26 / 107
第1部
25話 ダンスレッスン
しおりを挟む
王都へ出発するまでの間に、他にもするべき事があります。
新特級ポーションの作成はもちろん、ポーション職人の皆さまへの指導と今後の作成計画の立案、ビオラ師匠の薬学と医学の授業、そして礼儀作法とダンスの特訓です。
仕事後、広間を借りて練習します。
「よろしい。礼儀作法は問題ないわ。その代わり、ダンスは全く踊れないようね。重点的に特訓するわよ」
「はい。お義母様」
にっこりと微笑むのは、紫の光沢を持つ銀髪に青紫色の瞳の、すらっと背が高い壮年の女性です。
名は、リラ・アメティスト子爵夫人……私を養子として受け入れてくださった、お義母様です。
王妃様の侍女を務められた頼もしいお方です。ご夫妻そろって、わざわざ王都から私のために来てくださいました。
今回初めてお会いしましたが、とてもお優しい義両親なのです。
「それにしても、親である私たちにもドレスを選ばせて欲しかったわ。イアンも「娘にドレスを用意するのだ!」と張り切っていたのに、機会を失って拗ねてしまったもの」
イアン様とはお義父様のことです。近衛騎士団に長く所属し、現在は教官として後進の育成に当たられているそうです。
とても気さくなおじ様で、初めてお会いした時「大切な娘にやっと会えた!」と、言って下さりました。
「お義母様、申し訳ございません……」
「あら!ルルティーナのせいじゃありませんよ!アドリアン坊ちゃんが狭量なせいです!よほど貴女を独占したいのね」
「っ!そう……なのでしょうか……?」
だったら、とても嬉しいです。お義母様はやや呆れた様子で頷きます。
「そうに決まっているでしょう。
ルルティーナ、アドリアン坊ちゃんが表情豊かでお喋りなのは、貴女の前だけですよ」
シアンたちからも聞いていますが、私は朗らかで気さくなアドリアン様しか知りません。
「お義母様とお義父様は、アドリアン様がお小さい頃からのお付き合いでしたね」
「ええ。アドリアン坊ちゃんの生家ブルーエ男爵家は、我がアメティスト子爵家とは親しい仲ですからね。それに派閥も同じです」
「王妃陛下のご生家であるサフィリス公爵家の派閥ですね」
サフィリス公爵家は、ヴェールラント王国で王族に次ぐ高位貴族家をです。
代々、子女が王族に嫁がれたり、逆に王族が降嫁されたりしていらっしゃいます。また、現サフィリス公爵をはじめ要職に就かれている方が非常に多いです。
派閥の勢力の偏りを避けるためか、現宰相は別の公爵家出身ですが、前公爵を初め宰相を最も多く輩出されている家でもあります。
アメティスト子爵家は武官、ブルーエ男爵家は文官の家系で、古来からサフィリス公爵家と王家にお仕えされているのです。
ですから、お義母様たちとアドリアン様が親しいのは頷けますが……。
王妃陛下のお顔を思い浮かべると、なにか引っ掛かるのです。
王妃陛下は銀髪で鮮やかな青い瞳で……誰かに似ている気がするのです。それは、濃い金髪の国王陛下もそうです。
「さあ!お喋りはここまでよ!ダンスに必要なのは美しい姿勢と体力!ルルティーナは体力が無いわ!まずは体力作りよ!」
「はい!お義母様!」
気になりましたが、まずは宮廷舞踏会が先です。私はお義母様の猛特訓を受けたのでした。
何度か悲鳴を上げたり、失神しかけましたが、これもエスコートして下さるアドリアン様のためです。
◆◆◆◆◆
半月後、努力の甲斐あって基本のステップだけは出来るようになってきました。
これも、お義母様とシアンが男性役を担当し、私を導いて下さったお陰です。
今日も、シアンが男性役でレッスンしてくれます。
お義母様からは「優雅に微笑み会話しながら踊るように」と、指導されたのでお喋りしながらです。
私は黄色いプリンセスラインのドレス、シアンはいつものお仕着せです。
「シアンって、何でも出来るのねえ」
「そんなことはありませんよ。出来ないこと、苦手なことばかりですよ」
「あら?例えば?」
「実は、料理は苦手です。後は……」
ーーーコン、コン、コンーーー
シアンの言葉に被さるように、ドアを叩く音がします。対応するお義母様が、意味深にこちらを見ました。
「やあ、ルルティーナ嬢」
「アドリアン様!どうしてこちらに?」
嬉しくて少し大きな声を出してしまいました。出発までお仕事の引き継ぎがあるので、ドレス選びからは殆どお会い出来なかったのです。
アドリアン様は私に歩み寄り、片膝をついて手を伸ばしました。
「君にダンスを申し込みに来たんだ。……美しい方、俺と踊って頂けますか?」
「っ!」
お義母様の方を見ると、やや呆れた顔ながら頷いて下さります。
「基本は出来ています。後はパートナーと練習した方がいいでしょう」
私はアドリアン様の手を取りました。
「素敵な騎士様、ぜひ私と踊って下さいませ」
それからは、目くるめく一時でした。アドリアン様はダンスもお上手でした。拙い私のステップを補い、揺るぎない体幹で支えて下さります。
「上手だよルルティーナ嬢、そう、もっと大胆に動いていい。俺の足を踏んでもいいよ」
「そんなこと出来ませ……きゃっ」
私の身体が宙に浮き、ドレスの裾が軽やかに広がります。
「ダンスは楽しむものらしいよ。俺は君と踊れてとても楽しい。君にも、もっと楽しんで欲しいな」
少年のようなキラキラした笑顔!
「もう!こんな悪戯しなくたって、私は充分楽しんでますよ!」
私は咄嗟に言い返しながら、ステップを踏みます。
さっきまでよりも速く楽しく!
「ははっ!よかった!なら、これからは俺とだけ踊ってく……」
「ベルダール伯爵閣下、それはまだお早いのでは?物事には順序というものがございます。お分かりでしょう?」
「うっ!」
お義母様の鋭い声がけ。アドリアン様の笑顔が一気に曇り、叱られた子犬のようになりました。
しかし、踊るスピードも足捌きも淀みがないのは流石です。私も騎士様のような訓練を積めば、もっと優雅に踊れるかもしれません。
「た、確かにアメティスト伯爵夫人の仰る通りです。……ですが、もう間もなく順序を踏んで申し出……」
「ベルダール伯爵閣下」
「……わかりました。俺が浅慮でした……」
叱られた子犬が、さらに雨に濡れた風情です。
私より七歳も歳上なのに歳下の男の子みたい!
「うふふ……あははは!」
私は今まで上げたことがないくらい、明るい笑い声を上げます。
先ほどのアドリアン様のキラキラが、きっと私にうつったのでしょう。
「アドリアン様!今は私とダンス中ですよ!楽しみましょう!」
「っ!あ、ああ!もちろんだ!ルルティーナ嬢!」
こうして私たちは、夕飯の時間が来るまで踊り続けたのでした。
◆◆◆◆◆
寝る前、私はシアンが何を言いかけたかたずねました。シアンは生温い笑みを浮かべます。
「団長閣下のように、ここぞと言うタイミングで現れるのは苦手です。と、言いかけたのです。もっとも、あれは天性のものでしょうが。
その割にはヘタレなのが謎なんですよねえ……」
時々聞く【ヘタレ】とはどういう意味なのか気になりましたが、シアンが遠い目をしたので聞けませんでした。
「ルルティーナ様、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。シアン……」
たくさん踊って疲れていたからか、すぐに眠りました。そして、とても懐かしい夢を見ました。
九年前の【蕾のお茶会】の夢です。
◆◆◆◆◆
ララベーラ様の声が聞こえます。
『お前などがいるから!私は恥をかいたのよ!』
『っ!』
ララベーラ様の扇が、ドレスの上から私を打ちのめします。打たれた場所が燃えるように痛くて涙が滲みます。
『ふん!何が薄紅色の薔薇よ!我がアンブローズ家に相応しくない!老婆の白髪!淫売の薄紅色の目のクズが!この!』
同派閥に属する同年代の皆様は『やり過ぎでは?』『当然だろ』『構う事はない。どうせクズだ』『そうですわよ』『むしろララベーラ様がお労しいですわ』と、囁きを交わします。
私は崩れ落ちそうになりながら、ひたすら痛みに耐え続けました。
そして。
『おーい!どこだー?あっ!声が聞こえたぞ!こっちに居るのかもしれない!』
声と共に人影がこちらに向かってきました。
『ララベーラ様、誰かが……』
『ちっ!皆さま、あちらに行きましょう。……お前、今度こそ余計なことはしないように。わかっているわよね?』
『……はい』
私はなんとか頷き、ララベーラ様たちが去っていくまで顔を伏せていました。
気配が完全になくなった。その時でした。
『君、大変だったね』
『え?』
顔を上げると、綺麗な金髪と鮮やかな青い瞳の少年がいます。
シャンティリアン王太子殿下と同じ十四歳か、少し歳上でしょうか?とても美しいお顔立ちで、青と紺を基調とした礼服がお似合いです。
美しいお方は、わざわざしゃがんで目線を合わせてくださりました。
『やり取りはある程度聞いていた。救護室に案内したいところだけど、それは君にとってもあまり良くないことだね?』
『……はい』
『若様、ですが』
『グリシーヌ、許可は取ってある。それに、先ほどの愚行はすでに衆目が知るところだ。ここで、君がこの子を治しても問題ないだろう』
『……かしこまりました。お嬢様、失礼します。《治癒魔法》』
グリシーヌ様が唱えると、すぐに身体が楽になりました。
『あ、ありがとうございます』
そして美しいお方は、片膝をついて手を差し出して下さいました。
『移動しよう。美しいお嬢様、お手をどうぞ』
私は天に昇る気持ちで、その手を取りました。
◆◆◆◆◆
そこで、夢から覚めました。
ぼんやりと、朝日でほんのりと明るくなった天井を眺めながら考えます。
ああ、あの時のあのお方、【お茶会のお兄様】のキラキラした笑顔は、今日見たアドリアン様の笑顔とそっくりだったと。
やはり、アドリアン様が【お茶会のお兄様】なの?
もしそうならとても幸せだけど……。
「……今は、それどころじゃないわ」
私は夢の余韻から逃れるため、目を瞑りました。やがて眠りに落ちてゆきます。
今度は、夢を見ませんでした。
◆◆◆◆◆
夢を振り切るようにダンスレッスンに取り組み、準備をしている間に夏になりました。
私は、なんとか人並みには踊れるようになりました。
夏空の美しいある日。
アドリアン様が、四頭建ての立派な馬車へとエスコートして下さります。
「ルルティーナ嬢、君は俺が守る」
「はい。アドリアン様」
こうして私は、アドリアン様をはじめとする大切な方々と共に、王都へと旅立ったのです。
新特級ポーションの作成はもちろん、ポーション職人の皆さまへの指導と今後の作成計画の立案、ビオラ師匠の薬学と医学の授業、そして礼儀作法とダンスの特訓です。
仕事後、広間を借りて練習します。
「よろしい。礼儀作法は問題ないわ。その代わり、ダンスは全く踊れないようね。重点的に特訓するわよ」
「はい。お義母様」
にっこりと微笑むのは、紫の光沢を持つ銀髪に青紫色の瞳の、すらっと背が高い壮年の女性です。
名は、リラ・アメティスト子爵夫人……私を養子として受け入れてくださった、お義母様です。
王妃様の侍女を務められた頼もしいお方です。ご夫妻そろって、わざわざ王都から私のために来てくださいました。
今回初めてお会いしましたが、とてもお優しい義両親なのです。
「それにしても、親である私たちにもドレスを選ばせて欲しかったわ。イアンも「娘にドレスを用意するのだ!」と張り切っていたのに、機会を失って拗ねてしまったもの」
イアン様とはお義父様のことです。近衛騎士団に長く所属し、現在は教官として後進の育成に当たられているそうです。
とても気さくなおじ様で、初めてお会いした時「大切な娘にやっと会えた!」と、言って下さりました。
「お義母様、申し訳ございません……」
「あら!ルルティーナのせいじゃありませんよ!アドリアン坊ちゃんが狭量なせいです!よほど貴女を独占したいのね」
「っ!そう……なのでしょうか……?」
だったら、とても嬉しいです。お義母様はやや呆れた様子で頷きます。
「そうに決まっているでしょう。
ルルティーナ、アドリアン坊ちゃんが表情豊かでお喋りなのは、貴女の前だけですよ」
シアンたちからも聞いていますが、私は朗らかで気さくなアドリアン様しか知りません。
「お義母様とお義父様は、アドリアン様がお小さい頃からのお付き合いでしたね」
「ええ。アドリアン坊ちゃんの生家ブルーエ男爵家は、我がアメティスト子爵家とは親しい仲ですからね。それに派閥も同じです」
「王妃陛下のご生家であるサフィリス公爵家の派閥ですね」
サフィリス公爵家は、ヴェールラント王国で王族に次ぐ高位貴族家をです。
代々、子女が王族に嫁がれたり、逆に王族が降嫁されたりしていらっしゃいます。また、現サフィリス公爵をはじめ要職に就かれている方が非常に多いです。
派閥の勢力の偏りを避けるためか、現宰相は別の公爵家出身ですが、前公爵を初め宰相を最も多く輩出されている家でもあります。
アメティスト子爵家は武官、ブルーエ男爵家は文官の家系で、古来からサフィリス公爵家と王家にお仕えされているのです。
ですから、お義母様たちとアドリアン様が親しいのは頷けますが……。
王妃陛下のお顔を思い浮かべると、なにか引っ掛かるのです。
王妃陛下は銀髪で鮮やかな青い瞳で……誰かに似ている気がするのです。それは、濃い金髪の国王陛下もそうです。
「さあ!お喋りはここまでよ!ダンスに必要なのは美しい姿勢と体力!ルルティーナは体力が無いわ!まずは体力作りよ!」
「はい!お義母様!」
気になりましたが、まずは宮廷舞踏会が先です。私はお義母様の猛特訓を受けたのでした。
何度か悲鳴を上げたり、失神しかけましたが、これもエスコートして下さるアドリアン様のためです。
◆◆◆◆◆
半月後、努力の甲斐あって基本のステップだけは出来るようになってきました。
これも、お義母様とシアンが男性役を担当し、私を導いて下さったお陰です。
今日も、シアンが男性役でレッスンしてくれます。
お義母様からは「優雅に微笑み会話しながら踊るように」と、指導されたのでお喋りしながらです。
私は黄色いプリンセスラインのドレス、シアンはいつものお仕着せです。
「シアンって、何でも出来るのねえ」
「そんなことはありませんよ。出来ないこと、苦手なことばかりですよ」
「あら?例えば?」
「実は、料理は苦手です。後は……」
ーーーコン、コン、コンーーー
シアンの言葉に被さるように、ドアを叩く音がします。対応するお義母様が、意味深にこちらを見ました。
「やあ、ルルティーナ嬢」
「アドリアン様!どうしてこちらに?」
嬉しくて少し大きな声を出してしまいました。出発までお仕事の引き継ぎがあるので、ドレス選びからは殆どお会い出来なかったのです。
アドリアン様は私に歩み寄り、片膝をついて手を伸ばしました。
「君にダンスを申し込みに来たんだ。……美しい方、俺と踊って頂けますか?」
「っ!」
お義母様の方を見ると、やや呆れた顔ながら頷いて下さります。
「基本は出来ています。後はパートナーと練習した方がいいでしょう」
私はアドリアン様の手を取りました。
「素敵な騎士様、ぜひ私と踊って下さいませ」
それからは、目くるめく一時でした。アドリアン様はダンスもお上手でした。拙い私のステップを補い、揺るぎない体幹で支えて下さります。
「上手だよルルティーナ嬢、そう、もっと大胆に動いていい。俺の足を踏んでもいいよ」
「そんなこと出来ませ……きゃっ」
私の身体が宙に浮き、ドレスの裾が軽やかに広がります。
「ダンスは楽しむものらしいよ。俺は君と踊れてとても楽しい。君にも、もっと楽しんで欲しいな」
少年のようなキラキラした笑顔!
「もう!こんな悪戯しなくたって、私は充分楽しんでますよ!」
私は咄嗟に言い返しながら、ステップを踏みます。
さっきまでよりも速く楽しく!
「ははっ!よかった!なら、これからは俺とだけ踊ってく……」
「ベルダール伯爵閣下、それはまだお早いのでは?物事には順序というものがございます。お分かりでしょう?」
「うっ!」
お義母様の鋭い声がけ。アドリアン様の笑顔が一気に曇り、叱られた子犬のようになりました。
しかし、踊るスピードも足捌きも淀みがないのは流石です。私も騎士様のような訓練を積めば、もっと優雅に踊れるかもしれません。
「た、確かにアメティスト伯爵夫人の仰る通りです。……ですが、もう間もなく順序を踏んで申し出……」
「ベルダール伯爵閣下」
「……わかりました。俺が浅慮でした……」
叱られた子犬が、さらに雨に濡れた風情です。
私より七歳も歳上なのに歳下の男の子みたい!
「うふふ……あははは!」
私は今まで上げたことがないくらい、明るい笑い声を上げます。
先ほどのアドリアン様のキラキラが、きっと私にうつったのでしょう。
「アドリアン様!今は私とダンス中ですよ!楽しみましょう!」
「っ!あ、ああ!もちろんだ!ルルティーナ嬢!」
こうして私たちは、夕飯の時間が来るまで踊り続けたのでした。
◆◆◆◆◆
寝る前、私はシアンが何を言いかけたかたずねました。シアンは生温い笑みを浮かべます。
「団長閣下のように、ここぞと言うタイミングで現れるのは苦手です。と、言いかけたのです。もっとも、あれは天性のものでしょうが。
その割にはヘタレなのが謎なんですよねえ……」
時々聞く【ヘタレ】とはどういう意味なのか気になりましたが、シアンが遠い目をしたので聞けませんでした。
「ルルティーナ様、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。シアン……」
たくさん踊って疲れていたからか、すぐに眠りました。そして、とても懐かしい夢を見ました。
九年前の【蕾のお茶会】の夢です。
◆◆◆◆◆
ララベーラ様の声が聞こえます。
『お前などがいるから!私は恥をかいたのよ!』
『っ!』
ララベーラ様の扇が、ドレスの上から私を打ちのめします。打たれた場所が燃えるように痛くて涙が滲みます。
『ふん!何が薄紅色の薔薇よ!我がアンブローズ家に相応しくない!老婆の白髪!淫売の薄紅色の目のクズが!この!』
同派閥に属する同年代の皆様は『やり過ぎでは?』『当然だろ』『構う事はない。どうせクズだ』『そうですわよ』『むしろララベーラ様がお労しいですわ』と、囁きを交わします。
私は崩れ落ちそうになりながら、ひたすら痛みに耐え続けました。
そして。
『おーい!どこだー?あっ!声が聞こえたぞ!こっちに居るのかもしれない!』
声と共に人影がこちらに向かってきました。
『ララベーラ様、誰かが……』
『ちっ!皆さま、あちらに行きましょう。……お前、今度こそ余計なことはしないように。わかっているわよね?』
『……はい』
私はなんとか頷き、ララベーラ様たちが去っていくまで顔を伏せていました。
気配が完全になくなった。その時でした。
『君、大変だったね』
『え?』
顔を上げると、綺麗な金髪と鮮やかな青い瞳の少年がいます。
シャンティリアン王太子殿下と同じ十四歳か、少し歳上でしょうか?とても美しいお顔立ちで、青と紺を基調とした礼服がお似合いです。
美しいお方は、わざわざしゃがんで目線を合わせてくださりました。
『やり取りはある程度聞いていた。救護室に案内したいところだけど、それは君にとってもあまり良くないことだね?』
『……はい』
『若様、ですが』
『グリシーヌ、許可は取ってある。それに、先ほどの愚行はすでに衆目が知るところだ。ここで、君がこの子を治しても問題ないだろう』
『……かしこまりました。お嬢様、失礼します。《治癒魔法》』
グリシーヌ様が唱えると、すぐに身体が楽になりました。
『あ、ありがとうございます』
そして美しいお方は、片膝をついて手を差し出して下さいました。
『移動しよう。美しいお嬢様、お手をどうぞ』
私は天に昇る気持ちで、その手を取りました。
◆◆◆◆◆
そこで、夢から覚めました。
ぼんやりと、朝日でほんのりと明るくなった天井を眺めながら考えます。
ああ、あの時のあのお方、【お茶会のお兄様】のキラキラした笑顔は、今日見たアドリアン様の笑顔とそっくりだったと。
やはり、アドリアン様が【お茶会のお兄様】なの?
もしそうならとても幸せだけど……。
「……今は、それどころじゃないわ」
私は夢の余韻から逃れるため、目を瞑りました。やがて眠りに落ちてゆきます。
今度は、夢を見ませんでした。
◆◆◆◆◆
夢を振り切るようにダンスレッスンに取り組み、準備をしている間に夏になりました。
私は、なんとか人並みには踊れるようになりました。
夏空の美しいある日。
アドリアン様が、四頭建ての立派な馬車へとエスコートして下さります。
「ルルティーナ嬢、君は俺が守る」
「はい。アドリアン様」
こうして私は、アドリアン様をはじめとする大切な方々と共に、王都へと旅立ったのです。
42
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして”世界を救う”私の成長物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー編
第二章:討伐軍北上編
第三章:魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
子供が可愛いすぎて伯爵様の溺愛に気づきません!
屋月 トム伽
恋愛
私と婚約をすれば、真実の愛に出会える。
そのせいで、私はラッキージンクスの令嬢だと呼ばれていた。そんな噂のせいで、何度も婚約破棄をされた。
そして、9回目の婚約中に、私は夜会で襲われてふしだらな令嬢という二つ名までついてしまった。
ふしだらな令嬢に、もう婚約の申し込みなど来ないだろうと思っていれば、お父様が氷の伯爵様と有名なリクハルド・マクシミリアン伯爵様に婚約を申し込み、邸を売って海外に行ってしまう。
突然の婚約の申し込みに断られるかと思えば、リクハルド様は婚約を受け入れてくれた。婚約初日から、マクシミリアン伯爵邸で住み始めることになるが、彼は未婚のままで子供がいた。
リクハルド様に似ても似つかない子供。
そうして、マクリミリアン伯爵家での生活が幕を開けた。
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
【完】夫に売られて、売られた先の旦那様に溺愛されています。
112
恋愛
夫に売られた。他所に女を作り、売人から受け取った銀貨の入った小袋を懐に入れて、出ていった。呆気ない別れだった。
ローズ・クローは、元々公爵令嬢だった。夫、だった人物は男爵の三男。到底釣合うはずがなく、手に手を取って家を出た。いわゆる駆け落ち婚だった。
ローズは夫を信じ切っていた。金が尽き、宝石を差し出しても、夫は自分を愛していると信じて疑わなかった。
※完結しました。ありがとうございました。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
【完】ええ!?わたし当て馬じゃ無いんですか!?
112
恋愛
ショーデ侯爵家の令嬢ルイーズは、王太子殿下の婚約者候補として、王宮に上がった。
目的は王太子の婚約者となること──でなく、父からの命で、リンドゲール侯爵家のシャルロット嬢を婚約者となるように手助けする。
助けが功を奏してか、最終候補にシャルロットが選ばれるが、特に何もしていないルイーズも何故か選ばれる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる