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INTERLUDE12
INTERLUDE12
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芝公園の事件を担当することになった性犯罪捜査第三係の友田昌枝巡査部長は、所轄署の大内智明巡査部長から報告を受けると、第七強行犯捜査担当管理官の江藤克雄警視の許へ向かった。
「管理官。被害者女性の交差相手ですが、私たちと同じ警察官のようですね」
「そうか。で、所属先と階級は?」
「東京湾岸中央署で、階級は警部補です」
「警部補?」
「はい。キャリアだそうです。父親は、岩手県警本部長の立花警視長です」
「岩手県警本部長の息子か」
「それで、少しお耳に入れたいことがありまして」
「何だ。言えよ」
友田は江藤の耳元に唇を近付けた。
「例の連続殺人事件を追っている第三強行犯捜査の松原管理官のところの帳場で、何やら動きがあったみたいで」
「どういうことだ。第七強行犯捜査の事件と何か関係するのか?」
「実は、先ほど申し上げた東京湾岸中央署のキャリア刑事なんですが、その事件の帳場に入っていて、しかもその事件の被疑者がうちの事件の被害者女性の写真を持っていたみたいで」
「何だ。すると、例の連続殺人事件の被疑者が、芝公園の女性拉致事件に関わっているというのか?」
「可能性は極めて高いということです」
江藤は厄介なことになってしまったぞ、というような顔をしたあと、二、三度首を横に振って溜め息を吐いた。
「そのうちに、上の方から合流しろと指示があるかも知れないな」
江藤は下唇を突き出し、頭を掻いた。
「目撃者の情報は?」
「昨日、愛宕東京タワー前交番に通報して来た男性と女性は、被疑者が女性を連れ去るところは見ていないそうです。女性の叫び声を聞いただけで、あとは何もこれといった情報は得られませんでした」
「他に見ていた奴はいないのか? ジョギングしていた連中の中に」
「昨日は大雨だったため、目撃情報もありません」
「周囲の防犯カメラとかNシステムは解析したのか?」
「現在、地取り捜査中です」
「地取り担当の捜査員を増やせ。上手く行けば、松原管理官のところを出し抜くことが出来るかも知れん。連続殺人犯は第七強行犯捜査(ウチ)で挙げるぞ」
あと数年で退官する和田捜査一課長の後釜を狙っているという噂のある江藤は、ほくそ笑んでいた。
「はい。係長に伝えます」
友田は江藤に一礼して踵を返すと、小会議室の出入り口に向かって歩き出した。
「待て、友田」
江藤が呼び止めた。
「何でしょうか?」
友田は振り向いて訊ねた。
「岩代に伝えておけ。どんな手を使っても構わないから、必ず真犯人を挙げろ、とな」
江藤は、既に連続殺人犯を逮捕したような気になっていた。
「わかりました。係長に伝えます」
友田は頷き、引き戸に指を掛けた。
廊下へ出ると、所轄署員が集まる愛宕中央署の刑事部屋に向かった。刑事部屋は、江藤が詰めていた四階の小会議室の上の階にあった。階段を上って行く途中、愛宕中央署に勤務する何人かの制服警察官と擦れ違った。軽く会釈する。
刑事部屋のドアの前で立ち止まった。ドアを開け室内に入った。
所轄署員に交じって、本庁から派遣された性犯罪捜査第三係員が何人かいた。その中に初老の女性捜査員がいる。上下、グレーのパンツスーツを着ている。この中年女性が、性犯罪捜査第三係長岩代志津子だ。比嘉の上司沖警部殺人犯捜査第四係長とは警察学校時代の同期だった。
「どうだった友田?」
岩代は、友田の顔を確認すると、直ぐに訊ねてきた。
「あのオラウータン、鼻の穴をピクピク動かしていました。例の連続殺人事件の被疑者、第七強行犯捜査で挙げるぞって」
友田は、江藤管理官の綽名を口にした。
「そう。興奮している様子が手に取るようにわかるわ」
岩代は直の上司である江藤を馬鹿にするかのように笑った。
「まずは、地取りの要員を増やせって言ってました」
「そんなこと言われなくてとっくに増やしている」
「流石は係長」
友田は、右手の親指を立てた。
「冷やかさないでよ昌枝ちゃん。それより、松原管理官のところで追っている連続殺人事件、被疑者の氏名がわかったわ」
「そうなんですか」
「ええ、T医科大教授の平泉眞。小林清志の精神鑑定を行った医師よ」
「精神科医か。何だか『羊たちの沈黙』のハンニバル博士みたい」
岩代はコンパクトミラー見ながらルージュを引き直すと、
「そうね」
と素っ気なく頷いた。
「うちの事件と同一犯の犯行でしょうか?」
「今はまだ何とも言えないわ」
岩代はルージュをしまい、コンパクトミラーをポーチの中に入れた。
「同一犯なら松原管理官のところで片付けてくれると、こっちとしても楽なんだけど。だって、猟奇殺人犯だなんて気味悪いわ」
「確かに……」
「それより昌枝ちゃん」
「何でしょうか、係長?」
「昨夜、芝公園の近くに停車していた不審車両なんだけど、あの所轄の坊やが車種を特定してくれた」
と岩代は、愛宕中央署員たちが固まる集団を指差した。
友田は視線を走らせた。
「誰ですか?」
「津浪巡査。なかなか見どころある子だわ。私好みの」
「係長、逆セクハラで訴えられますよ」
「あら、そう」
岩代はすっ呆けた。
「津浪君、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「は、はい。何でしょうか。岩代警部」
津浪は、少しおどおどしながら志津子たちの許へ近寄ってきた。
「例の不審車両の車種に付いてなんだけど」
「ああ、あの白い車の車種ですね。ナンバーまでは確認できませんでしたけど、シビックTypeRです。販売台数が限られていますから、すぐに所有者が特定できると思いますよ」
「オラウータンがいっていた通り、上手く行けば松原管理官のところ出し抜けるかも知れませんね、係長」
「上手く行けばね……」
岩代は意味あり気な笑みを浮かべた。
「係長。私と津浪君を組ませて下さい。今から、地取り捜査に出たいと思っています」
「昌枝ちゃんと津波君か。いいわ、組ませて上げる。その代りにうちで犯人挙げるのよ」
「はい。必ず挙げてみます」
友田は真顔で敬礼した。
「管理官。被害者女性の交差相手ですが、私たちと同じ警察官のようですね」
「そうか。で、所属先と階級は?」
「東京湾岸中央署で、階級は警部補です」
「警部補?」
「はい。キャリアだそうです。父親は、岩手県警本部長の立花警視長です」
「岩手県警本部長の息子か」
「それで、少しお耳に入れたいことがありまして」
「何だ。言えよ」
友田は江藤の耳元に唇を近付けた。
「例の連続殺人事件を追っている第三強行犯捜査の松原管理官のところの帳場で、何やら動きがあったみたいで」
「どういうことだ。第七強行犯捜査の事件と何か関係するのか?」
「実は、先ほど申し上げた東京湾岸中央署のキャリア刑事なんですが、その事件の帳場に入っていて、しかもその事件の被疑者がうちの事件の被害者女性の写真を持っていたみたいで」
「何だ。すると、例の連続殺人事件の被疑者が、芝公園の女性拉致事件に関わっているというのか?」
「可能性は極めて高いということです」
江藤は厄介なことになってしまったぞ、というような顔をしたあと、二、三度首を横に振って溜め息を吐いた。
「そのうちに、上の方から合流しろと指示があるかも知れないな」
江藤は下唇を突き出し、頭を掻いた。
「目撃者の情報は?」
「昨日、愛宕東京タワー前交番に通報して来た男性と女性は、被疑者が女性を連れ去るところは見ていないそうです。女性の叫び声を聞いただけで、あとは何もこれといった情報は得られませんでした」
「他に見ていた奴はいないのか? ジョギングしていた連中の中に」
「昨日は大雨だったため、目撃情報もありません」
「周囲の防犯カメラとかNシステムは解析したのか?」
「現在、地取り捜査中です」
「地取り担当の捜査員を増やせ。上手く行けば、松原管理官のところを出し抜くことが出来るかも知れん。連続殺人犯は第七強行犯捜査(ウチ)で挙げるぞ」
あと数年で退官する和田捜査一課長の後釜を狙っているという噂のある江藤は、ほくそ笑んでいた。
「はい。係長に伝えます」
友田は江藤に一礼して踵を返すと、小会議室の出入り口に向かって歩き出した。
「待て、友田」
江藤が呼び止めた。
「何でしょうか?」
友田は振り向いて訊ねた。
「岩代に伝えておけ。どんな手を使っても構わないから、必ず真犯人を挙げろ、とな」
江藤は、既に連続殺人犯を逮捕したような気になっていた。
「わかりました。係長に伝えます」
友田は頷き、引き戸に指を掛けた。
廊下へ出ると、所轄署員が集まる愛宕中央署の刑事部屋に向かった。刑事部屋は、江藤が詰めていた四階の小会議室の上の階にあった。階段を上って行く途中、愛宕中央署に勤務する何人かの制服警察官と擦れ違った。軽く会釈する。
刑事部屋のドアの前で立ち止まった。ドアを開け室内に入った。
所轄署員に交じって、本庁から派遣された性犯罪捜査第三係員が何人かいた。その中に初老の女性捜査員がいる。上下、グレーのパンツスーツを着ている。この中年女性が、性犯罪捜査第三係長岩代志津子だ。比嘉の上司沖警部殺人犯捜査第四係長とは警察学校時代の同期だった。
「どうだった友田?」
岩代は、友田の顔を確認すると、直ぐに訊ねてきた。
「あのオラウータン、鼻の穴をピクピク動かしていました。例の連続殺人事件の被疑者、第七強行犯捜査で挙げるぞって」
友田は、江藤管理官の綽名を口にした。
「そう。興奮している様子が手に取るようにわかるわ」
岩代は直の上司である江藤を馬鹿にするかのように笑った。
「まずは、地取りの要員を増やせって言ってました」
「そんなこと言われなくてとっくに増やしている」
「流石は係長」
友田は、右手の親指を立てた。
「冷やかさないでよ昌枝ちゃん。それより、松原管理官のところで追っている連続殺人事件、被疑者の氏名がわかったわ」
「そうなんですか」
「ええ、T医科大教授の平泉眞。小林清志の精神鑑定を行った医師よ」
「精神科医か。何だか『羊たちの沈黙』のハンニバル博士みたい」
岩代はコンパクトミラー見ながらルージュを引き直すと、
「そうね」
と素っ気なく頷いた。
「うちの事件と同一犯の犯行でしょうか?」
「今はまだ何とも言えないわ」
岩代はルージュをしまい、コンパクトミラーをポーチの中に入れた。
「同一犯なら松原管理官のところで片付けてくれると、こっちとしても楽なんだけど。だって、猟奇殺人犯だなんて気味悪いわ」
「確かに……」
「それより昌枝ちゃん」
「何でしょうか、係長?」
「昨夜、芝公園の近くに停車していた不審車両なんだけど、あの所轄の坊やが車種を特定してくれた」
と岩代は、愛宕中央署員たちが固まる集団を指差した。
友田は視線を走らせた。
「誰ですか?」
「津浪巡査。なかなか見どころある子だわ。私好みの」
「係長、逆セクハラで訴えられますよ」
「あら、そう」
岩代はすっ呆けた。
「津浪君、ちょっとこっちにいらっしゃい」
「は、はい。何でしょうか。岩代警部」
津浪は、少しおどおどしながら志津子たちの許へ近寄ってきた。
「例の不審車両の車種に付いてなんだけど」
「ああ、あの白い車の車種ですね。ナンバーまでは確認できませんでしたけど、シビックTypeRです。販売台数が限られていますから、すぐに所有者が特定できると思いますよ」
「オラウータンがいっていた通り、上手く行けば松原管理官のところ出し抜けるかも知れませんね、係長」
「上手く行けばね……」
岩代は意味あり気な笑みを浮かべた。
「係長。私と津浪君を組ませて下さい。今から、地取り捜査に出たいと思っています」
「昌枝ちゃんと津波君か。いいわ、組ませて上げる。その代りにうちで犯人挙げるのよ」
「はい。必ず挙げてみます」
友田は真顔で敬礼した。
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