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いやだ
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どれくらい深く刺さったのだろうか、ヨウスケのシャツは真っ赤に染まった。
日本に生れ育って、こちらの世界でもさほど痛みを感じる経験はなかったヨウスケにとって、この免疫の無い痛みに脂汗がどっと吹き出た。
呼吸の度に、背中からドクドクと血が溢れる。
だが不安と恐怖に支配されそうになりながらも、ヨウスケは大司教の言葉を聞き逃せなかった。
「あの時……って、まさかエダールがあんな所にいたのは、おまえらのせいか……っ」
ヨウスケがエダールと出会った廃村は、人が住まなくなって長い場所だった。それなのにそこに薄着の子供がいたのはどう考えても不自然だった。
それでも自分の事を話したがらないエダールに、ヨウスケが無理強いしなかったせいなのかもしれない。そんな可能性を、一度でも考えなかったと言えば嘘になる。
「刃物に極端に怯えたのも、そのせいかっ」
ヨウスケは身を起こし、大司教を睨み付けた。
そんな男の姿に、目の前の聖職者は鼻を鳴らして笑う。
「国民は神子が生まれたら届け出る義務があるんじゃ。それを怠ったのが悪い」
「てめぇ……」
「その上、瘴気を異世界の大魔法使いが封印してしまったんじゃからな。利用価値のない神子など殺しても構わん。あの頃ならまだ、肉も柔らかかっただろうに」
せせら笑う大司教の姿に、ヨウスケは怒りで目の前を真っ赤にした。
指先に魔力を留め、男に向かって放とうとした瞬間。
「ヨウスケ、駄目だ。『やめろ』」
「――っ」
身体がビクリと硬直した。命令――それをヨウスケに与えられる人間は、この世界にたった一人しかいない。
血で濡れた背中にひたりと手の感触。そこから伝わる体温がじわじわと身体全体へと広がり、刺された痛みがすうっと引いていく。
「えだーる……?」
声が、体温が、伝わる鼓動が、全てそれがエダールのものだと確信できた。
だがそれは自分に都合の良い夢のような気がして、ヨウスケはにわかに信じられない。
「なんと……っ! まこと半端者は生き汚いのお!」
大司教は唾を飛ばしながら、顔を歪めてそう叫ぶ。
ヨウスケが恐る恐る後ろを振り返ると、そこには自分の知ってる男の顔があった。
「エダール」
「ヨウスケ。会いたかった」
強く抱きしめてくるその腕は力強くて、殺されかけていたとは思えない。そうしてヨウスケはハッとした。
「なんで、俺の傷が――って、エダール待て、お前――」
胸のナイフは。
合わさった胸元に、そんな感触は無い。
思わずエダールの顔を見ようとするも、きつく抱きしめられたヨウスケから見えたのは、パタンパタンと揺れる尻尾だけだった。
どういうことだと思考を巡らせかけた所に、悲鳴のような大司教の叫びが室内に響いた。
「まとめて……死ねえええ!」
大司教がナイフを振りかぶる。
ヨウスケはエダールを押しのけ、両手を大司教に向かって広げた。エダール――Domの命令によって魔法は使えないからだ。この時のヨウスケに、損得は頭に無かった。自分が傷つく事も死ぬ事も怖くなかった。ただエダールを、愛する者を守りたいという本能的なものだったのだ。それは全て一瞬で、エダールが阻止する間も無かった。
鋭い刃が眼前で光る。
「ぐあ……!」
叫んだのはヨウスケではない。目の前の凶行に及んだ犯人のものだ。
ナイフは床に落ちていた、いや厳密には落とされていた。大司教の腕には、別の細いナイフが深く突き刺さっている。
そしてヨウスケは少し離れた場所に、いつの間にかよく知った男達が立っている事に気がついた。
この国の王と、その従者の二人だ。
「ごめんね、やっぱり心配だから来ちゃった。でも悪く無いタイミングだったよね、ヨウスケ」
「ヴィー……おまえ」
呻く大司教に刺さったままのナイフは、かつてのヴィーの武器の一つだ。
確かに良いタイミングだったとは言えるものの、王自らが来るとは。ヨウスケはその軽率さに眉を寄せた。
「お前、もう下っ端王子じゃねぇんだ。お前に何かあったらどうすんだよ! おい、双子も連れて来てんじゃねえよ!」
「助けたのにぃ」
「うるせぇ」
「王なのにぃ」
「黙れ。おい双子、このバカさっさと連れて戻れ」
有無を言わさないヨウスケの言葉に、双子の魔術師は一瞬気圧されたようだ。顔を見合わせ、そして言葉を交わすこと無くただヨウスケに向かって頭を下げた。そのままあっさりとヴィーと、そして床に這っていた大司教を連れて姿を消す。
珍しい双子のその態度に、ヨウスケは少し驚いた。
気がつけば室内の黒いモヤは晴れ、大きな窓の外には綺麗な青空が広がっている。エダールは無事だし、もはや全て解決したように思えた。
「ヨウスケ」
後ろから腰に抱きついていたエダールの、拗ねたような声。
頭を背中にグリグリと押しつけてくるそれは、明らかに不満な態度だろう。
ああそうだ、とヨウスケは思う。最大の難関はこれだ。
「なんで、俺を庇ったんだ。危ないだろ」
「……知らねぇよ。身体が勝手に動いてたんだ」
「命令してないけど」
「~~っ、そういう事じゃ……っ、はあ、いや、違う。違うな……」
ヨウスケはその長い腕を丁寧に外して、まだ少し拗ねた顔のエダールと向き合った。そしてその頬を両手で強く挟んだ。
「いひゃい」
「悪かった!」
ヨウスケはそう叫んだ。
「全部、嘘だ。他のDomがいるとか、お前はもう良いとか、金貰ったとか。あ、あと双子が言ってた結婚も、勿論ねぇから! だから……」
じわじわとヨウスケの顔に熱が集まる。
エダールはその赤い瞳が大きく見開かれて、その真っ直ぐに見つめてくる視線がいたたまれない。思わず顔を逸らして全てを誤魔化してしまいたい衝動に駆られるが、ヨウスケは覚悟を決めた。
「好きだ! エダール、お前の事が好きだっつってんだよ! だから、その、お前が良ければ……、またあの家で一緒に暮らして――」
「いやだ」
「な……」
間髪を入れずに断られ、ヨウスケは割とショックだった。エダールなら全部を許してくれるだろう、そんな身勝手な甘えを吹き飛ばされた気持ちだ。
「家族としては、嫌だ。恋人なら、考えてもいい」
「そん……」
安堵と喜び、そして呆れ。エダールのその意趣返しのような言い方にもやもやとして、だけどヨウスケも、自分だって同じようなものだと肩の力を抜いた。
にやっと笑ってエダールの首に腕を回した。
「当たり前だろ? だって俺はもう全部、お前のもんだ」
そういってヨウスケは、男の柔らかい唇におなじものを重ねた。
年上ぶった自分だって、心臓の音が煩いというのに。
日本に生れ育って、こちらの世界でもさほど痛みを感じる経験はなかったヨウスケにとって、この免疫の無い痛みに脂汗がどっと吹き出た。
呼吸の度に、背中からドクドクと血が溢れる。
だが不安と恐怖に支配されそうになりながらも、ヨウスケは大司教の言葉を聞き逃せなかった。
「あの時……って、まさかエダールがあんな所にいたのは、おまえらのせいか……っ」
ヨウスケがエダールと出会った廃村は、人が住まなくなって長い場所だった。それなのにそこに薄着の子供がいたのはどう考えても不自然だった。
それでも自分の事を話したがらないエダールに、ヨウスケが無理強いしなかったせいなのかもしれない。そんな可能性を、一度でも考えなかったと言えば嘘になる。
「刃物に極端に怯えたのも、そのせいかっ」
ヨウスケは身を起こし、大司教を睨み付けた。
そんな男の姿に、目の前の聖職者は鼻を鳴らして笑う。
「国民は神子が生まれたら届け出る義務があるんじゃ。それを怠ったのが悪い」
「てめぇ……」
「その上、瘴気を異世界の大魔法使いが封印してしまったんじゃからな。利用価値のない神子など殺しても構わん。あの頃ならまだ、肉も柔らかかっただろうに」
せせら笑う大司教の姿に、ヨウスケは怒りで目の前を真っ赤にした。
指先に魔力を留め、男に向かって放とうとした瞬間。
「ヨウスケ、駄目だ。『やめろ』」
「――っ」
身体がビクリと硬直した。命令――それをヨウスケに与えられる人間は、この世界にたった一人しかいない。
血で濡れた背中にひたりと手の感触。そこから伝わる体温がじわじわと身体全体へと広がり、刺された痛みがすうっと引いていく。
「えだーる……?」
声が、体温が、伝わる鼓動が、全てそれがエダールのものだと確信できた。
だがそれは自分に都合の良い夢のような気がして、ヨウスケはにわかに信じられない。
「なんと……っ! まこと半端者は生き汚いのお!」
大司教は唾を飛ばしながら、顔を歪めてそう叫ぶ。
ヨウスケが恐る恐る後ろを振り返ると、そこには自分の知ってる男の顔があった。
「エダール」
「ヨウスケ。会いたかった」
強く抱きしめてくるその腕は力強くて、殺されかけていたとは思えない。そうしてヨウスケはハッとした。
「なんで、俺の傷が――って、エダール待て、お前――」
胸のナイフは。
合わさった胸元に、そんな感触は無い。
思わずエダールの顔を見ようとするも、きつく抱きしめられたヨウスケから見えたのは、パタンパタンと揺れる尻尾だけだった。
どういうことだと思考を巡らせかけた所に、悲鳴のような大司教の叫びが室内に響いた。
「まとめて……死ねえええ!」
大司教がナイフを振りかぶる。
ヨウスケはエダールを押しのけ、両手を大司教に向かって広げた。エダール――Domの命令によって魔法は使えないからだ。この時のヨウスケに、損得は頭に無かった。自分が傷つく事も死ぬ事も怖くなかった。ただエダールを、愛する者を守りたいという本能的なものだったのだ。それは全て一瞬で、エダールが阻止する間も無かった。
鋭い刃が眼前で光る。
「ぐあ……!」
叫んだのはヨウスケではない。目の前の凶行に及んだ犯人のものだ。
ナイフは床に落ちていた、いや厳密には落とされていた。大司教の腕には、別の細いナイフが深く突き刺さっている。
そしてヨウスケは少し離れた場所に、いつの間にかよく知った男達が立っている事に気がついた。
この国の王と、その従者の二人だ。
「ごめんね、やっぱり心配だから来ちゃった。でも悪く無いタイミングだったよね、ヨウスケ」
「ヴィー……おまえ」
呻く大司教に刺さったままのナイフは、かつてのヴィーの武器の一つだ。
確かに良いタイミングだったとは言えるものの、王自らが来るとは。ヨウスケはその軽率さに眉を寄せた。
「お前、もう下っ端王子じゃねぇんだ。お前に何かあったらどうすんだよ! おい、双子も連れて来てんじゃねえよ!」
「助けたのにぃ」
「うるせぇ」
「王なのにぃ」
「黙れ。おい双子、このバカさっさと連れて戻れ」
有無を言わさないヨウスケの言葉に、双子の魔術師は一瞬気圧されたようだ。顔を見合わせ、そして言葉を交わすこと無くただヨウスケに向かって頭を下げた。そのままあっさりとヴィーと、そして床に這っていた大司教を連れて姿を消す。
珍しい双子のその態度に、ヨウスケは少し驚いた。
気がつけば室内の黒いモヤは晴れ、大きな窓の外には綺麗な青空が広がっている。エダールは無事だし、もはや全て解決したように思えた。
「ヨウスケ」
後ろから腰に抱きついていたエダールの、拗ねたような声。
頭を背中にグリグリと押しつけてくるそれは、明らかに不満な態度だろう。
ああそうだ、とヨウスケは思う。最大の難関はこれだ。
「なんで、俺を庇ったんだ。危ないだろ」
「……知らねぇよ。身体が勝手に動いてたんだ」
「命令してないけど」
「~~っ、そういう事じゃ……っ、はあ、いや、違う。違うな……」
ヨウスケはその長い腕を丁寧に外して、まだ少し拗ねた顔のエダールと向き合った。そしてその頬を両手で強く挟んだ。
「いひゃい」
「悪かった!」
ヨウスケはそう叫んだ。
「全部、嘘だ。他のDomがいるとか、お前はもう良いとか、金貰ったとか。あ、あと双子が言ってた結婚も、勿論ねぇから! だから……」
じわじわとヨウスケの顔に熱が集まる。
エダールはその赤い瞳が大きく見開かれて、その真っ直ぐに見つめてくる視線がいたたまれない。思わず顔を逸らして全てを誤魔化してしまいたい衝動に駆られるが、ヨウスケは覚悟を決めた。
「好きだ! エダール、お前の事が好きだっつってんだよ! だから、その、お前が良ければ……、またあの家で一緒に暮らして――」
「いやだ」
「な……」
間髪を入れずに断られ、ヨウスケは割とショックだった。エダールなら全部を許してくれるだろう、そんな身勝手な甘えを吹き飛ばされた気持ちだ。
「家族としては、嫌だ。恋人なら、考えてもいい」
「そん……」
安堵と喜び、そして呆れ。エダールのその意趣返しのような言い方にもやもやとして、だけどヨウスケも、自分だって同じようなものだと肩の力を抜いた。
にやっと笑ってエダールの首に腕を回した。
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