レアジョブ【精霊騎士】の俺、突然【勇者パーティ】を追放されたので【へっぽこ幼女魔王さま】とスローライフします

―最終章―

第39話 【精霊騎士】、決意をする。

「お帰りなさいませご主人様」

　メイド喫茶の扉を開けると、いつもと変わらぬ華やかな挨拶が俺を出迎えてくれる。

　当初は戸惑ったその独特の挨拶も、今やすっかり「こうでなくてはメイド喫茶にあらず」とまで思うようになっている俺だった。

　すぐに席へと案内された俺はメニューを軽く眺めると、

「【たぬー＆わんこのなかよしハンバーグプレート】、【ねこにゃーんラテアートカフェ】を砂糖抜きで、あと【一緒にランチ】を頼む」

　特に悩むこともなく注文を完了する。
　来た当初と比べればだいぶ俺も最先端文化に慣れてきたよな。

　それもこれも幼女魔王さまとミスティのおかげ――ってだめだ、今は２人のことは忘れてメイド喫茶のおもてなしを楽しむんだから。

　注文した料理が運ばれてくるのと同じくらいに、

「おにーさん、おまたせー！」

　【一緒にランチ】のサービスでナナミが同席しにやってきた。

「あれ？　今日はおにーさん一人？　魔王さまとミスティちゃんは？」

「二人はちょっと訳ありでな……しばらく出払ってるんだ」

「あ、それって――その、人間族との戦争でってこと、だよね？」

「あ、えっと……どうだろう？」
　俺は一瞬ためらってから――すっとぼけることにした。

　まずったな、どこまで世間に情報が開示されているのか事前に確認しておくべきだった。
　名目上とはいえ国家元首である幼女魔王さまの動向は、戦時下では軍事機密の可能性が高い。

　そうでなくとも敵の狙いは幼女魔王さまなんだ。
　あまりぺらぺらとしゃべらないほうがいいだろう。

　――とまぁそんな判断をしたわけだ。

　知らないふりをした俺を、しかしナナミがじっと見つめてくる。

　それがまるで俺の心を見透かそうとしているようだと感じてしまったのは、なにをどうしても２人のことが気になって心配でたまらないからだろうか？
　それとも知らないふりをしたことへの、やましさがあったからだろうか――？

　そんな後ろめたい気持ちの俺にナナミが問いかけてくる。

「ねぇおにーさん、知ってる？　迎撃に向かった【南部魔国】軍が初戦で【勇者】にかなり手ひどくやられたって話」

「なっ、それは本当か！？」

「噂だけどね。【勇者】の前に主力の一部がなすすべもなくやられたって話だよ」

「くそっ、【勇者】の持つ【聖剣】は対魔族用の決戦兵器、リーサルウェポンだ。並の魔族じゃ束になっても相手にならないか――」

　それこそベルくらいの強さがないと、勝負の土俵にすら上がれないんだ。
　野戦をすべきでないと考えたのはこれも理由の一つだった。

　わかっていたことだけど、やっぱり【聖剣】をもった【勇者】は世界最強の存在だ……！

「ねぇおにーさん、噂には続きがあるの。【勇者】の狙いは魔王さまだって話なんだけど、これってほんと？」

「……そんな話まで出ているのか。この国の情報統制はどうなってんだ？」

　……でも待て。
　さすがにこのクラスの軍事機密が、この短期間でこうも簡単に漏れるはずがない。

　つまり誰かが意図的に漏らしたんだ。
　いったい誰が？

　もちろん幼女魔王さまだ。
　自分が犠牲になれば戦が終わり国民が守られるというストーリーを自ら用意しようとしているんだ――！

「ねぇおにーさん、なんでなの？　なんで人間族はずっと仲良くやってきた【南部魔国】に攻めてきたの？　魔王さまがなにをしたって言うの？」

「それは――」

「ねぇおにーさん。おにーさんはすごく強いんだよね？　レアジョブの【精霊騎士】なんだよね？　魔王さまのお友達なんだよね？　だったらお願い！　助けてよ！　魔王さまを助けてよ！」

　必死にお願いするナナミの最後は叫ぶような声に、明るい店内が一瞬で静まり返った。
　ナナミは涙で真っ赤になった瞳で、俺を強く強く見つめている。

　俺への期待と現状への絶望が混じった瞳に見つめられて、俺の中にストンと一つの結論が生まれ落ちた。
　それはとてもとても簡単な結論だった。
　だから俺は言ってあげる。

「悪いが、ナナミのお願いは聞けない」

　そうだ、そんなお願いは聞いていられないんだ。

「どうして！？　おにーさんが人間族だから！？　人間族との戦争だから魔族の魔王さまは助けられないってこと！？」

　いまやナナミはあふれる涙をぬぐおうともせずに、メイドさんという仕事も忘れて俺に詰め寄っていた。

「ナナミのお願いは聞けない」

　だから俺はもう一度、同じ言葉を繰り返す。

「おにーさん……」

　俺の言葉に、ナナミが鼻をすすりながらうつむいた。

　涙がぽたりとテーブルに落ちる。

「――だってそうだろ？　誰かに言われたからするんじゃなくて、俺自身が魔王さまを助けたいって強く強く思っているんだからな！」

「ぇ――っ？」

「ありがとうナナミ。話したおかげでずっともやもやしていたものが全部まるっとするっと吹っ切れたよ。そうだよな、なにをぐだぐだ悩んでたんだ。まったく俺らしくもない」

「っ！　おにーさん！」

「安心しろナナミ。今から俺がちょっと行って魔王さまとミスティを助けてくるからよ」

　そうだ、なにを悩む必要があるってんだ――？
　
「俺はレアジョブ【精霊騎士】のハルト・カミカゼ。数多あまたの精霊と契約し戦闘から生活応援までなんでもこなす、元【勇者パーティ】の前衛――フロント・アタッカーを５年も務めた【精霊騎士】ハルト・カミカゼだ！　そんな俺が、誰かを助けるのになにを悩む必要がある！」

　ベルの立場とか、幼女魔王さまの気遣いとか、かつての仲間と戦う苦しみとか――そんなの全部関係ない！
　俺は俺の心に従って動くんだ！

　俺が人を助けるのに理由なんていらないのだから！

「おにーさん！　ありがとう！」

　俺の決意を聞いたナナミの顔が、大輪のバラのようにパァッと花開いた。

「そういうわけでナナミ、まずは情報が欲しい。特に戦場がどこかなるべく詳しく知りたいんだ。北部の平原で迎え撃つとしか聞いてないからな」

「わかった！　すぐに知ってそうな知り合いを集めてくるから待ってて！」