ショッピングモール転移 〜妹の言うとおりにしていたら、最先端の無害ダンジョンとして一世を風靡する〜

途上の土

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異変

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 なんでアパレルショップってどこも長ったらしい横文字の店名なんだろう。そんなどうでも良いことを考えながら、ただただ妹の帰還をぼんやりと待ち続けた。
 楠木くすのきモール2階。ファッション系小売店『インターナショナルポート』の店先ベンチに桐谷 蒼きりたに あおは座っていた。
 往きかう人々はカップルやファミリーが多い。概ね皆が楽しそうに笑って蒼の前を通過して行った。

(まったく……何が楽しくて、こんな所にうじゃうじゃ集まるかねぇ)

 この楠木モールにはアパレルショップのみならず、ホビー店、スポーツショップ、フードコート等々、あらゆる小売店、飲食店がこれでもかと詰め込まれている。だから人が集まるのだと理屈では分かってはいたが、蒼にはそもそも『ショッピング』の楽しさがイマイチ理解できなかった。

「ネットなら3分で済むのに」

 蒼が呟くのとほとんど同時だった。蒼の隣に、背もたれ越しに紙袋がどさっと置かれた。

「あのね、お兄ちゃん」と呆れた声で妹の桃香ももかが半眼で睨んでくる。「お兄ちゃんがネットで買ったゴミ、いちいち捨てるのが大変なんだからね!」
「妹よ。兄の趣味をゴミ呼ばわりしないでもらいたいんだが」
「ドクロプリントのロンTがゴミじゃなかったら、なんなの? お兄ちゃんはセンスが平成初期の陰キャ並なんだから、自分で服買おうなんて金輪際、思わないで? ももが選んであげるから」

 桃香は紙袋を軽く持ち上げる。さぞハイファッションな衣類があのちっぽけな紙袋におさめられているのだろう。
 お兄ちゃんのファッションセンスは陰キャでもいいけれど、せめて令和の最新の陰キャファッションでありたかった。
 一方の桃香は、チェックのサロペットスカートといい、『それに何が入るの?』というレベルのサイズのブランドバッグといい、お洒落には人一倍気を遣っている。隣を歩くとまるでお洒落で圧をかけられているかのようだ。出来すぎた妹は存在だけで兄を殺せるのだ。社会的に。

「とはいえ」と桃香が顔を寄せてくる。微かに甘い香料が香った。「ズボンはお兄ちゃんに試着してもらわなきゃ買えないんだよ? いっつも勝手にお店から出て行くのいい加減やめてよね」

 桃香は、その名前を表したように鮮やかなピンクブロンドの髪を耳にかけながら苦言を呈する。しょっちゅう家に桃香の同級生(♂)がノンアポでやって来て桃香に追い払われる光景を目にするが、このヴィジュアルならそりゃモテるよな、と我が妹ながら納得してしまう。

「いや、ズボンならこの前ネットで——」
「あのマジックテープのズボンなら捨てたよ」
「……妹よ。せめてフリマアプリで売ってくれ」
「売れるわけないでしょ。あんな小学生でも履かないようなズボン」

 お前は分かってないな、と蒼が口を開いたときだった。
 突如、途轍もない振動が建物全体を揺らした。まるでショッピングモールごと谷底に落下しているかのような浮遊感、そして直後、岩が打ち砕かれるような鈍い音と激しい衝撃が走った。

「きゃっ——」

 身を丸めてかがみこむ桃香を、蒼は覆うように抱きかばい、連続して訪れる衝撃にひたすら耐えた。
 何分——いや、何秒経っただろうか。一瞬が永遠のようにも感じられた。
 既に浮遊感や振動は過ぎ去っていた。蒼は桃香を抱き抱えたまま、ゆっくりと辺りを見回す。
 照明は消え、モール内は薄暗い。窓が少ないためか。

「……地震か?」

 蒼が問うと、桃香はきゅっと蒼の袖を掴んだ。その手は僅かに震えていた。

「そうだったら……むしろいいんだけど」
「なんで地震だったらいいんだよ」
「……地震なら対処法が明確でしょ」

 そう答える桃香は、少し落ち着いたのか、既に震えは止まっていた。
 蒼は胸を撫で下ろす。桃香、調子を取り戻してきたか。
 桃香はいつだって冷静で的確で決して間違わない。蒼が道を踏み外しそうなときはいつも妹が正解の道を教えてくれた。妹に危険が迫ったときはいつも蒼が盾となり守って来た。そうやってこの兄妹は苦難を乗り越えて来たのだ。だから動揺する妹というのは少し蒼の心をざわつかせた。
 蒼が妹を抱き止めていた手をほどくと、桃香は小さく頬を膨らまし、「まだ抱きついててもいいよ」と訳の分からないことを宣う。

「俺が抱きつきたくてそうしてたみたいに言うな。もう危険はなさそうだし必要ないだろ」
「もも……怖いよぅ」

 目を潤ませてパチクリする姿は、どこからどう見てもふざけているようにしか見えない。
 蒼は無視して立ち上がり、辺りを見回した。見たところ、楠木モールに損傷はなさそうだった。
 代わりに不自然な程にのどかな鳥の囀りが、モール内に絶え間なく響き続けていた。
 ちゅぴ。ちゅぴぴぴ、ぴぴ。
 都会ではもう久しく聞かない自然の一部を切り取ったような綺麗な鳴き声歌声

(この鳥、どこから湧いて出た? 渡り鳥?)

 視線を振っても一向に囀りの主は見つからない。仕方なく、無視されて拗ねている桃香に視線を戻した。
 
「地震じゃないなら、なんだってんだよ」
「さぁ。でも常識じゃ考えられない出来事が起こってるのは確かだよ」
「アンベリーバボーかよ。現実主義の桃香らしくないな」

 桃香は小さく微笑んでから立ち上がり、吹き抜けの転落防止柵に手を置いて階下を見下ろした。1階の様子も揺れの前と変化はなさそうだった。ただ1点を除いて。

「現実的に考えて言ってるんだよ。だっておかしくない? あんな規模の地震が起きたのに何一つ壊れてないんだよ?」

 このガラス製の柵すらも、と桃香がコンコンと柵を叩く。強化ガラスではあるだろうが、先ほどの規模の地震なら割れていた方が自然なように思えた。

「奇跡的だな。まさに奇跡体験アンベリーバボー」
「それだけじゃないよ? この鳥の囀りは何? 明らかにスピーカー音声じゃない生の野鳥の鳴き声じゃん。だけど、ここ豊島区だよ?」
「いや、これは……渡り鳥?」
「この時期に? 豊島区にピンポイントで? そんなわけないでしょ。ちょっとは頭使ってよ」

 ぐ、と呻きが漏れる。確かに何も疑わず、ノータイムで渡り鳥だと確信していた自分は、頭を使っていないと言われても仕方がないのかもしれない。が、桃香に指摘されると少しムカつく。

「だいたいさ」と桃香の追撃が続く。「周りにいたたくさんの人たちはどこに消えたの? 明らかにおかしいじゃん」

 そこで蒼は、はっと気付く。
 周りにあれだけ往きかっていたカップル、ファミリー、その他の人々も、その一切が消えていた。跡形もなく。
 移動したとは思えなかった。あの振動が起こった瞬間には周りにたくさん人がいたのだ。だが振動がおさまったときには消えていた。あの揺れの中、移動したとは考えられない。
 彼らは文字通り『消えた』のだ。
 蒼が答えられないでいると、桃香が先に口を開いた。

「現状が確定しない今、まずすべきことは何だと思う?」

 生徒に設問を与える教師のように、桃香は柔らかく微笑んだ。
 そうだ。不確定要素が多すぎる。まずは情報を集めないと。

 
「もも、外の様子を見に行こう」

 蒼が口にすると、桃香は満足げに頷いた。
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