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第1部
9話 穏やかな日々と鐘の音
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私が意識を取り戻して三日が経ちました。
衝撃の事実を知って驚いたり、適切な治療のお陰で健康を取り戻したりなどしましたが、特に何もせずに過ごしています。
あの診察の後、私は働く事を希望したのですが……。
「まだ混乱していますが、ご恩返しも兼ねてポーションを作ろうと思います」
「療養を続けるべきです!」
「病み上がりが、お馬鹿を言うんじゃないよ」
と、止められてしまいました。
以来、毎日三食の食事と間食を食べ、散歩に行くだけの日々を過ごしています。
しかも、身の回りのことは全て専属侍女となったシアンがしてくれるのです。
私は、あまりにも何もしないので不安になってしまいました。
だから今日、お茶会の席でシアン、カルメ様、シェルシェ様に相談したのですが……。
「今まで働き詰めだったのですから、ゆっくり休んでいて下さい」
「そうそう。身体は治ってはいるけれど、心の疲れは治癒魔法でもポーションでも癒せないからね。しっかりダラダラするんだよ」
「師匠、ルルティーナ様に会う度に、大量の飴だの焼き菓子だのをあげるのは止めなさいって。ルルティーナ様、そんなに食べれないから。しっかりダラダラに関しては大賛成です」
「で、ですが……」
反論しようとしましたが、シアンの潤んだ瞳と目が合ってしまいます。
「ルルティーナ様、ひょっとして私が至らないせいで嫌な思いをされて……」
「まさか!違うわ!少し落ち着かないだけで……」
「では、このままでよろしいですね!美味しい料理とお菓子を食べて、しっかりダラダラなさって下さい!」
こうして、私は改めて『しっかりダラダラ』することを約束してしまったのです。
どうしてこうなったのでしょうか?
お茶会が終わり、シアンと二人きりになります。
シアンは片付けや、私のための準備があります。しかし私は、晩御飯の時間になるまで『しっかりダラダラ』するように言われてしまいました。
せめて手伝いたいのですが……。シアンはさせてくれません。
「ルルティーナ様。退屈かもしれませんが、人間には『しっかりダラダラ』する時間も必要なんですよ。
少なくとも、ベルダール団長閣下がご帰還するまではゆっくりなさって下さいませ」
シアンが退出して、私は一人取り残されます。机の上には、シアンおすすめの絵本や小説がありますが、読む気になれません。
辺境騎士団長。アドリアン・ベルダール団長様。
その名前を聞くといつも私の心音は早まり、ベルダール団長様の事ばかり考えてしまいます。
私を助けてくださった凛々しいお姿、優しい笑顔が次々と浮かぶのです。
理由はわかりません。
ベルダール団長様は魔境へ魔物を討伐しに行っています。重要で、同時にとても危険なお仕事です。お怪我をされてないか心配です。
心音が早いのも、考えてしまうのも、心配しているせいでしょうか?
とても胸が苦しいのも……。
「……心配しても仕方ないわ。今の私にできるのは祈ることだけ。どうか、共に征かれた皆様とご無事でお戻りになられますように」
私は、鮮やかな青い瞳と優しい笑みを浮かべながら祈りを捧げたのでした。
◆◆◆◆◆
意識を取り戻して十日が経ちました。
今日もシアンが運ぶ美味しい朝食を食べて、柔らかな生地のワンピースを着せてもらいました。
「よくお似合いです!春の妖精もかくやという愛らしさですわ!」
「し、シアンったら。そんなことないわ……」
「そんなことあります。清楚で愛らしいルルティーナ様に、とてもよくお似合いですよ」
着替えが終わった私は、鏡台の前に座って鏡に映る自分の姿を見ます。
ペールグリーンに白いリボンとレースがあしらわれた、春らしいワンピースを着た自分が写っています。
確かに、ここに来るまでとは雲泥の差です。
「……うん。似合っては、いる……と、思う……」
「ええ!そうですとも!ルルティーナ様は素敵ですよ。ゆっくりで構いませんから、もっと自信を持って下さいね」
「うん……」
シアンは本気で褒めてくれている。わかっています。それでも、私は私の白い髪や薄紅色の瞳を醜いと思います。好きになれそうもありません。
いつか、好きになれる日が来るのでしょうか?
考えていると、シアンが鏡台の引き出しからリボンを取り出して私の髪に当てます。
「本日のリボンは、どれになさいますか?」
これは、私のための練習です。
私はこれまで、自分の好きなものを選ぶことがありませんでした。何が好きで嫌いかも、よくわかっていません。
そんな私のために、シアンは練習をかねて聞いてくれるのです。いずれは着るものも自分で選べるようになりたいのですが、今はリボンやハンカチを選ぶので精一杯です。
「今日はどうしようかしら……」
色とりどりのリボンを、シアンが当てていきます。
白、黄色、黄緑、ペールグリーン、深緑、青緑……。
ふと、あるリボンに目が止まりました。まるで空のように鮮やかな青色のリボンです。
ベルダール団長様の瞳と同じ色です。
ほとんど無意識のうちに口を開いていました。
「これが良いわ」
「かしこまりました」
シアンが手早く髪を結んでくれます。リボンを編み込んでハーフアップにしてくれました。
鏡の中、私の髪とベルダール団長の瞳色のリボンが綺麗にまとまっていて……私は何故か少しだけ、私の白い髪を好きになれる気がしました。
朝食後、シアンに付き添われて散歩に行きました。
散歩先は、ミゼール城内に複数ある中庭の一つです。華美ではありませんがきちんと手入れされていて、散歩するのにぴったりです。
「ルルティーナ様、今日もとても良い天気ですね」
「ええ。昨日よりも花が咲いているわね。ふふ。可愛い菫が咲いているわ」
木陰の下のベンチや東屋で休憩しつつ、のんびりと歩きます。
───カーーーンカーーーンカーーーン───
正午を告げる鐘の音が聞こえたら、散歩はおしまいです。シアンと共に部屋に戻ります。
私の部屋。正確には私が与えられた居住区画には、寝室、浴室、衣装部屋、居間、書斎、中庭など、生活に必要だったり娯楽に活用できる設備がそろっています。
広さも充分すぎるくらいです。また、寝室と居間には大きな窓があって日当たりもいいです。こんなに快適な環境で暮らすのは初めてで、まだ夢のようです。
ただ、気になることが一つだけあります。
シアン、カルメ様、シェルシェ様以外と全くお会いしないことです。
ここ、ミゼール城は辺境騎士団の拠点ですので、沢山の騎士、兵士、使用人の皆様がいらっしゃるはずですが。
ひょっとしたら、ここは城の中でも離れに位置しているのかもしれません。
「ルルティーナ様、お食事の準備が整いました」
そんな風に考えている間に、シアンが昼食を用意してくれました。
食事やお茶は居間で食べます。
今日の昼食は、柔らかな白パン、春野菜とベーコンのスープ、チーズ入りのオムレツです。
ゆっくり味わって頂きます。どれもこれも優しい味がして、つい泣いてしまいそうになります。
「お口にあってよろしゅうございました。お代わりもありますからね」
「ありがとう。いただくわ」
今日も、たっぷり食べました。
食後。シアンは食器を片付けて下がりました。
私はシアンおすすめの絵本を読みつつ、窓から入る日の光を浴びてまったりしています。
まるで、日向ぼっこする猫の気分。
「こんなに幸せでいいのかしら……」
ふわふわと良い気持ちで過ごしていますが、ちりりと胸の奥が痛みます。
なにか、大事な事を忘れているような……。
───カァン!カン!カン!カァン!───
自分の感情を持て余していると、鐘の音が聞こえました。いつもの時報の鐘とは違う、間隔の短い鳴らし方です。
「何かあったのかしら?」
戸惑っていると鐘の音にドアを叩く音が加わり、シアンの入室の許可を求める声がしました。
もちろん許可します。
「失礼します。ただいま、ベルダール団長閣下がご帰還されました。ルルティーナ様との面会を希望されていますが、お会いになられますか?」
シアンの言葉に頭が真っ白になりました。
ベルダール団長様が面会を希望してくださっている。いえ、それよりも。
「ベルダール団長様はご無事なの?お怪我はされていない?」
「ええ!もちろん無傷です!間違いありません!
鐘が激しく打ち鳴らされていたでしょう?あれは、全員無事で帰還したことを表す鳴らし方なんです」
「よかった……」
「団長は魔獣より強いですし、ルルティーナ様のポーションもあるのですから心配いりませんよ。
面会はどうされますか?」
「お会いするわ」
ベルダール団長様にお会いできる。鮮やかな青い瞳と優しい笑みが浮かびます。
やはり、私の心音は速くなるばかりなのでした。
衝撃の事実を知って驚いたり、適切な治療のお陰で健康を取り戻したりなどしましたが、特に何もせずに過ごしています。
あの診察の後、私は働く事を希望したのですが……。
「まだ混乱していますが、ご恩返しも兼ねてポーションを作ろうと思います」
「療養を続けるべきです!」
「病み上がりが、お馬鹿を言うんじゃないよ」
と、止められてしまいました。
以来、毎日三食の食事と間食を食べ、散歩に行くだけの日々を過ごしています。
しかも、身の回りのことは全て専属侍女となったシアンがしてくれるのです。
私は、あまりにも何もしないので不安になってしまいました。
だから今日、お茶会の席でシアン、カルメ様、シェルシェ様に相談したのですが……。
「今まで働き詰めだったのですから、ゆっくり休んでいて下さい」
「そうそう。身体は治ってはいるけれど、心の疲れは治癒魔法でもポーションでも癒せないからね。しっかりダラダラするんだよ」
「師匠、ルルティーナ様に会う度に、大量の飴だの焼き菓子だのをあげるのは止めなさいって。ルルティーナ様、そんなに食べれないから。しっかりダラダラに関しては大賛成です」
「で、ですが……」
反論しようとしましたが、シアンの潤んだ瞳と目が合ってしまいます。
「ルルティーナ様、ひょっとして私が至らないせいで嫌な思いをされて……」
「まさか!違うわ!少し落ち着かないだけで……」
「では、このままでよろしいですね!美味しい料理とお菓子を食べて、しっかりダラダラなさって下さい!」
こうして、私は改めて『しっかりダラダラ』することを約束してしまったのです。
どうしてこうなったのでしょうか?
お茶会が終わり、シアンと二人きりになります。
シアンは片付けや、私のための準備があります。しかし私は、晩御飯の時間になるまで『しっかりダラダラ』するように言われてしまいました。
せめて手伝いたいのですが……。シアンはさせてくれません。
「ルルティーナ様。退屈かもしれませんが、人間には『しっかりダラダラ』する時間も必要なんですよ。
少なくとも、ベルダール団長閣下がご帰還するまではゆっくりなさって下さいませ」
シアンが退出して、私は一人取り残されます。机の上には、シアンおすすめの絵本や小説がありますが、読む気になれません。
辺境騎士団長。アドリアン・ベルダール団長様。
その名前を聞くといつも私の心音は早まり、ベルダール団長様の事ばかり考えてしまいます。
私を助けてくださった凛々しいお姿、優しい笑顔が次々と浮かぶのです。
理由はわかりません。
ベルダール団長様は魔境へ魔物を討伐しに行っています。重要で、同時にとても危険なお仕事です。お怪我をされてないか心配です。
心音が早いのも、考えてしまうのも、心配しているせいでしょうか?
とても胸が苦しいのも……。
「……心配しても仕方ないわ。今の私にできるのは祈ることだけ。どうか、共に征かれた皆様とご無事でお戻りになられますように」
私は、鮮やかな青い瞳と優しい笑みを浮かべながら祈りを捧げたのでした。
◆◆◆◆◆
意識を取り戻して十日が経ちました。
今日もシアンが運ぶ美味しい朝食を食べて、柔らかな生地のワンピースを着せてもらいました。
「よくお似合いです!春の妖精もかくやという愛らしさですわ!」
「し、シアンったら。そんなことないわ……」
「そんなことあります。清楚で愛らしいルルティーナ様に、とてもよくお似合いですよ」
着替えが終わった私は、鏡台の前に座って鏡に映る自分の姿を見ます。
ペールグリーンに白いリボンとレースがあしらわれた、春らしいワンピースを着た自分が写っています。
確かに、ここに来るまでとは雲泥の差です。
「……うん。似合っては、いる……と、思う……」
「ええ!そうですとも!ルルティーナ様は素敵ですよ。ゆっくりで構いませんから、もっと自信を持って下さいね」
「うん……」
シアンは本気で褒めてくれている。わかっています。それでも、私は私の白い髪や薄紅色の瞳を醜いと思います。好きになれそうもありません。
いつか、好きになれる日が来るのでしょうか?
考えていると、シアンが鏡台の引き出しからリボンを取り出して私の髪に当てます。
「本日のリボンは、どれになさいますか?」
これは、私のための練習です。
私はこれまで、自分の好きなものを選ぶことがありませんでした。何が好きで嫌いかも、よくわかっていません。
そんな私のために、シアンは練習をかねて聞いてくれるのです。いずれは着るものも自分で選べるようになりたいのですが、今はリボンやハンカチを選ぶので精一杯です。
「今日はどうしようかしら……」
色とりどりのリボンを、シアンが当てていきます。
白、黄色、黄緑、ペールグリーン、深緑、青緑……。
ふと、あるリボンに目が止まりました。まるで空のように鮮やかな青色のリボンです。
ベルダール団長様の瞳と同じ色です。
ほとんど無意識のうちに口を開いていました。
「これが良いわ」
「かしこまりました」
シアンが手早く髪を結んでくれます。リボンを編み込んでハーフアップにしてくれました。
鏡の中、私の髪とベルダール団長の瞳色のリボンが綺麗にまとまっていて……私は何故か少しだけ、私の白い髪を好きになれる気がしました。
朝食後、シアンに付き添われて散歩に行きました。
散歩先は、ミゼール城内に複数ある中庭の一つです。華美ではありませんがきちんと手入れされていて、散歩するのにぴったりです。
「ルルティーナ様、今日もとても良い天気ですね」
「ええ。昨日よりも花が咲いているわね。ふふ。可愛い菫が咲いているわ」
木陰の下のベンチや東屋で休憩しつつ、のんびりと歩きます。
───カーーーンカーーーンカーーーン───
正午を告げる鐘の音が聞こえたら、散歩はおしまいです。シアンと共に部屋に戻ります。
私の部屋。正確には私が与えられた居住区画には、寝室、浴室、衣装部屋、居間、書斎、中庭など、生活に必要だったり娯楽に活用できる設備がそろっています。
広さも充分すぎるくらいです。また、寝室と居間には大きな窓があって日当たりもいいです。こんなに快適な環境で暮らすのは初めてで、まだ夢のようです。
ただ、気になることが一つだけあります。
シアン、カルメ様、シェルシェ様以外と全くお会いしないことです。
ここ、ミゼール城は辺境騎士団の拠点ですので、沢山の騎士、兵士、使用人の皆様がいらっしゃるはずですが。
ひょっとしたら、ここは城の中でも離れに位置しているのかもしれません。
「ルルティーナ様、お食事の準備が整いました」
そんな風に考えている間に、シアンが昼食を用意してくれました。
食事やお茶は居間で食べます。
今日の昼食は、柔らかな白パン、春野菜とベーコンのスープ、チーズ入りのオムレツです。
ゆっくり味わって頂きます。どれもこれも優しい味がして、つい泣いてしまいそうになります。
「お口にあってよろしゅうございました。お代わりもありますからね」
「ありがとう。いただくわ」
今日も、たっぷり食べました。
食後。シアンは食器を片付けて下がりました。
私はシアンおすすめの絵本を読みつつ、窓から入る日の光を浴びてまったりしています。
まるで、日向ぼっこする猫の気分。
「こんなに幸せでいいのかしら……」
ふわふわと良い気持ちで過ごしていますが、ちりりと胸の奥が痛みます。
なにか、大事な事を忘れているような……。
───カァン!カン!カン!カァン!───
自分の感情を持て余していると、鐘の音が聞こえました。いつもの時報の鐘とは違う、間隔の短い鳴らし方です。
「何かあったのかしら?」
戸惑っていると鐘の音にドアを叩く音が加わり、シアンの入室の許可を求める声がしました。
もちろん許可します。
「失礼します。ただいま、ベルダール団長閣下がご帰還されました。ルルティーナ様との面会を希望されていますが、お会いになられますか?」
シアンの言葉に頭が真っ白になりました。
ベルダール団長様が面会を希望してくださっている。いえ、それよりも。
「ベルダール団長様はご無事なの?お怪我はされていない?」
「ええ!もちろん無傷です!間違いありません!
鐘が激しく打ち鳴らされていたでしょう?あれは、全員無事で帰還したことを表す鳴らし方なんです」
「よかった……」
「団長は魔獣より強いですし、ルルティーナ様のポーションもあるのですから心配いりませんよ。
面会はどうされますか?」
「お会いするわ」
ベルダール団長様にお会いできる。鮮やかな青い瞳と優しい笑みが浮かびます。
やはり、私の心音は速くなるばかりなのでした。
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