本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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リューク

記憶の欠片を探して

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「――っ!」


   真夜中、俺――リュークはベッドの上でガバっと起き上がった。

「……くっ、ハァ、ハァ、ハァ」

   動悸が激しい。汗が背中を伝って落ちていくのがわかる。
   もう何度目だ。帰国してから何日も経つのに、今でもあの事故を夢に見る。怖いのは暴漢では無く、己の無力さ――
   闇に堕ちていく感覚が、今でも拭えない。馬車に飛び付いたまでは覚えている。疾駆する馬車、迫る木々。けれど、その後の記憶が抜け落ちている。
   俺はあの時、何を考えていた。
 それは、全く覚えていない彼女の事と関係するのか?

「ぐうっっ……!」

   記憶を掘り起こそうとする度、過去の彼女を思い出そうとする度、割れるような頭の痛みが俺を襲う。両手で頭を抱え、激しい痛みを何とかやり過ごす。
   なぜ――……?
   なぜ俺は、思い出せない。
   何か大切な事を忘れているような気がするのに、なぜ……


   完全に目が覚めてしまった。
   ここが一人部屋で良かった。
   痛みが治まるのを待って、水差しからコップに水を入れ一気に飲み干す。
   医師も頭痛の原因がわからないという。
『光』の魔法使いでも癒せなかった。

「無理して思い出す必要は無いでしょう。記憶が戻れば自然に回復するのでは」

 そう言われるばかり。
   では、この気持ちはどうすればいい。
 焦燥にかられる俺の気持ちは。
 頭の痛みはどうすれば治まる?  
 紫の瞳の呪縛から逃れるためには。


   
   自分でも、酷い態度を取っていると思う。
 けれど見ないように、考えるのを止めるようにしない限り、割れるような頭の痛みがすぐに襲ってくる。
『ブランカ』という名前の、俺の記憶に無い存在。哀しい瞳で俺を追う、思うことさえ許されない存在。

   心の隅に少しでも残っているなら、すぐに思い出せるはずだと、タカをくくっていた。カイルやライオネル、ユーリス、ジュリアン、マリエッタなどいつも一緒にいるメンバーの事は、誰一人忘れてはいない。けれど、彼女の事だけ全く覚えていない。彼らと親しい様子を見れば、以前もそれなりの仲だったと思われるのに――

   カイルは彼女を好きだと言った。
   他のみんなも、彼女の事が好きだと言う。
   では俺は……
   彼女は何者?   
 俺の周りをうろついて、一体何がしたいんだ。

   これ以上はダメだ。
 痛みが戻る気配がして、彼女に関する思考を止める。こんな事ならあと一年イデアに残れば良かったな。
   俺はなぜ、急いで帰って来たがった? この国に何かあったとは聞いていない。考えてもわからない。いつも、答えは出ないまま。思い出すのが無理だとしたら、そんな過去など要らない。覚えていない事柄は、何の意味も成さない。だから――

   ブランカは遠ざけなければならない。
 俺の心の平安のためにも。



   どんなに眠れぬ夜を過ごそうと、朝は必ずやって来る。
   魔法以外の講義の進度は留学先のイデアの方が早かった。既に学んだ事柄を適当に聞き流す。同じクラスのカイルも自分で勉強しているせいか、退屈しているのが見て取れる。いっそカイルに聞いてみようか。

「お前の好きな彼女は、俺にとって何だったのか」と。

   いや、止めた。
 二人の仲を邪魔するつもりは毛頭無い。考えただけで言葉通り存在を、俺が気にするいわれはない。ただ、欠けた記憶があるせいか心の中に空虚な部分があることも確かだ。だがそれが、カイルの彼女と関することだと結びつけるのは尚早かもしれない。

   考えるのを止めようとすればする程、視線がブランカを追いかける。魔法が使えないにも関わらず、魔法科に所属している一つ下の彼女。マリエッタとよく一緒にいるのを見かけるが、悪態を吐くぐらいなら手伝わなければ良いだろう? そうかと思えば、授業中にぼーっとしている。今は実践練習中だぞ、危ないだろう!
   だからつい、余計な事だと思いつつ注意をしてしまった。

「なんだ、授業中に考え事か? 随分余裕だな。カイルの足だけは引っ張るなよ」

   我ながら素直では無い。
 けれど、彼女と長く話す事は出来ない。
 原因不明の頭の痛みが襲うから……
   こんな所で倒れるわけにはいかない。
 これ以上、誰かに泣かれるのは嫌だ。
   泣かれる、誰に?
   掴みかけた記憶がふいに霧散する。

   パートナーのマリエッタが、無言で批判の目を向ける。授業中に考え事をして、足を引っ張っているのは俺の方かもしれないな。でも、マリエッタの睨み方が激しいので、間違っても彼女とだけは付き合わない。
   付き合う、誰と?
   記憶の底から何かが浮かんできそうなのに、何も掴めない。 
   いけない、そろそろ集中しないと。
   今度こそマリエッタに怒られそうだ。
 俺は、パートナーのマリエッタの……正確にはブランカの用意した人形ひとがたに向けて、水流を放出した。



   ある晴れた日、突然思い立って放課後ガゼボあずまやに行ってみた。そこは『好きな人に告白すれば結ばれて、恋人同士で行くと永遠に続く』と学園内で噂されている。そのせいか、普段は却って人が少ない。
   
   中に立って池を見つめる。
 水鳥が優雅に水面を漂っている。
   なぜだろう? 
   なぜだかひどく懐かしい。
   俺は前にも一人で、この景色を見ていたような気がする。
   たった一人でなぜここに?   
 それとも誰かを待っていたのだろうか。
 視線を感じて振り向く。
 そこにはもう、誰もいなかった。

   しばらく考えに耽っていると、突然後ろから声がかかる。

「リューク様?」

   慌てて振り向く。
   違う――
   待っていたのは彼女では無い。
   本能でそう感じ取る。
   誰を待っていたかはわからない。
   けれど、心の痛みが『違う』と叫んでいる。
   
「ああ、マリエッタとユーリスか。ここに用事が? 俺はもういいから使うといい」

   そう言って足早に立ち去ろうとしたら、背後からまたしても声がかけられた。

「待って、リューク様。ブランカ様は? 彼女のことはもういいの?」
「ブランカ? その名前を君から聞くのは二度目だが。彼女が何か……ああ、カイルの好きな人だっけ」

   一度目は我が家で――
   自宅での療養中にみんなと一緒に見舞いに来たマリエッタは、ブランカの事を全く覚えていない俺をなじった。
   
「違うわ! ブランカ様はあなたの……」
「マリエッタ、待って!!」

   違う? 
 じゃあ彼女は、ブランカは俺の何なんだ。
   
「……っ!」

   いけない。 
 突然、俺の頭に激痛が走る。
 理由を話して心配させるわけにはいかない。
 奥歯を噛み締め、痛みに耐える。
   ユーリスがあいさつしたことにホッとして、すぐにその場を立ち去る。
   良かった、少し治まった。
   過去のブランカを考えさえしなければ、頭の痛みに苦しむことは無い。密かに胸を撫で下ろし、校舎に戻ることにする。



   教室への途中にある『監督室』の扉が少し開いている。
   中に人の気配がする。
   カイルか?   いるなら声をかけてみようか。
 留学していた俺は競技会には出ていないため、高等部の『監督室』へは許可が無ければ入れない。
   ノックしかけた手を止める。

   隙間から見えた部屋の中には、金色の頭のカイルともう一人、淡いラベンダー色の髪が見える。二人はソファーに座り、しっかりと抱き合っている。
   カイルと……ブランカだ!
   やはり二人は恋仲だったか。
 それとも、彼女に告白すると言っていたカイルの想いがようやく通じたのか?
 邪魔をしないよう、そっとその場を後にする。
   なぜか感じた、胸の痛みを残して――
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