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甘い罠(1)
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「陽菜さん、ごきげんよう」
クラスメートにさよならのあいさつをされ、陽菜は
「ごきげんよう」
と返した。
中高一貫のお嬢さま学校・山百合学園中学校3年桜組に在籍している陽菜は、左右の三つ編みを揺らしながら帰路についていた。
家の近くまで来ると、野良らしい犬が、なにかにじゃれついている。
「やめて、やめて。あたちは食べ物じゃないわ」
犬にからまれているなにかが、言葉を発している。陽菜は犬に近づき、ぎょっとした。赤く長い髪をひとつにまとめ、白い服を着て、これまた白い羽根を持った小さな女の子が、犬にぺろぺろなめられている。
(え……、何これ)
20センチにも満たないその女の子は、絵本に出てくる妖精みたいだった。
とにかく助けようと犬を追い払った。すると女の子は立ち上がり、顔や服を手でこする。
「うえー、ベタベタ。気持ち悪いよう」
嫌そうに顔をしかめる女の子に、陽菜は言った。
「家、来る? きれいにしてあげる」
初めて気づいたかのように、女の子が陽菜を見上げた。直後、急にバタバタとあわてふためく。
「なんでっ、なんであたちが見えるのおっ。王様に怒られるうっ」
舌足らずな口調で女の子がわめく。陽菜は彼女を落ち着かせるように、ブレスレットを見せた。
「あ……、それはミカエル様の……」
「多分、これで見えてるんだと思う。あなた妖精?」
女の子は頷いた。
「エインセルっていうの」
「あたしは陽菜。よろしくね」
陽菜はエインセルを抱き上げ、家に入った。浴室まで行くと、エインセルを床に下ろし、バスルームの靴を履いた。
そこで陽菜はハッとした。
このままでは制服が濡れてしまう。
「ごめんね。ちょっと待っててね」
靴を脱ぐと、自分の部屋に直行した。制服から私服へ着替えていると、
「うわっ、何これ!?」
階下から大声が聞こえた。莉子だ。よりにもよって、一番見つかってほしくない人物に見られてしまった。
陽菜があわてて一階に降りると、エインセルが心許無く廊下に立っていた。大学から帰ってきたらしい莉子が、遠巻きにエインセルを見ている。
陽菜はエインセルを抱き上げた。
「ひ、陽菜。何それ!?」
珍しく莉子が怯えたように陽菜に問う。陽菜が口を開く前に、エインセルが言った。
「あたちはエインセル。妖精よ」
「妖精!?」
莉子はすっとんきょうな叫び声をあげた。どちらかといえば現実的な姉らしいといえばらしいが、すでに天使という非日常な面々と会っているではないか。陽菜は内心首を傾げる。
「りこちゃん。多分このブレスレットのせいで見えているんだと思う。そんなにパニくらないで」
その言葉に、莉子は落ち着きを取り戻した。
彼女はふうっと息をつくと、エインセルを見た。
「まあ、天使がいるくらいだものね。妖精がいたって不思議じゃないわね。……それにしても、臭うわね」
そう言われて陽菜は思い出した。
「そうだ。この子を洗ってあげなきゃいけないの」
「どうかしたの?」
陽菜はエインセルを見つけた時のことを話した。莉子はあいづちをうちながら、すぐに洗うように言った。
「お父さんもお母さんも、動物嫌いだからね。犬の臭いだけで不機嫌になるのに決まってる。エインセル自身は……。多分見えないから大丈夫よ」
エインセルは黙って姉妹の話を聞いていた。そして首を傾げる。
「なんであたちが見えるのかわかったわ。もしかしてあなたたち、聖少女?」
陽菜はぎょっとし、莉子はこめかみを引きつらせた。まさか小さな妖精が聖少女のことを知っているなんて、思ってもみなかったのだ。
陽菜はエインセルを床に下ろした。
「なんで『聖少女』なんて知ってるの?」
おそるおそる訊く陽菜に対し、エインセルはけろっとした様子で答えた。
「天使さまのことは、妖精なら誰でも知ってるわ。人間の姉妹がミカエル様に聖少女になれ、と言われたこともね」
陽菜は天井を仰ぎ、莉子はエインセルをつかむと、窓から外に放り投げた。
クラスメートにさよならのあいさつをされ、陽菜は
「ごきげんよう」
と返した。
中高一貫のお嬢さま学校・山百合学園中学校3年桜組に在籍している陽菜は、左右の三つ編みを揺らしながら帰路についていた。
家の近くまで来ると、野良らしい犬が、なにかにじゃれついている。
「やめて、やめて。あたちは食べ物じゃないわ」
犬にからまれているなにかが、言葉を発している。陽菜は犬に近づき、ぎょっとした。赤く長い髪をひとつにまとめ、白い服を着て、これまた白い羽根を持った小さな女の子が、犬にぺろぺろなめられている。
(え……、何これ)
20センチにも満たないその女の子は、絵本に出てくる妖精みたいだった。
とにかく助けようと犬を追い払った。すると女の子は立ち上がり、顔や服を手でこする。
「うえー、ベタベタ。気持ち悪いよう」
嫌そうに顔をしかめる女の子に、陽菜は言った。
「家、来る? きれいにしてあげる」
初めて気づいたかのように、女の子が陽菜を見上げた。直後、急にバタバタとあわてふためく。
「なんでっ、なんであたちが見えるのおっ。王様に怒られるうっ」
舌足らずな口調で女の子がわめく。陽菜は彼女を落ち着かせるように、ブレスレットを見せた。
「あ……、それはミカエル様の……」
「多分、これで見えてるんだと思う。あなた妖精?」
女の子は頷いた。
「エインセルっていうの」
「あたしは陽菜。よろしくね」
陽菜はエインセルを抱き上げ、家に入った。浴室まで行くと、エインセルを床に下ろし、バスルームの靴を履いた。
そこで陽菜はハッとした。
このままでは制服が濡れてしまう。
「ごめんね。ちょっと待っててね」
靴を脱ぐと、自分の部屋に直行した。制服から私服へ着替えていると、
「うわっ、何これ!?」
階下から大声が聞こえた。莉子だ。よりにもよって、一番見つかってほしくない人物に見られてしまった。
陽菜があわてて一階に降りると、エインセルが心許無く廊下に立っていた。大学から帰ってきたらしい莉子が、遠巻きにエインセルを見ている。
陽菜はエインセルを抱き上げた。
「ひ、陽菜。何それ!?」
珍しく莉子が怯えたように陽菜に問う。陽菜が口を開く前に、エインセルが言った。
「あたちはエインセル。妖精よ」
「妖精!?」
莉子はすっとんきょうな叫び声をあげた。どちらかといえば現実的な姉らしいといえばらしいが、すでに天使という非日常な面々と会っているではないか。陽菜は内心首を傾げる。
「りこちゃん。多分このブレスレットのせいで見えているんだと思う。そんなにパニくらないで」
その言葉に、莉子は落ち着きを取り戻した。
彼女はふうっと息をつくと、エインセルを見た。
「まあ、天使がいるくらいだものね。妖精がいたって不思議じゃないわね。……それにしても、臭うわね」
そう言われて陽菜は思い出した。
「そうだ。この子を洗ってあげなきゃいけないの」
「どうかしたの?」
陽菜はエインセルを見つけた時のことを話した。莉子はあいづちをうちながら、すぐに洗うように言った。
「お父さんもお母さんも、動物嫌いだからね。犬の臭いだけで不機嫌になるのに決まってる。エインセル自身は……。多分見えないから大丈夫よ」
エインセルは黙って姉妹の話を聞いていた。そして首を傾げる。
「なんであたちが見えるのかわかったわ。もしかしてあなたたち、聖少女?」
陽菜はぎょっとし、莉子はこめかみを引きつらせた。まさか小さな妖精が聖少女のことを知っているなんて、思ってもみなかったのだ。
陽菜はエインセルを床に下ろした。
「なんで『聖少女』なんて知ってるの?」
おそるおそる訊く陽菜に対し、エインセルはけろっとした様子で答えた。
「天使さまのことは、妖精なら誰でも知ってるわ。人間の姉妹がミカエル様に聖少女になれ、と言われたこともね」
陽菜は天井を仰ぎ、莉子はエインセルをつかむと、窓から外に放り投げた。
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