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PROLOGUE
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六月十三日、金曜日。
午後六時十八分。
《九階ベランダから男性が転落した》
と、警視庁本部庁舎の通信指令室に一一〇番通報が入った。
指令室からの指示を受け、三田中央署刑事組織犯罪対策課強行犯係の捜査員が、東京都港区芝三丁目の現場へ急行した。午後六時三十分過ぎ、所轄署の捜査員に続き、警視庁刑事部第一機動捜査隊が現場に到着、直ちに初動捜査を開始する。その五分後、捜査第一課第四強行犯捜査――殺人犯捜査第七係の刑事と科学捜査係、鑑識課員が現場に到着した。
現場となったマンションの路地裏には、既に『警視庁/立入禁止/KEEP OUT』と規制線が張られ、数十人以上の野次馬たちが集まり、遠巻きに様子を窺っている。少し離れた通りには、赤色灯を点滅したまま停車する数台の警察車両。その列の最後尾に、突如真っ赤なアルファロメオスパイダーが停車した。
比嘉可南子しは助手席のドアをゆっくりと開け、無表情のまま車から降りると、軽く髪を掻き上げた。肩まで掛かるゆるふわ外国人風のナチュラルカール、カラーはラベンダーベージュだ。辺りに、ライラックとシシリアンレモンのシトラスフローラルな香りが漂う。LANVINエクラドゥアルページュ・オードパルファムスプレーだ。
「じゃあ」
振り返ると、可南子は肩越しに、ハンドルを握る若い男性に声を掛けた。
今風のイケメンは、軽く手を挙げ笑顔を返すと、ギアをリバースに入れてアルファロメオを発進させた。
遠ざかるエンジン音を背中で聞きながら、可南子は現場へ向かってゆっくりと歩き出した。足許はクロックスのサンダル。カラーはピンク。
規制線の前には、見張りの制服警察官が一人立っていた。如何にも新人です、といった感を、全身から漂わせている。その若い警官は、レイバンのサングラスに、上下ピンクのライン入りのプーマジャージをだらしなく着た可南子を見るなり、露骨に顔を顰めると、小首を傾げた。
「ちょっとそこの 女性、 マンションの住人ですか?」
何喰わぬ顔で規制線を潜ろうとする可南子を、警官はすかさず両手を広げ制止した。
「はあぁ」
可南子は、指先でレイバンのフレームを下ると、眉間に縦皺を刻んだ険しい表情で、その警官を上目遣いに睨み付けた。
何だ、この女は? といったような疑いの目で、警官も可南子を睨み返す。
「あんた、聞こえなかったのか? 止まりなさい」
なおも無視を決め込む可南子に、警官はムッとなり語気を荒げた。
「止っ……」
警官が、もう一度声を掛けようとしたちょうどその時だった。
「あら、今晩は……」
と、警官の背後から別の女性の声がした。
鼻から抜けるようなハスキーボイスだ。
ゆっくりと警官は振り返る。
可南子の双眸は、警官の背後に立つ女性を捉えている。ツーポイント眼鏡を掛け、鑑識課のジャンパーを着た、如何にも勉強が出来そうな秀才タイプの女だ。蠱惑的な真っ赤なルージュを引いた肉厚の唇が動く。
「この 事件は、確か、七係の担当だった筈よね?」
女は口許に含み笑いを浮かべると、縁なしツーポイント眼鏡を指先で上げ訊ねた。
「たまたま近くに居たもんで……」
可南子は平然と嘯く。
「たまたま……?」
女は右手の人差し指を顎に当て、小首を傾げた。
「先生、臨場?」
可南子が訊ねる。
「ええ、そうよ。たった今、検視を済ませたところ」
鑑識課検視第二係長前田沙織警部は、転落現場となった自転車置き場と垣根の間の通路に顎を向ける。
可南子もそれに倣うように、脳漿と鮮血を辺りに撒き散らし俯せのまま倒れている男性に視線を向けた。レイバンを外すと、まるで猛禽類が獲物を獲るため照準を合わすように目を細め、転落死体を凝視する。
「自殺?」
可南子は素っ気なく訊ねた。
「状況から考えて、多分そうね……」
沙織は指先で下顎を擦った。
「ふーん、そうなんだ」
可南子は半分納得いかないように頷いた。
「あのー、ちょっと宜しいでしょうか?」
先ほどから存在自体を完全に無視されていた立ち番の警官が、ここぞとばかりに口を挟んで来た。
「何っ?」
二人同時に警官を睨む。
「……その、こちらの女性の方は、一体どういうお方でしょうか?」
二人の気迫に気圧された警官は、一歩後ろに下がると、不安気な眼差しを比嘉に注ぎつつ、恐る恐る遠慮がちに訊ねた。
「警視庁捜査一課四係捜査班主任、比嘉可南子警部補殿よ」
肉厚な唇の端に、悪戯な笑みを浮かべながら沙織が教えた。
可南子の階級を知った途端、警官の顔色が変わった。畏敬の念で可南子を見ると、先ほどまでの無礼な態度を一変させ、条件反射的に敬礼する。まるでパブロフの犬だ。
警察という組織は、完全なる階級社会だった。この男性警官の階級は、左胸のバッヂから察するに巡査だ。それも今年警察学校を卒業したばかりの新人警察官だ。警部補の可南子の方が二階級も上ということになる。警部補という階級は、所轄でいうところの係長級ポストに相当する。誰が何といおうと、この男性警官よりも可南子の方が偉いという訳だ。
それを踏まえた上で可南子は、シャルル・ペローの童話『長靴をはいた猫』に登場するあの悪戯な猫のように、口許に意地悪なせせら笑いを浮かべた。
高校卒業後、可南子は国立Y大教育人間科学部へ進学。安定した職業に就くため、大学卒業後は公務員の道を選び、警視庁の採用試験を受け合格。警察学校卒業後、配属された卒配先は八王子中央署地域課犬目交番だった。
一方、所謂世間でいうところのリケジョである沙織は、T女子医大へ進学。卒業後、地方都市の公立病院で三年間の研修医を経て、どういう訳か心境に変化が生じ、警視庁の採用試験を受けた。昨年、警部昇進と同時に検視第二係長となった。
「おう、比嘉か」
目敏く彼女を見付けた第五強行犯捜査担当管理官藤林海東剛志警視が、二人の傍に近寄って来た。最近になってメタボ体型が気になり始めたらしく、腹を擦りながら。頭にも、白いものが混じっている。
海東は、いやらしい目付きで、爪先から頭の天辺まで舐め回すように可南子を見るなり、卑猥な笑みを零した。五十過ぎのエロおやじにありがちなセクハラモード全開だ。
「確かお前さん、今日は非番だったよな。噂の彼氏と一緒だったのか? 十歳も年下の彼氏と」
と露骨に皮肉るそのエロおやじの目は、可南子の胸元に釘付けだった。
「悪いですか」
可南子は口許をヒクヒク痙攣させ、卑屈な作り笑いを浮かべた。
相手が警視という階級でなかったら、拳骨で殴ってやりたい気分だった。
「あの噂、本当だったのね。可南子、あなたが十歳も年下の大学生と付き合っているって話……」
沙織が呆れ顔で可南子を見る。
「……こう見えても、私だって一応普通の女の子よ。しかも独身だし、どこの誰とお付き合いしようが私の勝手でしょ。大きなお世話よ、放っといて頂戴っ!」
まるでアヒルのように唇を尖がらせ、可南子は憮然とした表情で、転落死体が横たわる場所へ歩き出した。沙織と藤林が可南子の後を追う。
鑑識による現場検証、検視も済み、残すは捜査一課の刑事たちによる関係者への事情聴取のみのようだ。
可南子の姿を目にした捜査員の一人が、目撃者と思われる五十代後半の男性に一礼すると、こっちに向かって近寄って来た。七係第二班主任室井美智雄警部補だ。
「これはこれは、比嘉警部補殿。非番だというのにお仕事熱心なこと」
目聡い室井は、可南子を見やるなり、早速嫌味を口にした。
可南子は室井を睨み返す。
「室井さん。で、どうなの? 前田先生の所見通り自殺なの?」
「自殺だ。目撃者の証言も得た」
室井は、先ほど事情聴取していた男性ではなく、ここから更に三十メートルほど奥へ行ったエントランス付近で、女性警官に寄り添われながら立っている一人の女性を指差した。
可南子も室井の指先を追うように視線を移した。
紺と黒のストライプ柄のパンツスーツ。モデルのような九頭身。年の頃は三十前後。目鼻立ちが整った瓜実顔だ。彼女の全身からは、如何にも仕事が出来そうなお堅いイメージが漂っている。まるで大理石で出来た彫刻のような近寄り難い気高さに満ち溢れていた。
「彼女は?」
「岡崎香織さん、二十九歳。丸の内の南谷法律事務所に所属する弁護士さん……110通報者だ」
「弁護士?」
比嘉は顎に手を当て、訝し気に小首を傾げる。
「このマンション九〇六号室の住人で、ベランダから落ちて死亡したこちらの男性、石田悠馬さんの弁護を担当していた」
室井は顎を転落死体に向けた。
それに倣い可南子も一度死体に目を向け一瞥したあと、再びその女性弁護士に視線を戻した。
「はあ……弁護を担当って、一体どういうこと。この男、犯罪者なの?」
「一週間ほど前だったかな……新宿中央署管内で、酒に酔った大学生数人に絡まれたボクサーが、我慢出来ず手を出し、大学生の一人に暴行を加えるという事件があってなぁ。そこで、反撃に出た石田悠馬が、誤ってそのボクサーを階段から突き落とし、死なせたって訳だ。当然、加害者側は正当防衛を主張したが、帳場が立った所轄署で連日連夜厳しい取り調べが行われ、被疑者自殺という最悪の結果になってしまった……」
可南子の背後に立つ藤林が説明した。
「それって責任問題に発展しますよね?」
可南子はゆっくりと振り向き、肩越しに訊ねた。
「ああ、間違いなく責任者の首が飛ぶ」
頷いたあと、藤林は真顔で答えた。
「で、担当管理官は?」
問われ、藤林はかぶりを振りつつ、
「俺じゃない。第三強行犯捜査担当の池上警視だ。可哀想におやじさん、定年まであと三年足らずだったというのに……」
と低い声で答えた。
「お気の毒、警視庁を追われ、運転免許試験会場か、島の方の警察署に異動ですか……」
可南子は夜空を仰ぎ、二、三度首を横に振ると、溜め息を吐いた。
午後六時十八分。
《九階ベランダから男性が転落した》
と、警視庁本部庁舎の通信指令室に一一〇番通報が入った。
指令室からの指示を受け、三田中央署刑事組織犯罪対策課強行犯係の捜査員が、東京都港区芝三丁目の現場へ急行した。午後六時三十分過ぎ、所轄署の捜査員に続き、警視庁刑事部第一機動捜査隊が現場に到着、直ちに初動捜査を開始する。その五分後、捜査第一課第四強行犯捜査――殺人犯捜査第七係の刑事と科学捜査係、鑑識課員が現場に到着した。
現場となったマンションの路地裏には、既に『警視庁/立入禁止/KEEP OUT』と規制線が張られ、数十人以上の野次馬たちが集まり、遠巻きに様子を窺っている。少し離れた通りには、赤色灯を点滅したまま停車する数台の警察車両。その列の最後尾に、突如真っ赤なアルファロメオスパイダーが停車した。
比嘉可南子しは助手席のドアをゆっくりと開け、無表情のまま車から降りると、軽く髪を掻き上げた。肩まで掛かるゆるふわ外国人風のナチュラルカール、カラーはラベンダーベージュだ。辺りに、ライラックとシシリアンレモンのシトラスフローラルな香りが漂う。LANVINエクラドゥアルページュ・オードパルファムスプレーだ。
「じゃあ」
振り返ると、可南子は肩越しに、ハンドルを握る若い男性に声を掛けた。
今風のイケメンは、軽く手を挙げ笑顔を返すと、ギアをリバースに入れてアルファロメオを発進させた。
遠ざかるエンジン音を背中で聞きながら、可南子は現場へ向かってゆっくりと歩き出した。足許はクロックスのサンダル。カラーはピンク。
規制線の前には、見張りの制服警察官が一人立っていた。如何にも新人です、といった感を、全身から漂わせている。その若い警官は、レイバンのサングラスに、上下ピンクのライン入りのプーマジャージをだらしなく着た可南子を見るなり、露骨に顔を顰めると、小首を傾げた。
「ちょっとそこの 女性、 マンションの住人ですか?」
何喰わぬ顔で規制線を潜ろうとする可南子を、警官はすかさず両手を広げ制止した。
「はあぁ」
可南子は、指先でレイバンのフレームを下ると、眉間に縦皺を刻んだ険しい表情で、その警官を上目遣いに睨み付けた。
何だ、この女は? といったような疑いの目で、警官も可南子を睨み返す。
「あんた、聞こえなかったのか? 止まりなさい」
なおも無視を決め込む可南子に、警官はムッとなり語気を荒げた。
「止っ……」
警官が、もう一度声を掛けようとしたちょうどその時だった。
「あら、今晩は……」
と、警官の背後から別の女性の声がした。
鼻から抜けるようなハスキーボイスだ。
ゆっくりと警官は振り返る。
可南子の双眸は、警官の背後に立つ女性を捉えている。ツーポイント眼鏡を掛け、鑑識課のジャンパーを着た、如何にも勉強が出来そうな秀才タイプの女だ。蠱惑的な真っ赤なルージュを引いた肉厚の唇が動く。
「この 事件は、確か、七係の担当だった筈よね?」
女は口許に含み笑いを浮かべると、縁なしツーポイント眼鏡を指先で上げ訊ねた。
「たまたま近くに居たもんで……」
可南子は平然と嘯く。
「たまたま……?」
女は右手の人差し指を顎に当て、小首を傾げた。
「先生、臨場?」
可南子が訊ねる。
「ええ、そうよ。たった今、検視を済ませたところ」
鑑識課検視第二係長前田沙織警部は、転落現場となった自転車置き場と垣根の間の通路に顎を向ける。
可南子もそれに倣うように、脳漿と鮮血を辺りに撒き散らし俯せのまま倒れている男性に視線を向けた。レイバンを外すと、まるで猛禽類が獲物を獲るため照準を合わすように目を細め、転落死体を凝視する。
「自殺?」
可南子は素っ気なく訊ねた。
「状況から考えて、多分そうね……」
沙織は指先で下顎を擦った。
「ふーん、そうなんだ」
可南子は半分納得いかないように頷いた。
「あのー、ちょっと宜しいでしょうか?」
先ほどから存在自体を完全に無視されていた立ち番の警官が、ここぞとばかりに口を挟んで来た。
「何っ?」
二人同時に警官を睨む。
「……その、こちらの女性の方は、一体どういうお方でしょうか?」
二人の気迫に気圧された警官は、一歩後ろに下がると、不安気な眼差しを比嘉に注ぎつつ、恐る恐る遠慮がちに訊ねた。
「警視庁捜査一課四係捜査班主任、比嘉可南子警部補殿よ」
肉厚な唇の端に、悪戯な笑みを浮かべながら沙織が教えた。
可南子の階級を知った途端、警官の顔色が変わった。畏敬の念で可南子を見ると、先ほどまでの無礼な態度を一変させ、条件反射的に敬礼する。まるでパブロフの犬だ。
警察という組織は、完全なる階級社会だった。この男性警官の階級は、左胸のバッヂから察するに巡査だ。それも今年警察学校を卒業したばかりの新人警察官だ。警部補の可南子の方が二階級も上ということになる。警部補という階級は、所轄でいうところの係長級ポストに相当する。誰が何といおうと、この男性警官よりも可南子の方が偉いという訳だ。
それを踏まえた上で可南子は、シャルル・ペローの童話『長靴をはいた猫』に登場するあの悪戯な猫のように、口許に意地悪なせせら笑いを浮かべた。
高校卒業後、可南子は国立Y大教育人間科学部へ進学。安定した職業に就くため、大学卒業後は公務員の道を選び、警視庁の採用試験を受け合格。警察学校卒業後、配属された卒配先は八王子中央署地域課犬目交番だった。
一方、所謂世間でいうところのリケジョである沙織は、T女子医大へ進学。卒業後、地方都市の公立病院で三年間の研修医を経て、どういう訳か心境に変化が生じ、警視庁の採用試験を受けた。昨年、警部昇進と同時に検視第二係長となった。
「おう、比嘉か」
目敏く彼女を見付けた第五強行犯捜査担当管理官藤林海東剛志警視が、二人の傍に近寄って来た。最近になってメタボ体型が気になり始めたらしく、腹を擦りながら。頭にも、白いものが混じっている。
海東は、いやらしい目付きで、爪先から頭の天辺まで舐め回すように可南子を見るなり、卑猥な笑みを零した。五十過ぎのエロおやじにありがちなセクハラモード全開だ。
「確かお前さん、今日は非番だったよな。噂の彼氏と一緒だったのか? 十歳も年下の彼氏と」
と露骨に皮肉るそのエロおやじの目は、可南子の胸元に釘付けだった。
「悪いですか」
可南子は口許をヒクヒク痙攣させ、卑屈な作り笑いを浮かべた。
相手が警視という階級でなかったら、拳骨で殴ってやりたい気分だった。
「あの噂、本当だったのね。可南子、あなたが十歳も年下の大学生と付き合っているって話……」
沙織が呆れ顔で可南子を見る。
「……こう見えても、私だって一応普通の女の子よ。しかも独身だし、どこの誰とお付き合いしようが私の勝手でしょ。大きなお世話よ、放っといて頂戴っ!」
まるでアヒルのように唇を尖がらせ、可南子は憮然とした表情で、転落死体が横たわる場所へ歩き出した。沙織と藤林が可南子の後を追う。
鑑識による現場検証、検視も済み、残すは捜査一課の刑事たちによる関係者への事情聴取のみのようだ。
可南子の姿を目にした捜査員の一人が、目撃者と思われる五十代後半の男性に一礼すると、こっちに向かって近寄って来た。七係第二班主任室井美智雄警部補だ。
「これはこれは、比嘉警部補殿。非番だというのにお仕事熱心なこと」
目聡い室井は、可南子を見やるなり、早速嫌味を口にした。
可南子は室井を睨み返す。
「室井さん。で、どうなの? 前田先生の所見通り自殺なの?」
「自殺だ。目撃者の証言も得た」
室井は、先ほど事情聴取していた男性ではなく、ここから更に三十メートルほど奥へ行ったエントランス付近で、女性警官に寄り添われながら立っている一人の女性を指差した。
可南子も室井の指先を追うように視線を移した。
紺と黒のストライプ柄のパンツスーツ。モデルのような九頭身。年の頃は三十前後。目鼻立ちが整った瓜実顔だ。彼女の全身からは、如何にも仕事が出来そうなお堅いイメージが漂っている。まるで大理石で出来た彫刻のような近寄り難い気高さに満ち溢れていた。
「彼女は?」
「岡崎香織さん、二十九歳。丸の内の南谷法律事務所に所属する弁護士さん……110通報者だ」
「弁護士?」
比嘉は顎に手を当て、訝し気に小首を傾げる。
「このマンション九〇六号室の住人で、ベランダから落ちて死亡したこちらの男性、石田悠馬さんの弁護を担当していた」
室井は顎を転落死体に向けた。
それに倣い可南子も一度死体に目を向け一瞥したあと、再びその女性弁護士に視線を戻した。
「はあ……弁護を担当って、一体どういうこと。この男、犯罪者なの?」
「一週間ほど前だったかな……新宿中央署管内で、酒に酔った大学生数人に絡まれたボクサーが、我慢出来ず手を出し、大学生の一人に暴行を加えるという事件があってなぁ。そこで、反撃に出た石田悠馬が、誤ってそのボクサーを階段から突き落とし、死なせたって訳だ。当然、加害者側は正当防衛を主張したが、帳場が立った所轄署で連日連夜厳しい取り調べが行われ、被疑者自殺という最悪の結果になってしまった……」
可南子の背後に立つ藤林が説明した。
「それって責任問題に発展しますよね?」
可南子はゆっくりと振り向き、肩越しに訊ねた。
「ああ、間違いなく責任者の首が飛ぶ」
頷いたあと、藤林は真顔で答えた。
「で、担当管理官は?」
問われ、藤林はかぶりを振りつつ、
「俺じゃない。第三強行犯捜査担当の池上警視だ。可哀想におやじさん、定年まであと三年足らずだったというのに……」
と低い声で答えた。
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