お妃候補は正直しんどい

きゃる

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第七章 家宝は寝て待て

皇都にて6

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 夢を見ていた。
 青と白のストライプ柄のテーブルクロスが可愛い皇都のカフェ。テーブルを挟んで、ランディと私が向かい合って座っている。これが夢だとわかるのは、ランディが「暇で仕方がない」と言っているから。彼はカラザークの真っ白な衣装を着て、アイスブルーの優しい瞳で私を見つめている。ランディは何を着ても似合うけど、白だと金髪が映えるし、ゆったりした服は堂々として見え、かっこよさも格別だ。

 テーブルの上で手を握り合う私達。ランディが親指で私の手の甲を撫でるため、少しくすぐったい。首をすくめて我慢していたところ、ランディの顔に面白そうな笑みが浮かぶ。彼はそのまま、空いている方の手でホタテをフォークに刺すと、私の口元に運んできた。
 ――こ、これは! 

「はい、あーん」かもしれないけれど、人前で行儀が悪いし、注目されているような気がしてかなり恥ずかしい。

『どうしたの、妖精さん。君の好きな物だよ? 妃になるなら、照れずに食べられないとね?』

 おかしな台詞セリフだと思うのに、ランディといられることが嬉しくて、私は大きく口を開けた。
 その途端――



「ゴホッ、ゴホゴホッ、ゴホ」
「大丈夫か? ……姫」

 激しく咳き込み目が覚めた。
 いつもよりほこりっぽい気がする。横になっていたので慌てて起き上がろうとしたところ、上手くいかずにそのまま倒れ込む。手がしびれて頭もガンガンするのは、ごわごわしたこのオフトゥンのせい? いえ、よく見れば手首と足首を縄のようなもので縛られている。きっとこのせいだ。

 徐々に意識がはっきりし、私は周りに目を向けた。ひび割れた漆喰しっくいの壁に囲まれた狭い部屋。正面に木の扉、奥の小さな窓の下にベッドが置かれ、天井隅には蜘蛛くもの巣が張っている。その一台しかないベッドの上に、私は転がされていたらしい。足下の床には、ベッドにもたれかかるように誰かが座っている。さっきの声は、黒髪のこの人のものだろう。

「何なの、これ……」
「気がついたか、クリスタ姫」
「サーラフ様!」

 もぞもぞしながら彼に近づく。身体の前で縛られているとはいえ、こんなことは初めてなので、動きにくい。ごわごわしたシーツが肌に当たり、なんだかチクチクする。違う、今はそんなことを気にしている場合ではないわ。何が起こったのか、現状を把握しなければ。

 サーラフも私と同じように手と足を縛られていた。彼の顔には殴られたあとまであり、頬が赤黒く変色している。唇の端が切れ、乾いた血がこびりついているようだ。彼はずっと起きていたのだろうか?
 何者かに布を押しつけられた私は、その後の記憶がない。身体を起こした私は、彼に尋ねることにした。

「どういうことですか? 私は街で……ラウラは!」

 思い出した瞬間、彼女のことが気になった。同じような目に遭っているのだろうか?

「ラウラなら平気だ。無事に逃げられた、と思う」
「そう……良かった」
「いや、あまり良くない状況だ。助けに飛び込んだが、間に合わなかった。巻き込んで済まない。クリスタ姫、君はラウラに間違われ、さらわれたらしい」
「……え?」

 間違われたってどういうこと?
 どこをどうすればそんなことに?

 私は自分の服を見下ろした。
 着衣に乱れはなく、私は今も薄紫色のカラザークの衣装を着ている。ストール状の被り物は、どこかにいってしまったようだ。
 ラウラと私は、背格好も髪の色もほとんど一緒。髪型と瞳の色は違うけど、お揃いのピンクの被り物をしていたせいで、暗い路地だと同じように見えてしまったのかもしれない。でも、どうしてラウラを攫う必要が? 

「あの、お聞かせ下さい。なぜラウラが標的に?」
  
 眉根を寄せて顔をしかめる私に、サーラフが自分の考えを語り出す。

「我々を襲った集団は、我が国の言語を話し、ラウラの名を叫んでいた。恐らく第一王子が関わっている。いや、正確には彼の母親である第一夫人の手の者だ」
「第一夫人?」
「ああ。我が子可愛さに、俺に継承権を放棄させたいのだろう。再三に渡り勧告してきたから、『帰国後に考える』と言って出てきた」
「第一王子と第二王子の争い……ですか?」
「知っていたんだな。ランディの妃となるなら当然か。そう、彼らは直接俺を消さず、俺の弱みを狙ってきた」
「弱み……ラウラのことですね?」

 そりゃあ、まあ。兄妹なのにあれだけイチャイチャしていたら、すぐにわかってしまうわ。二人はカラザークでも、あんな感じなのかしら?

「そうだ。さすがにここで第二王子の俺が消されたとなれば、皇国側が調査に乗り出す。王位争いで大国を怒らせ敵に回すのは、彼らにとっても得策ではない。だが、価値が低いと彼ら自身が考えるラウラなら?」

 カラザークは一夫多妻制で、男尊女卑の国だと習った。ここでは同じように見えるサーラフとラウラも、国に帰れば第二王子と第十一王女。同じ王族でありながら、天と地ほど差のある扱いを受ける。カラザークでのイチャイチャは……無理だ。

「そこまでわかっているのなら、どうして教えてくれなかったのですか?」

 事前にわかれば護衛の人数を増やしたし、そもそも外には出掛けなかった。

「言い訳にしかならないが、皇国だからと油断していた。すぐに帰国するつもりだったし、大国でめ事を起こそうとするほど、奴らがバカだとは」

 まあ、確かに。皇太子の親友である第二王子を狙うだけでなく、皇国に来て誘拐ゆうかい騒ぎを起こしたとなれば、相手が誰であっても国際問題よね?

 そこでふと気づく。
 待って。実際に攫われたのは、ラウラではなく私だわ。これでも一応皇太子の婚約者だし、結婚を控えている身だ。それなら第一王子や母親の第一夫人は、ヴェルデ皇国を敵に回したことになるのでは? もはや、カラザーク国内の争いでは片付けられないと思うの。

「ラウラだと確認もせず、君を攫ったらしい。まさか自分達が、未来の皇太子妃を連れ去ったとは思っていないだろう。事実がわかれば彼らは焦り、何をしでかすかわからない」
「そんな!」

 その時、部屋の扉が開く。
 私は慌てて横になり、まぶたを伏せた。

 
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