ショッピングモール転移 〜妹の言うとおりにしていたら、最先端の無害ダンジョンとして一世を風靡する〜

途上の土

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ナーイス◯害

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 あおは鬱蒼と生い茂る樹木をじっと見つめた。
 異世界。
 異世界。
 異世界か。
 異世界的な何かを求めて視線を右へ左へと振り回すが、視界に映るは何の変哲もない森のみ。
 突然、ここは異世界だと言われても実感など持ちようがない。

「なぁ、流石にそれは突拍子もなさすぎないか?」
「そう?」
「いくら常識では考えられない出来事が起きてるからと言って、異世界ってのはちょい夢見がちというか、アニメの見過ぎというか……」
「お兄ちゃん、遠慮がちに辛辣なこと言わないでくれる? ももだって根拠もなく、こんなこと言ってる訳じゃ——」

 桃香の言葉を、茂みの葉音が遮った。
 蒼と桃香の視線が揺れる葉に向く。
 ツーっと汗がこめかみを伝った。
 ここは未知のジャングル。虎や熊、毒蛇や毒蛙など、危険な生物はいくらでも考えられる。遭遇すれば即詰みだ。いくら蒼でも野生動物から桃香を守れるか、自信はなかった。
 蒼と桃香はじっと動きを止め、呼吸すらも止める。森の一部になりきり、ソレが去っていくのをひたすらに祈った。
 葉音が止まる。

「………………行ったか?」

 蒼が見事フラグを立てると、桃香が非難の目を飛ばして来た。
 その直後、

「ギャギグガギググル、ガィゲェェエエエ!」

 奇声と共に、灰色で小柄な人間——いや、人間ではない。縦長の瞳孔、鋭い犬歯、太く歪な鼻。人型のようで、明らかに人間ではない何かが茂みから飛び出した。
 擦り切れた布を腰に纏っているところを見るに、獣よりも知能が高いのかもしれない。
 その化け物はこちらに気付いているが、喉をグルグル鳴らしながらも立ち止まってこちらの様子を伺っているようだった。

「もも……落ち着け……目を合わせたまま、ゆっくり後退るんだ」
「それ熊の対処法。お兄ちゃんこそ落ち着きなよ」

 桃香は微動だにせず、目の前の異形の生物を観察し続けていた。
 その異形もしばらくは動きを見せなかった。
 ——が、やがて、おもむろに口をかぱっと開くと、

「ゲグゴギギィギィガ、ガィゲェェエエエ!」
 
 異形の生物は叫ぶや否や、石のナイフを掲げて迫って来た。

「ぎぃやァァアアア! なんか来た! なんか来たんだけどォォ?!」

 言いながら蒼は桃香の手を引いてモール内を駆け出した。異形は完全に蒼たちを敵と認めたのか、唾を撒き散らす勢いで奇声を上げながら追いかけて来る。

「何?! なんなんだよォ!」
「あれはゴブリンだね」と桃香がさも当然のように返答する。

 色々と桃香を問いただしたいところだったが、今はそれどころではない。まずは迫り来る化け物——ゴブリンをどうにかしなくては。
 
「おい、付いて来てるぞアイツ! どうする?! どうすればいい?!」
「お兄ちゃん、こっち!」

 桃香に手を引かれて、キッチンストアに入った。
 ストアに入ったのだから、当然それより先に逃げ道はない。あるのは展示されている大量の料理器具だけだ。

「行き止まりじゃん!」
「大丈夫。ほい、コレ」

 桃香に渡されたのはプラスチック製のケースに入った包丁だった。
 おいまさか、と蒼は妹の言わんとすることを察した。
 目で桃香を非難しながらも、蒼は手早くケースから包丁を抜いた。

「殺害してっ。お兄ちゃん❤︎」
「言い方! てか、あんな化け物に——」
「ギゲガギギャギャァ!」

 追いついたゴブリンが蒼に飛びかかる。
 蒼は半身を引きながら、ゴブリンの石ナイフに料理包丁を添えて、受け流した。
 この生物を絶命させることで何か罪に問われることはあるのだろうか、と蒼は逡巡する。
 だが、殺らなくては殺られる。蒼にとって最も大事なのは己の命でも、前科のない綺麗な人生を送ることでもなかった。
 妹、桃香だ。
 このままでは桃香が危険。そう感じた時には既に身体は動いていた。
 ゴブリンの突き出すナイフを紙一重でかわし、隙間を縫うように包丁をゴブリンの頸動脈に沿わせた。
 直後、プシッという水圧の音と共に、生温かい血液が顔面に吹きかかった。

(こんな化け物でも血は赤いんだな)

 血を噴きながらゴブリンは膝から崩れ落ちた。

「ナーイス殺害っ」と桃香がサムズアップする。
「だから言い方! てか、なんだよコイツ! なんでお前コイツのこと知ってんだよ!」

 蒼は語気荒く問い詰めるが、桃香は全く動じず、

「ん~、その説明よりも、まずは全ゲート封鎖するのが先じゃない?」

 と、首を傾げて上目遣いに言った。
 またあの化け物——ゴブリンが楠木モールに入って来たら、と考えて血の気が引いた。複数匹入って来たら今度こそ終わりだ。蒼は血塗れのまま慌てて来た道を駆け戻った。
 
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