捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

文字の大きさ
9 / 57
CHAPTER2

しおりを挟む
 本日、午後一時過ぎから 相棒バディの立花君と共に、六本木の『ナカムラプロダクション』を皮切りにして、数件の組事務所を回ったが、全て空振りだった。
 保原香澄と嘗て交際していた素行の悪い連中は皆、アリバイを主張した。一つ一つ裏取りを行い、赤坂のS会系の組事務所を出た時には、日付が変わる数分前だった。ダッシュボードのデジタル時計の表示は23:53だ。

「今日はこの辺で勘弁してください」

 運転席に座る立花君が弱音を吐いた。

「後もう一軒。この先の銀座八丁目の『マリアンヌ』へ行く。今日はこれで最後よ」

 私は平然と吐き捨てた。
 私たちは先ほどまで、港区赤坂○‐○‐○に本部がある指定暴力団S会系の二次団体に出向いた。そこで、数年前まで保原香澄の男だった木之下正男が、一昨日十二日の夜は、兄貴分の柳原清治と一緒に銀座の高級クラブ『マリアンヌ』で飲んでいたと証言したため、裏を取りに行くのだ。
 数分で銀座八丁目に着いた。

「左に寄せハザードを出して停車して、私一人で確かめてくる。あんたはそこで仮眠でも取ってなさい」

 立花君は小さく頷く。
 私が覆面から降りようとして、ドアノブに手を掛けたその時だった。車の後方から数人の男が近寄ってきた。
 何れも黒服だ。この界隈の高級クラブで働くボーイではない。私は咄嗟に身構えた。運転席では立花君がシートを倒し、もう既に寝息を立てていた。

「起きて」

 といって、私は立花君の身体を揺さぶった。だが反応がない。
 男たちは三人だ。こっちは二人だ。しかも一人は爆睡中だ。身体を揺さぶっても起きない。
 さあどうする? 私は自問自答する。
 男の一人、一番背の高い奴が、助手席側のドアをノックした。私はパワーウインドウを下げた。三人の男たちからは同業者の匂いがした。
 長身の男が、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「警護課四係だ」

 と不遜な態度で告げ、警察手帳を提示する。
 所謂SPだ。ナンバーから覆面パトカーであるということも理解しているようだ。しかし相手は巡査部長だ。階級の上では私の方が偉い。

「本庁捜一殺人班四係の比嘉です」

 私も警察手帳を見せた。
 男たちは私の階級を知ると驚きの表情を見せた。この瞬間が堪らなく心地良い。努力して勉強した甲斐があったと心から喜べる。

「公務ですか?」

 長身の男が訊ねる。
 私は首肯した。

「例の有明の猟奇殺人の被疑者を追っている。運転席で寝ている坊やは、今年東京湾岸中央署に配属されたキャリアよ。確かこの子の父親は、岩手県警本部長の立花君警視長だった筈」

 そこまでいうと、男たち三人は完全に引いてしまった。お互いの顔を見合わせ頷いている。

「それで、そっちは?」

 私が訊ねると、長身の男が、

「政府要人が、この先のクラブにきています。我々はその警護で」

 と答えた。

 私は頷くと、

「私もこの先の『マリアンヌ』っていうクラブに用事があるの」

 と告げ、車から降りた。
 SPたちと別れた私は、数メートル歩き、煌びやかなネオンが輝く『マリアンヌ』の前で立ち止まった。
 店先では、今夜、この店に遊びにきた客たちを、ママとホステスたちが見送りに出ていた。
 何っ、化粧気のない地味な顔をした小便臭い田舎者の女は? といった表情で、ママらしき中年女性が私を睨みつける。

「済みません。ちょっと宜しいでしょうか?」

 臆せず私は告げた。

「はあぁ?」

 ママが怪訝そうに首を傾げる。

「私、こういう者です」

 私は警察手帳を提示する。

「警察の方……?」

 急にママの顔に翳りの色が見えた。叩けば埃が出そうだが、これは自分の仕事ではない。捜査二課か、生活安全部の仕事だと自分にいい聞かせ、私は本来の目的を口にした。
 咳払いして、

「一昨日十二日の夜、S会系の柳原清治さんとその弟分の木之下正男さんが、こちらのお店で飲んでいらっしゃったと証言がありまして、その裏を取りに」

 と、ここまで口にするとママは、たった今、客を見送ったばかりのホステスの方を見た。

「芳江ちゃん。ちょっと」

 ママは、瓜実顔の和風美人を手招いた。

「何、ママ?」

「こちらの刑事さんが、一昨日の晩のことであなたにお話があるそうよ」

「警視庁捜査一課の比嘉です。一昨日、午後八時過ぎからこのお店が閉店するまでの間、柳原清治さんと木之下正男さんのお二人が、こちらで飲んでいたというのは本当でしょうか?」

「はい、間違いありません。私ともう一人、幾重ちゃんがお相手したからよく覚えています」

「幾重さん……?」

「今日はお休みです」

 芳江さんは答えた。

「済みません、因みに、失礼ですがあなたの本名は?」

 芳江さんは少し躊躇いの色を浮かべた。

「ヤマダハナヨです」

「ヤマダハナヨさんですか。どんな字を?」

 と訊ね、私はボールペンとメモ用紙を手渡した。

「ついでにお電話番号とご住所の方も、お願いします」

「はい」

 芳江さんは頷くと、渡されたメモ用紙にペンを走らせ、自分の本名と住所と電話番号を書き込んだ。因みに本名は山田花代と書く。
 確認を取ると、私は深々と一礼し、ハザードを点滅させながら後方で駐車中の三菱ランサーへ戻った。これで本日の裏取りは全て終了だ。殺された保原香澄が、過去に付き合った暴力団関係者七人、全てシロだった。
 明日は、捜査対象範囲を広げ、猟奇殺人ものを扱ったDVDに興味のある人間を中心に当たってみることにしよう、と思いつつ、私はドアノブに手を掛けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

処理中です...