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第四章 リフシュタイン侯爵の陰謀
第49話 リフシュタイン侯爵の陰謀(1)
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それから数日後。
「では行ってくる。ミリーナも息災でな」
「無事に戦争が回避されることを心より願っておりますわ」
「ありがとう。君のその言葉があれば百人力だよ」
ジェフリー王太子はそう言うとミリーナの額に軽く口づけをして、ハンナブル王国へと向かう馬車に乗り込んだ。
ミリーナは少し切ない気持ちになりながら、しかしそれを隠して笑顔でジェフリー王太子を見送る。
(これでもう数か月は会えなくなるのね……でもだからといってここで悲しい顔をしたらジェフリーを心配させるだけだもの。この場は絶対に笑顔で見送ってあげないと)
こうしてミリーナとジェフリー王太子、愛し合う2人はしばしの別離となったのだが――。
その空隙を狙いすましたかのように、リフシュタイン侯爵が動き出したのだ!
それはジェフリー王太子が旅立った約一か月後のことだった。
(最近少し体調が悪いのよね。我慢できない程じゃないんだけど、微熱が続くし、気怠し、それに酸っぱいものが食べたくなるし。一度、王宮医師の先生に診てもらおうかしら? いえ、これってもしかしたら子供ができたんじゃ――)
そんなことを考えながら王宮の廊下を歩いていたミリーナは、
「ミリーナ様、少々お耳に入れたいことがございましてな。今はお時間よろしいですかな?」
向かいから歩いてきたリフシュタイン侯爵から呼び止められた。
「もちろんですわリフシュタイン侯爵」
「実は少々人には聞かれたくない話でしてな。私の執務室に来ていただいてもよろしいですかな?」
「分かりましたわ」
その秘めたる悪意を微塵も感じさせない、いかにも好々爺といった感じの人のいい笑顔と穏やかな口調に、ミリーナは特に疑いもせずについていく。
人払いがされた執務室で、ミリーナとリフシュタイン侯爵は向かい合った。
「それで内密の話というのはなんでしょうか?」
「はい、実はこのようなことを近い将来、王太子妃となるであろうミリーナ様に申し上げるのは大変心苦しいのですが……」
「多少の悪口でしたら慣れておりますわ。構いませんわよ」
「では非礼を承知で申し上げますと、実はジェフリー王太子殿下が同盟諸国をまとめ上げるのに少々手間どっておられるようなのです」
「それは本当ですか?」
リフシュタイン侯爵の告げた内容に、ミリーナは驚きを禁じ得なかった。
「はい、外交部より上がってきた確かな情報です。そしてグランデ帝国もそのことに気が付いており、このままでは下手をすればグランデ帝国との戦争になるやもしれません」
「それはどうしてなのですか? 旅立つ前、ジェフリー王太子殿下は我が方の同盟は非情に強固だと仰っておられましたわ。ゆえに戦争は起こらないと。なのになぜ……?」
ミリーナは眉間を寄せながら握った右手を口元に当てて考え込む。
「お言葉ながら、その原因というのがミリーナ様の存在なのです」
そんなミリーナに向かって、リフシュタイン侯爵は苦しい胸の内をのどから絞り出すように言った。
とても演技とは思えない、それはもう見事なまでの名演だった。
そのせいでミリーナは完全にその言葉を信じ込んでしまう。
「私の……ですか?」
そもそもリフシュタイン侯爵は忠臣として名が知られているのだ。
ミリーナも常日頃からリフシュタイン侯爵には色々と良くしてもらっていたため、そもそもからして信頼しきってしまっていたのだった。
しかしそれもこれも、全てはミリーナの信頼を勝ち取るためのリフシュタイン侯爵の策略だったのだ。
全ては今日という日に、ミリーナを追い落とすための――!
「はい。ミリーナ様が下級貴族の娘ということで、それを王太子妃にしようとしているジェフリー王太子殿下までもが、同盟諸国やグランデ帝国に軽んじられてしまっているのです」
「そんな、嘘……」
そう呟いたミリーナの声は自分でも分かるほどに震えていた。
「では行ってくる。ミリーナも息災でな」
「無事に戦争が回避されることを心より願っておりますわ」
「ありがとう。君のその言葉があれば百人力だよ」
ジェフリー王太子はそう言うとミリーナの額に軽く口づけをして、ハンナブル王国へと向かう馬車に乗り込んだ。
ミリーナは少し切ない気持ちになりながら、しかしそれを隠して笑顔でジェフリー王太子を見送る。
(これでもう数か月は会えなくなるのね……でもだからといってここで悲しい顔をしたらジェフリーを心配させるだけだもの。この場は絶対に笑顔で見送ってあげないと)
こうしてミリーナとジェフリー王太子、愛し合う2人はしばしの別離となったのだが――。
その空隙を狙いすましたかのように、リフシュタイン侯爵が動き出したのだ!
それはジェフリー王太子が旅立った約一か月後のことだった。
(最近少し体調が悪いのよね。我慢できない程じゃないんだけど、微熱が続くし、気怠し、それに酸っぱいものが食べたくなるし。一度、王宮医師の先生に診てもらおうかしら? いえ、これってもしかしたら子供ができたんじゃ――)
そんなことを考えながら王宮の廊下を歩いていたミリーナは、
「ミリーナ様、少々お耳に入れたいことがございましてな。今はお時間よろしいですかな?」
向かいから歩いてきたリフシュタイン侯爵から呼び止められた。
「もちろんですわリフシュタイン侯爵」
「実は少々人には聞かれたくない話でしてな。私の執務室に来ていただいてもよろしいですかな?」
「分かりましたわ」
その秘めたる悪意を微塵も感じさせない、いかにも好々爺といった感じの人のいい笑顔と穏やかな口調に、ミリーナは特に疑いもせずについていく。
人払いがされた執務室で、ミリーナとリフシュタイン侯爵は向かい合った。
「それで内密の話というのはなんでしょうか?」
「はい、実はこのようなことを近い将来、王太子妃となるであろうミリーナ様に申し上げるのは大変心苦しいのですが……」
「多少の悪口でしたら慣れておりますわ。構いませんわよ」
「では非礼を承知で申し上げますと、実はジェフリー王太子殿下が同盟諸国をまとめ上げるのに少々手間どっておられるようなのです」
「それは本当ですか?」
リフシュタイン侯爵の告げた内容に、ミリーナは驚きを禁じ得なかった。
「はい、外交部より上がってきた確かな情報です。そしてグランデ帝国もそのことに気が付いており、このままでは下手をすればグランデ帝国との戦争になるやもしれません」
「それはどうしてなのですか? 旅立つ前、ジェフリー王太子殿下は我が方の同盟は非情に強固だと仰っておられましたわ。ゆえに戦争は起こらないと。なのになぜ……?」
ミリーナは眉間を寄せながら握った右手を口元に当てて考え込む。
「お言葉ながら、その原因というのがミリーナ様の存在なのです」
そんなミリーナに向かって、リフシュタイン侯爵は苦しい胸の内をのどから絞り出すように言った。
とても演技とは思えない、それはもう見事なまでの名演だった。
そのせいでミリーナは完全にその言葉を信じ込んでしまう。
「私の……ですか?」
そもそもリフシュタイン侯爵は忠臣として名が知られているのだ。
ミリーナも常日頃からリフシュタイン侯爵には色々と良くしてもらっていたため、そもそもからして信頼しきってしまっていたのだった。
しかしそれもこれも、全てはミリーナの信頼を勝ち取るためのリフシュタイン侯爵の策略だったのだ。
全ては今日という日に、ミリーナを追い落とすための――!
「はい。ミリーナ様が下級貴族の娘ということで、それを王太子妃にしようとしているジェフリー王太子殿下までもが、同盟諸国やグランデ帝国に軽んじられてしまっているのです」
「そんな、嘘……」
そう呟いたミリーナの声は自分でも分かるほどに震えていた。
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