズ。現在、皇都にいる将軍の一人。彼がグランド公国と内通し謀反を計画しているとの情報だった。イリーズ家は古くから皇族に仕えている名家だ。まだ計画段階とはいえ、露見すれば影響は大きい。まさかと思ったが、同時に納得もいく。
戦嫌いの穏健派とされている現皇帝アリュシアンと、獣人の中でも戦好きのイリーズは相性が悪い。
(裏も取れている。進言すれば、かなりの功績になる。私の発言力も増しますね)
ファルロはその日のうちにアリュシアンに報告した。古くからの臣下の裏切りに、アリュシアンは驚きも悲しみもしなかった。ただ頷き、ファルロを下がらせた。自らの諜報部隊に裏を取らせるのだろう。この慎重さ、臣下との距離感、いざという時の決断の速さと冷酷さこそ、ファルロが皇帝アリュシアンを支持する所以である。
五日後、ファルロはアリュシアンから呼び出しを受けて皇城に参内した。
「ルイシャーン、今日は悲しい知らせがある。イリーズは先だっての戦の怪我が元で勇退することになった。別れの宴を開くので、卿にはこのまま留まってもらいたい」
「畏まりました」
裏は取れた。尋問ののち本人だけに毒杯を飲ませる。一族郎党には一先ず刑罰なし。
首謀者は容赦なく処断し、それ以外は飼い殺しだ。残された者が忠誠を示すならよし、再び弓引かんとするなら今度こそ皆殺しだろう。戦と流血を嫌うアリュシアンらしい決断だ。宴うんぬんに関しては、秘密保持のため全てが終わるまで宮廷に留まれということだ。
ファルロは従者に伝令を頼みながら、数日は宮廷から帰れないことに溜息をついた。ラズワートが屋敷に来てから毎日顔を合わせていたので、会えなくなるのが寂しい。また、側にいれない不安もある。
配下の中には、ラズワートに対して良くない感情を持つ者もいるのだ。
(ファルロ、己の配下を信じなくてどうするのですか。誓いも立てさせたというのに)
そう、己に言い聞かせた。
◆◆◆◆◆
三日後の夜。皇帝、宰相、ファルロ、他数名だけの宴が開催された。イリーズの尋問が終わり、後は毒杯を飲ませるばかりになったのだろう。
公式には、この宴にイリーズも参加した事になる。さらに数日後、王都の邸宅で急死しているのを発見される。そういう筋書きである。
宮廷内の紅玉の間は、文字通り紅玉で飾られた調度品と、同系色の絨毯やタペストリーでまとめられた壮麗な広間だ。アリュシアンを囲んで酒を酌み交わし、談笑する。
出される酒も食事も最高の物ばかり、楽師の奏でる調べと歌は豊かに耳を喜ばせ、給仕たちは見目麗しい。
しかし、ファルロは今すぐ屋敷に帰りたかった。
(紅玉果の雪菓子まであるのですか。きっとアンジュール卿もお好きでしょうね。この絨毯もお見せしたい。絨毯やタペストリーの柄の意味に興味を抱かれていたから喜ぶでしょう。そういえば、音楽はお好きでしょうか。帰ったらたずねてみましょう)
だが、イリーズの死が公表されるまでは帰れない。内心で盛大に溜息を吐いた。まるでそれを見抜いたかのように、アリュシアンが苦笑いする。
「そなたには苦労をかけるな」
ファルロは、思いがけない言葉に身を固くした。もしやイリーズの件でなにかあったかと思ったが、予想は外れた。
「ルフランゼの客人だ。賓客にふさわしい待遇を与えるばかりか、自ら心を砕いて饗応していると聞く。さぞや苦労しているのだろう?」
誰から聞いた?とは言えない。ファルロは貴族らしい笑みで返す。
「もったいなきお言葉痛み入りますが、私は苦労などしておりません。アンジュール卿は敬意を表すべき勇士であり、私の大切なお方です」
アリュシアンは珍しく目を見張り、ややあって微笑んだ。常に浮かべている笑みとは違う、柔らかなものだ。
ファルロは一瞬、油断した。そして、次の言葉に肝が冷えた。
「そうか……関係が良好で安心した。世情は変化し続けているが、かの客人に関してはまずルイシャーンに相談しよう」
「陛下のご高配に感謝いたします」
(危なかった!少しでも返答を間違っていれば、アンジュール卿の処遇に意見出来なくなるところだった!それに世情の変化と仰った。ルフランゼと何かあるのか?)
ファルロの内心を知ってか知らずか、アリュシアンはすでに別の者と会話している。
頭を働かせる。ルフランゼ王国はどうなってもいいが、アンジュール領になにかあればラズワートが悲しむ。もっと情報を聞き出したいが、アリュシアンが相手では分が悪い。
また、ここにいる限り下手に動けない。配下たちとの接触も最低限で、屋敷に何かあっても対応どころか知ることもできない。
(ああ……早く帰りたい……イリーズ卿!さっさと毒杯をあおってください!)
それなりに親交のあった同輩に対し、なかなか辛辣な願いを込めながら極上の赤葡萄酒を飲んだ。この酒もラズワートに飲ませてやりたいと思い、気が焦るばかりだった。
イリーズの死は二日後の昼過ぎに公表された。ファルロが帰れたのは、その翌朝だった。
◆◆◆◆◆
ファルロは屋敷まで自らの脚で走った。早朝でも皇都は人が多い。大通りを騎竜に乗って歩くより、裏道を自分で走った方が速い。宮廷は王都の中心、ファルロの屋敷は南方にある。本気で走れば半時間以内に着く。
早くラズワートに会いたい。もう五日以上会ってないのだ。
「もしや……閣下!ルイシャーン閣下!」
夢中で走るファルロに、聴き慣れた声がかけられた。屋敷を任せていた配下の一人、猪の獣人メフルドだ。彼も走っていたらしく、息が上がっている。恐らく皇城に向かおうとしていたのだろう。
嫌な予感がした。
「どうしました?」
「アダシュが、アンジュール卿に傷を負わせました」
(まさか、イリーズ卿が謀反を計画するとは)
ナイヴァル・イリーズ。現在、皇都にいる将軍の一人。彼がグランド公国と内通し謀反を計画しているとの情報だった。イリーズ家は古くから皇族に仕えている名家だ。まだ計画段階とはいえ、露見すれば影響は大きい。まさかと思ったが、同時に納得もいく。
戦嫌いの穏健派とされている現皇帝アリュシアンと、獣人の中でも戦好きのイリーズは相性が悪い。
(裏も取れている。進言すれば、かなりの功績になる。私の発言力も増しますね)
ファルロはその日のうちにアリュシアンに報告した。古くからの臣下の裏切りに、アリュシアンは驚きも悲しみもしなかった。ただ頷き、ファルロを下がらせた。自らの諜報部隊に裏を取らせるのだろう。この慎重さ、臣下との距離感、いざという時の決断の速さと冷酷さこそ、ファルロが皇帝アリュシアンを支持する所以である。
五日後、ファルロはアリュシアンから呼び出しを受けて皇城に参内した。
「ルイシャーン、今日は悲しい知らせがある。イリーズは先だっての戦の怪我が元で勇退することになった。別れの宴を開くので、卿にはこのまま留まってもらいたい」
「畏まりました」
裏は取れた。尋問ののち本人だけに毒杯を飲ませる。一族郎党には一先ず刑罰なし。
首謀者は容赦なく処断し、それ以外は飼い殺しだ。残された者が忠誠を示すならよし、再び弓引かんとするなら今度こそ皆殺しだろう。戦と流血を嫌うアリュシアンらしい決断だ。宴うんぬんに関しては、秘密保持のため全てが終わるまで宮廷に留まれということだ。
ファルロは従者に伝令を頼みながら、数日は宮廷から帰れないことに溜息をついた。ラズワートが屋敷に来てから毎日顔を合わせていたので、会えなくなるのが寂しい。また、側にいれない不安もある。
配下の中には、ラズワートに対して良くない感情を持つ者もいるのだ。
(ファルロ、己の配下を信じなくてどうするのですか。誓いも立てさせたというのに)
そう、己に言い聞かせた。
◆◆◆◆◆
三日後の夜。皇帝、宰相、ファルロ、他数名だけの宴が開催された。イリーズの尋問が終わり、後は毒杯を飲ませるばかりになったのだろう。
公式には、この宴にイリーズも参加した事になる。さらに数日後、王都の邸宅で急死しているのを発見される。そういう筋書きである。
宮廷内の紅玉の間は、文字通り紅玉で飾られた調度品と、同系色の絨毯やタペストリーでまとめられた壮麗な広間だ。アリュシアンを囲んで酒を酌み交わし、談笑する。
出される酒も食事も最高の物ばかり、楽師の奏でる調べと歌は豊かに耳を喜ばせ、給仕たちは見目麗しい。
しかし、ファルロは今すぐ屋敷に帰りたかった。
(紅玉果の雪菓子まであるのですか。きっとアンジュール卿もお好きでしょうね。この絨毯もお見せしたい。絨毯やタペストリーの柄の意味に興味を抱かれていたから喜ぶでしょう。そういえば、音楽はお好きでしょうか。帰ったらたずねてみましょう)
だが、イリーズの死が公表されるまでは帰れない。内心で盛大に溜息を吐いた。まるでそれを見抜いたかのように、アリュシアンが苦笑いする。
「そなたには苦労をかけるな」
ファルロは、思いがけない言葉に身を固くした。もしやイリーズの件でなにかあったかと思ったが、予想は外れた。
「ルフランゼの客人だ。賓客にふさわしい待遇を与えるばかりか、自ら心を砕いて饗応していると聞く。さぞや苦労しているのだろう?」
誰から聞いた?とは言えない。ファルロは貴族らしい笑みで返す。
「もったいなきお言葉痛み入りますが、私は苦労などしておりません。アンジュール卿は敬意を表すべき勇士であり、私の大切なお方です」
アリュシアンは珍しく目を見張り、ややあって微笑んだ。常に浮かべている笑みとは違う、柔らかなものだ。
ファルロは一瞬、油断した。そして、次の言葉に肝が冷えた。
「そうか……関係が良好で安心した。世情は変化し続けているが、かの客人に関してはまずルイシャーンに相談しよう」
「陛下のご高配に感謝いたします」
(危なかった!少しでも返答を間違っていれば、アンジュール卿の処遇に意見出来なくなるところだった!それに世情の変化と仰った。ルフランゼと何かあるのか?)
ファルロの内心を知ってか知らずか、アリュシアンはすでに別の者と会話している。
頭を働かせる。ルフランゼ王国はどうなってもいいが、アンジュール領になにかあればラズワートが悲しむ。もっと情報を聞き出したいが、アリュシアンが相手では分が悪い。
また、ここにいる限り下手に動けない。配下たちとの接触も最低限で、屋敷に何かあっても対応どころか知ることもできない。
(ああ……早く帰りたい……イリーズ卿!さっさと毒杯をあおってください!)
それなりに親交のあった同輩に対し、なかなか辛辣な願いを込めながら極上の赤葡萄酒を飲んだ。この酒もラズワートに飲ませてやりたいと思い、気が焦るばかりだった。
イリーズの死は二日後の昼過ぎに公表された。ファルロが帰れたのは、その翌朝だった。
◆◆◆◆◆
ファルロは屋敷まで自らの脚で走った。早朝でも皇都は人が多い。大通りを騎竜に乗って歩くより、裏道を自分で走った方が速い。宮廷は王都の中心、ファルロの屋敷は南方にある。本気で走れば半時間以内に着く。
早くラズワートに会いたい。もう五日以上会ってないのだ。
「もしや……閣下!ルイシャーン閣下!」
夢中で走るファルロに、聴き慣れた声がかけられた。屋敷を任せていた配下の一人、猪の獣人メフルドだ。彼も走っていたらしく、息が上がっている。恐らく皇城に向かおうとしていたのだろう。
嫌な予感がした。
「どうしました?」
「アダシュが、アンジュール卿に傷を負わせました」
36
あなたにおすすめの小説
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
愛を知らない少年たちの番物語。
あゆみん
BL
親から愛されることなく育った不憫な三兄弟が異世界で番に待ち焦がれた獣たちから愛を注がれ、一途な愛に戸惑いながらも幸せになる物語。
*触れ合いシーンは★マークをつけます。
【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件
表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。
病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。
この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。
しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。
ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。
強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。
これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。
甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。
本編完結しました。
続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください
完結·囚われた騎士隊長と訳あり部下の執愛と復讐の物語
禅
BL
「月が綺麗ですね。あぁ、失礼。オレが目を潰したから見えませんね」
から始まる、国に利用され続ける隊長を自分のものだけにしようとした男の欲望と復讐の話
という不穏なあらすじですが最後はハッピーエンドの、隊長×部下の年下敬語攻めBL
※完結まで予約投稿済・☆は濡れ場描写あり
※Nolaノベル・ムーンライトノベルにも投稿中
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。
【完結】冷酷騎士団長を助けたら口移しでしか薬を飲まなくなりました
ざっしゅ
BL
異世界に転移してから一年、透(トオル)は、ゲームの知識を活かし、薬師としてのんびり暮らしていた。ある日、突然現れた洞窟を覗いてみると、そこにいたのは冷酷と噂される騎士団長・グレイド。毒に侵された彼を透は助けたが、その毒は、キスをしたり体を重ねないと完全に解毒できないらしい。
タイトルに※印がついている話はR描写が含まれています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる