7 / 8
二章 過去と現在
僕はホンスァの夫だよ
しおりを挟む
ジーウが姿を現したおかげで「影」ではない通常警護の侍衛たちも集まってきた。
「ホンスァ様、その者は」
侍衛たちは剣を携えているものの、ジーウのただならぬ佇まいから普通の賊とは違うとすぐに見抜いたようだった。
それはそれで嫌になるなと思いながらも、俺は小さく溜息をつく。
「落ち着いてくれ。こちらの方はジーウ……。おい、お前の姓は?」
さすがに名だけでは都合が悪い。
以前のジーウには氏はなかったが、さすがに今はあるだろう。
問いかけると男はにんまりと口角を上げる。
「チィロウ。ジーウ・チィロウだよ、ホンスァ」
カッと腹の奥が熱くなる。
だがそれも一瞬だ。
俺が腹を立てる道理などない。
「……悪趣味な男だな」
隠すことなく大きな溜息をついても、ジーウはニコニコと笑みを浮かべるばかりだ。
「……こちらの方はジーウ・チィロウ赤龍陛下だ。礼を」
俺の言葉で侍衛たちは一斉に床に膝をつく。
この城で働く者たちの最敬礼は黒龍陛下にのみ与えられるが、各色龍王たちはそれに準じる立場だ。
赤龍領は人間たちの国でいうならば、大国と呼ばれる国が二つすっぽりと入るほど大きな領地である。
その赤龍領の頂点に立つ男が、突然現われたこのジーウなのだ。
そんな人物に剣を向けてしまった侍衛たちの冷や汗たるや、哀れにすら思う。
「赤龍が好き勝手に乗り込んで来てもらっちゃ困る場所なんだがな。定例議会だって、もう少し先だろう」
少なくとも黒龍であるタイラン様とジーウはさほど交流がない。
ピィインと違い、ホイホイと現われてもらっては困るのだ。
それなのにジーウは、まるで自分は悪くないとばかりにぽつりと呟く。
「だってホンスァ、定例議会の度に僕を避けていなくなるじゃない。せっかく赤龍になったのに全然会えない」
拗ねたような物言いに、俺はカッとなって思わず叫ぶ。
「お前が勝手に――ッ」
言いかけて途中で口をつぐむ。
侍衛たちがまだいる中で、現赤龍とのいざこざを見せるのはよろしくないに決まっている。
俺が元・赤龍だったことは黒龍城で働く者ならば誰でも知っているが、なぜ代替わりしたのかを正しく知る人物は恐らく、タイランだけだろう。
「……ともかく、悪いがうちのやつらの手当をしてくれ。ジーウ、他の子たちはどこにいる?」
「面倒だから縛って転がしてる。西の門裏。もちろん殺してない。偉い?」
褒めて褒めてと尻尾を振る、まさに犬のようだ。
龍人の中でも最強の部類に入る、赤龍だというのに。
「偉い……」
「うれしー」
心にもない世辞を伝えただけで、冷たい容貌がふにゃりと崩れる。
十数年ぶりだというのに、ジーウは全く変わらない。
俺だけがあの時に取り残されたまま、まだ怒りを、悲しみを忘れられないでいる。
「なんの騒ぎかと思ったら」
涼やかな声が周囲に響く。
威圧感など感じないはずの穏やかな声音だというのに、その圧倒的な圧力は龍人の本能に訴えかけ、自然と動きが止まる。
「赤龍じゃないか。どうしたのかな? 定例議会にはまだ早いよ」
ゆるく結んだ黒髪を流しながら、左右に割れる侍衛たちの間を悠然と歩いてくるのはこの城の主、そして俺たち龍人の主である黒龍陛下、タイランだ。
よく見れば、後ろには伴侶であるイル様が、不安そうな顔でこちらを見つめていた。
「すいません、騒がせてしまって」
「あれ、黒龍陛下。こんにちは」
軽く頭を下げる俺をよそに、ジーウはけろりとした顔で適当な挨拶をする。
「こんにちは、じゃねーだろうが! 嘘でも拝謁至極くらい言え!」
頭を抱え、グリグリと拳をねじりこむ。
こいつは昔から、礼儀に疎すぎる。
「ううー」
呻き声が聞こえるが、こういう馬鹿には言っても聞かないのだから、叩き込むしかない。
「ええっと、ホンスァ……その方って。赤龍……だよね? ホンスァの友達?」
おずおずとしたイル様の声に、俺は慌ててジーウを突き飛ばした。
「イル様! 違います! こんなやつ――」
「僕はホンスァの夫だよ」
弁明しようとする俺の言葉に被せて、ジーウがさらりと言い放つ。
いい天気ですね、とでも言うかのような当然のニュアンスで言うんじゃない。
ああほら、イル様が大きく目を見開いてしまっている。
「え、ええ? ホンスァ、結婚してたの……!? えええ!?」
「してません!!」
俺はそう大声で叫ぶしかできなかった。
腰を抱こうとするジーウの顎に、掌底をひとつ、叩き込んで。
「ホンスァ様、その者は」
侍衛たちは剣を携えているものの、ジーウのただならぬ佇まいから普通の賊とは違うとすぐに見抜いたようだった。
それはそれで嫌になるなと思いながらも、俺は小さく溜息をつく。
「落ち着いてくれ。こちらの方はジーウ……。おい、お前の姓は?」
さすがに名だけでは都合が悪い。
以前のジーウには氏はなかったが、さすがに今はあるだろう。
問いかけると男はにんまりと口角を上げる。
「チィロウ。ジーウ・チィロウだよ、ホンスァ」
カッと腹の奥が熱くなる。
だがそれも一瞬だ。
俺が腹を立てる道理などない。
「……悪趣味な男だな」
隠すことなく大きな溜息をついても、ジーウはニコニコと笑みを浮かべるばかりだ。
「……こちらの方はジーウ・チィロウ赤龍陛下だ。礼を」
俺の言葉で侍衛たちは一斉に床に膝をつく。
この城で働く者たちの最敬礼は黒龍陛下にのみ与えられるが、各色龍王たちはそれに準じる立場だ。
赤龍領は人間たちの国でいうならば、大国と呼ばれる国が二つすっぽりと入るほど大きな領地である。
その赤龍領の頂点に立つ男が、突然現われたこのジーウなのだ。
そんな人物に剣を向けてしまった侍衛たちの冷や汗たるや、哀れにすら思う。
「赤龍が好き勝手に乗り込んで来てもらっちゃ困る場所なんだがな。定例議会だって、もう少し先だろう」
少なくとも黒龍であるタイラン様とジーウはさほど交流がない。
ピィインと違い、ホイホイと現われてもらっては困るのだ。
それなのにジーウは、まるで自分は悪くないとばかりにぽつりと呟く。
「だってホンスァ、定例議会の度に僕を避けていなくなるじゃない。せっかく赤龍になったのに全然会えない」
拗ねたような物言いに、俺はカッとなって思わず叫ぶ。
「お前が勝手に――ッ」
言いかけて途中で口をつぐむ。
侍衛たちがまだいる中で、現赤龍とのいざこざを見せるのはよろしくないに決まっている。
俺が元・赤龍だったことは黒龍城で働く者ならば誰でも知っているが、なぜ代替わりしたのかを正しく知る人物は恐らく、タイランだけだろう。
「……ともかく、悪いがうちのやつらの手当をしてくれ。ジーウ、他の子たちはどこにいる?」
「面倒だから縛って転がしてる。西の門裏。もちろん殺してない。偉い?」
褒めて褒めてと尻尾を振る、まさに犬のようだ。
龍人の中でも最強の部類に入る、赤龍だというのに。
「偉い……」
「うれしー」
心にもない世辞を伝えただけで、冷たい容貌がふにゃりと崩れる。
十数年ぶりだというのに、ジーウは全く変わらない。
俺だけがあの時に取り残されたまま、まだ怒りを、悲しみを忘れられないでいる。
「なんの騒ぎかと思ったら」
涼やかな声が周囲に響く。
威圧感など感じないはずの穏やかな声音だというのに、その圧倒的な圧力は龍人の本能に訴えかけ、自然と動きが止まる。
「赤龍じゃないか。どうしたのかな? 定例議会にはまだ早いよ」
ゆるく結んだ黒髪を流しながら、左右に割れる侍衛たちの間を悠然と歩いてくるのはこの城の主、そして俺たち龍人の主である黒龍陛下、タイランだ。
よく見れば、後ろには伴侶であるイル様が、不安そうな顔でこちらを見つめていた。
「すいません、騒がせてしまって」
「あれ、黒龍陛下。こんにちは」
軽く頭を下げる俺をよそに、ジーウはけろりとした顔で適当な挨拶をする。
「こんにちは、じゃねーだろうが! 嘘でも拝謁至極くらい言え!」
頭を抱え、グリグリと拳をねじりこむ。
こいつは昔から、礼儀に疎すぎる。
「ううー」
呻き声が聞こえるが、こういう馬鹿には言っても聞かないのだから、叩き込むしかない。
「ええっと、ホンスァ……その方って。赤龍……だよね? ホンスァの友達?」
おずおずとしたイル様の声に、俺は慌ててジーウを突き飛ばした。
「イル様! 違います! こんなやつ――」
「僕はホンスァの夫だよ」
弁明しようとする俺の言葉に被せて、ジーウがさらりと言い放つ。
いい天気ですね、とでも言うかのような当然のニュアンスで言うんじゃない。
ああほら、イル様が大きく目を見開いてしまっている。
「え、ええ? ホンスァ、結婚してたの……!? えええ!?」
「してません!!」
俺はそう大声で叫ぶしかできなかった。
腰を抱こうとするジーウの顎に、掌底をひとつ、叩き込んで。
84
あなたにおすすめの小説
給餌行為が求愛行動だってなんで誰も教えてくれなかったんだ!
永川さき
BL
魔術教師で平民のマテウス・アージェルは、元教え子で現同僚のアイザック・ウェルズリー子爵と毎日食堂で昼食をともにしている。
ただ、その食事風景は特殊なもので……。
元教え子のスパダリ魔術教師×未亡人で成人した子持ちのおっさん魔術教師
まー様企画の「おっさん受けBL企画」参加作品です。
他サイトにも掲載しています。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
英雄の溺愛と執着
AzureHaru
BL
転生した世界は前世でどハマりしたBLゲーム。最推しは攻略対象!ではなく、攻略対象達の剣術の師匠である、英雄の将軍閣下。メチャクチャイケオジでドストライクだった主人公はこのイケオジみたさにゲームをやっていた。その為に、ゲームの内容など微塵も覚えていなかった。
転生したからには将軍閣下を生でみないとというファン根性で付きまとう。
付き纏われていることに気づいていた将軍だか、自分に向けられる視線が他とは違う純粋な好意しかなかったため、戸惑いながらも心地よく感じていた。
あの時までは‥。
主人公は気づいていなかったが、自分達にかけらも興味を持たないことに攻略対象者達は興味をそそられ、次第に執着していく。そのことにいち早く気づいたのは剣術指南役の将軍のみ。将軍はその光景をみて、自分の中に徐々に独占欲が芽生えていくのを感じた。
そして戸惑う、自分と主人公は親子ほどに歳が離れているのにこの感情はなんなのだと。
そして、将軍が自分の気持ちを認めた時、壮絶な溺愛、執着がはじまる。
告白を全部ドッキリだと思って振ったら、三人のアイドルが壊れかけたので彼氏役をすることになりました
海野(サブ)
BL
大人気アイドルヘイロー・プリズムのマネージャーである灯也はある日、その担当アイドル 光留 輝 照真 に告白されるが、ドッキリだと思い、振ってしまう。しかし、アイドル達のメンタルに影響が出始めてしまい…
致してるシーンと受けが彼氏役を引き受けるとこしか書いてませんので悪しからず。
帝に囲われていることなど知らない俺は今日も一人草を刈る。
志子
BL
ノリと勢いで書いたBL転生中華ファンタジー。
美形×平凡。
乱文失礼します。誤字脱字あったらすみません。
崖から落ちて顔に大傷を負い高熱で三日三晩魘された俺は前世を思い出した。どうやら農村の子どもに転生したようだ。
転生小説のようにチート能力で無双したり、前世の知識を使ってバンバン改革を起こしたり……なんてことはない。
そんな平々凡々の俺は今、帝の花園と呼ばれる後宮で下っ端として働いてる。
え? 男の俺が後宮に? って思ったろ? 実はこの後宮、ちょーーと変わっていて…‥。
執着
紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。
劣等アルファは最強王子から逃げられない
東
BL
リュシアン・ティレルはアルファだが、オメガのフェロモンに気持ち悪くなる欠陥品のアルファ。そのことを周囲に隠しながら生活しているため、異母弟のオメガであるライモントに手ひどい態度をとってしまい、世間からの評判は悪い。
ある日、気分の悪さに逃げ込んだ先で、ひとりの王子につかまる・・・という話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる