【第1部、第2部完結】魔力無し令嬢ルルティーナの幸せ辺境生活

花房いちご

文字の大きさ
9 / 107
第1部

9話 穏やかな日々と鐘の音

しおりを挟む
 私が意識を取り戻して三日が経ちました。
 衝撃の事実を知って驚いたり、適切な治療のお陰で健康を取り戻したりなどしましたが、特に何もせずに過ごしています。

 あの診察の後、私は働く事を希望したのですが……。

「まだ混乱していますが、ご恩返しも兼ねてポーションを作ろうと思います」

「療養を続けるべきです!」

「病み上がりが、お馬鹿を言うんじゃないよ」

 と、止められてしまいました。

 以来、毎日三食の食事と間食を食べ、散歩に行くだけの日々を過ごしています。
 しかも、身の回りのことは全て専属侍女となったシアンがしてくれるのです。
 私は、あまりにも何もしないので不安になってしまいました。

 だから今日、お茶会の席でシアン、カルメ様、シェルシェ様に相談したのですが……。

「今まで働き詰めだったのですから、ゆっくり休んでいて下さい」

「そうそう。身体は治ってはいるけれど、心の疲れは治癒魔法でもポーションでも癒せないからね。しっかりダラダラするんだよ」

「師匠、ルルティーナ様に会う度に、大量の飴だの焼き菓子だのをあげるのは止めなさいって。ルルティーナ様、そんなに食べれないから。しっかりダラダラに関しては大賛成です」

「で、ですが……」

 反論しようとしましたが、シアンの潤んだ瞳と目が合ってしまいます。

「ルルティーナ様、ひょっとして私が至らないせいで嫌な思いをされて……」

「まさか!違うわ!少し落ち着かないだけで……」

「では、このままでよろしいですね!美味しい料理とお菓子を食べて、しっかりダラダラなさって下さい!」

 こうして、私は改めて『しっかりダラダラ』することを約束してしまったのです。
 どうしてこうなったのでしょうか?

 お茶会が終わり、シアンと二人きりになります。
 シアンは片付けや、私のための準備があります。しかし私は、晩御飯の時間になるまで『しっかりダラダラ』するように言われてしまいました。
 せめて手伝いたいのですが……。シアンはさせてくれません。

「ルルティーナ様。退屈かもしれませんが、人間には『しっかりダラダラ』する時間も必要なんですよ。
少なくとも、ベルダール団長閣下がご帰還するまではゆっくりなさって下さいませ」

 シアンが退出して、私は一人取り残されます。机の上には、シアンおすすめの絵本や小説がありますが、読む気になれません。

 辺境騎士団長。アドリアン・ベルダール団長様。
 その名前を聞くといつも私の心音は早まり、ベルダール団長様の事ばかり考えてしまいます。
 私を助けてくださった凛々しいお姿、優しい笑顔が次々と浮かぶのです。
 理由はわかりません。

 ベルダール団長様は魔境へ魔物を討伐しに行っています。重要で、同時にとても危険なお仕事です。お怪我をされてないか心配です。

 心音が早いのも、考えてしまうのも、心配しているせいでしょうか?
 とても胸が苦しいのも……。
 
「……心配しても仕方ないわ。今の私にできるのは祈ることだけ。どうか、共に征かれた皆様とご無事でお戻りになられますように」

 私は、鮮やかな青い瞳と優しい笑みを浮かべながら祈りを捧げたのでした。



◆◆◆◆◆



 意識を取り戻して十日が経ちました。
 今日もシアンが運ぶ美味しい朝食を食べて、柔らかな生地のワンピースを着せてもらいました。

「よくお似合いです!春の妖精もかくやという愛らしさですわ!」

「し、シアンったら。そんなことないわ……」

「そんなことあります。清楚で愛らしいルルティーナ様に、とてもよくお似合いですよ」

 着替えが終わった私は、鏡台の前に座って鏡に映る自分の姿を見ます。
 ペールグリーンに白いリボンとレースがあしらわれた、春らしいワンピースを着た自分が写っています。
 確かに、ここに来るまでとは雲泥の差です。

「……うん。似合っては、いる……と、思う……」

「ええ!そうですとも!ルルティーナ様は素敵ですよ。ゆっくりで構いませんから、もっと自信を持って下さいね」

「うん……」

 シアンは本気で褒めてくれている。わかっています。それでも、私は私の白い髪や薄紅色の瞳を醜いと思います。好きになれそうもありません。
 いつか、好きになれる日が来るのでしょうか?
 考えていると、シアンが鏡台の引き出しからリボンを取り出して私の髪に当てます。

「本日のリボンは、どれになさいますか?」

 これは、私のための練習です。
 私はこれまで、自分の好きなものを選ぶことがありませんでした。何が好きで嫌いかも、よくわかっていません。
 そんな私のために、シアンは練習をかねて聞いてくれるのです。いずれは着るものも自分で選べるようになりたいのですが、今はリボンやハンカチを選ぶので精一杯です。

「今日はどうしようかしら……」

 色とりどりのリボンを、シアンが当てていきます。
 白、黄色、黄緑、ペールグリーン、深緑、青緑……。
 ふと、あるリボンに目が止まりました。まるで空のように鮮やかな青色のリボンです。

 ベルダール団長様の瞳と同じ色です。

 ほとんど無意識のうちに口を開いていました。

「これが良いわ」

「かしこまりました」

 シアンが手早く髪を結んでくれます。リボンを編み込んでハーフアップにしてくれました。
 鏡の中、私の髪とベルダール団長の瞳色のリボンが綺麗にまとまっていて……私は何故か少しだけ、私の白い髪を好きになれる気がしました。

 朝食後、シアンに付き添われて散歩に行きました。
 散歩先は、ミゼール城内に複数ある中庭の一つです。華美ではありませんがきちんと手入れされていて、散歩するのにぴったりです。

「ルルティーナ様、今日もとても良い天気ですね」

「ええ。昨日よりも花が咲いているわね。ふふ。可愛い菫が咲いているわ」

 木陰の下のベンチや東屋で休憩しつつ、のんびりと歩きます。

───カーーーンカーーーンカーーーン───

 正午を告げる鐘の音が聞こえたら、散歩はおしまいです。シアンと共に部屋に戻ります。

 私の部屋。正確には私が与えられた居住区画には、寝室、浴室、衣装部屋、居間、書斎、中庭など、生活に必要だったり娯楽に活用できる設備がそろっています。 
 広さも充分すぎるくらいです。また、寝室と居間には大きな窓があって日当たりもいいです。こんなに快適な環境で暮らすのは初めてで、まだ夢のようです。
 ただ、気になることが一つだけあります。
 シアン、カルメ様、シェルシェ様以外と全くお会いしないことです。
 ここ、ミゼール城は辺境騎士団の拠点ですので、沢山の騎士、兵士、使用人の皆様がいらっしゃるはずですが。
 ひょっとしたら、ここは城の中でも離れに位置しているのかもしれません。

「ルルティーナ様、お食事の準備が整いました」

 そんな風に考えている間に、シアンが昼食を用意してくれました。
 食事やお茶は居間で食べます。
 今日の昼食は、柔らかな白パン、春野菜とベーコンのスープ、チーズ入りのオムレツです。
 ゆっくり味わって頂きます。どれもこれも優しい味がして、つい泣いてしまいそうになります。

「お口にあってよろしゅうございました。お代わりもありますからね」

「ありがとう。いただくわ」

 今日も、たっぷり食べました。

 食後。シアンは食器を片付けて下がりました。
 私はシアンおすすめの絵本を読みつつ、窓から入る日の光を浴びてまったりしています。
 まるで、日向ぼっこする猫の気分。

「こんなに幸せでいいのかしら……」

 ふわふわと良い気持ちで過ごしていますが、ちりりと胸の奥が痛みます。
 なにか、大事な事を忘れているような……。

───カァン!カン!カン!カァン!───

 自分の感情を持て余していると、鐘の音が聞こえました。いつもの時報の鐘とは違う、間隔の短い鳴らし方です。

「何かあったのかしら?」

 戸惑っていると鐘の音にドアを叩く音が加わり、シアンの入室の許可を求める声がしました。
 もちろん許可します。

「失礼します。ただいま、ベルダール団長閣下がご帰還されました。ルルティーナ様との面会を希望されていますが、お会いになられますか?」

 シアンの言葉に頭が真っ白になりました。
 ベルダール団長様が面会を希望してくださっている。いえ、それよりも。

「ベルダール団長様はご無事なの?お怪我はされていない?」

「ええ!もちろん無傷です!間違いありません!
鐘が激しく打ち鳴らされていたでしょう?あれは、全員無事で帰還したことを表す鳴らし方なんです」

「よかった……」

「団長は魔獣より強いですし、ルルティーナ様のポーションもあるのですから心配いりませんよ。
面会はどうされますか?」

「お会いするわ」

 ベルダール団長様にお会いできる。鮮やかな青い瞳と優しい笑みが浮かびます。
 やはり、私の心音は速くなるばかりなのでした。



しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?

112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。 目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。 助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。

辺境伯へ嫁ぎます。

アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。 隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。 私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。 辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。 本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。 辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。 辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。 それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか? そんな望みを抱いてしまいます。  ❈ 作者独自の世界観です。  ❈ 設定はゆるいです。  (言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)  ❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。  (出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)

山猿の皇妃

夏菜しの
恋愛
 ライヘンベルガー王国の第三王女レティーツィアは、成人する十六歳の誕生日と共に、隣国イスターツ帝国へ和平条約の品として贈られた。  祖国に聞こえてくるイスターツ帝国の噂は、〝山猿〟と言った悪いモノばかり。それでもレティーツィアは自らに課せられた役目だからと山を越えて隣国へ向かった。  嫁いできたレティーツィアを見た皇帝にして夫のヘクトールは、子供に興味は無いと一蹴する。これはライヘンベルガー王国とイスターツ帝国の成人とみなす年の違いの問題だから、レティーツィアにはどうすることも出来ない。  子供だと言われてヘクトールに相手にされないレティーツィアは、妻の責務を果たしていないと言われて次第に冷遇されていく。  一方、レティーツィアには祖国から、将来的に帝国を傀儡とする策が授けられていた。そのためには皇帝ヘクトールの子を産む必要があるのだが……  それが出来たらこんな待遇になってないわ! と彼女は憤慨する。  帝国で居場所をなくし、祖国にも帰ることも出来ない。  行き場を失ったレティーツィアの孤独な戦いが静かに始まる。 ※恋愛成分は低め、内容はややダークです

29歳のいばら姫~10年寝ていたら年下侯爵に甘く執着されて逃げられません

越智屋ノマ
恋愛
異母妹に婚約者と子爵家次期当主の地位を奪われた挙句に、修道院送りにされた元令嬢のシスター・エルダ。 孤児たちを育てて幸せに暮らしていたが、ある日『いばら病』という奇病で昏睡状態になってしまう。 しかし10年後にまさかの生還。 かつて路地裏で助けた孤児のレイが、侯爵家の当主へと成り上がり、巨万の富を投じてエルダを目覚めさせたのだった。 「子どものころはシスター・エルダが私を守ってくれましたが、今後は私が生涯に渡ってあなたを守ります。あなたに身を捧げますので、どうか私にすべてをゆだねてくださいね」 これは29歳という微妙な年齢になったヒロインが、6歳年下の元孤児と暮らすジレジレ甘々とろとろな溺愛生活……やがて驚愕の真実が明らかに……? 美貌の侯爵と化した彼の、愛が重すぎる『介護』が今、始まる……!

悪役令息(冤罪)が婿に来た

花車莉咲
恋愛
前世の記憶を持つイヴァ・クレマー 結婚等そっちのけで仕事に明け暮れていると久しぶりに参加した王家主催のパーティーで王女が婚約破棄!? 王女が婚約破棄した相手は公爵令息? 王女と親しくしていた神の祝福を受けた平民に嫌がらせをした? あれ?もしかして恋愛ゲームの悪役令嬢じゃなくて悪役令息って事!?しかも公爵家の元嫡男って…。 その時改めて婚約破棄されたヒューゴ・ガンダー令息を見た。 彼の顔を見た瞬間強い既視感を感じて前世の記憶を掘り起こし彼の事を思い出す。 そうオタク友達が話していた恋愛小説のキャラクターだった事を。 彼が嫌がらせしたなんて事実はないという事を。 その数日後王家から正式な手紙がくる。 ヒューゴ・ガンダー令息と婚約するようにと「こうなったらヒューゴ様は私が幸せする!!」 イヴァは彼を幸せにする為に奮闘する。 「君は…どうしてそこまでしてくれるんだ?」「貴方に幸せになってほしいからですわ!」 心に傷を負い悪役令息にされた男とそんな彼を幸せにしたい元オタク令嬢によるラブコメディ! ※ざまぁ要素はあると思います。 ※何もかもファンタジーな世界観なのでふわっとしております。

ひとりぼっちだった魔女の薬師は、壊れた騎士の腕の中で眠る

gacchi(がっち)
恋愛
両親亡き後、薬師として店を続けていたルーラ。お忍びの貴族が店にやってきたと思ったら、突然担ぎ上げられ馬車で連れ出されてしまう。行き先は王城!?陛下のお妃さまって、なんの冗談ですか!助けてくれた王宮薬師のユキ様に弟子入りしたけど、修行が終わらないと店に帰れないなんて…噓でしょう?12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

【完結】異世界からおかえりなさいって言われました。私は長い夢を見ていただけですけれど…でもそう言われるから得た知識で楽しく生きますわ。

まりぃべる
恋愛
 私は、アイネル=ツェルテッティンと申します。お父様は、伯爵領の領主でございます。  十歳の、王宮でのガーデンパーティーで、私はどうやら〝お神の戯れ〟に遭ったそうで…。十日ほど意識が戻らなかったみたいです。  私が目覚めると…あれ?私って本当に十歳?何だか長い夢の中でこの世界とは違うものをいろいろと見た気がして…。  伯爵家は、昨年の長雨で経営がギリギリみたいですので、夢の中で見た事を生かそうと思います。 ☆全25話です。最後まで出来上がってますので随時更新していきます。読んでもらえると嬉しいです。

処理中です...