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CHAPTER6
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その日の捜査会議が終わったのは、午前十一時過ぎだった。三時間以上にも及ぶ長丁場となった。
聞き込み捜査に出掛ける前、私は比嘉班の面々に集合を掛けた。捜査一課の入ったフロアと同じ階にある小会議室を使わせてもらうことにした。
長机を口の字に並べ、それぞれ席に着いた。班長の私の正面は、最年長者の森が座り、向かってそ》右隣が老刑事とコンビを組んだ所轄の若い男性刑事だ。私の右には立花君が座った。東海林とその|相棒《バディ)が私から見て左側、つまり廊下側に並べた机の前でパイプ椅子を引き、腰を下ろした。東海林の正面が徳丸と所轄の女性刑事だ。
「今回の事件、一筋縄じゃ行きそうもないわね」
私は、部下たちに目を配りながらいったあと、溜め息を吐いた。欠伸を噛み超す。
それにつられ、東海林も溜め息を吐いた。もう、マスクは付けていない。どうやら娘からインフルエンザは貰っていないようだ。
「前田警部の所見だと、この一連の事件の犯人は、左利きだということですが、本当でしょうか?」
「おい東海林。あの人の見立てはいつも正しい。昨年の練馬の強殺の時も、顔見知りの犯行だっていう見立て、間違いじゃなかっただろう」
森さんは目を剥いていった。
「おやっさん。まあそうだけど……」
東海林は少し不満そうに森さんの顔を見た。
「一から洗い直した方がいいんじゃないでしょうか?」
と、清瀬の事件のあと、徳丸の相棒となった所轄の女性刑事がいった。
東村山中央署刑組課強行犯係の北野文香巡査部長だ。安永や溝添の同僚だ。
「そうね」
私は小さく頷いた。
「犯人は、血を見たかった。人間の身体を切り裂いて、そこから流れる血を見たかった。或いは浴びてみたかった……」
「ゲッ、何てこというんですか主任」
徳丸が上擦った声を上げた。
「それも一理あるんじゃないか」
森さんが、尤もな意見だというような素振りを見せた。
「まるでジル・ド・レみたいですね」
立花君は、その西洋人の名前を口に出した。
「ジル・ド・レ?」
どこかで聞いたことのある名前だ、と思いつつ、私は鸚鵡返しに訊ねた。
「百年戦争の英雄です。あのジャンヌ・ダルクと共に祖国フランスのためイギリス相手に戦った軍人ですよ」
「へえ、よく知っているわね立花君。流石T大出のキャリアには敵わないわ」
私はそれとなく皮肉を口にした。
「比嘉さん。なんか僕のこと馬鹿にしているんですか」
私は、満更でもないという笑みを唇の端に浮かべたあと、
「で、その男、一体何を仕出かしたのよ?」
と訊ねた。
「快楽殺人ですよ」
と北野さんが横から口を貼んだ。
「えっ!? 快楽殺人?」
私は上擦った声をあげると、廊下とは反対側の窓際の席に座る所轄の女性刑事を見た。比嘉班の面々も北野の口に注目した。
「確かジャンヌ・ダルクがイギリス軍に捕まり、火炙りの刑で処刑されたあと、ジル・ド・レは豹変して悪魔崇拝へ走ったんですよ」
立花君が得意げに蘊蓄を披露した。
「そしてジル・ド・レは自分の領地で、幼気な少年たちを誘拐して、その居城で殺害したのね」
北野さんが補足した。
「子供を誘拐して殺害……、一体何人の……?」
「さあ、はっきりとした数まではわからないわ」
北野さんは知らないというように首を振った。
「一説によると八百人から千五百人といわれています」
立花君が口にしたその人数に、私たち比嘉班の面々は驚きの表情を隠すことができなかった。
「ジル・ド・レは少年たちを殺害し、その返り血を全身に浴びて悦楽の境地に達していたらしいですよ」
「あの、立花さん」
顔面蒼白になりながらも我慢して、キャリア刑事の話を聞いていた徳丸が堪らず声を掛けた。
「今回の一連の事件の犯人も殺害し、血を浴びることがその目的であると、つまり快楽殺人ってことですか?」
「それ以外考えられないでしょ、単に殺害が目的だったら、あそこまで残忍な方法取らなくても」
「いえてるわね」
私はご尤もだというような素振りを見せ、頻りに頷いた。
「それでどうするんですか、主任?」
東海林は訊ねた。
「まさか、ジル・ド・レを被疑者として指名手配する訳にもいかないし」
徳丸が付け加えた。
「そうね、兎に角、小林清志を含む被害者四人全員の交友関係を、もう一度一から洗い直し、その中に変質者がいなかったか調べましょ」
小会議室でのミーティングが終わり、捜査員各人はそれぞれの任務を遂行するため散って行った。私は引き続き立花君とコンビを組むこととなり、小林清志の主治医平泉の許をもう一度訪ねてみることにした。
聞き込み捜査に出掛ける前、私は比嘉班の面々に集合を掛けた。捜査一課の入ったフロアと同じ階にある小会議室を使わせてもらうことにした。
長机を口の字に並べ、それぞれ席に着いた。班長の私の正面は、最年長者の森が座り、向かってそ》右隣が老刑事とコンビを組んだ所轄の若い男性刑事だ。私の右には立花君が座った。東海林とその|相棒《バディ)が私から見て左側、つまり廊下側に並べた机の前でパイプ椅子を引き、腰を下ろした。東海林の正面が徳丸と所轄の女性刑事だ。
「今回の事件、一筋縄じゃ行きそうもないわね」
私は、部下たちに目を配りながらいったあと、溜め息を吐いた。欠伸を噛み超す。
それにつられ、東海林も溜め息を吐いた。もう、マスクは付けていない。どうやら娘からインフルエンザは貰っていないようだ。
「前田警部の所見だと、この一連の事件の犯人は、左利きだということですが、本当でしょうか?」
「おい東海林。あの人の見立てはいつも正しい。昨年の練馬の強殺の時も、顔見知りの犯行だっていう見立て、間違いじゃなかっただろう」
森さんは目を剥いていった。
「おやっさん。まあそうだけど……」
東海林は少し不満そうに森さんの顔を見た。
「一から洗い直した方がいいんじゃないでしょうか?」
と、清瀬の事件のあと、徳丸の相棒となった所轄の女性刑事がいった。
東村山中央署刑組課強行犯係の北野文香巡査部長だ。安永や溝添の同僚だ。
「そうね」
私は小さく頷いた。
「犯人は、血を見たかった。人間の身体を切り裂いて、そこから流れる血を見たかった。或いは浴びてみたかった……」
「ゲッ、何てこというんですか主任」
徳丸が上擦った声を上げた。
「それも一理あるんじゃないか」
森さんが、尤もな意見だというような素振りを見せた。
「まるでジル・ド・レみたいですね」
立花君は、その西洋人の名前を口に出した。
「ジル・ド・レ?」
どこかで聞いたことのある名前だ、と思いつつ、私は鸚鵡返しに訊ねた。
「百年戦争の英雄です。あのジャンヌ・ダルクと共に祖国フランスのためイギリス相手に戦った軍人ですよ」
「へえ、よく知っているわね立花君。流石T大出のキャリアには敵わないわ」
私はそれとなく皮肉を口にした。
「比嘉さん。なんか僕のこと馬鹿にしているんですか」
私は、満更でもないという笑みを唇の端に浮かべたあと、
「で、その男、一体何を仕出かしたのよ?」
と訊ねた。
「快楽殺人ですよ」
と北野さんが横から口を貼んだ。
「えっ!? 快楽殺人?」
私は上擦った声をあげると、廊下とは反対側の窓際の席に座る所轄の女性刑事を見た。比嘉班の面々も北野の口に注目した。
「確かジャンヌ・ダルクがイギリス軍に捕まり、火炙りの刑で処刑されたあと、ジル・ド・レは豹変して悪魔崇拝へ走ったんですよ」
立花君が得意げに蘊蓄を披露した。
「そしてジル・ド・レは自分の領地で、幼気な少年たちを誘拐して、その居城で殺害したのね」
北野さんが補足した。
「子供を誘拐して殺害……、一体何人の……?」
「さあ、はっきりとした数まではわからないわ」
北野さんは知らないというように首を振った。
「一説によると八百人から千五百人といわれています」
立花君が口にしたその人数に、私たち比嘉班の面々は驚きの表情を隠すことができなかった。
「ジル・ド・レは少年たちを殺害し、その返り血を全身に浴びて悦楽の境地に達していたらしいですよ」
「あの、立花さん」
顔面蒼白になりながらも我慢して、キャリア刑事の話を聞いていた徳丸が堪らず声を掛けた。
「今回の一連の事件の犯人も殺害し、血を浴びることがその目的であると、つまり快楽殺人ってことですか?」
「それ以外考えられないでしょ、単に殺害が目的だったら、あそこまで残忍な方法取らなくても」
「いえてるわね」
私はご尤もだというような素振りを見せ、頻りに頷いた。
「それでどうするんですか、主任?」
東海林は訊ねた。
「まさか、ジル・ド・レを被疑者として指名手配する訳にもいかないし」
徳丸が付け加えた。
「そうね、兎に角、小林清志を含む被害者四人全員の交友関係を、もう一度一から洗い直し、その中に変質者がいなかったか調べましょ」
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