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第1部
25話 ダンスレッスン
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王都へ出発するまでの間に、他にもするべき事があります。
新特級ポーションの作成はもちろん、ポーション職人の皆さまへの指導と今後の作成計画の立案、ビオラ師匠の薬学と医学の授業、そして礼儀作法とダンスの特訓です。
仕事後、広間を借りて練習します。
「よろしい。礼儀作法は問題ないわ。その代わり、ダンスは全く踊れないようね。重点的に特訓するわよ」
「はい。お義母様」
にっこりと微笑むのは、紫の光沢を持つ銀髪に青紫色の瞳の、すらっと背が高い壮年の女性です。
名は、リラ・アメティスト子爵夫人……私を養子として受け入れてくださった、お義母様です。
王妃様の侍女を務められた頼もしいお方です。ご夫妻そろって、わざわざ王都から私のために来てくださいました。
今回初めてお会いしましたが、とてもお優しい義両親なのです。
「それにしても、親である私たちにもドレスを選ばせて欲しかったわ。イアンも「娘にドレスを用意するのだ!」と張り切っていたのに、機会を失って拗ねてしまったもの」
イアン様とはお義父様のことです。近衛騎士団に長く所属し、現在は教官として後進の育成に当たられているそうです。
とても気さくなおじ様で、初めてお会いした時「大切な娘にやっと会えた!」と、言って下さりました。
「お義母様、申し訳ございません……」
「あら!ルルティーナのせいじゃありませんよ!アドリアン坊ちゃんが狭量なせいです!よほど貴女を独占したいのね」
「っ!そう……なのでしょうか……?」
だったら、とても嬉しいです。お義母様はやや呆れた様子で頷きます。
「そうに決まっているでしょう。
ルルティーナ、アドリアン坊ちゃんが表情豊かでお喋りなのは、貴女の前だけですよ」
シアンたちからも聞いていますが、私は朗らかで気さくなアドリアン様しか知りません。
「お義母様とお義父様は、アドリアン様がお小さい頃からのお付き合いでしたね」
「ええ。アドリアン坊ちゃんの生家ブルーエ男爵家は、我がアメティスト子爵家とは親しい仲ですからね。それに派閥も同じです」
「王妃陛下のご生家であるサフィリス公爵家の派閥ですね」
サフィリス公爵家は、ヴェールラント王国で王族に次ぐ高位貴族家をです。
代々、子女が王族に嫁がれたり、逆に王族が降嫁されたりしていらっしゃいます。また、現サフィリス公爵をはじめ要職に就かれている方が非常に多いです。
派閥の勢力の偏りを避けるためか、現宰相は別の公爵家出身ですが、前公爵を初め宰相を最も多く輩出されている家でもあります。
アメティスト子爵家は武官、ブルーエ男爵家は文官の家系で、古来からサフィリス公爵家と王家にお仕えされているのです。
ですから、お義母様たちとアドリアン様が親しいのは頷けますが……。
王妃陛下のお顔を思い浮かべると、なにか引っ掛かるのです。
王妃陛下は銀髪で鮮やかな青い瞳で……誰かに似ている気がするのです。それは、濃い金髪の国王陛下もそうです。
「さあ!お喋りはここまでよ!ダンスに必要なのは美しい姿勢と体力!ルルティーナは体力が無いわ!まずは体力作りよ!」
「はい!お義母様!」
気になりましたが、まずは宮廷舞踏会が先です。私はお義母様の猛特訓を受けたのでした。
何度か悲鳴を上げたり、失神しかけましたが、これもエスコートして下さるアドリアン様のためです。
◆◆◆◆◆
半月後、努力の甲斐あって基本のステップだけは出来るようになってきました。
これも、お義母様とシアンが男性役を担当し、私を導いて下さったお陰です。
今日も、シアンが男性役でレッスンしてくれます。
お義母様からは「優雅に微笑み会話しながら踊るように」と、指導されたのでお喋りしながらです。
私は黄色いプリンセスラインのドレス、シアンはいつものお仕着せです。
「シアンって、何でも出来るのねえ」
「そんなことはありませんよ。出来ないこと、苦手なことばかりですよ」
「あら?例えば?」
「実は、料理は苦手です。後は……」
ーーーコン、コン、コンーーー
シアンの言葉に被さるように、ドアを叩く音がします。対応するお義母様が、意味深にこちらを見ました。
「やあ、ルルティーナ嬢」
「アドリアン様!どうしてこちらに?」
嬉しくて少し大きな声を出してしまいました。出発までお仕事の引き継ぎがあるので、ドレス選びからは殆どお会い出来なかったのです。
アドリアン様は私に歩み寄り、片膝をついて手を伸ばしました。
「君にダンスを申し込みに来たんだ。……美しい方、俺と踊って頂けますか?」
「っ!」
お義母様の方を見ると、やや呆れた顔ながら頷いて下さります。
「基本は出来ています。後はパートナーと練習した方がいいでしょう」
私はアドリアン様の手を取りました。
「素敵な騎士様、ぜひ私と踊って下さいませ」
それからは、目くるめく一時でした。アドリアン様はダンスもお上手でした。拙い私のステップを補い、揺るぎない体幹で支えて下さります。
「上手だよルルティーナ嬢、そう、もっと大胆に動いていい。俺の足を踏んでもいいよ」
「そんなこと出来ませ……きゃっ」
私の身体が宙に浮き、ドレスの裾が軽やかに広がります。
「ダンスは楽しむものらしいよ。俺は君と踊れてとても楽しい。君にも、もっと楽しんで欲しいな」
少年のようなキラキラした笑顔!
「もう!こんな悪戯しなくたって、私は充分楽しんでますよ!」
私は咄嗟に言い返しながら、ステップを踏みます。
さっきまでよりも速く楽しく!
「ははっ!よかった!なら、これからは俺とだけ踊ってく……」
「ベルダール伯爵閣下、それはまだお早いのでは?物事には順序というものがございます。お分かりでしょう?」
「うっ!」
お義母様の鋭い声がけ。アドリアン様の笑顔が一気に曇り、叱られた子犬のようになりました。
しかし、踊るスピードも足捌きも淀みがないのは流石です。私も騎士様のような訓練を積めば、もっと優雅に踊れるかもしれません。
「た、確かにアメティスト伯爵夫人の仰る通りです。……ですが、もう間もなく順序を踏んで申し出……」
「ベルダール伯爵閣下」
「……わかりました。俺が浅慮でした……」
叱られた子犬が、さらに雨に濡れた風情です。
私より七歳も歳上なのに歳下の男の子みたい!
「うふふ……あははは!」
私は今まで上げたことがないくらい、明るい笑い声を上げます。
先ほどのアドリアン様のキラキラが、きっと私にうつったのでしょう。
「アドリアン様!今は私とダンス中ですよ!楽しみましょう!」
「っ!あ、ああ!もちろんだ!ルルティーナ嬢!」
こうして私たちは、夕飯の時間が来るまで踊り続けたのでした。
◆◆◆◆◆
寝る前、私はシアンが何を言いかけたかたずねました。シアンは生温い笑みを浮かべます。
「団長閣下のように、ここぞと言うタイミングで現れるのは苦手です。と、言いかけたのです。もっとも、あれは天性のものでしょうが。
その割にはヘタレなのが謎なんですよねえ……」
時々聞く【ヘタレ】とはどういう意味なのか気になりましたが、シアンが遠い目をしたので聞けませんでした。
「ルルティーナ様、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。シアン……」
たくさん踊って疲れていたからか、すぐに眠りました。そして、とても懐かしい夢を見ました。
九年前の【蕾のお茶会】の夢です。
◆◆◆◆◆
ララベーラ様の声が聞こえます。
『お前などがいるから!私は恥をかいたのよ!』
『っ!』
ララベーラ様の扇が、ドレスの上から私を打ちのめします。打たれた場所が燃えるように痛くて涙が滲みます。
『ふん!何が薄紅色の薔薇よ!我がアンブローズ家に相応しくない!老婆の白髪!淫売の薄紅色の目のクズが!この!』
同派閥に属する同年代の皆様は『やり過ぎでは?』『当然だろ』『構う事はない。どうせクズだ』『そうですわよ』『むしろララベーラ様がお労しいですわ』と、囁きを交わします。
私は崩れ落ちそうになりながら、ひたすら痛みに耐え続けました。
そして。
『おーい!どこだー?あっ!声が聞こえたぞ!こっちに居るのかもしれない!』
声と共に人影がこちらに向かってきました。
『ララベーラ様、誰かが……』
『ちっ!皆さま、あちらに行きましょう。……お前、今度こそ余計なことはしないように。わかっているわよね?』
『……はい』
私はなんとか頷き、ララベーラ様たちが去っていくまで顔を伏せていました。
気配が完全になくなった。その時でした。
『君、大変だったね』
『え?』
顔を上げると、綺麗な金髪と鮮やかな青い瞳の少年がいます。
シャンティリアン王太子殿下と同じ十四歳か、少し歳上でしょうか?とても美しいお顔立ちで、青と紺を基調とした礼服がお似合いです。
美しいお方は、わざわざしゃがんで目線を合わせてくださりました。
『やり取りはある程度聞いていた。救護室に案内したいところだけど、それは君にとってもあまり良くないことだね?』
『……はい』
『若様、ですが』
『グリシーヌ、許可は取ってある。それに、先ほどの愚行はすでに衆目が知るところだ。ここで、君がこの子を治しても問題ないだろう』
『……かしこまりました。お嬢様、失礼します。《治癒魔法》』
グリシーヌ様が唱えると、すぐに身体が楽になりました。
『あ、ありがとうございます』
そして美しいお方は、片膝をついて手を差し出して下さいました。
『移動しよう。美しいお嬢様、お手をどうぞ』
私は天に昇る気持ちで、その手を取りました。
◆◆◆◆◆
そこで、夢から覚めました。
ぼんやりと、朝日でほんのりと明るくなった天井を眺めながら考えます。
ああ、あの時のあのお方、【お茶会のお兄様】のキラキラした笑顔は、今日見たアドリアン様の笑顔とそっくりだったと。
やはり、アドリアン様が【お茶会のお兄様】なの?
もしそうならとても幸せだけど……。
「……今は、それどころじゃないわ」
私は夢の余韻から逃れるため、目を瞑りました。やがて眠りに落ちてゆきます。
今度は、夢を見ませんでした。
◆◆◆◆◆
夢を振り切るようにダンスレッスンに取り組み、準備をしている間に夏になりました。
私は、なんとか人並みには踊れるようになりました。
夏空の美しいある日。
アドリアン様が、四頭建ての立派な馬車へとエスコートして下さります。
「ルルティーナ嬢、君は俺が守る」
「はい。アドリアン様」
こうして私は、アドリアン様をはじめとする大切な方々と共に、王都へと旅立ったのです。
新特級ポーションの作成はもちろん、ポーション職人の皆さまへの指導と今後の作成計画の立案、ビオラ師匠の薬学と医学の授業、そして礼儀作法とダンスの特訓です。
仕事後、広間を借りて練習します。
「よろしい。礼儀作法は問題ないわ。その代わり、ダンスは全く踊れないようね。重点的に特訓するわよ」
「はい。お義母様」
にっこりと微笑むのは、紫の光沢を持つ銀髪に青紫色の瞳の、すらっと背が高い壮年の女性です。
名は、リラ・アメティスト子爵夫人……私を養子として受け入れてくださった、お義母様です。
王妃様の侍女を務められた頼もしいお方です。ご夫妻そろって、わざわざ王都から私のために来てくださいました。
今回初めてお会いしましたが、とてもお優しい義両親なのです。
「それにしても、親である私たちにもドレスを選ばせて欲しかったわ。イアンも「娘にドレスを用意するのだ!」と張り切っていたのに、機会を失って拗ねてしまったもの」
イアン様とはお義父様のことです。近衛騎士団に長く所属し、現在は教官として後進の育成に当たられているそうです。
とても気さくなおじ様で、初めてお会いした時「大切な娘にやっと会えた!」と、言って下さりました。
「お義母様、申し訳ございません……」
「あら!ルルティーナのせいじゃありませんよ!アドリアン坊ちゃんが狭量なせいです!よほど貴女を独占したいのね」
「っ!そう……なのでしょうか……?」
だったら、とても嬉しいです。お義母様はやや呆れた様子で頷きます。
「そうに決まっているでしょう。
ルルティーナ、アドリアン坊ちゃんが表情豊かでお喋りなのは、貴女の前だけですよ」
シアンたちからも聞いていますが、私は朗らかで気さくなアドリアン様しか知りません。
「お義母様とお義父様は、アドリアン様がお小さい頃からのお付き合いでしたね」
「ええ。アドリアン坊ちゃんの生家ブルーエ男爵家は、我がアメティスト子爵家とは親しい仲ですからね。それに派閥も同じです」
「王妃陛下のご生家であるサフィリス公爵家の派閥ですね」
サフィリス公爵家は、ヴェールラント王国で王族に次ぐ高位貴族家をです。
代々、子女が王族に嫁がれたり、逆に王族が降嫁されたりしていらっしゃいます。また、現サフィリス公爵をはじめ要職に就かれている方が非常に多いです。
派閥の勢力の偏りを避けるためか、現宰相は別の公爵家出身ですが、前公爵を初め宰相を最も多く輩出されている家でもあります。
アメティスト子爵家は武官、ブルーエ男爵家は文官の家系で、古来からサフィリス公爵家と王家にお仕えされているのです。
ですから、お義母様たちとアドリアン様が親しいのは頷けますが……。
王妃陛下のお顔を思い浮かべると、なにか引っ掛かるのです。
王妃陛下は銀髪で鮮やかな青い瞳で……誰かに似ている気がするのです。それは、濃い金髪の国王陛下もそうです。
「さあ!お喋りはここまでよ!ダンスに必要なのは美しい姿勢と体力!ルルティーナは体力が無いわ!まずは体力作りよ!」
「はい!お義母様!」
気になりましたが、まずは宮廷舞踏会が先です。私はお義母様の猛特訓を受けたのでした。
何度か悲鳴を上げたり、失神しかけましたが、これもエスコートして下さるアドリアン様のためです。
◆◆◆◆◆
半月後、努力の甲斐あって基本のステップだけは出来るようになってきました。
これも、お義母様とシアンが男性役を担当し、私を導いて下さったお陰です。
今日も、シアンが男性役でレッスンしてくれます。
お義母様からは「優雅に微笑み会話しながら踊るように」と、指導されたのでお喋りしながらです。
私は黄色いプリンセスラインのドレス、シアンはいつものお仕着せです。
「シアンって、何でも出来るのねえ」
「そんなことはありませんよ。出来ないこと、苦手なことばかりですよ」
「あら?例えば?」
「実は、料理は苦手です。後は……」
ーーーコン、コン、コンーーー
シアンの言葉に被さるように、ドアを叩く音がします。対応するお義母様が、意味深にこちらを見ました。
「やあ、ルルティーナ嬢」
「アドリアン様!どうしてこちらに?」
嬉しくて少し大きな声を出してしまいました。出発までお仕事の引き継ぎがあるので、ドレス選びからは殆どお会い出来なかったのです。
アドリアン様は私に歩み寄り、片膝をついて手を伸ばしました。
「君にダンスを申し込みに来たんだ。……美しい方、俺と踊って頂けますか?」
「っ!」
お義母様の方を見ると、やや呆れた顔ながら頷いて下さります。
「基本は出来ています。後はパートナーと練習した方がいいでしょう」
私はアドリアン様の手を取りました。
「素敵な騎士様、ぜひ私と踊って下さいませ」
それからは、目くるめく一時でした。アドリアン様はダンスもお上手でした。拙い私のステップを補い、揺るぎない体幹で支えて下さります。
「上手だよルルティーナ嬢、そう、もっと大胆に動いていい。俺の足を踏んでもいいよ」
「そんなこと出来ませ……きゃっ」
私の身体が宙に浮き、ドレスの裾が軽やかに広がります。
「ダンスは楽しむものらしいよ。俺は君と踊れてとても楽しい。君にも、もっと楽しんで欲しいな」
少年のようなキラキラした笑顔!
「もう!こんな悪戯しなくたって、私は充分楽しんでますよ!」
私は咄嗟に言い返しながら、ステップを踏みます。
さっきまでよりも速く楽しく!
「ははっ!よかった!なら、これからは俺とだけ踊ってく……」
「ベルダール伯爵閣下、それはまだお早いのでは?物事には順序というものがございます。お分かりでしょう?」
「うっ!」
お義母様の鋭い声がけ。アドリアン様の笑顔が一気に曇り、叱られた子犬のようになりました。
しかし、踊るスピードも足捌きも淀みがないのは流石です。私も騎士様のような訓練を積めば、もっと優雅に踊れるかもしれません。
「た、確かにアメティスト伯爵夫人の仰る通りです。……ですが、もう間もなく順序を踏んで申し出……」
「ベルダール伯爵閣下」
「……わかりました。俺が浅慮でした……」
叱られた子犬が、さらに雨に濡れた風情です。
私より七歳も歳上なのに歳下の男の子みたい!
「うふふ……あははは!」
私は今まで上げたことがないくらい、明るい笑い声を上げます。
先ほどのアドリアン様のキラキラが、きっと私にうつったのでしょう。
「アドリアン様!今は私とダンス中ですよ!楽しみましょう!」
「っ!あ、ああ!もちろんだ!ルルティーナ嬢!」
こうして私たちは、夕飯の時間が来るまで踊り続けたのでした。
◆◆◆◆◆
寝る前、私はシアンが何を言いかけたかたずねました。シアンは生温い笑みを浮かべます。
「団長閣下のように、ここぞと言うタイミングで現れるのは苦手です。と、言いかけたのです。もっとも、あれは天性のものでしょうが。
その割にはヘタレなのが謎なんですよねえ……」
時々聞く【ヘタレ】とはどういう意味なのか気になりましたが、シアンが遠い目をしたので聞けませんでした。
「ルルティーナ様、おやすみなさい」
「ええ、おやすみなさい。シアン……」
たくさん踊って疲れていたからか、すぐに眠りました。そして、とても懐かしい夢を見ました。
九年前の【蕾のお茶会】の夢です。
◆◆◆◆◆
ララベーラ様の声が聞こえます。
『お前などがいるから!私は恥をかいたのよ!』
『っ!』
ララベーラ様の扇が、ドレスの上から私を打ちのめします。打たれた場所が燃えるように痛くて涙が滲みます。
『ふん!何が薄紅色の薔薇よ!我がアンブローズ家に相応しくない!老婆の白髪!淫売の薄紅色の目のクズが!この!』
同派閥に属する同年代の皆様は『やり過ぎでは?』『当然だろ』『構う事はない。どうせクズだ』『そうですわよ』『むしろララベーラ様がお労しいですわ』と、囁きを交わします。
私は崩れ落ちそうになりながら、ひたすら痛みに耐え続けました。
そして。
『おーい!どこだー?あっ!声が聞こえたぞ!こっちに居るのかもしれない!』
声と共に人影がこちらに向かってきました。
『ララベーラ様、誰かが……』
『ちっ!皆さま、あちらに行きましょう。……お前、今度こそ余計なことはしないように。わかっているわよね?』
『……はい』
私はなんとか頷き、ララベーラ様たちが去っていくまで顔を伏せていました。
気配が完全になくなった。その時でした。
『君、大変だったね』
『え?』
顔を上げると、綺麗な金髪と鮮やかな青い瞳の少年がいます。
シャンティリアン王太子殿下と同じ十四歳か、少し歳上でしょうか?とても美しいお顔立ちで、青と紺を基調とした礼服がお似合いです。
美しいお方は、わざわざしゃがんで目線を合わせてくださりました。
『やり取りはある程度聞いていた。救護室に案内したいところだけど、それは君にとってもあまり良くないことだね?』
『……はい』
『若様、ですが』
『グリシーヌ、許可は取ってある。それに、先ほどの愚行はすでに衆目が知るところだ。ここで、君がこの子を治しても問題ないだろう』
『……かしこまりました。お嬢様、失礼します。《治癒魔法》』
グリシーヌ様が唱えると、すぐに身体が楽になりました。
『あ、ありがとうございます』
そして美しいお方は、片膝をついて手を差し出して下さいました。
『移動しよう。美しいお嬢様、お手をどうぞ』
私は天に昇る気持ちで、その手を取りました。
◆◆◆◆◆
そこで、夢から覚めました。
ぼんやりと、朝日でほんのりと明るくなった天井を眺めながら考えます。
ああ、あの時のあのお方、【お茶会のお兄様】のキラキラした笑顔は、今日見たアドリアン様の笑顔とそっくりだったと。
やはり、アドリアン様が【お茶会のお兄様】なの?
もしそうならとても幸せだけど……。
「……今は、それどころじゃないわ」
私は夢の余韻から逃れるため、目を瞑りました。やがて眠りに落ちてゆきます。
今度は、夢を見ませんでした。
◆◆◆◆◆
夢を振り切るようにダンスレッスンに取り組み、準備をしている間に夏になりました。
私は、なんとか人並みには踊れるようになりました。
夏空の美しいある日。
アドリアン様が、四頭建ての立派な馬車へとエスコートして下さります。
「ルルティーナ嬢、君は俺が守る」
「はい。アドリアン様」
こうして私は、アドリアン様をはじめとする大切な方々と共に、王都へと旅立ったのです。
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