こいはなび

三角 小咲

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第1話

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なんとなく頭が痛い気がする・・・・・・。
結局あの後、残り2本のチューハイを空けてから家へと帰り着いた。シャワーも浴びず、そのままソファーで寝てしまったので、化粧のりも悪ければ体も痛い気がしていた。それでも、鏡に向かって笑顔を作ってみる。お化粧・・・・・・まぁ、なんとか大丈夫。髪型も問題なし!
服の皺を確認して、トイレから出ようとすると、
「あ、小山さん。お疲れ様です~」
元気な奥村ちゃんの声が響いた。
「あれ、本当にお疲れでした?」
声が頭に響き、顔をしかめたのを見逃さなかったらしい。
「そんなことないよ? ただ、ちょっと飲みすぎちゃって・・・・・・」
「あら、昨日はお楽しみだったんですか?」
「そんなことは」
ないよ、と言う私を遮って、
「遂に清水さんと飲みに行っちゃいました?」
興味津々で尋ねる奥村ちゃんをなだめつつ、
「私が誘えるわけないじゃん・・・・・・昨日は、公園で一人で飲んでたんだよ・・・・・・」
「公園でって・・・・・・え? 誕生日に、一人寂しく公園でお酒ですか? 貰ったワインで?」
「流石にワインは空けられなかったよ・・・・・・コンビニで缶チューハイ買って」
「うっわぁ、寂しいなぁ~・・・・・・」
「さっ寂しくないよ? 高校生に慰めてもらって・・・・・・」
昨日のことを話そうとしたら、ものすごく冷たい目で見られてしまった・・・・・・
「未成年淫行ですか・・・・・・? さすがにそれは引くんですけど・・・・・・」
「そんなことしてないよ! お話聞いて貰いながら、私がお酒飲んでただけ!」
「・・・・・・小山さん、今日飲み会しましょ。流石にその妄想は痛すぎます」
「もっ妄想じゃないよ?」
「はいはい。清水さん誘いますから! ちゃんとお祝いして貰いましょ?」
「・・・・・・でも、」
「大丈夫です! 私が誘いますから。小山さんはただ参加すれば良いですから」
「・・・・・・はい」
奥村ちゃんははっきりきっぱりしていて、いっつも引っ張って貰っている。どっちが先輩だか時々分からなくもなるけど、頼もしい存在だと思う。
「ところで、なんで清水さんのこと好きなんですか?」
「なんで、って」
「だって、あんまりいい噂聞きませんよ? 見た目爽やかだけど実は性格悪いとか、女癖悪いとか」
「でもさ!」
私が反論しようと思ったら、始業のチャイムが鳴ってしまった。こういうところはなんだか学校みたいだと思う。
「まぁ、それは今度ゆっくり聞きますよ。とにかく、今日の夜は空けておいてくださいね」
奥村ちゃんは私の返事も聞かずに、さっさとお手洗いを後にしてしまった。私も慌てて、前髪だけ直してお手洗いを出る。
その後、なんだかふわふわそわそわしたまま、一日を過ごしてしまい、小さなミスを繰り返してしまったけれど、なんとか一日の業務を終わらせることができた。

「小山さん、行きますよ!」
「はっはひ」
とりあえず、メイクも髪型も直したし・・・・・・あとは、不用意な発言をしないことに注意して・・・・・・

どんな形であれ、隼人先輩と飲みに行けるのはやっぱり楽しみでもあった。
奥村ちゃんの計らいで、隼人先輩の隣に座らされ、なんだかお酒を飲んだ気になれない。
「昨日、小山さんお誕生日だったんだって?」
「はい、そうなんです」
「そっか、おめでとう」
「あっ有り難うございます・・・・・・!」
「なんで言ってくれなかったの? 奥村さんから言われるまで知らなかったよ」
そう言って、微笑みかけてくれる先輩にドキドキする。
「そういう大事なことはちゃんと言ってくれないとさ。ずっと一緒に働いてるのに、なんだか寂しいじゃん」
ドキドキふわふわしていたら、先輩の手が私の太腿へと伸びてきた。
あれれ? と思ったけど、先輩と話せることが楽しくて・・・・・・酔いが回って、ゆっくりと喋っているのに、嫌な顔せず、むしろ笑顔で聞いてくれているのも嬉しかった。
「なになに、さっきから二人怪しくない?」
ずっとこのままだったら良いのになぁ~なんて思っていたら、佐々木さんに水を差されてしまった。
「小山ちゃん、清水には気を付けた方が良いよ? こいつ、悪い男だから」
「え、そうなんですか? 全然そんな風に見えませんけど」
「もうね、何人の女の子が泣かされてきたか・・・・・・」
「そんなの、噂話だって」
「またまた、今の彼女で何人目よ?」
『彼女』と言う言葉に反応してしまい、隼人先輩の顔をじっと見つめてしまう。先輩は、ふふっと笑ってグラスを煽る。
「なに、今度は本気なの? その先も考えちゃったりしてる?」
佐々木さんはぐぐっと先輩に近づき問い詰めていたけど、なんだか二人の会話が遠くに聞こえる気がした。
「俺はいつだって本気だよ?」
「うっわぁ、出たよ、キザ発言! ね、だから、こんなヤツに引っかかっちゃダメだよ?」
そうか、隼人先輩、彼女いるんだ・・・・・・。
こんなに格好いいんだもん、当たり前だよね・・・・・・すとん、と落ちてきたこの言葉に納得しつつも、やっぱり・・・・・・ そんなことを考えていたら、
「清水~」
先輩は部長に呼ばれて席を外してしまった。妙な空気になってしまったのを察知していたのか、ほっとした表情で去っていく隼人先輩の背中を見送ることくらいしか出来なかった。
「小山ちゃん、大丈夫?」
「えっ? あ、えっと」
「酔っちゃった? 気分悪い?」
近くで心配してくれている佐々木さんに一応笑って見せてから、
「大丈夫です。 ちょっと、お手洗い行ってきますね」
と席を辞した。

少し外の空気を吸いたくて、出入口の方へ向かおうとぼんやり歩いていたら、
「小山さん、大丈夫ですか?」
と奥村ちゃんが後を追ってきてくれた。
「あ、奥村ちゃん~」
「奥村ちゃん~じゃないですよ、相当酔ってるみたいですけど、大丈夫ですか?」
「うん~? 大丈夫だよ?」
大丈夫なら良いんですけど、と前置きをしてから、
「それより、清水さんとなに話してたんですか? なんだか親密そうでしたけど」
「なに話してたんだろう・・・・・・でも、楽しくて」
ヘラヘラと笑ってしまう私を一瞥してから、周りに聞こえないような冷静な声で、
「触られたりしませんでした? 小山さんぼんやりしてるから、気を付けてくださいよ?」
「大丈夫だよ~ それに、隼人先輩・・・・・・」
「なんですか?」
「・・・・・・彼女、いるんだって」
「えっ・・・・・・」
「しょうがないよね、先輩、格好良いし、優しいし、そりゃ彼女いるよって話だよね!」
涙声になるのを堪えて、極力笑顔に見えるように、口角を上げてみた。きっと今、凄い酷い顔してる・・・・・・
「なんか、済みませんでした」
「なんで奥村ちゃんが謝るの?」
「だって、私がこんな会開かなければ、知ることもなかったのに・・・・・・」
「・・・・・・でも、いずれは知らなきゃいけないことだよ。それに、知らないまま好きでいるのも苦しいよ」
それと――
「私、隼人先輩におめでとうって言って貰えて嬉しかったから! 有り難う、奥村ちゃん!」
「・・・・・・いろんな意味で悲しいですね・・・・・・」
「悲しいです。よし、飲もう、奥村ちゃん!」
そろそろやめておいた方が良いですよ、なんて言いながらも、結局は付き合ってくれた。
この後からは、なんとなく記憶が曖昧になってしまっていた。あの後何杯飲んだのか、なんて覚えているわけもなく・・・・・・
「ちょっと、小山さんも奥村さんも飲みすぎじゃない? 大丈夫?」
そろそろお開き、というところで隼人先輩が声を掛けてくれた。
「はーとせんぱい? らいじょうぶれす!」
「いや、大丈夫じゃないよね?」
先輩が苦笑いしてるのが分かった。
「送っていくから、立てる?」
「はい」
「あ、佐々木さーん、奥村さんと方向一緒だよね? 頼んでもいいかな?」
テキパキとしている隼人先輩も格好いいなぁ~なんて思いながら、落ちそうになる意識を何とか保とうと頑張ってみたけれど、やはりとろんとしてしまう。
「小山さん、行くよ?」
「はーい・・・・・・」
先輩に抱きかかえられるようにしながら、お店を出る。
「タクシー捕まえるから、ちょっと待ってて?」
「あの、先輩」
「なに?」
「私、電車が良いです・・・・・・」
「そんな状態で電車に乗せるわけにはいかないから。ね、ちょっと待ってて?」
「はい・・・・・・」
すぐにタクシーを捕まえてくれて、そのまま車に乗せてくれる。
「住所言える?」
ぼんやりと住所を伝えると、
「分かった。じゃぁ、ついたら起こすから、少し寝てても大丈夫だよ」
そう言って、肩を抱くようにして、頭を肩に乗せさせる。こういうちょっとした仕草も、女慣れしているんだな、と感じてしまう。
先輩の匂いを近くで感じながら、この人の一番になりたかったな、それももう叶わないんだよな、なんて思いながら、とろとろと微睡んでしまった。
「小山さん」
耳元で先輩に呼ばれて、びっくりして目を開ける。
「はっはい」
「小山さん、もう近所みたいなんだけど、案内できる?」
窓の外を見ると、自宅最寄り駅近くを走っていた。
「あ、あの、家の前道細いんで、この辺りで大丈夫です」
「でも」
「もう家も近いんで、歩けますし」
「そう? あの、この辺りで止めて貰えますか?」
先輩がそう運転手さんに声を掛け、いつもの公園の前で下してもらった。
「あの、送っていただいて有り難うございました。ご迷惑おかけしてすみません」
ぺこりと頭を下げると、そのまま抱きしめられてしまう。
「ひゃっ?」
先輩の体温を近くに感じてしまい、鼓動が凄いことになっていた。
「あの、先輩・・・・・・?」
「小山さん・・・・・・」
先輩としっかりと目が合ってしまう。身じろぐことが出来ずにいると、掌が頬に触れる。顔の距離が近付くのを感じてぎゅっと目を閉じたとことで、
「葉瑠さん」
と声を掛けられ、先輩が離れるのが分かった。目を開けると、目の前に松田くんがいた。
「え、あれ?」
「弟さん?」
「はい。弟の大翔といいます。姉がご迷惑をおかけしましたか?」
「迷惑だなんて。少し飲みすぎてたみたいだから、送ってきただけだよ」
松田くんににっこりと笑ってから、
「小山さん、気を付けて帰ってね? また明日」
そう私に微笑んでから、颯爽と去って行った。今一つ、状況を飲み込めず、去っていく先輩の背中を見送ってしまった。
「葉瑠さん」
「はっはい」
「帰りますよ、家、どっちですか?」
そう手を引かれたので、大人しく松田くんに従う。
私に道を訊く以外は無言で歩き続ける松田くんに不安になる。そして、家に着くと、すぐに帰ろうとするので、思わず引き留めてしまった。
「お茶、淹れるね」
立ち上がろうとすると、足元がふらついて、倒れそうになる。
「危ない!」
咄嗟に松田くんが抱きとめてくれる。
「有り難う」
「葉瑠さん、お茶はいいです。俺、もう帰りますから」
「えっ」
「酔っ払いにお茶淹れさせるなんて危ないので」
私を離すと、そのまま背を向けて、帰ろうとする。
「あの、送ろうか?」
「葉瑠さんは大人しく寝てください」
「・・・・・・はい」
「あの、葉瑠さん」
そう振り返ると、ゆっくりと視線を合わせる。
「葉瑠さん、さっきの人、彼氏ですか? 俺、邪魔しました?」
ことん、と小首を傾げて、切なそうに訊ねた。
「あの人は・・・・・・私の片思いの相手。彼女いるらしいけど」
その言葉に、また胸がぎゅっと苦しくなる。
「葉瑠さんは――」
「え?」
「なんでもないです」
松田くんは視線を反らすと、玄関へと向かう。そのまま視線を合わせることなく、
「戸締りだけはきちんとして下さいね」
とだけ言い置いて、帰ってしまった。
送ってもらったお礼をきちんと言えないまま、私は重く閉じた玄関扉を見つめることしかできなかった。
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