悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第一章 地味な私を放っといて

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 三つ上の兄ヨルクとは、小さな頃はケンカばかりだった。どちらの方が可愛いかとか、どちらがより優れているかとか、そんなくだらないことで。両親に多くめてもらおうと、互いに競っていたためだ。

 十歳の誕生日を境に前世の記憶を取り戻した私は、兄に勝ちを譲るようになった。子供っぽいことは、どうでもよくなったから。
 兄を素敵だと言い続け、勉強も張り合わず、時には甘えて教えてもらう。男性を騙した手口が、こんな所で通用するとは! 

 余程のことがない限り、自分を慕う妹を邪険にする兄がいるとは思えない。ヨルクも例に漏れず、私に優しくなった。そのため現在進行形で、兄妹仲は良好だ。いえ、良過ぎるといった方がいい。兄よ、どうして過保護になった?

「ミレディアは本当に可愛いね、大好きだよ」

 言われた時にはドキッとした。まあ、実の兄だしときめいたんじゃなく、物理的に。あの目は本気だ。私は今日で人生終わりなの?

 結論から言えば、平気だった。どうやら血の繋がった肉親は恋愛対象外となるため、転生には影響しないらしい。だから私はおびえることなく、余計になつく。セクハラしない真面目な兄が、そのうち本当に大好きになった。

 ちなみに兄のヨルクも美形だ。襟足えりあしが肩まで伸びた銀髪で、父親そっくりの琥珀こはく色の瞳には、穏やかな光をたたえている。眼鏡めがねをかけているけれど、それがもうめちゃくちゃ似合う。ワインの知識も深く商売にも熱心なため、伯爵である父曰く、将来が期待できるとのこと。王都にもちょくちょく出かける兄は、私の願いもあってこんな噂をせっせと広めてくれている。

「妹は地味で不器量だし、病弱なので結婚などとてもとても」

 本当に扱いやすい……じゃなくて、よくできた兄だ。
 そのヨルクでも、誕生会の招待状を握り潰すことはできなかった。兄と共に王都に向かう馬車の中で、私はため息をついている。

「はあ。本当に心配だわ。お兄様、絶対私に近づかないでね」
「せっかくの舞踏会だし、私がエスコートするつもりでいたのに……」
「嫌よ。だってお兄様は素敵だから、一緒だと注目されてしまうじゃない」
「ミレディア!」

 いえ、そこで感激したように目をうるませないで。要は、イケメンには近付いてほしくないってこと。舞踏会の始めから終わりまで、ずっと壁の花でいたいのだ。目立つ兄と行動して、視線を集めてはいけない。
 でもまあ、王都には綺麗な人だらけ、という可能性もある。外に出ない私が知らないだけで、この世界は整った顔が多く、兄や私が平均値かもしれないのだ。そんなことをふと漏らしたら、兄は激しく首を横に振る。

「何を言う。お前が一番可愛いし、美人で優しく最高だ!」

 兄の言葉は無視しよう。
 ただのシスコンの恐れがある。
 私達が普通なら、そこまで隠れる必要はないわね? 壁の花、ではなく雑草くらいでいよう。



 王都は活気にあふれていた。十年近く引きこもっていたけれど、明るくにぎやかな街並みを見ると、心が浮き立つ。
 仕立て屋や小物屋、本屋にパン屋、鍛冶屋に宿屋。双子の王子の誕生会が間近だということもあって、店には垂れ幕やリボン、花などが飾られていた。通り過ぎるだけなのが、もったいない気もする。

 そうか! せっかく王都に滞在するなら、お茶も探してみよう。将来縁側でのんびりするために、美味しいお茶は欠かせない。日本茶……は無理でも、私好みの深みのある渋めの茶葉はあるかしら?

「楽しそうだね、ミレディア」
「ええ。久しぶりだな、と思って。お兄様は?」
「私は何度も来ているけれど……お前と一緒だと、どこでも楽しいよ」

 はい決定! 間違いなくシスコンだ。

 曲がりなりにもうちは伯爵家。ワインの売買契約が何日もかかることがあるから、王都にも小さい屋敷がある。ここに滞在して、明日の双子の王子誕生会に出席するのだ。
 十歳の誕生日を迎える前に何回か来たことがあるものの、あまりよく覚えていない。その頃私の世界は輝いていて、どこにいても楽しかったから。無事に行き遅れたら、私も余生を楽しもう。

 翌朝は早起きした。
 舞踏会は夕方からでも、女性にはいろいろと準備が必要なのだ。もちろん美しく磨き上げるためではなく、その逆。目立たぬよう細心の注意を払わなければいけない。

 城に行ったこともある兄から情報を聞き出して、ドレスは壁と同化するクリーム色を選んだ。私の髪は銀色なので、これだと確実にかすんでしまって素晴らしい。さらに野暮やぼったく見えるよう、フリルやリボンを全て外し、首まできっちり隠れるように生地をあてて縫い直す。メイドだったこともあるので、これくらいは朝飯前だ。

 村の女性からプレゼントされた短いレースの付け袖だけは、見えないように付けていよう。本当は見せるためのものだけど、目を引くわけにはいかないので、袖の内側に隠れるように縫い付ける。ささやかなお洒落しゃれ心だと笑ってくれてもいい。私も一応女性だし、綺麗な物は好き。だけど大っぴらに身につけて、目立つのだけはけないと。

 前髪は下ろして顔を半分隠したまま。念のため、兄の眼鏡も借りることにした。たくさん持っているし、ヨルクが私の頼みを断るわけがないと考えて。度が入っているとくらくらするので、レンズを無理やり外した。その時の兄は顔が引きつっていたけれど、領地に戻った後で新しい眼鏡をプレゼントするから許してね?

 髪も結う事はせず、両側で三つ編みにして下ろした。まるで女学生!……って二十歳越えてるし、そこまでは言い過ぎだった。少なくとも、メイドか家庭教師っぽくカッチリとして見えるはず。 
 地味を強調し、顔を見せずに不器量だという噂をそのままみんなに信じさせよう。「そこまでしなくても、誰も貴女なんて見ていないから!」くらいのレベルにまでならないと、私は安心できないのだ。

 幸い、城までは兄が連れて行ってくれる。その後は別行動で、私は会場で壁だけを相手にする予定。私の姿を見た兄のヨルクは一瞬固まるけれど、懸命にも非難しなかった。それどころか、こう約束してくれる。

「ミレディア、気分が悪くなったら早めに言うんだよ。連れ出してあげるから」

 本当に転がしやすい……じゃなかった、気が利く兄だ。
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