追放された赤毛の従者と 愛が重い赤龍陛下の 幸せな離婚

てんつぶ

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一章 訪れと再会

うなじの辺りがザワリと逆立つ。

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「今の赤龍領は落ち着いているっていうし。俺はなにも思ってませんよ」

 ひらひらと手を振って明るく答えたというのに、タイランは浮かない顔だ。

「……今の赤龍は王族に支持されていない。それがどうも不穏な動きを見せているという報告もあるんだよ」

 一瞬タイランを注視して、だがすぐにやめた。
 だからなんだという気持ちもある。
 力を失った俺ができることなんて、なにもない。

「イル様に詳細は話してないんでしょ? 今度、折を見て俺から説明させてもらいますよ」

「そうしておくれ。変に私から言うべきことじゃないと思うから」

 タイラン様を執務室の前まで送り届けて、俺は来た廊下に戻った。
 執務室では官吏たちが首を長くしていたことだろう。
 俺はあくまで世話役で、政には関わらない。

「元とはいえ赤龍だった人間が踏み込んでいい分野じゃないもんなあ」

 人間たちの国に対しては龍人国とまとめているが、実際のところ各色龍族はそれぞれ独自の国だ。連合王国と言った方が正しいのかもしれない。
 つまり黒龍城にいるものの、俺は元・赤龍――赤龍国の王だった男なのだから、今更黒龍の政治に口を挟むわけにはいかないだろう。

 限定的な報告書の下読みを担っているのも、今だけの話だ。
 晴れ渡る青空を飾り窓の向こうに見ながらも、どこか気持ちがスッキリしないままだ。

「はあ、たまにはあいつらに訓練でもつけてやるかあ~」

 両手を天井に上げて、ウンと身体を伸ばす。
 少々のモヤモヤは、身体を動かせば吹っ切れる気がした。
 影のメンバーに付き合って貰えば、いい運動になる。

 影たちの泣き言が幻聴のように浮かんだが、気のせいだろう。
 俺に稽古を付けて貰えるなんて嬉しいと、泣いて喜んでくれるに違いない。

「ヤオ~、いる?」

 どことなしに声をかけると、いつもなら誰かが現われる。
 大体影の中でもリーダー格の、ヤオが付いていることが多いのだが。

「あれ……? サン~? ウー?? あれ、誰もいない?」

 珍しい。

 任務を言いつけている時以外は、我先にと俺の側に控えたがるのに。
 影のメンバーは現在五名、全員が不在というのは今までなかった話だ。
 普段から気配を消すことに長けている彼らだが、ここまで衣擦れの音ひとつさせないのはあまりに不自然だろう。

「なにか、あったか?」

 背中がザワリとした。

 龍体であれば、鱗が逆からさざ波のように波打っただろう。
 先刻までは僅かに気配があった。

 それが全員、俺のそばを離れているなんてあるだろうか。
 誰一人の気配もない、不自然な静寂が周囲を包み込む。
 風に煽られた木々から、葉擦れの音だけが不穏に響く。
 嫌な胸騒ぎに気配を辿ろうかと思った瞬間、目の前にドサリとなにかが落ちてきた。

「ヤオ!」

 それは影の一人、リーダー格のヤオだった。駆け寄るとヤオは顔を上げようとするが、震える上半身のせいでなかなかできない。

「ほ、ホンスァ様……」

 普段なら軽快に着地する男が、床に蹲ったまま肘を突いて身体を支えている。
 濃い灰色の上下揃いで作られた丈の短い袍は、所々汚れて裂けていた。
 神経質な性格そのままに、普段ならば後ろにキッチリ撫でつけられている髪の毛も乱れている。
 苦しそうな表情は、どこか怪我をしているのだろう。
 明らかに何らかの争いがあったことを意味している。

 うなじの辺りがザワリと逆立つ。
 ヤオが俺の手を握る。

「ホンスァ様、落ち着いて聞いてください。俺のことは捨てて今は、早く……黒龍城から逃げてください……!」

 ヤオの言葉で、影全員がその驚異に対峙していることはすぐに分かった。
 恐らく何らかの外敵、それが俺を狙っているのだろう。

「逃げる? 俺が? 俺のものを傷つけられてるのに? ヤオ、今は冗談を言うときじゃないよ」

「……ッ」

 赤龍として生きていたあの頃。

 俺は筋の良かった者たちを集め「影」として育て上げた。
 黒龍を除けば、色龍の中で最も体術に優れているのは青龍族だろう。恵まれた体格を持つ彼らは、ピィインを含めて単純な筋肉馬鹿が多い。
 だが赤龍族は巨大な筋肉が付きにくいだけで、柳のようにしなやかな体幹を持ち技巧に優れた種族だ。
 その中でも俺が育てた影の者たちは、世が世なら各自が赤龍に手が届いただろう実力の持ち主である。

「なあヤオ。俺が世界で一番嫌いなこと、知ってるだろ?」

「それは……」

 嫌な質問をした。
 ヤオが知らないわけがない。
 あの時から折に触れ、何度も何度も伝えているからだ。

「誰かを見捨てること、裏切ること。俺は、例えそれが俺自身であっても許さない」

 裏切るなら俺がそれに気付かないうちに殺せ。
 影たちに伝えている言葉は、俺の本心だ。

「お前たちは、俺の家族だ」

「ですがホンスァ様――」

「これは決定だ。それにどうせもう遅い」

 なにか言いたげなヤオの手をそっと離し、俺は静かに立ち上がる。
 朱く塗られた飾り窓からは、冷たい風が吹き込み俺の赤毛を揺らした。
 周囲に舞う落ち葉が、風の流れに逆らって動きを止めている。
 半ば無意識に発動させていた力。それに気づいた瞬間、力が霧散した。
 いや、させられたのだ。
 強制的に、力を散らされた。
 こんなことができるのは、俺と同じ力を持っている者だけ。

「……なあ、そうだろう?」

 俺がなにをするでもなく、落ち葉は再び重力に従い舞い落ちていく。
 見せつけられる力の差に、気分が重くならないと言えば嘘になる。

「ジーウ……いや赤龍様とでもお呼びした方がいいか?」

 俺の呟きに応えるように、音もなく背後から影が差した。
 背の高い男のシルエットは、強制的に嫌な記憶と結びつく。

 チャリ、と金具の――擦れる音がした。


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