捜査一課 猟奇殺人犯捜査官 比嘉可南子 

繁村錦

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CHAPTER 5

1

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「第一発見者は、稲城市向陽台一丁目○‐○○在住のシイナヒデユキ。年齢は六十六。職業は小説家です」

 所轄の男性刑事が、現場に駆け付けた私たち本庁捜査員に説明した。

「シイナヒデユキ。どんな字を書くの?」

「椎茸の椎に名前の名、豊臣秀吉の秀に幸福の幸、これで椎名秀幸です」

「そう」

 私は、その名前を手許の手帳に記入した。

「ねえ、話聞けそう。その第一発見者から?」

「駄目です。先ほど病院に搬送されました。半狂乱です。警部補殿、家族の話によりますと、その爺さん、一年前までT外国語大学でフランス語を教えていたそうですが、完全に逝っちゃってます。もうフランス語教えるのは無理です」

 若い刑事は、半ばおちゃらけるような素振りで、手と首を同時に振った。
 その悪ふざけた軽薄な態度が、私は気に入らなかった。

「あんた、この辺り調べたの?」

「と仰いますと?」

「地取りだよ、地取り」

 語尾を荒げる。

「まだです」

「何やっての、さっさと聞き込みに行きなさい」

 私は、所轄の刑事に顎で命じた。
 刑事は敬礼すると、慌てて私の前から立ち去った。

「たくー、最近の若い連中は使えない連中ばかりだ。あの坊やもその一人だけどね。おーい、立花君君。早くこっちにきなさい」

 私は、隅の方でハンカチを使い口許を押さえて蹲っているキャリア警察官に声を掛けた。

「駄目です。あんなもの見てしまったら、僕また吐いてしまいそうです」

 立花君は、無理だというように手を横に振った。
 私は舌打ちすると、現場保存のために敷かれている黄色い通行帯の上を歩き出した。
 現場は、稲城市百村、JR武蔵野南線の線路沿いの草むらだ。お蔭で、JR武蔵野南線は朝から不通となりダイヤが乱れ、通勤通学に利用する多くの人に迷惑を掛ける結果となった。
 被害者は、鑑識の手によって高架からおろされていた。青いシートも駆けられている。更にマスコミ対策のため、テントまで張られている。私はそのテントの中を覗き込んだ。

「久さん。どう?」

 私は鑑識係員の中から向島さんを見付けると、早速声を掛けた。

「有明と清瀬の事件と同じ手口だ。喉元から胸と腹に掛けて縦に裂かれ、殺害されている」

 向島さんは、自分の喉元に指を当て、縦に線を引き、腹を切る真似をしながら説明した。

「同一犯の犯行ってことか……」

「多分ね。でも有明のケースとは違って、内臓は残っていたわ。ちゃんと彼女の身体からぶら下がっていた。勿論、子宮も膣も、カラスに喰い荒らされた以外のものは全部ね……」

 背後から声がした。

「前田警部、臨場なさっていたのですか?」

 私は振り返りながら訊ねた。

「当たり前でしょ、死体マニアとしては当然のことよ」

「相変わらず鑑識うちの検視官殿は変態チックなことを口にするね」

 向島さんが皮肉の言葉を口にした。

「あら、それってこの私を褒めているの?」

 沙織さんは満更でもないというような素振りを見せ、意味深な笑みを浮かべた。

「主任。遅れて済みません」

 遠くの方から東海林の声が聞こえてきた。土手をくだってくる。

「遅いよ、東海林」

「娘がインフルエンザに罹って、女房と一緒に近所の病院へ行っていたもんで」

 東海林は、申し訳なさそうにいい訳染みた言葉を口にした。

「ゲェッ、インフルエンザっ? おい、寄るな、あっち行け。シッシッ」

 私は、まるで東海林本人がその病原体であるかのようにあしらった。

「季節外れのインフルエンザね。で、A型、それともB型?」

 医師免許を持つ沙織さんが訊ねた。

「B型です」

「ふん、B型か……自慢じゃないけど私、風邪一つも治せないから……」

 沙織さんは自虐的な笑みを浮かべた。

「それって自慢になっていませんよ、前田先生」

 私は口を挟んだ。

「ところで主任。仏さんの顔は拝みましたか?」

 東海林が訊ねると、私はかぶりを振った。

「これから見るところ。それで、久さん、被害者の身元分かったの?」

 私は、視線を東海林から向島さんに移した。

「ううん。駄目だ。全裸だし、身元を特定するような物は、現場付近には何一つ落ちていなかった。こりゃあ、仏さんの身元を特定するのに、かなり時間掛かるぞ」

 向島さんの顔に不安の色が浮かんでいた。
 本庁の捜査員がある程度揃ったところで、被害者の周りに集まった。沖警部もいた。
 捜査員は皆、被害者の冥福を祈り合掌した。

「シート捲るぞ。覚悟しておけよ」

 向島さんが被害者女性に掛けられていたブルーシートを捲り上げた。

「うっ、こりゃあ酷い」

 沖警部が口を押えた。

「惨い……」

 私は顔を顰めた。

「手口は有明の殺しと同じだな」

 桐畑さんが感想を口にした。
 沖警部が無言のまま頷いた。

「これで三件目か、連続猟奇殺人ってことか」

 桐畑さんがぼぞりと呟いた。

「犯人は人間の皮を被った悪魔ね」

 私は遣る瀬無い思いで、ゆっくりとかぶりを振った。

「小林の野郎、今どこにいるんだぁ! 俺たち警察を馬鹿にしやがってっ!」

 桐畑さんが呻った。

「似ている……」

 徳丸が意外な言葉を口にした。

「誰に?」

 皆声を揃えて徳丸を見る。

「グラビアやっている。確か名前は、甘井心愛っていったかな……?」

「ああ、そっち系のか。するとその甘井心愛ってキラキラネームも本名じゃないかもね」

「おい、比嘉君。念のためだ、その甘いナントカっていうモデルの所属する事務所へ確認を取れ」

「はい、わかりました、係長」

「それとだ、Nシステムも調べろ。犯人が死体を運ぶのに、車を使用している可能性も十分考えられる」

 沖警部は頭上の道路を指差した。

 私は道路を見あげながら、

「そういうことだ、東海林。Nシステムの方宜しくね」

 と部下に命じた。

 東海林は口を真一文字に閉じたまま、小さく頭をさげた。
 身元不明の女性の死体は、警視庁の鑑識係員たちの手で稲城市の所轄に運ばれた。そこで検視官の沙織さんの手によって改めて検視が行われた。

「前田警部。あなたの見立ては?」

 検視に立ち会った沖警部が訊ねた。

「やはり手口は前の二件と同じね。ほら、ここのところ、生活反応が出ているでしょ。今回も生きたまま鋭利な刃物を使って喉元から切られている。死因は失血死、絶命するまでにかなり時間が掛かったみたい。被害者は相当苦しかった筈よ」

 沙織さんは、犯人の手によって被害者の身体に付けられた傷を一つずつ指差しながら説明した。

「酷いことをしやがる……」

 沖警部は、苦虫を噛み潰したような表情でいった。

「許せない。絶対に犯人を捕まえてやる」

 私は怒りで肩を震わせていた。

「ところで可南子ちゃん。あなた方が考えている被疑者ってやはりあの小林清志なの?」

 沙織さんは素っ気なく訊ねた。

「小林以外他にいないでしょ、同じ手口で養父を殺して逃亡しているんだから」

「おい、比嘉君。キミ、前田警部に対しなんて口のきき方してるんだ。仮にも彼女は、キミよりも階級が一つ上なんだぞ。私と同じ警部だ」

「わかってますよ、そのくらいっ」

 私の怒りの矛先が沖警部に向けられた。清瀬の現場から逃亡した小林の行方が依然として分からず、苛々しているのだ。それは沖警部も同じだった。

「何だとぉ!?」

 沖警部は眉を吊りあげ、目くじらを立てた。今にも私の胸倉を掴みそうな勢いだ。

「まあまあ二人とも落ち着いて」

 東海林が二人の間に割って入った。

「……あのお取込み中ですが、宜しいでしょうか?」

 沙織さんは平然と告げた。

「何ですかぁ!?」

 私と沖警部が声を揃えて、沙織さんを見た。

「小林って左利きだったぁ……?」

「はぁあ?」

「有明と清瀬の現場に臨場した時、疑問に思ったんだけど、もしかすると犯人は左利きかなって。で、今ここで三体目の死体を検視してみて、確信したわ。犯人は左利きよ……」

 沙織さんは、左手でメスを持つ真似をしてみせた。

「左利き……? 捜査をかく乱するため、態と左手を使ったんじゃないのか」

「有り得ますね、係長」

 桐畑さんが頷いた。

「いや、右利きの人間が左手に凶器を持ち換えて、こんなに上手く切ることはできないわ。少なくとも私には無理よ」

 沙織さんは真顔でいった。

「まさか……」

 私は、どこかしっくりとこないような素振りを見せた。下顎を指先で摩りながら首を傾げた。

「ねえ、立花君、キミはどう思う?」

「ぼ、僕は、わ、わかりません……。それよりも、もう耐えられません」

 立花君は顔面蒼白だった。

「吐くんだったら外で吐いてね」

 私は冷たくいい捨てた。

 立花君は無言で頷くと、口許を手のひらで押さえながら、廊下へ出た。

「使えねえなぁ、ああ言う連中はさぁ。受験勉強は得意みたいだけど」

 桐畑さんが嘲るように言った。

「同感ね」

 私は、頷きながら苦笑してみせた。
 使えないキャリアが戻ってくるのを待ち、被害者の身元を特定するため、敷鑑に出掛けることにした。取り敢えず、徳丸がいっていた甘井心愛とかいうグラビアモデルが所属する事務所から当たろうかと考えている。
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