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INTERLUDE 6
INTERLUDE6
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警視庁から連絡を受けた八王子中央署八王子駅北口交番の警察官二名が、先行して八王子市明神町二丁目の『シティハイツ○○八王子』に向かったのは、午前十一時三十分を少し回った頃だった。
二人は、『シティハイツ○○八王子』に辿り着くと、二階の角部屋二十六号室には向かわず、このアパートの前で待機した。
暫くすると、八王子中央署の刑事組織犯罪対策課に所属する北見昌行巡査部長と小池奏恵巡査長が、覆面パトカーで乗り付けた。彼らに続き、所轄の捜査員数名が現れた。
「係長。二階のあの部屋です」
と北見が二十六号室を指差した。
「中の様子はどうだ?」
強盗犯捜査係長石田勤警部補が訊ねると、先行した交番勤務の制服警官が左右に首を振った。
「人の気配はありません」
「勘付かれて逃げられたか」
「本庁の到着を待たずに、我々だけで踏み込みますか?」
北見はやや興奮気味にいった。
「北見」
と声を掛け、石田は部下の目を凝視した。阿吽の呼吸という奴だ。
「北見と小池は、俺と一緒に正面のドアから踏み込むぞ。吉岡と東野は裏に回れ。残りは逃亡されるといけないから、通りを固めろ」
「はい、係長っ」
「よし、行くぞっ」
石田は、階段の方へ無精髭が生えた顎を向けた。
強盗犯捜査係長に続き、北見と小池がゆっくりと階段を上がって行った。
二十六号室の前まで行き、石田がドアをノックすると、同時にドアノブに手を掛けた。どうやら鍵は掛けられているようだ。ここに来る前、このアパートの管理会社に立ち寄り合鍵を借りて来た。石田はポケット探り鍵を取り出した。
「小池」
といって彼女に鍵を手渡した。
この女性警察官は、中国語が得意だった。
「這是警察。請打開門(警察です。ドアを開けてください)」
中からは返事はない。
「どうします?」
小池は振り返り、上司にお伺いを立てた。
「開けろ」
「令状がありませんが」
「そんなもんは、あとから何とでもなる」
石田は素っ気なくいい放った。
頷くと小池は、鍵穴に合鍵を差し込み、ゆっくりと回した。ロックを外して、ドアを開ける。玄関の下駄箱には、履き崩したスニーカーが六足ほどあった。どれも安物ばかりだ。有名ブランドは一足もなかった。
「這是警察。有人在嗎(警察です。誰かいませんか)?」
やはり返事はない。
小池は靴を脱ぎ、室内にあがった。
錆びた鉄に似た異臭が彼女の鼻を刺した。
小池に後に続き、北見と石田が上がった。間取りは1LDKだ。
「俺は右の洋室を調べる。北見、お前は奥のダイニングキッチンを調べろ。小池、お前は風呂とトイレだ」
石田は、小池の横を通り抜け、奥へと進みながら二人の部下に指示を出した。
「はい」
小池は頷き、まず玄関脇に設置されてあるトイレから調べることにした。
ドアを開け、トイレの中を確認した。古いタイプの洋式便座が備えつけられていた。少しアンモニア臭がしたが、別に変ったことはない。やや抵抗はあったが、便座の蓋を開け、中を覗いてみた。
「次は、バスルームか」
小池は独り言ち、トイレを離れた。
玄関脇のあがり場を隔てて、トイレの正面が脱衣所兼洗面所で、その奥がバスルームだ。外の通路からだと右側となる。
小池は、脱衣所のドアを開けた。強烈な異臭がした。生臭い。顔を顰め、思わず手のひらで鼻を覆った。
「……風呂の掃除とかしていないのかしら」
小池は愚痴を零しながら、バスルームのドアの取っ手を握り開けた。
「…………」
言葉が出てこない。
鼻を刺す血の匂い。あの異臭はこれだったのだ。
眼前に広がる惨劇を目の当たりにした小池は、固まってしまった。
バスルーム全体に血が飛び散っていた。天井にまで飛んでいる。水の張られていないバスタブの中に、全裸のまま仰向けになり大の字で横たわる男性の腹が、見事なまで奇麗に縦に引き裂かれていた。そこかしこに、心臓、肺、肝臓、小腸、大腸などの臓器が散乱していた。
小池は血の気が引いて行くのを感じた。目の前が真っ暗になった。
二人は、『シティハイツ○○八王子』に辿り着くと、二階の角部屋二十六号室には向かわず、このアパートの前で待機した。
暫くすると、八王子中央署の刑事組織犯罪対策課に所属する北見昌行巡査部長と小池奏恵巡査長が、覆面パトカーで乗り付けた。彼らに続き、所轄の捜査員数名が現れた。
「係長。二階のあの部屋です」
と北見が二十六号室を指差した。
「中の様子はどうだ?」
強盗犯捜査係長石田勤警部補が訊ねると、先行した交番勤務の制服警官が左右に首を振った。
「人の気配はありません」
「勘付かれて逃げられたか」
「本庁の到着を待たずに、我々だけで踏み込みますか?」
北見はやや興奮気味にいった。
「北見」
と声を掛け、石田は部下の目を凝視した。阿吽の呼吸という奴だ。
「北見と小池は、俺と一緒に正面のドアから踏み込むぞ。吉岡と東野は裏に回れ。残りは逃亡されるといけないから、通りを固めろ」
「はい、係長っ」
「よし、行くぞっ」
石田は、階段の方へ無精髭が生えた顎を向けた。
強盗犯捜査係長に続き、北見と小池がゆっくりと階段を上がって行った。
二十六号室の前まで行き、石田がドアをノックすると、同時にドアノブに手を掛けた。どうやら鍵は掛けられているようだ。ここに来る前、このアパートの管理会社に立ち寄り合鍵を借りて来た。石田はポケット探り鍵を取り出した。
「小池」
といって彼女に鍵を手渡した。
この女性警察官は、中国語が得意だった。
「這是警察。請打開門(警察です。ドアを開けてください)」
中からは返事はない。
「どうします?」
小池は振り返り、上司にお伺いを立てた。
「開けろ」
「令状がありませんが」
「そんなもんは、あとから何とでもなる」
石田は素っ気なくいい放った。
頷くと小池は、鍵穴に合鍵を差し込み、ゆっくりと回した。ロックを外して、ドアを開ける。玄関の下駄箱には、履き崩したスニーカーが六足ほどあった。どれも安物ばかりだ。有名ブランドは一足もなかった。
「這是警察。有人在嗎(警察です。誰かいませんか)?」
やはり返事はない。
小池は靴を脱ぎ、室内にあがった。
錆びた鉄に似た異臭が彼女の鼻を刺した。
小池に後に続き、北見と石田が上がった。間取りは1LDKだ。
「俺は右の洋室を調べる。北見、お前は奥のダイニングキッチンを調べろ。小池、お前は風呂とトイレだ」
石田は、小池の横を通り抜け、奥へと進みながら二人の部下に指示を出した。
「はい」
小池は頷き、まず玄関脇に設置されてあるトイレから調べることにした。
ドアを開け、トイレの中を確認した。古いタイプの洋式便座が備えつけられていた。少しアンモニア臭がしたが、別に変ったことはない。やや抵抗はあったが、便座の蓋を開け、中を覗いてみた。
「次は、バスルームか」
小池は独り言ち、トイレを離れた。
玄関脇のあがり場を隔てて、トイレの正面が脱衣所兼洗面所で、その奥がバスルームだ。外の通路からだと右側となる。
小池は、脱衣所のドアを開けた。強烈な異臭がした。生臭い。顔を顰め、思わず手のひらで鼻を覆った。
「……風呂の掃除とかしていないのかしら」
小池は愚痴を零しながら、バスルームのドアの取っ手を握り開けた。
「…………」
言葉が出てこない。
鼻を刺す血の匂い。あの異臭はこれだったのだ。
眼前に広がる惨劇を目の当たりにした小池は、固まってしまった。
バスルーム全体に血が飛び散っていた。天井にまで飛んでいる。水の張られていないバスタブの中に、全裸のまま仰向けになり大の字で横たわる男性の腹が、見事なまで奇麗に縦に引き裂かれていた。そこかしこに、心臓、肺、肝臓、小腸、大腸などの臓器が散乱していた。
小池は血の気が引いて行くのを感じた。目の前が真っ暗になった。
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