殺人遊戯 マーダーゲーム 殺人犯捜査第四係比嘉可南子

繁村錦

文字の大きさ
19 / 35
CHAPTER4

しおりを挟む
 更に雨脚が酷くなり、慌てて地下街へ降りる。

 ――何で、覆面使わないんだろ。このおじさん?

 可南子は、濡れた髪をハンカチで拭きながら小首を傾げ、細川を見る。

「次、行きましょうか係長?」

 細川は満面の笑みを浮かべ、先を促した。

「次って……?」

「Y会系の弘○組の事務所です」

 細川は平然と答えた。
 二の足を踏むかのように、可南子はその場に立ち止まった。
 階段へと急ぐ五十代半ばの男性と擦れ違い様、右肩がぶつかった。

「済みません」

 可南子は会釈し、謝った。そして先を行く細川に背後から声を掛けた。

「特定危険指定暴力団の事務所……、ねえ、それって他所の縄張りを荒らすことにならない?」

 可南子が怪訝しているのは、暴力団担当は刑事部ではなく組織犯罪対策部ではないのかという点である。
 可南子の三歩前を行く細川は、一旦立ち止まり振り向き、

「富ヶ谷一丁目、あの辺りを仕切っているのは弘○組です。奴らに当たれば何か情報をくれる筈です」

 と教えた。

「そういうことか、なるほど蛇の道は蛇ってことね」

「まあ、そういうことですわ」

 細川は意味あり気に頷き、改札口に向かって再び歩き始めた。
 可南子もその老刑事の後ろを追った。
 二人は何回か地鉄を乗り換え、東京メトロ六千代田線代々木公園駅で降りると地上へ出た。裏通りを南へ向かって歩く。渋谷区神山町ラトビア大使館に近い雑居ビルの二階部分が、弘○組の事務所だ。
 マッドブラックの重厚なドア。表札には弘○組ではなく、松茂興業株式会社の文字が記されていた。
 生憎弘○組三代目は不在だったが、ナンバー2である若頭が二人を出迎えてくれた。ムスクの香りが可南子の鼻腔を擽る。室内には男性用の香水の匂いが充満していた。

「細川の旦那、何か情報が入りましたら、必ず連絡入れます」

 若頭は、やくざ顔負けの傲慢な態度でソファの上に踏ん反り返る細川に告げると、

「おいっ、お前ら、わかったかぁ!?」

 と事務所に残っている構成員たちへ指示を出した。

「へいっ!」

 構成員は皆一様に頭を下げる。

「じゃあ帰りましょうか?」

 可南子が腰を上げようとしたその時だった。

「お嬢さん、今、お飲み物をご用意いたしますので」

 と若頭が引き止めた。

「えっ、飲み物……」

 眉間に皺を寄せ、訝しげに首を捻る。

 ――やくざの事務所で出された飲み物なんて、普通飲めるわけないでしょ。何が入っているかわからないし、変な薬で入っていたらそれこそ洒落になんないわ。手籠めにされちゃったりして……。
 暫らくすると、氷が浮かんだグラス三つが運ばれて来た。中の液体は褐色だ。

「ウーロン茶です。どうぞ」

 十代後半の美少年が、まるでホストのような仕草で片膝をつき、テーブルの上にグラスを置いた。
 可南子は顔を顰めたまま、躊躇っているようで、なかなかグラスを取ろうとはしない。

「お嬢さん、何も入っていませんよ。そんな怖い顔しなくも……」

 若頭が苦笑した。

「おっ、悪いな」

 細川は、何の疑いもなくグラスを手に取ると、一気にウーロン茶を飲み干した。
 それを無言のまま見詰めていた可南子は、グラスに唇を付け、一口だけ飲んだ。

「……ご馳走様」

 可南子は、まだ殆ど中身のウーロン茶が残っているグラスをテーブルの上に置き、立ち上がった。

「巡査長、行きましょうか……?」

 早くここから逃げ出したい気分だ、と訴えるような眼差しを細川に注ぐ。

「自分は、こいつらとまだ話があるので……」

「でも、単独行動は……?」

「それじゃ、今日はこれで解散ってことで……」

 細川にいわれ、可南子は少し困ったように顔を顰めた。

「わかったわ、どうしてもっていうんだったら、私も腹を括ってとことん付き合うわ」

 可南子は遂に、覚悟を決めもう一度ソファに腰を下ろすと、グラスを手に取り、残りのウーロン茶を一気に喉の奥へ流し込んだ。
 午後十時過ぎ、若頭以下構成員数人に見送られ組事務所を出た時、細川は顔面を真っ赤に染め、千鳥足だった。

 ――覆面を使わなかった理由がわかった……。

 流石に比嘉は素面だった。捜査一課の係長が、やくざの事務所でアルコールを、しかも高級ブランディーをご馳走になる訳にはいかない。細川が飲んだくれている間、ずっとウーロン茶で我慢した。クーラーが効いていたため、トイレとソファを何回も往復する羽目になった。

 ――このオヤジ、いつもこんなこと、しているのかなぁ? 明らかに服務規程違反だ。監察にバレでもしたら懲罰ものね……。

 泥酔し足許が覚束ない細川を支えつつ、可南子は顰め面で小首を傾げると、半ば馬鹿にするかのように、この老刑事の皺だらけの顔を凝と見た。
 暫く東へ歩いて、井ノ頭通りへと出る。
 可南子はここでタクシーを拾った。
 泥酔状態の細川を、このまま捜査本部が設置された渋谷へ連れて帰る訳にはいかない。それこそ大問題だ。保科管理官や、あの嫌味な草彅管理官に何をいわれるかわからい。況してや、準キャリアとして警察庁に採用された身でありながら、警視庁へ出向した可南子を、捜査一課に引き抜いてくれた和田課長の顔に泥を塗ることにもなる。
 このまま放置するわけにも行かず、また女子寮に連れて行くわけにも行かず、結局この夜は渋谷中央署近くの簡易カプセルホテルにこの酔っ払いを預けることにした。
 渋谷駅近くのカプセルホテルで細川を降ろしたあと、可南子は渋谷中央署に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...