悪女は愛より老後を望む

きゃる

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第一章 地味な私を放っといて

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 双子の王子誕生会兼舞踏会の翌日、私はぶつぶつつぶやきながら外出の仕度をしていた。

「一曲踊っただけで筋肉痛って、人としてダメな気がするわ」

 踊りは覚えていても引きこもりが長すぎて、体力が伴わなかった。それとも、長時間立ち続けていたから疲れてしまったのかしら? いずれにせよ、痛む足腰を抱えて準備をしている。何なら今すぐ、老後の隠居生活に突入したいくらいだ。

 これから街に出かける私は、貴族だとはバレないようにメイドの服に着替えた。紺色の制服は地味で、実に素晴らしい。前髪で顔を隠して必須アイテムの伊達眼鏡をかけたら、準備は完了。どこからどう見ても、お使いに行く恰好だ。もちろん一人ではなく、侍女のハンナも一緒に連れて行く。

「お嬢様はもう少し、こうして外に出られた方が良いですよー」

 明るく笑うハンナは若くて可愛らしいから、同じ服ならみんなこっちに注目するはずだ。私だったら間違いなくそうするし、行き遅れ寸前の地味な女なんて、相手にしないと思う。

「そうだけど、これにはいろいろ事情があってね……」

 私は言葉をにごした。今回の世でも、私の奇特な転生のことは誰にも話していない。語ったところで、自惚うぬぼれるのもほどほどにとか、頭がおかしいと心配されてしまうから。原因であると思われる過去の悪行を、暴露したくもないし。
 男を手玉に取っていた悪女が、手玉に取りたくないから地味な恰好をしたいだなんて、もはや笑い話にしか聞こえない。

「でも、ミレディア様がご自分から外を歩きたいと言い出されたので、ヨルク様は喜んでいらっしゃいましたよ」
「そうね」

 直前まで一緒に行くと言い張っていた兄には、先ほど頭を下げられた。

「可愛いミレディア。大切な用事が入ってしまったんだ。どうしても付き合えない。許してくれ~~」

 大げさになげいてすぐに出掛けて行ったけど、別に頼んでいない。もしかして、昨日の舞踏会で仲良くなった女性から、デートのお誘いかしら? 

 兄の愛情は、嬉しい時もあれば重い時も……いえ、最近はほとんど重いわね。この機会に、妹離れをした方がいい。伯爵家の長男であるヨルクは、シスコンを返上してそろそろ身を固めないと。

「ヨルク様はミレディア様に甘いから。お嬢様がメイド服で街に出るのはおかしくありませんかってお聞きしたら、『何のご褒美だ?』ですって。意味がわかりません」

 私も意味がわからない、というよりわかりたくもない。この分だと、妹離れは当分先かもしれないわ。私は、はあ~っと大きなため息をつく。

「きちんと装えば、お嬢様以上に美しい方などいらっしゃらないのに。聞きましたよ? 王子様をお二人共夢中にさせたとか。さすがですね」

 兄め、適当なことをベラベラと。おっちょこちょいなハンナは十七歳。素直な良い子だけど夢見がちな年頃なので、何でも恋愛に結び付けて考えたがる。

「いいえ、それは真っ赤な嘘よ。ハンナも、私のあの恰好を見たでしょう? あれで夢中になれるのなら、案山子かかしにドレスを着せてもいけるのではなくて?」
「もう、お嬢様ったら! お洒落に興味がないなんて、せっかくの美貌がもったいない。でも、案山子でいいなら私だってアウロス様と……」

 すっかり忘れていたけれど、この子はアウロス派だった。王子の誘いを振り切って逃げたことは、言わないでおこう。



 準備ができた私達は、馬車で街に向かう。ここでしか手に入らない新しい本と、来年からの隠居暮らしに必要な道具や、お茶を見繕うためだ。
 気に入ったものがあれば購入し、持てない分は後から配達してもらう。在庫切れなら、取り寄せるのもいいわね?  それくらいの蓄えなら、一応あるつもり。

 この国の双子の王子が揃って二十五歳を迎えたということで、街はお祝いムードに包まれていた。来る時にもあった垂れ幕やリボンの他に、一角獣の国旗などが増えて目を引く。
 店の売り子が表で声を張り上げ、花売り娘がかごいっぱいの花を売り歩いている。パンの良い香りがしてきたかと思えば、揚げ菓子の甘い匂いが漂う。道の向こうでは、着飾った踊り子達がタンバリンのようなものを片手に飛び跳ねているようだ。観客の楽しそうな笑い声や拍手が、風に乗ってここまで届いて来る。
 田舎の領地に引きこもっていては決して味わえない雰囲気に、なんだか楽しくなってきた。

 ハンナと二人で表通りを歩きながら、時々店をのぞいて回る。王子達の誕生を祝い、値引きするという店が続出。今日出てきたのは、やはり正解だったようね?
 人出があるせいか、所によっては混雑していてなかなか前には進めない。こんなに大勢いるのなら、埋没するから地味な恰好じゃなくて良かったかも。

 ――そんなことを考えていた時、すぐ近くで声が上がる。

「スリだ! 財布をスられた!」
「何だと!?」
「まあ」
「こっちもだ!」

 まさか! 私は自分の懐を確認し、安心した。次いでハンナの方を見る。

「うえーん、お嬢様ぁ~」
「まさか!」
「盗られてしまいました~」

 なんてこと! 侍女に持たせた財布には、金貨も入っていた。私は慌てて周囲を見回した。こんなに人が多いと、全員怪しく思えてくる。
 折良く、道の先に立つ警備の兵が目に入った。被害を訴え出れば、すぐに捜索してくれるわよね?

 人混みをかき分け近づこうとしたところ、兵の前で急に向きを変え、人波をジグザグに逆行してくる人物に気が付いた。――男の子? 
 直感的に何かがおかしいと思った私は、すれ違いざまその子の腕を掴んだ。間違いだったら後からいくらでも謝ってあげるから、ちょっと確認させて。

「なっ……何すんだよ!」
「突然ごめんなさい。貴方に聞きたいことがあるの」
「知らねーよ」
「お、お嬢様?」

 驚くハンナに構わずに、私は素早く目を走らせた。薄汚れたシャツとズボンの隙間に見えたのは、薄紫色の上質な絹。紛れもなく私がハンナに預けた、手作りの財布だ! 私はその財布――いわゆる小さな巾着袋だ――を取り上げる。

「何だよ、オレんだよ。返せ!」
「返してほしいのはこっちよ。だって、私の物だもの」
「は? 何言ってんだ。そんな証拠どこにあ……イテテ」

 もがいて逃げようとするから、手首を返して反対側にひねり上げる。これでも昔は女兵士だったこともあるから、小さなコソ泥をおとなしくさせるくらい、わけはない。

「じゃあ貴方、中身を当てられる?」
「お前、何言ってんだ? 財布だし金だろ」
「ええ。お金もあるけど、他にも大事なものが入っているの」
「大事なもの?」

 そうこうしているうちに、人が集まって来た。いけない、目立ってしまうわ!

「ハンナ、あの店に入るわよ」
「え?」
「痛い! 何でオレまで……」

 すぐ側にあった店に、少年ごと引きずり込む。そこは私には縁のない、ある物を扱う店だった。
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