殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

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CHAPTER1

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 鉄筋コンクリート造り、地上三階、地下二階建ての重厚な建物。
 現場となったその豪邸は、渋谷区松濤二丁目の閑静な高級住宅街の一角にあった。
 雨降り、しかも深夜だというのに、路上には付近の住人たち数十人の姿があった。色とりどりのビニール傘で、ごった返している。どこから情報を仕入れたのかわからないが、既にマスコミ関係者も現場に到着しているようだ。三脚を立て、取材合戦が始まっている。

「そこへ着けて」

 可南子は、赤色灯を点滅したまま列を成して停車する警察車両の最後尾を指差した。

「はい」

 千尋は頷いた。指示通り、覆面パトカーを警察車両の最後尾に着け停車した。

「邪魔だわ……、あのマスコミの連中」

 可南子は愚痴を零しつつ、ドアを開ける。
 一斉にTVカメラのレンズが向けられて、照明を当てられた。眩しくて堪らない。照明を避けるように顔を伏せ、目を細めた。
 車から降りる可南子の姿を、視界に捉えた四係第一班に所属する徳丸佳主馬巡査部長が、駆け寄って来て傘を広げた。

「主任、ご苦労様です」

「ありがとう……で、他の連中は?」

 キョロキョロと辺りを見回す。だが、視界に入るのは、POLICEのロゴの入ったレインコートを着た制服警官ばかりだ。
 他の連中。つまり、可南子の部下である警視庁捜査一課四係捜査員たち私服警察官のことだ。

「森さんに、長瀬のおやじさん、池本さんたちは中です。緒川さん、東海林さん、大倉たちは近所へ聞き込みに行っています。沖係長と松原管理官はまだこちらには到着しておられません」

 徳丸が早口で説明する。

「所轄は確か……渋谷中央署だったわね?」

『警視庁/立入禁止/KEEP OUT』と記させた規制線を潜りながら訊ねる。

「はい」

「機捜と所轄の連中は?」

「野次馬の整理と、不審人物の職質に当たっています」

 必要事項を一通り質問したあと、スマホを取出し、現在時刻を確認する。

 ――00:12か……不審人物にヒットしなかったってことは、機捜による初動捜査は失敗したってことか。

 可南子は憮然と顔を顰め、下唇を突き出した。
 第一発見者の110番通報から既に一時間半以上経過しており、殺害実行犯に現場から逃走された訳だ。
 見張りの制服警官が、眉間に皺を寄せ、可南子を白い目で見る。
 傘も役に立たないほど激しく振る雨の所為で、白いTシャツの下の紫色のブラジャーが透けている。おまけにローライズのジーンズだ。
 だが、当の可南子は、そんなことは全くお構いなしで、足早にL字型のポーチを通り抜け、敷地内へ足を運んだ。その後ろを、千尋と徳丸が追う。
 敷地内の車庫には、二台の高級外国車が停まっていた。真紅のフェラーリ458イタリアと純白のランボルギーニアヴェンタドール・ロードスターだ。可南子は、鋼鉄製の格子越しにその二台の高級外車をちらりと見ながら、更に奥へと足を運んだ。
 正面の正門には、警備会社のロゴマーク入りのステッカーが貼られている。CMでお馴染みのあの会社だ。可南子は穿たれた防犯カメラのレンズを見る。

「……警備会社へ通報は?」

 可南子は訝し気に質問する。

「それが、不思議なことに、なかったみたいで……」

 徳丸は、顔と手首を同時に振った。
 不審者の侵入を知らせるセキュリティーシステムが作動しなかったということか。

「切られていたのか?」

「いいえ、通報を受け、所轄の渋谷中央署地域課の者が駆け付けた時、システムは正常に作動していました。先ほど警備会社の担当者に確認したところ、昨夜の午後八時五分に、一旦システムが解除され、十時十二分に再びセットされています」

「……どういうこと」

 可南子は眉間に皺を寄せ、小首を傾げた。

 ――誰かが訪ねて来て、被害者自身の手で解除したあと、もう一度システムをセットし直した……、つまり、顔見知りによる犯行ってこと……?

 自分なりに脳裏で犯人像を描きながら可南子は振り向くと、

「佳主馬。防犯カメラの映像、あとで警備会社から借りておいて」

 と徳丸に指示した。

「はい、わかりました」

 徳丸が頷いた。
 それを確認すると可南子は、再び正門の奥へ視線を戻した。
 門から玄関までは、血が点々と落ち、雨水で滲んでいた。

「吐くんじゃねえぞ。お嬢ちゃん」

 ちょうどその時玄関から出て来た鑑識係の中年男性が、千尋を揶揄うように下品な笑い声を上げた。
 その目が実に卑猥だった。鑑識課現場鑑識第一係主任向島久巡査部長。鑑識畑一筋の叩き上げだ。

「吐きませんよ、バーカッ」

 全く怯む様子もなく、千尋が向島を挑発するように茶化して舌を出した。

「偉そうにタメ口吐きやがって、後悔しても知らねえぞぉッ!」

 舌打ちしたあと、向島は細い眉を寄せ、険しい目付きで千尋を睨んだ。

「ねえ、久さん、そんなに酷いの?」

 可南子が険しい表情で、訊ねた。

「ああ惨いぜ……俺も鑑識一筋二十年近く遣って来たけど、この現場は凄まじい……」

 向島は鼻の上に皺を刻みつつ、首を横に振った。

 玄関で靴を脱ぎ、靴下の上からビニール袋を履き、床に上がった。白い手袋を填め、マスクを付け、頭からネットを被る。

「行こうか」

 可南子が千尋と徳丸に声を掛けたその時だった。
 殺害現場となった奥、中庭に面した十四・三帖のリビング・ダイニングから、若い男性が口許を抑え出て来たかと思ったら、可南子たちの横を擦り抜け靴も履かず屋外へ飛び出した。
 可南子は、その若い男性の背中を目で追いつつ、口許に薄笑いを浮かべた。

「あの分だと、吐くな……」

 可南子が失笑した直後、玄関先から嘔吐する声が聞こえて来た。
 本庁の捜査員たちは、お互いの顔を見合わせ苦笑する。

「済みません。本庁のお偉いさん方に、お見苦しいところをお見せして……」

 嗄れ声に反応するように、可南子が前方に視線を戻すと、定年間際の老刑事が一人突っ立っていた。
 まさに草臥れた感を漂わせる中年おやじだ。

 ――このおやじ、まんまコロンボじゃないか。

 可南子は思わず口許を緩めてしまった。
 眼前に立つその老刑事は、恰も刑事ドラマの中から飛び出して来たような灰色のヨレヨレのコートを羽織っていた。髪型は、ネットを被っていてもわかるほどの、鳥の巣のようなげんなりするボサボサ頭だ。人差し指に絆創膏を捲いた左手で、申し訳なさそうに頭を掻いている。
「渋谷中央署刑事課強行犯係の細川です。あの若いのは、今年うちに配属されたキャリアの高山亮一です。皆さま方の迷惑になっちゃ行けねえので、直ぐに出て行かせます」
 細川権蔵巡査長は、愛嬌のある笑みを零した。
 因みに巡査長というのは正式な階級ではなく、警察組織内では巡査と同等である。

「捜査一課四係の比嘉です。あの、その手は?」

 可南子は絆創膏が気になり、細川の指先に視線を落とす。

「さっき、ここで飼われていた犬に咬まれましてね。いいえ、大した傷じゃありません。直ぐ治ります」

 細川は、はにかんだ笑みを可南子に返した。

「ふーん、なるほど」

 可南子は取り敢えず納得したように頷いた。

「四係といえば、緒川のいる係ですな。彼は元気ですか?」

「はあ、元気でやってますが……?」

 可南子は少し合点がいかないように、細川の顔を見た。

「彼とは以前いた所轄で一緒だったもんで」

 細川はぼそりと呟くようにいった。

「そうでしたか」

「はい」

 細川は意味あり気に頷いた。
 その直後、先ほどの若い警察官僚が、蒼褪めた顔のまま戻って来た。イタリア製のピンストライプ柄の高級スーツは、激しい雨の所為でずぶ濡れだ。
 可南子は改めてその警察官僚をまじまじと見た。
 両サイドは綺麗に刈り上げている。どことなく頭の良さを感じさせる広い額と鼻筋の通った精悍な顔立ち。何となく憂いを秘めたような磁力を放つ黒い瞳。身形から察するに、育ちの良さが感じ取れる。
 可南子は警察官僚に微笑み掛ける。

「大丈夫、すっきりした?」

「はい」

 高山は上目遣いで可南子を見たあと、

「こちらの女性は?」

 と細川に訊ねる。

「本庁の比嘉さんだ。ええと階級は……何でした?」

 訊ねられた可南子は、一瞬口籠り、自分の身形を確かめて見る。

「……一応これでも私、警部補でして、その……殺人捜査四係の班長を拝命しております」
 唖然とした様子であんぐりと口を開ける所轄署の刑事二人を前にして、可南子は申し訳なさそうに答えた。

 ――私ったら、キャリア様の前でなんて恰好してんだろう。ああぁ、こんなことだったらちゃんとしたレディーススーツ着て来るんだった……。

 意気消沈する可南子に、更なる追い打ちを掛ける事実が知らされた。

「実はここだけの話ですけど、こちらの高山君の親父さん、元法務大臣で自〇党の幹事長のあの高山寅之助先生なんですよ」

 細川はまるで自分のことのように、嬉しそうに声を弾ませ喋り捲った。

「えっ、嘘っ!? 自○党幹事長高山先生の息子さんだなんて……」

 可南子は唖然となった。狼狽え、キョロキョロと辺りを見回す。千尋と徳丸が無言のまま頷いている。可南子はバツ悪そうに何度も自分の広い額を平手打ちしてみせた。

「それをいわないでって、いつもいってるでしょ。権さん」

 高山が顔を赤く染め、むきになった。

「悪かった、悪かった」

 細川が仏壇でも拝むように両手を合わせ、高山に詫びた。
 その時、絶妙のタイミングで検視官の前田沙織が現れ、水を差すかのように話に割って入った。

「皆さん、お取込み中大変恐縮ですが、茶番劇はここまでとして、ちょっと中の方へ来て頂けませんか?」

 白け面の沙織は、被害者の流した血で汚れた手袋のまま、平然と居間を指差し、ニコリと笑った。
「おい二人とも、本庁の方々のお邪魔になるから、こっちに来い」

 玄関先で、金縁眼鏡を掛けた初老の男性が、細川と高山を呼んだ。

「あの方は?」

 可南子が訊ねると、細川は意味あり気な笑みを零し、

「うちの係長です」

 と答えた。

 可南子は軽く会釈した。

「渋谷中央署刑事課強行犯係の今泉です」

 と中年男性も会釈で返した。

「聞き込みに行くぞ」

 今泉和雄警部補は、急かすようにして、再び細川と高山を呼んだ。

「それじゃ、私らは、聞き込みにでも行って来ます」

 一礼すると、細川は高山の肩を行くぞといわんばかりに叩き、可南子に背を向け歩き出した。
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