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ファルロの献身【8】
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ファルロは賓客の庭園に通じる扉を乱暴に開け、中に入った。銀の髪も狼の耳も尻尾も逆立ち、金の目は血走っていた。
(血だ!血の匂いがする!)
中庭にはラズワートと配下たちがいた。配下の一人、虎の獣人が鎖で縛られて座らされている。ファルロとラズワートの手合わせを良く見ていた内の一人、アダシュだ。
メフルドの報告によると、アダシュは「父親の仇だから決闘させろ」と迫った。ラズワートはそれを受けた。しかし、隷属の首輪がある。相手を傷つけるような反撃は出来ない。攻撃のほとんどを躱して動きを誘導し、回廊の柱に激突させた。アダシュは気絶し、拘束されたのだった。
父親とは、十二年前にラズワートに倒された虎の獣人、アルザーのことだ。その為、アダシュは見張り兵から外すはずだった。が、「アンジュール卿を傷つけない」と、誓約を立てた。ファルロは信頼したので外さなかったのだ。
(裏切りだ!許されざる裏切りだ!)
「ルイシャーン卿、戻ったのか。……ルイシャーン卿?」
ラズワートは自らの足で立っている。話も出来ている。だが、腕を斬られている。治療は済んでいるらしいが、血の匂いは漂ったままだ。
(ラズワートを傷つけられた)
ファルロの中で何かが完全に切れた。ざわざわと毛が生え、牙が伸び、狼の半獣体になっていく。
「閣下!お戻りで……ひぃっ!」
「ルイシャーン閣下……ぐぎゃ!」
ファルロの剣幕にアダシュを囲んでいた配下たちが身をひく。アダシュは何か言おうとしたが、それより先に頭を踏みつけた。
「命に背き、誓約を破り、剣を持てぬ者に襲いかかって気が済んだか?この下衆が!貴様を信じた己の迂闊さに吐き気がする!」
「が……!ぐぅ……!かっ……かぁ……!」
アダシュの苦悶を眺めながら配下に命じた。
「抑えろ」
ファルロは腰に下げていた長剣を抜いた。痴れ者の首を切り落とす。それしか考えられなかった。だが、ラズワートがファルロの腕を掴んで叫ぶ。
「よせ!俺は己の意志で手合わせを受けたのだ!彼を罰するなら俺も罰しろ!」
「ふざけるな!愛する人を傷つけられて許せるか!」
ラズワートが硬直する。数瞬後、ファルロは自分が何を言ったか自覚し、血の気が引いた。半獣体から一気に戻る。
「あ……いえ、これは……その」
耳と尻尾を垂らして狼狽えるファルロ。ラズワートは剣を握る手を包んだ。
「ルイシャーン卿、まずは話し合おう」
金混じりの青い目には嫌悪も怒りも無かった。むしろ穏やかにファルロを見つめている。しかも、互いの呼気が触れるほど近い。
「いえ、しかし、まずは罰を……」
「ルイシャーン卿。俺と話し合うのと彼の首を斬るのと、貴殿はどちらが大切だ?」
ラズワートは身を寄せて囁いた。声に、わずかだが甘やかな色気が含まれている。操られるかのように、ファルロは答えた。
「貴方です」
所詮、惚れた者の負けだ。ファルロは観念した。
◆◆◆◆◆
食堂に集まり経緯を確認した。すぐに、報告が正確さに欠けていたことも分かった。伝達過程で過不足と誤りが発生したらしい。
「決闘ではなく手合わせだった?」
「そうだ」
ファルロが皇城に泊まり込むようになってから、アダシュは他の配下の目を盗んで申し入れていたそうだ。ラズワートは断り、説得していた。
「どうしてもというなら、ルイシャーン卿に許可を取れ」
だが、アダシュはファルロが許可するとは思えなかった。今しか機会はないと焦った。
そしてもうすぐファルロが帰ってくると知り、思いあまって朝の鍛錬中のラズワートに剣を向けたのだった。
「ラズワート・ド・アンジュール殿。貴殿に手合わせを申し込む」
いつも通りラズワートは断ったが、続くアダシュの言葉に表情を変えた。
「仇討ちのためじゃない。親父は俺に『いつか俺に挑んで倒してみろ』と言った。俺はその言葉を胸に爪を研いだが、親父に挑むことは叶わない」
アダシュは剣を下ろし、頭を下げた。
「どんな罰でも受ける!一度でいい!親父を倒した勇士に挑ませてくれ!」
その熱意にラズワートは折れ、アダシュを取り押さえようとした配下たちを下がらせた。ただし、条件をつけた。
「命の危険がないやり方にする」
互いに武器は使わず体術のみ。アダシュはラズワートを拘束できれば、ラズワートはそれをかわしきれば勝ち。どちらかが体力を消耗して動けなくなるまで続ける。という内容だった。
「ですが、貴方は怪我をしている。それは斬りつけられた傷でしょう?」
「アダシュの爪がかすっただけだ。大して血も出ていない。……彼が命令違反をしたのも、誓約に反したのも事実だが、処刑はやり過ぎだ」
その場にいた配下たちも、手合わせは合意で剣を使わなかったと証言した。
「経緯はわかりました。では罰は……」
ファルロはしばし考えた。
「両手首を切り落として晒し者にした後、荒野に放逐しましょう」
連続殺人犯など重罪人に対する刑である。周囲は絶句し、ラズワートは悲鳴じみた声をあげた。
「馬鹿を言うな!どうしてそうなる!」
「貴方を斬った爪がこの世に存在しているのが許せない」
ラズワートは、なんともいえない座った目になった。
「そうか。そんなに俺を愛しているのか」
(血だ!血の匂いがする!)
中庭にはラズワートと配下たちがいた。配下の一人、虎の獣人が鎖で縛られて座らされている。ファルロとラズワートの手合わせを良く見ていた内の一人、アダシュだ。
メフルドの報告によると、アダシュは「父親の仇だから決闘させろ」と迫った。ラズワートはそれを受けた。しかし、隷属の首輪がある。相手を傷つけるような反撃は出来ない。攻撃のほとんどを躱して動きを誘導し、回廊の柱に激突させた。アダシュは気絶し、拘束されたのだった。
父親とは、十二年前にラズワートに倒された虎の獣人、アルザーのことだ。その為、アダシュは見張り兵から外すはずだった。が、「アンジュール卿を傷つけない」と、誓約を立てた。ファルロは信頼したので外さなかったのだ。
(裏切りだ!許されざる裏切りだ!)
「ルイシャーン卿、戻ったのか。……ルイシャーン卿?」
ラズワートは自らの足で立っている。話も出来ている。だが、腕を斬られている。治療は済んでいるらしいが、血の匂いは漂ったままだ。
(ラズワートを傷つけられた)
ファルロの中で何かが完全に切れた。ざわざわと毛が生え、牙が伸び、狼の半獣体になっていく。
「閣下!お戻りで……ひぃっ!」
「ルイシャーン閣下……ぐぎゃ!」
ファルロの剣幕にアダシュを囲んでいた配下たちが身をひく。アダシュは何か言おうとしたが、それより先に頭を踏みつけた。
「命に背き、誓約を破り、剣を持てぬ者に襲いかかって気が済んだか?この下衆が!貴様を信じた己の迂闊さに吐き気がする!」
「が……!ぐぅ……!かっ……かぁ……!」
アダシュの苦悶を眺めながら配下に命じた。
「抑えろ」
ファルロは腰に下げていた長剣を抜いた。痴れ者の首を切り落とす。それしか考えられなかった。だが、ラズワートがファルロの腕を掴んで叫ぶ。
「よせ!俺は己の意志で手合わせを受けたのだ!彼を罰するなら俺も罰しろ!」
「ふざけるな!愛する人を傷つけられて許せるか!」
ラズワートが硬直する。数瞬後、ファルロは自分が何を言ったか自覚し、血の気が引いた。半獣体から一気に戻る。
「あ……いえ、これは……その」
耳と尻尾を垂らして狼狽えるファルロ。ラズワートは剣を握る手を包んだ。
「ルイシャーン卿、まずは話し合おう」
金混じりの青い目には嫌悪も怒りも無かった。むしろ穏やかにファルロを見つめている。しかも、互いの呼気が触れるほど近い。
「いえ、しかし、まずは罰を……」
「ルイシャーン卿。俺と話し合うのと彼の首を斬るのと、貴殿はどちらが大切だ?」
ラズワートは身を寄せて囁いた。声に、わずかだが甘やかな色気が含まれている。操られるかのように、ファルロは答えた。
「貴方です」
所詮、惚れた者の負けだ。ファルロは観念した。
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食堂に集まり経緯を確認した。すぐに、報告が正確さに欠けていたことも分かった。伝達過程で過不足と誤りが発生したらしい。
「決闘ではなく手合わせだった?」
「そうだ」
ファルロが皇城に泊まり込むようになってから、アダシュは他の配下の目を盗んで申し入れていたそうだ。ラズワートは断り、説得していた。
「どうしてもというなら、ルイシャーン卿に許可を取れ」
だが、アダシュはファルロが許可するとは思えなかった。今しか機会はないと焦った。
そしてもうすぐファルロが帰ってくると知り、思いあまって朝の鍛錬中のラズワートに剣を向けたのだった。
「ラズワート・ド・アンジュール殿。貴殿に手合わせを申し込む」
いつも通りラズワートは断ったが、続くアダシュの言葉に表情を変えた。
「仇討ちのためじゃない。親父は俺に『いつか俺に挑んで倒してみろ』と言った。俺はその言葉を胸に爪を研いだが、親父に挑むことは叶わない」
アダシュは剣を下ろし、頭を下げた。
「どんな罰でも受ける!一度でいい!親父を倒した勇士に挑ませてくれ!」
その熱意にラズワートは折れ、アダシュを取り押さえようとした配下たちを下がらせた。ただし、条件をつけた。
「命の危険がないやり方にする」
互いに武器は使わず体術のみ。アダシュはラズワートを拘束できれば、ラズワートはそれをかわしきれば勝ち。どちらかが体力を消耗して動けなくなるまで続ける。という内容だった。
「ですが、貴方は怪我をしている。それは斬りつけられた傷でしょう?」
「アダシュの爪がかすっただけだ。大して血も出ていない。……彼が命令違反をしたのも、誓約に反したのも事実だが、処刑はやり過ぎだ」
その場にいた配下たちも、手合わせは合意で剣を使わなかったと証言した。
「経緯はわかりました。では罰は……」
ファルロはしばし考えた。
「両手首を切り落として晒し者にした後、荒野に放逐しましょう」
連続殺人犯など重罪人に対する刑である。周囲は絶句し、ラズワートは悲鳴じみた声をあげた。
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