本気の悪役令嬢 another!

きゃる

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ダミアン編

『プリマリ』~ダミアンのシーン

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    紫花の月(6月)の始め、メガイラ国から交換留学生が学園にやって来た。 黒髪に金色の瞳で均整のとれた体型のダミアン。気持ち悪いくらい整った容貌が、みんなの注目の的だ。

   留学生の歓迎の挨拶とレセプションはこの後講堂で行われる。来賓でこの国の第一王子、ラウル様がいらっしゃると聞いて貴族の令嬢方は色めき立った。中には相手がいらっしゃる方も……彼氏は良いのかしら? 
   第一王子のラウル様は見た目だけなら美しく、弟のカイル様と似ている。鼻筋の通った端整な容貌に、少しだけ垂れた緑の目、目元にはご丁寧に泣きぼくろまである。金色の長い髪は後ろで一つに結んでいて、物腰は育ちの良さからくるものか、とても優雅である。 
   軽薄で華やかな雰囲気なのに彼の身分も相俟って、女性達には大人気! 彼の方も満更でもないようで、王子なのに「来る者全然拒まず」といった噂があるぐらいだ。


   その第一王子がわざわざ出席するのには、わけがある。留学生として乗り込んできたダミアンは、第一王子と手を組んでいる隣国の『革新派』。自身も凄腕で、携帯ゲーム『プリマリ』の中では、我が国を撹乱するために刺客としてマリエッタを狙う。

   これからの展開はゲーム通り? 
   それとも違うの?

   確信が持てないため、私は黙って見守るしかない。彼と第一王子とが悪行に手を染めたり、マリエッタ(みんなは私の方が危ないと言うけれど)を拉致して攻略者を脅そうとしたら、ゲームのストーリー通り。けれど、本物の留学生として真面目に勉学に励んでいたら、私の勘違いで終わる。そうであればいいけれど。
   だからこの段階で変に騒いだり教師に言いつけたりすると、私は『ただの頭のおかしい妄想癖のイタイ子』となってしまう。今後、誰にも相手にされなくなるのは避けたい。だから、今はまだ何もせずに我慢することにして、学園長の長い挨拶を聞いている間にカイルルートのストーリーをおさらいしておこうっと!


   ☆☆☆☆☆


「ねぇ、もうこんな事はやめて? 正しくないことだって、本当は貴方もわかっているんでしょう?」

   青い瞳に涙を滲ませながら、マリエッタは手首や足首にギリギリと食い込む麻縄を物ともせず、言い返す。

「うるさいな。ちょっと黙っていてくれない? 君の可愛い唇を僕のダガーで切り裂いても構わないんならいいけどね」
   
   ダミアンが冷たい美貌に凄絶な笑みを浮かべる。その表情もまた悪魔のようで、見惚れるほどに美しい。

「そんな! こんな事をして何になるの? 貴方が辛いだけじゃない!!」
   それでもマリエッタは、説得をやめない。だって、貴族にバカにされていた彼の気持ちが、心の闇が痛いほどわかるから――。


   ダミアンはマリエッタを睨みつけながら、恵まれなかった自分の過去を思い返していた。



   ダミアンは恵まれた容姿を持ちながら、その実誰にも愛された事が無かった。彼は、メガイラの前の国王が歳の離れた侍女に無理矢理手をつけて出来た子……遊びのはずみでたまたま産まれた子だった。キレイな黒髪の年若い侍女は、いくばくかの金銭を持たされただけでメガイラの王城から追放された。そのため、彼女は産まれた自分の子供を愛する事ができずに、育児を完全に放棄していた。

   悪魔のような性格の前王とは異なり、その子どもである現在の王は優しい人物だった。父王が亡くなり過去の事実を聞くや否やダミアンを城に引き取った。城の兵士に発見された時、ダミアンはボロボロの服を着ていて、何日も食べていないのがすぐに分かるほどあばらが浮き出て手首も折れそうに細かった。彼の母親はその時既に、貧しさのせいで前王を呪いながら亡くなっていた。彼は幼い頃からずっと、父に対する母の恨み言を聞かされながら育っていた。
   城では、歳の離れた腹違いの兄以外は彼を馬鹿にした。成長するまで下町で育ったせいか「粗暴で汚らわしい」と貴族達に揶揄された。それでも、国王である兄の愛情があれば耐えられる気がした。
   彼は元々頭が良かったから、知識や作法をどんどん吸収していった。王族に相応しくなればなるほど、褒めてくれる兄の笑顔が嬉しかった。

   そんな時、メガイラではとされている『闇の魔法』がダミアンに発現した。この国でも魔法は貴重だが、『闇』の魔法だけは異端視されている。国王を取り巻く貴族達は、こぞって彼を批難した。また、彼を庇う国王にまで批判は集中した。
   それでも……腹違いの兄である国王が最後まで彼を庇っていれば結果は違っていたのだろう。だが、穏やかで優しいけれど気の弱い現国王は周りの貴族の意見を聞き入れ、ダミアンを自分のそばから、王城から遠ざけてしまった。

 『裏切られた』と思った。『王族や貴族に人生を狂わされた』と――。それは、奇しくも彼の母親の恨み言と全く一緒だった。

   生活に必要な資金は王家から支給されていたから、衣食住に困る事はなかった。けれど彼の恨みは消えず、彼は次第に『貴族排斥主義』の面々と関わるようになった。恵まれた容姿と闇の魔法を活かし、貴族から金を巻き上げたり、令嬢を誘惑し拐かす。武器のダガーの使い方もその時覚えた。彼はめきめきと頭角を現し、ついに王制反対組織の幹部にまで昇りつめた。
   表向きは現メガイラ国王の腹違いの弟、実際は自らも手を汚す『貴族排斥主義』の幹部であるダミアンは、こうして生まれた。


   そんな時、隣国カレント王国から訪れた現状に不満を持つ第一王子ラウルと出会った。彼と彼の側近は、父王が弟のカイルに肩入れするのを快く思っていなかった。
   ラウルは軽薄で女遊びが激しく、簡単に周りの意見に左右される。そんなところが扱いやすくて気に入った。彼の手の内に入り込んで、彼の国と我が国を内部から撹乱する。互いに滅ぼし合えば更に良い。王制なんて、貴族制度なんて全て無くなってしまえば良い。

   隣国の第一王子とは裏で手を組み、画策した。邪魔なのは、生まれながらに恵まれた自分の兄と隣国の第二王子カイル。かといって、直接手をかけるのでは面白くない。真綿で首を絞めるように、じわじわと追い詰めて滅ぼそう。それには、本人を直接狙うより大事な者から次々と消していく方が効果的だ――



   ダミアンは、恐怖で唇を震わせながらも背筋を伸ばし、気丈に振舞おうとするマリエッタに近付いた。白く長い指で彼女のほおに優しく触れると、彼女の顔を自分の方へと向けた。彼の金色の瞳が猫のように細められる。

「君をあっさり殺してしまうより、カイルの最愛の人である君が、僕のモノになる方が彼は苦しむかな? 絶望のあまり国を捨ててしまうかもね。 ねぇ、君はどう思う?」

   そう言うと、彼はニイっと悪魔の笑みを浮かべた。
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