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第二章 1
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沢村美鈴にとって、夫とのセックスは子作りするためだけのただの儀式に過ぎなかった。昨夜も食事のあと、風呂に入る前に、
「ねえ、翔馬君。今夜あたりどう?」
と甘ったるい声で誘ってみたが、
「またその話か、当分の間子供は一人で充分だ。それより今は住宅資金をためることが先決だ」
翔馬には全く相手にされなかった。
(私だって甘えたくなる夜もあるのよ……)
嘆息を吐くと、美鈴はクローゼットに今夜身に着ける下着とネグリジェを取りに向かった。
夫以外の男性経験は、大学時代に交際していた一つ上の彼氏一人だけだった。その彼も夫同様性に関しては積極的ではなく、割と無関心な方だった。別れた理由は、互いに他に好きな人が出来たということだった。それっきり元カレとは会っていない。
美鈴は、生理前になると性欲が増す体質の女性だった。彼女が導き出した計算からいくと、間もなく生理が始まる。最近性欲が増して来たのはその所為だろうか。しかし、それを慰めるべきセックスパートナーである筈の夫は淡白な男性で、食事を摂ったあとはいつもリビングのソファに横たわりテレビ画面に夢中だった。
早々と夫に見切りをつけ、美鈴はバスルームに向かい、今日一日分の疲れと一緒に汗を洗い流した。美鈴は下り物の量が多い体質だったので、小陰唇を指先で開いて念入りに洗った。シャワーヘッドから勢いよく飛び出す湯が、敏感な部分に当たってジュンとなった。
「はぁうぅ……あぁ……」
思わず変な声が出てしまった。
(嫌だわ、私ったら何を考えているんだろう)
両頬を赤らめ、美鈴は手に持つシャワーヘッドをフックに引っ掛けた。シャンプーのポンプを手のひらで数回プッシュし、泡立てると髪の毛を洗い始めた。
風呂から上がると、リビングに夫の姿はなく、夫婦の寝室に設置した子供用ベッドに横たわる愛娘和葉の寝顔に夢中になっていた。
「和葉ちゃん、可愛いでちゅね」
三歳になったばかりの娘に赤ちゃん言葉で語り掛ける夫を見て、美鈴は溜め息を吐いた。
(もう、私にも可愛いとか綺麗だよとかいって、声を掛けてくれればいいのに……)
夫を独り占めする三歳の娘に嫉妬する自分に気づき、美鈴は思わず苦笑した。
「翔馬君、お風呂お先……、私が和葉を見ているからお風呂入って来て」
「……うん」
頷くと翔馬は、和葉を名残惜しそうに見詰めバスルームに足を向けた。
翌朝、朝六時に起床すると、美鈴は家族のために朝食を拵えた。夫と自分は、朝はいつもトーストとベーコンエッグか、スクランブルエッグである。あとはヨーグルトに野菜サラダだ。和葉には消化の良いお粥と裏ごししたポテトサラダを用意した。昼食は、弁当は作らず夫婦各々外で済ませる。和葉には保育園で給食が出る。
午前七時過ぎ、美鈴は家族揃って一二五号室を出た。今日の出で立ちは、紺の地にシルバーのストライプ柄のスカートスーツだ。それに白いブラウスを合わせている。自宅マンション前の通りを夫は駅まで直行するが、美鈴は和葉の手を引いて保育園へ向かうのだ。そのため、同じ列車に乗車することはまずなかった。
夫翔馬に遅れること十分後、美鈴も最寄り地下鉄の駅の改札を通り抜け、ホームに立った。案内アナウンスが流れる中、午前七時三十四分発の列車の到着を待つ乗客の列に加わった。程なくして列車がホームに入って来た。ドアが開くと、人混みに押され吸い込まれるようにして列車に乗り込んだ。今日も目的地の駅に到着するまでの十五分間、この密着した状態を我慢しなければならないかと思うと、美鈴の口から自然と溜め息が漏れた。
発車のベルが流れドアが閉まると、列車は静かに動き出した。数分後、カーブに差し掛かり車両が左右に揺れた、乗客たちは器用にバランスを取り踏ん張る。最初の頃は美鈴も何度か転びそうになったが、通勤列車を利用するようになって二ヶ月以上経つと慣れてしまった。大体どの辺りで揺れるの充分承知しているので、身構えることが出来た。
次の駅で、乗客が乗り込んでくると忽ち鮨詰め状態になり、乗客たちの体温で車内の気温は上昇した。むわぁっとした熱気が車内全体を包み込み、美鈴は息苦しさを感じた。しかも身動きが取れないのだ。まさに生き地獄だった。
列車の揺れに合わせて、乗客たちが左右に身体を揺れ動かす。教員としての仕事に使う大切な書類の入った手提げ鞄を右手に持っているため、美鈴は左手で吊り革を掴んでいた。車内が揺れる度、その吊り革が軋む音がした。
暫くすると列車は、美鈴が下車する目的地の三つ手前の駅に到着した。あと八分足らずでこのラッシュアワーから解放される。ふうぅっと息を吐き、美鈴は胸を撫で下ろした。
ゆっくりと列車が動き出した。また小刻みな振動とともに列車が左右に揺れ出した。先ほどまで目の前にいた男性が、進行方向の左側の扉に移動した。どうやら次の駅が目的地らしい。背後の人と背中が密着していたので、美鈴は空いたスペースへ向かって移動した。
今まで気づかなかったのだが、左斜め前方に、彼女が顧問を務める茶道部に所属する細川愛実の姿があった。体調不良のため一週間ほど学校を休んでいると聞いていた。
(細川さん、もう元気になったんだ。良かった……)
美鈴は愛実に声を掛けようとして、少し強引ではあるが人混みを搔き分け彼女の許に近寄った。
「細川さん……!?」
愛実の名前を口にした瞬間、悍ましい光景を目の当たりにし、美鈴は思わず絶句し、手のひらを口に当てた。
「ねえ、翔馬君。今夜あたりどう?」
と甘ったるい声で誘ってみたが、
「またその話か、当分の間子供は一人で充分だ。それより今は住宅資金をためることが先決だ」
翔馬には全く相手にされなかった。
(私だって甘えたくなる夜もあるのよ……)
嘆息を吐くと、美鈴はクローゼットに今夜身に着ける下着とネグリジェを取りに向かった。
夫以外の男性経験は、大学時代に交際していた一つ上の彼氏一人だけだった。その彼も夫同様性に関しては積極的ではなく、割と無関心な方だった。別れた理由は、互いに他に好きな人が出来たということだった。それっきり元カレとは会っていない。
美鈴は、生理前になると性欲が増す体質の女性だった。彼女が導き出した計算からいくと、間もなく生理が始まる。最近性欲が増して来たのはその所為だろうか。しかし、それを慰めるべきセックスパートナーである筈の夫は淡白な男性で、食事を摂ったあとはいつもリビングのソファに横たわりテレビ画面に夢中だった。
早々と夫に見切りをつけ、美鈴はバスルームに向かい、今日一日分の疲れと一緒に汗を洗い流した。美鈴は下り物の量が多い体質だったので、小陰唇を指先で開いて念入りに洗った。シャワーヘッドから勢いよく飛び出す湯が、敏感な部分に当たってジュンとなった。
「はぁうぅ……あぁ……」
思わず変な声が出てしまった。
(嫌だわ、私ったら何を考えているんだろう)
両頬を赤らめ、美鈴は手に持つシャワーヘッドをフックに引っ掛けた。シャンプーのポンプを手のひらで数回プッシュし、泡立てると髪の毛を洗い始めた。
風呂から上がると、リビングに夫の姿はなく、夫婦の寝室に設置した子供用ベッドに横たわる愛娘和葉の寝顔に夢中になっていた。
「和葉ちゃん、可愛いでちゅね」
三歳になったばかりの娘に赤ちゃん言葉で語り掛ける夫を見て、美鈴は溜め息を吐いた。
(もう、私にも可愛いとか綺麗だよとかいって、声を掛けてくれればいいのに……)
夫を独り占めする三歳の娘に嫉妬する自分に気づき、美鈴は思わず苦笑した。
「翔馬君、お風呂お先……、私が和葉を見ているからお風呂入って来て」
「……うん」
頷くと翔馬は、和葉を名残惜しそうに見詰めバスルームに足を向けた。
翌朝、朝六時に起床すると、美鈴は家族のために朝食を拵えた。夫と自分は、朝はいつもトーストとベーコンエッグか、スクランブルエッグである。あとはヨーグルトに野菜サラダだ。和葉には消化の良いお粥と裏ごししたポテトサラダを用意した。昼食は、弁当は作らず夫婦各々外で済ませる。和葉には保育園で給食が出る。
午前七時過ぎ、美鈴は家族揃って一二五号室を出た。今日の出で立ちは、紺の地にシルバーのストライプ柄のスカートスーツだ。それに白いブラウスを合わせている。自宅マンション前の通りを夫は駅まで直行するが、美鈴は和葉の手を引いて保育園へ向かうのだ。そのため、同じ列車に乗車することはまずなかった。
夫翔馬に遅れること十分後、美鈴も最寄り地下鉄の駅の改札を通り抜け、ホームに立った。案内アナウンスが流れる中、午前七時三十四分発の列車の到着を待つ乗客の列に加わった。程なくして列車がホームに入って来た。ドアが開くと、人混みに押され吸い込まれるようにして列車に乗り込んだ。今日も目的地の駅に到着するまでの十五分間、この密着した状態を我慢しなければならないかと思うと、美鈴の口から自然と溜め息が漏れた。
発車のベルが流れドアが閉まると、列車は静かに動き出した。数分後、カーブに差し掛かり車両が左右に揺れた、乗客たちは器用にバランスを取り踏ん張る。最初の頃は美鈴も何度か転びそうになったが、通勤列車を利用するようになって二ヶ月以上経つと慣れてしまった。大体どの辺りで揺れるの充分承知しているので、身構えることが出来た。
次の駅で、乗客が乗り込んでくると忽ち鮨詰め状態になり、乗客たちの体温で車内の気温は上昇した。むわぁっとした熱気が車内全体を包み込み、美鈴は息苦しさを感じた。しかも身動きが取れないのだ。まさに生き地獄だった。
列車の揺れに合わせて、乗客たちが左右に身体を揺れ動かす。教員としての仕事に使う大切な書類の入った手提げ鞄を右手に持っているため、美鈴は左手で吊り革を掴んでいた。車内が揺れる度、その吊り革が軋む音がした。
暫くすると列車は、美鈴が下車する目的地の三つ手前の駅に到着した。あと八分足らずでこのラッシュアワーから解放される。ふうぅっと息を吐き、美鈴は胸を撫で下ろした。
ゆっくりと列車が動き出した。また小刻みな振動とともに列車が左右に揺れ出した。先ほどまで目の前にいた男性が、進行方向の左側の扉に移動した。どうやら次の駅が目的地らしい。背後の人と背中が密着していたので、美鈴は空いたスペースへ向かって移動した。
今まで気づかなかったのだが、左斜め前方に、彼女が顧問を務める茶道部に所属する細川愛実の姿があった。体調不良のため一週間ほど学校を休んでいると聞いていた。
(細川さん、もう元気になったんだ。良かった……)
美鈴は愛実に声を掛けようとして、少し強引ではあるが人混みを搔き分け彼女の許に近寄った。
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