悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第一章 地味な私を放っといて

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「あの……私は女官じゃありません」

 戸惑いながらもはっきり告げる。声をかけられたのはびっくりだけど、こんな恰好かっこうのせいで、御用聞きの女官か何かと間違われたのだろう。きっとそうだ、そうに違いない。

「そんなことはわかっている。それより君、見たところパートナーがいないようだな。少し付き合ってくれ」
「……え?」

 いやいやいや、ダメでしょう。王子の相手だなんて、目立つことこの上ないもの。舞踏会に遅れて来たからって、適当に間に合わせるのはいかがなものかと。中には若い娘さん達がいっぱいいますよ?

「すまない、言い方が悪かったようだな。ご令嬢、一曲お相手願えませんか?」
「そんな! 無理ですわ」

 即答。本来ならば王子の誘いを断ってはいけないが、背に腹は代えられない。ここで受けたら絶対に注目を集めてしまう。

 クラウス王子は舞踏会を楽しむ人達の邪魔をしないよう、さり気なく参加するつもりなのだろう。だったら私でなくてもいいし、彼ほどの地位と容貌なら、すぐに相手が見つかるはず。むしろ、踊りたがる女性が殺到するから選び放題だ。

「無理? ほう、面白いことを言う。俺が今日の主役だと知っていて?」
「それは……おめでとうございます」

 王子の誕生会だから、主役なのは当然のこと。こちらの方こそ、未婚というだけで呼びつけられて、いい迷惑だ。

「その頼みを断るほどの、魅力的な誰かを待っているのか?」

 話はまだ、続いていたらしい。ヨルクが迎えに来てくれればいいのに……
 気の利く兄は、こんな時には気が利かない。仕方がないので首を横に振り、否定する。

「それとも……ああそうか、全く踊れないんだな? それはそれは失礼した」

 ――なにおう!
 バカにしたような物言いに、ついカチンときてしまう。後から考えれば、ここでうなずき引き下れば良かったのだ。だけどその時私は「急に声をかけてきたくせに、王子だからって偉そうに」との思いの方が勝ってしまった。

 いろんな記憶があるから、ワルツくらい当然踊れる。どちらかというと、得意な方だ。そんな私にケンカを売るとは! 

「それとも、少しは踊れるのかな?」

 口元に拳を当てて、クスリと笑われた。
 少しどころではない。すご~く上手よ。
 いたずらっぽく光る青い瞳を見た私は、挑戦的に差し出された手に、つい自分の手を重ねてしまう。


 一歩一歩、進む度に冷静になる。後悔したってあとの祭りだと、わかっているけれど。堂々と歩く王子に連れられて、私はフロアの中央へ。周囲には驚きの声が広がる。

「クラウス王子だわ! ようやくいらしたのね」
「ねえ、ご一緒にいる方はどなた? 随分ずいぶん冴えない容貌だけど」
「ずっと壁の所にいた娘か。あんなんでも、さすがに王子とは踊りたいと見える」
「クラウス様も物好きだな。相手は選べばいいのに」

 私も全く同感だけど、全部聞こえてるってば。王子も王子だ。私のこの姿はわざとでも、一緒になってバカにされてもいいの?

「言いたいやつには言わせておけ。どうせ一回限りだ」

 ああそう。私を相手にした後は、この中から選ぶってわけね? それなら今すぐ、そうすればいいのに。
 だって、長時間立ちっぱなしの苦労が全て水の泡だ。一番目立つ人と踊るハメになるなんて、考えてもいなかった。自分のせいだけど、今ちょっと泣きそうだわ。

 目の端に、慌てる兄の姿が映った。腕を絡めた黒髪の令嬢が離してくれないらしく、動けずその場にとどまっている。
 私は小さくため息をつくと、覚悟を決めた。しとやかにお辞儀をすると、楽団のかなでるワルツの調べに合わせて、最初の一歩を踏み出す。

 初めての相手で緊張していたものの、リラックスするにつれて段々楽しくなってきた。軽やかにステップを踏み、優雅にターンをする。この世界では初めてでも、身体は覚えているものね?  クラウス王子のリードも巧みで、実に踊り易い。漏れ聞こえる感嘆の声もざわめきも、なんかもうどうでもいいわ。
 軍服の飾緒しょくちょが揺れ、ドレスの裾がひるがえる。私の背中に手を添えたクラウス王子が、少し驚いたように話しかけてきた。

「バカにしてすまなかった。まさか君が、こんなに上手だとは」

 ふふん、でしょう?

「いいえ。王子様のリードが素晴らしいからですわ」

 一応謙遜けんそんしてみせるが、王女だった頃の私は、踊りの名手と言われていた。そのため、お相手を務めた隣国の皇太子から、後日好きだと告白されて……
 繰り返す転生をまだよくわかっていなかった頃。思い出すと、少しだけ悲しくなってしまう。
 両国の友好に基づく婚姻は、私が亡くなったために消えたのだろうか。もしくは妹王女が代わりに嫁いだの? 
 今となってはもう、確認するすべはない。弱小国だし、あれからすぐに滅んでなければいいと思う。

 考えごとをしながらでも、楽々踊れる自分が憎い。だけど踊りに夢中になれば、以前の二の舞になってしまうのではないかしら? 見目麗しい王子が、地味な恰好の私を好きになるとは思えないけれど、一応用心しておきましょうか。全ては安定の、老後のために!

「でもまあ、普段どのような方を相手にしてらっしゃるか、にもよりますけれど?」

 わざと厭味いやみったらしく言ってみた。王子の交遊関係をバカにするなんて、一歩間違えば不敬罪だ。地味女が偉そうに、と激怒されてもおかしくない。

「ハハ、言ってくれる。そういえばまだ、名前を聞いていなかったな」

 嫌だわ。ここ、笑うところじゃないのに。怒るどころか、楽しそうに目を細めているのはなぜ? 
 それに名前など、教えるわけがない。関わり合いになりたくない相手に名乗るなど、愚の骨頂だ。
 私は聞こえなかったフリをして、前髪に隠れた顔をつとらす。見透かすような青い目から、逃れたくて。

 運良く曲が終わった。私は素早く礼をして、その場から慌てて立ち去ろうとする。そんな私の手首を王子が掴む……待って、そでまくれて中のレースが見えてしまったじゃないの。
 終わったのに引き留めるなんて、どういうつもり?

「もう一度。君が相手だと踊り易い」
「ご冗談を。同じ相手と踊る意味を、王子である貴方様がご存知ないわけありませんよね? 失礼」

 素っ気なく告げると、私は即座に身をひるがえした。続けて踊ることができるのは、正式なパートナーか婚約者、既婚者だけだと決まっている。そんなことすら忘れるほど、私の身のこなしが素晴らしかったというの?  どうやら生まれ変わっても、踊りの腕は鈍ってないようね。

 人混みに紛れ、急いで出口を探す。病弱だという噂もあるので、具合が悪くなったと言えば、途中退席も可能だろう。長時間ここにいて、今までどうしてこの手を思いつかなかったのかしら? 

 扉まであと一歩というところで、後ろから腕を引かれた。まったくもう、さっきからいったい何? 
 怒って見上げたその先には、先ほどと似て非なる綺麗で整った顔が――アウロス王子だ!
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