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第1部
10話 贈り物と優しい瞳
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ベルダール団長様とは、夕食の席でお会いすることになりました。
居住区間から少し離れた場所へと案内されます。
シアンに先導されて廊下を歩いているのですが、緊張のせいか様々なことが気にかかり、不安になっていきます。
特に気になるのが、私の見た目です。
「シアン、私の服装なのだけど問題ないかしら?それに、面会だというのにこんなにお粧ししてもいいのかしら?」
「何一つ問題はございません。ルルティーナ様に良くお似合いです。
お粧しに関しても同様です。特に、今回は会食の場ですから。先程も申し上げましたが、ドレスアップしてもいいくらいなんですよ?よろしければ、いまからでもドレスアップを……」
「ううん!このままでいいわ!」
ドレスアップはお断りです。嫌ではないのですが、着慣れないドレスでお食事した場合、作法通りには出来そうもないからです。
ベルダール団長様には、私が出来る限り礼儀をつくしたいのです。
シアンに相談した結果、私は昼間と同じ服装と髪型のままで面会することになりました。
ペールグリーンに白いリボンとレースのワンピース、白い髪は鮮やかな青いリボンで編み込みのハーフアップという姿です。
ですが、代わりにシアンの強い希望でお化粧をほどこされ、ジュエリーを身につけることになりました。
薄化粧をしてイヤリングとネックレスを着けただけですが、驚くほど印象が変わりました。
シアンは「やっと侯爵令嬢に相応しい装いをして頂けました。私はずっと、ルルティーナ様を磨いて飾りたてたかったのですよ」と、幸せそうな笑顔で言ってくれましたが……。
やはり、私には不相応な気がしてしまいます。だって、私は。
『魔力無しのクズが何を勘違いしているの?』
そう、ララベーラ様の声が聞こえてくるようで。
いえ、ララベーラ様だけではなく、アンブローズ侯爵ご夫妻も、ナルシス様も、きっと、こんな姿の私を見たら罵って怒り狂うでしょう。
この場にいない方々のことを考えないよう、周囲の眼差しなんて気にしないよう、カルメ様たちからも言われていますが。
私を罵る声と暴力の記憶は、すぐに生々しく蘇り、私の心を恐怖と不安と悲しみで満たしてしまうのです。
内心が顔に出てていたのでしょうか、シアンが私を見つめながら眉を下げました。
「ご用意したジュエリーはお気に召しませんでしたか?」
「……それは違うわ。とても素敵よ」
イヤリングとネックレスは花を模しているのでしょう、銀細工に桃色の宝石が付いていて華やかかつ愛らしいデザインです。
こんなに素敵なジュエリーを身につけたのは初めてです。つけてしばらくの間、夢見心地になりました。
ですが、私にはもったいないお品です。貧相な身に似合っていない。誰かが見れば、滑稽だと嗤われそうです。
そう思ってしまうのです。
「ルルティーナ様にお気に召して頂けて、よろしゅうございました。ベルダール団長閣下も喜ばれますよ。
ルルティーナ様にご用意したジュエリーとお召し物は、全て閣下のお見立てですから」
「え?ベルダール団長様が?」
「ええ。意外ですよね」
確かに意外です。私を助けて下さった圧倒的な強さと雄々しいお姿と、繊細であったり愛らしかったりする服やジュエリーとが結びつきません。
「閣下って、趣味はいいんですよね。……ルルティーナ様、食堂に着きましたよ」
扉が開き、立派な食堂の中が見えました。
二十人は座れるであろう長机の上座に、黒い騎士装束の立派なお方……アドリアン・ベルダール団長様が座っていました。
難しい顔をされていましたが、私と目が合った瞬間、鮮やかな青い瞳がパッと輝きます。
「ルルティーナ嬢!」
ベルダール団長様は弾かれたように立ち上がり、すぐさま私の目の前まで来ました。そして、大きな身体を屈めたのです。
どうかされたのでしょうか?ご挨拶すべきでしょうか?
当惑する私の視界を、柔らかな色彩がさえぎります。
「これを君に」
「……私に?」
ベルダール団長が差し出したそれは、小さな花束でした。
まるで、春の野原そのもののような花束です。
可憐な白のスノードロップ、明るい黄色の水仙、青空のようなブルーベル、そして薄紅色のプリムローズが、ハンカチらしき布でまとめられています。
町の花売りから買ったにしては不恰好ですし、布はあまりに上質です。
もしかして?
「あの、もしや、ベルダール団長様がご自身で摘まれたのですか?」
鮮やかな青い瞳が不安そうに揺れました。
「ああ、君になにか土産を用意出来ないかと……。とは言っても、魔境からの帰り道には気の利いた店もなにもない。荒野か森があるばかりだ。悩んでいる内に、野の花々が目に入った。
まるで君のように可憐だったので、花束にして贈ることを思いついたんだ」
「かっ?!可憐……」
「気の利いた贈り物が用意出来なくて済まない。俺は君より七歳も上だというのに、この通り戦うことしか知らない無骨者だ。君のような可憐な令嬢が何を好むのかわからなかった。
ルルティーナ嬢、野の花は君の好みではないだろうか?嫌なら遠慮なく言って欲しい」
「い、いいえ!お花は大好きです!」
私がつい叫ぶと、ふわりと柔らかな笑みが浮かびました。私の心音が高鳴り、顔が熱くなっていきます。
「よかった。どうか受け取って欲しい」
私はそっと、花束を手にしました。柔らかな色と控えめな香りの花束は、宝石よりも輝いて見えます。
ベルダール団長様が、あの立派で力強い騎士様が、こんなに素敵な花々をご自身で選んで、摘んで、束ねて下さった。
それも、私に贈るために……。
嬉しい。
自分でもわかるくらい顔が綻んでゆきます。
あんなに暗く冷たかった心は、明るく温かくなりました。そして、ふわふわとした想いで満たされていきます。
ふわふわした想い。甘くて柔らかくてドキドキするこの想いはなんと呼ぶのでしょう?
わからないまま花束ごと想いを胸に抱き、私はお礼を申し上げました。
「こんなにも嬉しい贈り物は生まれて初めてです。ありがとうございます。ベルダール団長様」
「ありがとう」
「え?」
「君の笑顔が見れて幸せだ。俺が誰かに贈り物をして、こんなにも嬉しく思えたのは生まれて初めてだ。だから、ありがとうと言った」
「!?」
あまりにも甘い言葉と笑顔に私の顔は燃え上がり、しばらくベルダール団長様のお顔が見れませんでした。
ベルダール団長様は、ただ私に優しい眼差しを注ぐばかりです。
私たちはシアンの咳払いが響くまで、そのまま立ち尽くしていたのでした。
◆◆◆◆◆
仕切り直して、ベルダール団長様と夕食をご一緒しました。
最初は離れた席でお食事する予定でしたが、ベルダール団長様は会話がしやすいよう、私の席を移動して下さいました。角を挟んで斜めに向き合う形です。
とても嬉しいご配慮と、先程のやり取りのお陰で緊張も解れました。私はベルダール団長様とのお話を楽しみながら、いつもと違いコース形式で運ばれる豪華な食事を味わいます。
前菜は、春野菜とハムのゼリー寄せでした。
プルプルした口当たりと、野菜とハムそれぞれの歯応えの違い、豊かな味わいに思わずうっとりとしてしまいそうです。
ベルダール団長様も同じものを食べながら目を細めます。
「俺もこの前菜は好きなんだ。君の口にあってよかったよ」
「はい。このお料理はもちろんですが、ご用意して頂くお食事の全てが美味しいです」
「料理人たちにも伝えよう。皆、君をもてなそうと気合いを入れていたからな。レシピはもとより、材料にもこだわったはずだ」
「私のためにですか?」
そういえば、シアンも似たようなことを言っていました。
「ああ、君は我が辺境騎士団全員の命の恩人だからな」
「それは、私が作ったポーションの話でしょうか?」
居住区間から少し離れた場所へと案内されます。
シアンに先導されて廊下を歩いているのですが、緊張のせいか様々なことが気にかかり、不安になっていきます。
特に気になるのが、私の見た目です。
「シアン、私の服装なのだけど問題ないかしら?それに、面会だというのにこんなにお粧ししてもいいのかしら?」
「何一つ問題はございません。ルルティーナ様に良くお似合いです。
お粧しに関しても同様です。特に、今回は会食の場ですから。先程も申し上げましたが、ドレスアップしてもいいくらいなんですよ?よろしければ、いまからでもドレスアップを……」
「ううん!このままでいいわ!」
ドレスアップはお断りです。嫌ではないのですが、着慣れないドレスでお食事した場合、作法通りには出来そうもないからです。
ベルダール団長様には、私が出来る限り礼儀をつくしたいのです。
シアンに相談した結果、私は昼間と同じ服装と髪型のままで面会することになりました。
ペールグリーンに白いリボンとレースのワンピース、白い髪は鮮やかな青いリボンで編み込みのハーフアップという姿です。
ですが、代わりにシアンの強い希望でお化粧をほどこされ、ジュエリーを身につけることになりました。
薄化粧をしてイヤリングとネックレスを着けただけですが、驚くほど印象が変わりました。
シアンは「やっと侯爵令嬢に相応しい装いをして頂けました。私はずっと、ルルティーナ様を磨いて飾りたてたかったのですよ」と、幸せそうな笑顔で言ってくれましたが……。
やはり、私には不相応な気がしてしまいます。だって、私は。
『魔力無しのクズが何を勘違いしているの?』
そう、ララベーラ様の声が聞こえてくるようで。
いえ、ララベーラ様だけではなく、アンブローズ侯爵ご夫妻も、ナルシス様も、きっと、こんな姿の私を見たら罵って怒り狂うでしょう。
この場にいない方々のことを考えないよう、周囲の眼差しなんて気にしないよう、カルメ様たちからも言われていますが。
私を罵る声と暴力の記憶は、すぐに生々しく蘇り、私の心を恐怖と不安と悲しみで満たしてしまうのです。
内心が顔に出てていたのでしょうか、シアンが私を見つめながら眉を下げました。
「ご用意したジュエリーはお気に召しませんでしたか?」
「……それは違うわ。とても素敵よ」
イヤリングとネックレスは花を模しているのでしょう、銀細工に桃色の宝石が付いていて華やかかつ愛らしいデザインです。
こんなに素敵なジュエリーを身につけたのは初めてです。つけてしばらくの間、夢見心地になりました。
ですが、私にはもったいないお品です。貧相な身に似合っていない。誰かが見れば、滑稽だと嗤われそうです。
そう思ってしまうのです。
「ルルティーナ様にお気に召して頂けて、よろしゅうございました。ベルダール団長閣下も喜ばれますよ。
ルルティーナ様にご用意したジュエリーとお召し物は、全て閣下のお見立てですから」
「え?ベルダール団長様が?」
「ええ。意外ですよね」
確かに意外です。私を助けて下さった圧倒的な強さと雄々しいお姿と、繊細であったり愛らしかったりする服やジュエリーとが結びつきません。
「閣下って、趣味はいいんですよね。……ルルティーナ様、食堂に着きましたよ」
扉が開き、立派な食堂の中が見えました。
二十人は座れるであろう長机の上座に、黒い騎士装束の立派なお方……アドリアン・ベルダール団長様が座っていました。
難しい顔をされていましたが、私と目が合った瞬間、鮮やかな青い瞳がパッと輝きます。
「ルルティーナ嬢!」
ベルダール団長様は弾かれたように立ち上がり、すぐさま私の目の前まで来ました。そして、大きな身体を屈めたのです。
どうかされたのでしょうか?ご挨拶すべきでしょうか?
当惑する私の視界を、柔らかな色彩がさえぎります。
「これを君に」
「……私に?」
ベルダール団長が差し出したそれは、小さな花束でした。
まるで、春の野原そのもののような花束です。
可憐な白のスノードロップ、明るい黄色の水仙、青空のようなブルーベル、そして薄紅色のプリムローズが、ハンカチらしき布でまとめられています。
町の花売りから買ったにしては不恰好ですし、布はあまりに上質です。
もしかして?
「あの、もしや、ベルダール団長様がご自身で摘まれたのですか?」
鮮やかな青い瞳が不安そうに揺れました。
「ああ、君になにか土産を用意出来ないかと……。とは言っても、魔境からの帰り道には気の利いた店もなにもない。荒野か森があるばかりだ。悩んでいる内に、野の花々が目に入った。
まるで君のように可憐だったので、花束にして贈ることを思いついたんだ」
「かっ?!可憐……」
「気の利いた贈り物が用意出来なくて済まない。俺は君より七歳も上だというのに、この通り戦うことしか知らない無骨者だ。君のような可憐な令嬢が何を好むのかわからなかった。
ルルティーナ嬢、野の花は君の好みではないだろうか?嫌なら遠慮なく言って欲しい」
「い、いいえ!お花は大好きです!」
私がつい叫ぶと、ふわりと柔らかな笑みが浮かびました。私の心音が高鳴り、顔が熱くなっていきます。
「よかった。どうか受け取って欲しい」
私はそっと、花束を手にしました。柔らかな色と控えめな香りの花束は、宝石よりも輝いて見えます。
ベルダール団長様が、あの立派で力強い騎士様が、こんなに素敵な花々をご自身で選んで、摘んで、束ねて下さった。
それも、私に贈るために……。
嬉しい。
自分でもわかるくらい顔が綻んでゆきます。
あんなに暗く冷たかった心は、明るく温かくなりました。そして、ふわふわとした想いで満たされていきます。
ふわふわした想い。甘くて柔らかくてドキドキするこの想いはなんと呼ぶのでしょう?
わからないまま花束ごと想いを胸に抱き、私はお礼を申し上げました。
「こんなにも嬉しい贈り物は生まれて初めてです。ありがとうございます。ベルダール団長様」
「ありがとう」
「え?」
「君の笑顔が見れて幸せだ。俺が誰かに贈り物をして、こんなにも嬉しく思えたのは生まれて初めてだ。だから、ありがとうと言った」
「!?」
あまりにも甘い言葉と笑顔に私の顔は燃え上がり、しばらくベルダール団長様のお顔が見れませんでした。
ベルダール団長様は、ただ私に優しい眼差しを注ぐばかりです。
私たちはシアンの咳払いが響くまで、そのまま立ち尽くしていたのでした。
◆◆◆◆◆
仕切り直して、ベルダール団長様と夕食をご一緒しました。
最初は離れた席でお食事する予定でしたが、ベルダール団長様は会話がしやすいよう、私の席を移動して下さいました。角を挟んで斜めに向き合う形です。
とても嬉しいご配慮と、先程のやり取りのお陰で緊張も解れました。私はベルダール団長様とのお話を楽しみながら、いつもと違いコース形式で運ばれる豪華な食事を味わいます。
前菜は、春野菜とハムのゼリー寄せでした。
プルプルした口当たりと、野菜とハムそれぞれの歯応えの違い、豊かな味わいに思わずうっとりとしてしまいそうです。
ベルダール団長様も同じものを食べながら目を細めます。
「俺もこの前菜は好きなんだ。君の口にあってよかったよ」
「はい。このお料理はもちろんですが、ご用意して頂くお食事の全てが美味しいです」
「料理人たちにも伝えよう。皆、君をもてなそうと気合いを入れていたからな。レシピはもとより、材料にもこだわったはずだ」
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