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CHAPTER6
1
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「第一発見者の所轄署の女性捜査員は現場で卒倒し、救急車で病院に搬送されました」
八王子市明神町二丁目の『シティハイツ○○八王子』の殺害現場に到着した私は、先行した第三機動捜査隊員から説明を受けると、顎を角部屋の二十六号室に向けた。
「他殺体で発見されたのは、間違いなくあの小林清志なのね?」
「はい、比嘉警部補。小林で間違いありません。自分も手配写真で確認を取りました」
現在、鑑識の作業中で、本庁、所轄を問わず捜査員たちは、小林清志の死体が発見された二十六号室には入ることができない。
私と立花君は、『シティハイツ○○八王子』二十六号室の前で鑑識作業が終わるのを待った。
するとそこに、ドアを開け鑑識のジャンパーを着た向島さんが現れた。
「どう?」
私が訊ねると、向島さんは目を大きく見開き、
「手口は有明のタワーマンションと同じだ」
と素っ気なく告げた。
「どういうこと?」
「ふん。だから手口が一緒だっていってんだよ、お嬢ちゃん。鋭利な刃物で喉元から臍の下の辺りまで縦に切り裂かれ殺害されている。左乳首と金玉袋とチンチンがなくなっている」
「それってまさか……」
「同一犯の犯行だ」
私の隣で鑑識作業が終わるのを待っていた桐畑さんが吐き捨てるようにいった。
「比嘉、お前さんも知っての通り有明の事件は報道規制されている。殺害方法は、俺たち警察関係者と犯人しか知らない。つまり、小林を殺害した奴は、有明の事件の犯人である可能性が極めて高い。小林が殺され、捜査は振り出しに戻ったって訳だ」
「……じゃあ誰が小林を?」
「知るかそんなもん」
桐畑さんは憮然とかぶりを振った。
「久さん。中、入っていい」
私は『シティハイツ○○八王子』二十六号室に顎を向けた。
「駄目だ。まだ鑑識作業が続いている。前田先生の検視の真っ最中だ」
「仕方がないわね。もう少し待つか」
私はいったあと、桐畑さんの顔を見た。
私と階級が同じ男性警部補は、渋面を作り無言のまま頷いた。
「先に地取り行いますか、主任」
遅れて臨場した東海林が声を掛けた。
私は振り向き、
「地取りか……」
と意味あり気に呟いた。
それもありだな、という意味だ。私の傍らで、同じように鑑識作業が終わるのを待っていた桐畑さんが、私の顔をちらりと見た。
「どうする?」
私は、桐畑さんに決断を委ねた。
三十半ばの男性警部補は、腕組みをしたまま瞼を閉じ、うーん、と低い声で唸った。
「先にこの目で現場を確認しておきたいが、もう少し時間が掛かりそうだから、地取りをするか」
桐畑さんがいうと、私は頷いた。
「集合ーっ!」
私が号令を掛けた。
「本庁、所轄、機捜、それぞれ一列に並べ」
桐畑さんは集合した捜査員たちに顎をしゃくりながら指示を出した。
徳丸が、所轄の係長からこの近辺の地図を渡され、赤マジックペンで仕切り線を引き、一から順番に数字を書き込んだ。
「どうぞ」
徳丸は、その地図を私に手渡した。
「一番、本庁桐畑、所轄藍原。二番、本庁比嘉、所轄立花。三番、本庁居村、所轄石田……」
私は手許の資料に記載された捜査員の名前を順番に読みあげていった。
私と立花君の二人が担当することになった二番の地区は、八王子簡易裁判所がある八王子市明神町四丁目一帯だった。
まず、『シティハイツ○○八王子』前の道を隔てた北側に建つ数棟のアパートや賃貸マンションを訊ねることにした。
「ここから始めましょう」
私は、『○○○八王子』のベージュ色の外壁を指差した。
立花君は頷くと、三車線一方通行の道に目をやった。
一番近い横断歩道まで歩いて行き、道を渡って反対側へ出た。
私は、集合住宅『○○○八王子』のエントランス脇の管理人室のガラス窓を軽く叩いた。
「警察の者です」
というと同時に、警察手帳を提示した。
「ああ、そういえば先ほどからパトカーのサイレンが引っ切りなしに鳴っていたな。何かあったのですか?」
管理人らしき中年男性が、今まで見ていたTV画面から視線を私の方に移した。
「通りを挟んだ向かい側のアパートで、先ほど男性の死体が発見されましてね」
私は詳しい状況を管理人に説明しなかった。
「……殺人事件ですか?」
「今のところ、まだ何ともいえません。最近、この辺りで不審者を見掛けませんでしたか? 例えば、外国人風の……」
「外国人? 白人? それとも黒人?」
「いいえ、東南アジア系とでもいえば」
「この辺りには外国の方は多いからな」
管理人は首を傾げた。
「確かに、そうですよね。愚問でした」
私は自嘲気味に笑った。
「ああ、そういえば二日ほど前、真夜中だというのに、中国の方がその前の道で大声をあげていたらしく、このマンションの上の階の住人から苦情があった」
管理人は『○○○八王子』前の道を指差した。
私と立花君は振り向き、管理人が指差す道の中ほどに目をやった。一瞥したあと、再び正面を向き直した。
「二日前ですか、それは何時頃だったかわかりますか」
「さあ」
管理人は首を横に振った。
「そうですか……、他に何か変わったことは?」
「特にないね……。ああ、そうだ、数日前、そこの道に白い車が路駐して邪魔だと、ここの住人から苦情があった」
「……白い車、ですか? 車種は」
「わからん。若者が乗るような車だった」
「若者が乗るような車? つまりスポーツカーか何かってことですか」
「いや、そこまではわからんな」
「そうですか……ご協力ありがとうございます。もし他に何か思い出されましたら、警察の方にご報告下さい。それではこれで失礼致します」
一礼して、私は管理人の前から離れた。
「立花君。裏取っておいて、さっきの中国人の話」
「えーっ、僕がですかぁ」
立花君は露骨に顔を顰めた。
「こんなところでぼーっと突っ立っていても何も始まらない。取り敢えず下から順に一軒ずつ当たってみましょう」
私は新米キャリア刑事の腕をグイっと引っ張った。
二時間ほど掛け、担当区域を虱潰しに当たってみたが、結局のところ収穫はゼロだった。
鑑識作業も終わった頃だったので、私は立花君と共に『シティハイツ○○八王子』に戻ることにした。
八王子市明神町二丁目の『シティハイツ○○八王子』の殺害現場に到着した私は、先行した第三機動捜査隊員から説明を受けると、顎を角部屋の二十六号室に向けた。
「他殺体で発見されたのは、間違いなくあの小林清志なのね?」
「はい、比嘉警部補。小林で間違いありません。自分も手配写真で確認を取りました」
現在、鑑識の作業中で、本庁、所轄を問わず捜査員たちは、小林清志の死体が発見された二十六号室には入ることができない。
私と立花君は、『シティハイツ○○八王子』二十六号室の前で鑑識作業が終わるのを待った。
するとそこに、ドアを開け鑑識のジャンパーを着た向島さんが現れた。
「どう?」
私が訊ねると、向島さんは目を大きく見開き、
「手口は有明のタワーマンションと同じだ」
と素っ気なく告げた。
「どういうこと?」
「ふん。だから手口が一緒だっていってんだよ、お嬢ちゃん。鋭利な刃物で喉元から臍の下の辺りまで縦に切り裂かれ殺害されている。左乳首と金玉袋とチンチンがなくなっている」
「それってまさか……」
「同一犯の犯行だ」
私の隣で鑑識作業が終わるのを待っていた桐畑さんが吐き捨てるようにいった。
「比嘉、お前さんも知っての通り有明の事件は報道規制されている。殺害方法は、俺たち警察関係者と犯人しか知らない。つまり、小林を殺害した奴は、有明の事件の犯人である可能性が極めて高い。小林が殺され、捜査は振り出しに戻ったって訳だ」
「……じゃあ誰が小林を?」
「知るかそんなもん」
桐畑さんは憮然とかぶりを振った。
「久さん。中、入っていい」
私は『シティハイツ○○八王子』二十六号室に顎を向けた。
「駄目だ。まだ鑑識作業が続いている。前田先生の検視の真っ最中だ」
「仕方がないわね。もう少し待つか」
私はいったあと、桐畑さんの顔を見た。
私と階級が同じ男性警部補は、渋面を作り無言のまま頷いた。
「先に地取り行いますか、主任」
遅れて臨場した東海林が声を掛けた。
私は振り向き、
「地取りか……」
と意味あり気に呟いた。
それもありだな、という意味だ。私の傍らで、同じように鑑識作業が終わるのを待っていた桐畑さんが、私の顔をちらりと見た。
「どうする?」
私は、桐畑さんに決断を委ねた。
三十半ばの男性警部補は、腕組みをしたまま瞼を閉じ、うーん、と低い声で唸った。
「先にこの目で現場を確認しておきたいが、もう少し時間が掛かりそうだから、地取りをするか」
桐畑さんがいうと、私は頷いた。
「集合ーっ!」
私が号令を掛けた。
「本庁、所轄、機捜、それぞれ一列に並べ」
桐畑さんは集合した捜査員たちに顎をしゃくりながら指示を出した。
徳丸が、所轄の係長からこの近辺の地図を渡され、赤マジックペンで仕切り線を引き、一から順番に数字を書き込んだ。
「どうぞ」
徳丸は、その地図を私に手渡した。
「一番、本庁桐畑、所轄藍原。二番、本庁比嘉、所轄立花。三番、本庁居村、所轄石田……」
私は手許の資料に記載された捜査員の名前を順番に読みあげていった。
私と立花君の二人が担当することになった二番の地区は、八王子簡易裁判所がある八王子市明神町四丁目一帯だった。
まず、『シティハイツ○○八王子』前の道を隔てた北側に建つ数棟のアパートや賃貸マンションを訊ねることにした。
「ここから始めましょう」
私は、『○○○八王子』のベージュ色の外壁を指差した。
立花君は頷くと、三車線一方通行の道に目をやった。
一番近い横断歩道まで歩いて行き、道を渡って反対側へ出た。
私は、集合住宅『○○○八王子』のエントランス脇の管理人室のガラス窓を軽く叩いた。
「警察の者です」
というと同時に、警察手帳を提示した。
「ああ、そういえば先ほどからパトカーのサイレンが引っ切りなしに鳴っていたな。何かあったのですか?」
管理人らしき中年男性が、今まで見ていたTV画面から視線を私の方に移した。
「通りを挟んだ向かい側のアパートで、先ほど男性の死体が発見されましてね」
私は詳しい状況を管理人に説明しなかった。
「……殺人事件ですか?」
「今のところ、まだ何ともいえません。最近、この辺りで不審者を見掛けませんでしたか? 例えば、外国人風の……」
「外国人? 白人? それとも黒人?」
「いいえ、東南アジア系とでもいえば」
「この辺りには外国の方は多いからな」
管理人は首を傾げた。
「確かに、そうですよね。愚問でした」
私は自嘲気味に笑った。
「ああ、そういえば二日ほど前、真夜中だというのに、中国の方がその前の道で大声をあげていたらしく、このマンションの上の階の住人から苦情があった」
管理人は『○○○八王子』前の道を指差した。
私と立花君は振り向き、管理人が指差す道の中ほどに目をやった。一瞥したあと、再び正面を向き直した。
「二日前ですか、それは何時頃だったかわかりますか」
「さあ」
管理人は首を横に振った。
「そうですか……、他に何か変わったことは?」
「特にないね……。ああ、そうだ、数日前、そこの道に白い車が路駐して邪魔だと、ここの住人から苦情があった」
「……白い車、ですか? 車種は」
「わからん。若者が乗るような車だった」
「若者が乗るような車? つまりスポーツカーか何かってことですか」
「いや、そこまではわからんな」
「そうですか……ご協力ありがとうございます。もし他に何か思い出されましたら、警察の方にご報告下さい。それではこれで失礼致します」
一礼して、私は管理人の前から離れた。
「立花君。裏取っておいて、さっきの中国人の話」
「えーっ、僕がですかぁ」
立花君は露骨に顔を顰めた。
「こんなところでぼーっと突っ立っていても何も始まらない。取り敢えず下から順に一軒ずつ当たってみましょう」
私は新米キャリア刑事の腕をグイっと引っ張った。
二時間ほど掛け、担当区域を虱潰しに当たってみたが、結局のところ収穫はゼロだった。
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