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第六章 一男去ってまた一男
南から来た兄妹4
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お昼近くに目覚めたラウラと、食堂で朝食兼昼食をとっていた時のこと。彼女は運ばれてきた料理を口にするなり、不満を爆発させた。
「ちょっと! この料理は何? お上品なだけで薄い味。塩気だってきいてないじゃない!」
「あ、あの。お口に合わないなら、具体的におっしゃって下さった方が、料理する方も助かるわ」
大声で喚く彼女を止めようとしたところ、逆に言い返されてしまう。
「はあ? どうして私が、料理人にまで気を遣わなければいけないの?」
「気を遣うというより、それが当然のマナーよね?」
何も言えなかった頃とは違う。我慢するといっても、今の私はきちんと意見できるのだ。
「あのねえ。私はカラザークの王女で、ランドルフ兄様の客人なのよ? 料理人の方が気を利かせるべきでしょ。まったく、昔の皇国はこんな風じゃなかったのに。いったい誰のせいなのかしら?」
大げさに肩を竦めたラウラに、横目で見られてしまう。もしかして、私に嫌味を言いたくて?
「食べ物に罪はないわ。私はレスタードの出身だけど、皇国のお料理は大好きよ。大陸で一番美味しいと思うの」
「一番? 何を言っているの。一番はカラザークでしょ? それにレスタードって……聞いたこともない国だわ」
「そ、それは……」
レスタードは北にある小国で、貧乏国だし知名度はかなり低い。だからといってはっきり口にされると、やはり傷つく。二週間近く一緒にいるのに、ラウラは私を嫌っているようだ。他の人に任せればいい、という意見もチラホラ出ている。けれどランディと約束した以上、私なりに努力をしたい。
対応に悩んでいると、給仕の女性が鶏肉の入った皿を運んで来た。彼女はその皿を、勢いよくラウラの前に置く。果実水を注ぐ手つきも、いつもより荒っぽいような?
彼女が下がったところで、ラウラが呆れたような声を出す。
「嫌だわ。使用人の教育もなってないじゃない。こういうのって、妃となる者の役目よね? 上に立つ者がしっかりしていないから、下が偉そうになるのでは? こんなんじゃ、ランドルフ兄様は相当苦労するわね」
「いいえ。みなさんとてもよくして下さるもの。ランディも満足しているわ」
「何それ。わざと親しく呼んで、婚約者だってこと自慢しているの?」
「え? 私はそんな……」
私が何を言っても、ラウラの機嫌は悪くなる一方だ。寂しいからではなく、ランディのことが好きだから、私を敵視しているの? だけどもちろん、彼女に譲るつもりはない。
「自慢ではなく、私は彼の正式な婚約者で、もうすぐ結婚を控えているの。そのために来て下さったのでしょう?」
私はラウラに聞いてみた。真実はどうであれ、彼女達兄妹の建前は『皇太子の婚約を祝うため』だったはず。
「そのことだけど。貴女はランドルフ兄様と『皇太子妃選定の儀』で知り合ったのよね? 当時十五歳の私には、参加資格がなくて。私の方が彼とは長い付き合いだから、その場にいたら真っ先に選ばれていたわ」
ラウラが自信たっぷりに言い切るので、私は一瞬言葉に詰まる。正確には、お妃選びの前日に顔を合わせたけれど……。返答に困っていると、給仕の男性が無言でラウラの皿を下げた――皇妃の秘書官だ!
「ちょっと、まだ途中でしょ。見てわからないの?」
「大変失礼いたしました。先ほどお気に召さないとおっしゃって、手を付けていないようでしたから」
「そんなの、後で食べるに決まっているでしょ? 王族に意見するなんて、ただの給仕が生意気ね。私の国にいたら、貴方すぐに捕まるわ!」
「ここが皇国で、ようございました」
私と目が合うと、給仕は何も言うなと片目を瞑る。空いていた皿を手にすると、彼はさっさと背を向けた。一方ラウラは憤慨し、文句をまくしたてている。
「何よあれ、感じ悪い。ここの使用人って、みんな無礼なの? ランドルフ兄様に言いつけてやるわ!」
その前に、皇妃に話が行くだろう。
私はラウラのためを思い、彼女を説得しようと試みた。
「ラウラ様のお気持ちもわかるけど、ここは皇国よ? 王女なら、相手の国に合わせることも覚えた方が……」
「何よ、偉そうに。年下だからってバカにしているでしょ」
「そんな、まさか!」
「ふん、何とでも言えばいいわ。おとなしそうな顔して、ど~だか」
私の忠告を聞く気はないようだ。その割には、ラウラが私以外と行動を共にしているところを、見た覚えがない。しかも彼女は口だけで、不満を言いつつ、いつも綺麗に平らげる。十六歳という年齢より幼いと思えば、少しは我慢できそうだ。
「ラウラ様。この後私の部屋で、お茶はいかが?」
ダメ元で聞いてみた。お妃候補の時とは違い、今の私は続き部屋付きの大きな部屋を与えられている。もちろん人を招いて、お茶を楽しむことも可能だ。ラウラの趣味嗜好を知れば、彼女のことが理解できるかもしれない。
「別に付き合ってあげてもいいけど」
いやにあっさり承諾したと思ったら、この後とんでもない主張を聞かされる羽目に。
部屋に戻った私は、マーサに頼んでお茶の用意をしてもらう。
「南の国なら、ミルク入りの紅茶がいいかしら? それともシナモンたっぷりの方がお好き?」
彼女の好みは、濃いめのミルクティーだった。気が利くマーサは、お茶菓子もたっぷり用意してくれた。ラウラは甘い物に目がないようで、プルーンの入ったタルトや糖蜜がけの小さなケーキを次々口に運んでいる。ようやく好きな物にめぐり会えて良かったと、私は胸を撫で下ろす。
満足したラウラは紅茶のお代わりを飲み干すと、明るく話しかけてきた。
「ねえ、私達って似ていない? 髪の色はそっくりだし、背格好も同じようなものよね?」
「ええ、私もそう思っていたわ。やっぱり血が繋がっているせいかしら?」
親しげなラウラの言葉に私は飛びつく。彼女もようやく、心を開いてくれたみたい。しかしラウラの思いは、私のものとは大きく異なっていた。
「違いは瞳の色くらい? 肌は、貴女の方が少し白いけど。ランドルフ兄様は、私のことをすごく可愛がって下さったの。だから貴女が気に入られたのよね?」
ラウラによると、自分に似ているせいでランディは私を好きになったのだとか。そういえば、地味な茶色の髪の私を、彼は会ってすぐ受け入れてくれた。華やかな顔ぶれの中、候補の一人として残すように自ら皇帝陛下に進言もして。それは、ラウラの面影を私に見ていたからなの?
ランディのことを信じているのに、ふと不安がよぎってしまう。
「ちょっと! この料理は何? お上品なだけで薄い味。塩気だってきいてないじゃない!」
「あ、あの。お口に合わないなら、具体的におっしゃって下さった方が、料理する方も助かるわ」
大声で喚く彼女を止めようとしたところ、逆に言い返されてしまう。
「はあ? どうして私が、料理人にまで気を遣わなければいけないの?」
「気を遣うというより、それが当然のマナーよね?」
何も言えなかった頃とは違う。我慢するといっても、今の私はきちんと意見できるのだ。
「あのねえ。私はカラザークの王女で、ランドルフ兄様の客人なのよ? 料理人の方が気を利かせるべきでしょ。まったく、昔の皇国はこんな風じゃなかったのに。いったい誰のせいなのかしら?」
大げさに肩を竦めたラウラに、横目で見られてしまう。もしかして、私に嫌味を言いたくて?
「食べ物に罪はないわ。私はレスタードの出身だけど、皇国のお料理は大好きよ。大陸で一番美味しいと思うの」
「一番? 何を言っているの。一番はカラザークでしょ? それにレスタードって……聞いたこともない国だわ」
「そ、それは……」
レスタードは北にある小国で、貧乏国だし知名度はかなり低い。だからといってはっきり口にされると、やはり傷つく。二週間近く一緒にいるのに、ラウラは私を嫌っているようだ。他の人に任せればいい、という意見もチラホラ出ている。けれどランディと約束した以上、私なりに努力をしたい。
対応に悩んでいると、給仕の女性が鶏肉の入った皿を運んで来た。彼女はその皿を、勢いよくラウラの前に置く。果実水を注ぐ手つきも、いつもより荒っぽいような?
彼女が下がったところで、ラウラが呆れたような声を出す。
「嫌だわ。使用人の教育もなってないじゃない。こういうのって、妃となる者の役目よね? 上に立つ者がしっかりしていないから、下が偉そうになるのでは? こんなんじゃ、ランドルフ兄様は相当苦労するわね」
「いいえ。みなさんとてもよくして下さるもの。ランディも満足しているわ」
「何それ。わざと親しく呼んで、婚約者だってこと自慢しているの?」
「え? 私はそんな……」
私が何を言っても、ラウラの機嫌は悪くなる一方だ。寂しいからではなく、ランディのことが好きだから、私を敵視しているの? だけどもちろん、彼女に譲るつもりはない。
「自慢ではなく、私は彼の正式な婚約者で、もうすぐ結婚を控えているの。そのために来て下さったのでしょう?」
私はラウラに聞いてみた。真実はどうであれ、彼女達兄妹の建前は『皇太子の婚約を祝うため』だったはず。
「そのことだけど。貴女はランドルフ兄様と『皇太子妃選定の儀』で知り合ったのよね? 当時十五歳の私には、参加資格がなくて。私の方が彼とは長い付き合いだから、その場にいたら真っ先に選ばれていたわ」
ラウラが自信たっぷりに言い切るので、私は一瞬言葉に詰まる。正確には、お妃選びの前日に顔を合わせたけれど……。返答に困っていると、給仕の男性が無言でラウラの皿を下げた――皇妃の秘書官だ!
「ちょっと、まだ途中でしょ。見てわからないの?」
「大変失礼いたしました。先ほどお気に召さないとおっしゃって、手を付けていないようでしたから」
「そんなの、後で食べるに決まっているでしょ? 王族に意見するなんて、ただの給仕が生意気ね。私の国にいたら、貴方すぐに捕まるわ!」
「ここが皇国で、ようございました」
私と目が合うと、給仕は何も言うなと片目を瞑る。空いていた皿を手にすると、彼はさっさと背を向けた。一方ラウラは憤慨し、文句をまくしたてている。
「何よあれ、感じ悪い。ここの使用人って、みんな無礼なの? ランドルフ兄様に言いつけてやるわ!」
その前に、皇妃に話が行くだろう。
私はラウラのためを思い、彼女を説得しようと試みた。
「ラウラ様のお気持ちもわかるけど、ここは皇国よ? 王女なら、相手の国に合わせることも覚えた方が……」
「何よ、偉そうに。年下だからってバカにしているでしょ」
「そんな、まさか!」
「ふん、何とでも言えばいいわ。おとなしそうな顔して、ど~だか」
私の忠告を聞く気はないようだ。その割には、ラウラが私以外と行動を共にしているところを、見た覚えがない。しかも彼女は口だけで、不満を言いつつ、いつも綺麗に平らげる。十六歳という年齢より幼いと思えば、少しは我慢できそうだ。
「ラウラ様。この後私の部屋で、お茶はいかが?」
ダメ元で聞いてみた。お妃候補の時とは違い、今の私は続き部屋付きの大きな部屋を与えられている。もちろん人を招いて、お茶を楽しむことも可能だ。ラウラの趣味嗜好を知れば、彼女のことが理解できるかもしれない。
「別に付き合ってあげてもいいけど」
いやにあっさり承諾したと思ったら、この後とんでもない主張を聞かされる羽目に。
部屋に戻った私は、マーサに頼んでお茶の用意をしてもらう。
「南の国なら、ミルク入りの紅茶がいいかしら? それともシナモンたっぷりの方がお好き?」
彼女の好みは、濃いめのミルクティーだった。気が利くマーサは、お茶菓子もたっぷり用意してくれた。ラウラは甘い物に目がないようで、プルーンの入ったタルトや糖蜜がけの小さなケーキを次々口に運んでいる。ようやく好きな物にめぐり会えて良かったと、私は胸を撫で下ろす。
満足したラウラは紅茶のお代わりを飲み干すと、明るく話しかけてきた。
「ねえ、私達って似ていない? 髪の色はそっくりだし、背格好も同じようなものよね?」
「ええ、私もそう思っていたわ。やっぱり血が繋がっているせいかしら?」
親しげなラウラの言葉に私は飛びつく。彼女もようやく、心を開いてくれたみたい。しかしラウラの思いは、私のものとは大きく異なっていた。
「違いは瞳の色くらい? 肌は、貴女の方が少し白いけど。ランドルフ兄様は、私のことをすごく可愛がって下さったの。だから貴女が気に入られたのよね?」
ラウラによると、自分に似ているせいでランディは私を好きになったのだとか。そういえば、地味な茶色の髪の私を、彼は会ってすぐ受け入れてくれた。華やかな顔ぶれの中、候補の一人として残すように自ら皇帝陛下に進言もして。それは、ラウラの面影を私に見ていたからなの?
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